大倶利伽羅さんに対する感情は急激に大きくなっていた。
次第にそれを持て余すようになっていた私は、思い切って先輩に大倶利伽羅さんへの想いを打ち明け、相談していた。
先輩は、私が大倶利伽羅さんのことが気になっていて、どうにか仲良くなれないかと思っているという話に驚いていた。
審神者としては先輩でも実年齢は年下だ。年下相手に恋愛相談なんて、しかも見習いとして研修中なのに何をバカなことをしているんだろうと思いながらも、どうしてもこのまま研修期間が終わってしまうのを待つのは嫌だと思ってしまった。
振り向いてもらえなくてもいい。せめて会話ができて、そして彼の記憶に残ったら。
「先輩みたいに、私も大倶利伽羅さんとお話しできたらなって思って……」
たまに先輩が大倶利伽羅さんと話している姿を見ることがある。
その時の彼の表情は私に見せるのとは違って少しだけ穏やかだ。
大倶利伽羅さんは先輩とだったら仲が良いのかなって漠然と思って、そしてもやもやとした気持ちになったし、なにかアドバイスでももらえないかという期待もあった。
先輩は戸惑った様子で、大倶利伽羅はあまり距離を詰めようとすると嫌がるからと言って、私が求めるようなアドバイスは申し訳ないけれど出来ないと思うと首を振る。
それに話すといっても、出陣や当番を伝えるために声をかけるくらいで、会話と呼べるものではないのだとも。
「そうなんですか。すみません、無理を言って」
刀剣男士を従える審神者であっても難しいこともあるのだと知ってちょっとだけ落胆したけれど、先輩が個人的に彼と仲が良いわけではないと知って、申し訳ないけどちょっと安心もしていた。
以来、距離を詰めすぎない程度に保って、でも挨拶などで彼に声をかけるよう心掛けた。
研修期間は長くても半年。私は要領が良い方ではないから長引く可能性があるし、無理矢理距離を詰めて嫌われたら元も子もない。
だからゆっくりと、焦らずに──。
そう思っていたある日、大倶利伽羅さんが戦いで重傷を負って帰ってきた。
おびただしい血と傷だらけでしかも意識を失っているその姿に私はただ立ち尽くしながら、彼が手入部屋に運ばれるのを見ているしかできなかった。
大倶利伽羅さんの傷はすっかり消えたけど、目覚める様子がなかったことで手入部屋に緊張が走るのを感じた。
異変に気づいた先輩が大倶利伽羅さんを隣の医務室に運ぶように男士の皆さんに頼み、そして私にそばについていてほしいと言うと自身は他の刀剣男士に手入部屋に順番に入るよう指示していた。
「大倶利伽羅さん……」
医務室に運ばれ、横たわる彼のそばに腰を下ろして、私は不安な時間を過ごした。
布団のうえに出ている彼の腕を中に入れると何もすることがなくなり、手持ち無沙汰になって仕方なく部屋の中を見回す。
ここでは薬研君が薬を作ったりもしていると聞いていた。その材料や道具を眺め、作業机の棚に何冊か並ぶ医療関係の本の背表紙を見つめ、そうして大倶利伽羅さんに視線を戻す。
大きく息を吐いて、そっと彼の髪に手を伸ばしかけたところで引き戸が開く音がした。
慌てて手を引っこめる。戸口にいたのは先輩と燭台切さんだった。
燭台切さんが布団のそばに腰を下ろしたので私は先輩に場所を譲ろうと動こうとしたが大丈夫だからと制される。
先輩は大倶利伽羅さんのそばには腰を下ろさず、作業机の前に座って置いてあったノートを開いて書き始めた。
「こんなこといままでなかったよね」
そう言って燭台切さんがため息をつく。書きながら、そうだね、と返す先輩の声はどこかそっけない。
「最近の伽羅ちゃんはいつにもまして飛び出すことが多かったみたいだし、何かあったのかな」
先輩は何も答えずにペンを置いてノートを閉じて立ち上がると、何かあったら呼んでとだけ言い残して医務室を出ていった。
どこか妙にそっけない様子に思わず首をかしげる。
どうしたのだろう。手入部屋を動かした時は顔色は悪かったけれど、取り乱すことも不安そうな顔も見せていなかったし、何より大倶利伽羅さんを心配している様子だったのに。
「先輩、何か怒ってました?」
そう口にすると、燭台切さんはため息をつく。
「最近特に派手に怪我して帰ってくることが多い所為かな。まあ伽羅ちゃんだけに限った話じゃないし、主は口にはしないけどね」
そう言って燭台切さんは大倶利伽羅さんを見て、早く起きないと主が怖いよ、と優しく語りかけた。
丸一日経ってようやく彼は目を覚ましたが、どこか様子がおかしく、やがて記憶が顕現直後にまで戻っていることが判明した。
どうして先輩は、大倶利伽羅さんの不調に気づいてあげられなかったのだろう。
気づいていれば戦いに出さなくて済んだのかもしれない。戦わずに済めば、あんな大けがを負うこともなく、記憶を失うこともなかったかもしれない。
過ぎたことを言っても仕方ないとわかっている。だけど私はあの時見てしまった。
出陣前、先輩に視線を向けて何か言いたげな表情を見せ、けれど何も言わずに目を伏せた彼の姿を。
先輩が気づいていたら、大倶利伽羅さんはあんなにひどいけがを負わずに済んだかもしれない。
その思いが私の中にあの時からずっとあって、だから大倶利伽羅さんが先輩を見ると苛立つと言ったとき、どこかで安心した。
覚えていなくても彼の中の先輩への不満が、記憶を失った後に先輩への警戒と苛立ちに代わったのだろう、と。
大倶利伽羅さんのために距離を取ってあげてほしいと頼んだ時、先輩は生意気を言った私に対して怒ってもいいはずだったのにそれもなかった。
ただ少し考えて、わかった、とうなずいていた。
信じられない思いを抱きながらも安堵したし、これで彼が苦しくなくなればいいとも願った。
それなのに大倶利伽羅さんは、あのけがから大して時間も経っていないのに先輩のもとへ行こうとしていた。
「どうしてですか、だってまだ一週間かそこらしか時間が経ってないんですよ!それに、先輩の顔を見ると苛立つって……」
ほかならぬ大倶利伽羅さんが言ったことなのに。男士の編成を決めるのは先輩で、出陣も遠征もすべて先輩の思惑一つでもある。
私は大倶利伽羅さんの腕をつかんで、何とか止めようとしてた。
また彼があんなふうに傷だらけで帰ってきたらと思うと気が気ではない。ううん、帰ってくるのならばいいけれど、もしも折れてしまったら……。
そう考えたら、これは先輩のため、ひいては大倶利伽羅さんのためでもあるんだと自分に言い聞かせる。
本当に私を引きはがしたいなら突き飛ばせばいい。けれど大倶利伽羅さんは優しいからそれをせず、代わりに私の言葉は無視している。
考え直してください、と訴えた時、私たちに声をかけてくる人がいた。
「ねえちょっと、通りの邪魔なんだけど。痴話げんかならよそでやってくれない?」
「っ加州さん!」
思わず腕を離してしまう。痴話げんかって……。
顔を赤らめながら大倶利伽羅さんを見ると、彼は苛立ちもあらわに舌打ちして、私や加州さんを押しのけるようにしてその場を後にしてしまった。
「いったいなに?」
あきれたような加州さんの声に、眉が自然と寄っていた。
「まだ無茶なのに。大倶利伽羅さん、先輩のところに行くつもりしていたみたいなんです。もう充分休んだからって……」
「行かせてやればいいんじゃない。別に後輩ちゃんが止めることじゃないだろ」
「わかってます。でもまだ、あんな大けがしてからそんなに時間も経ってないのにもう出陣したいだなんて」
「一週間以上も休んだんだ。あいつには充分だよ。第一俺たちがなんのためにここにいると思ってるの。戦うためだよ?」
「それは……」
「まあ俺が言わなくても、後輩ちゃんも審神者になるんだからわかってるだろうけど」
「……っ」
「じゃあ俺、主のところに用事があるから。ついでに大倶利伽羅のことも言っておいてあげる」
私がここへ来て比較的早く、加州さんたちとは仲良くなった。
お菓子を持ち寄ってお茶を飲んで、談笑したり。けれど大倶利伽羅さんが記憶喪失になってから、話すことはあってもどこか態度がよそよそしくて、そっけなくなっていた。
加州さんだけでなく、よく話していた粟田口の短刀男士たちみんなとも日常の挨拶はするけれどあまり話さなくなった。
どうしてか理由がわからない。大倶利伽羅さんの記憶喪失と関係があるのだろうか。
それとも私の何かが、彼らにそうさせてしまった?
先輩に相談するべきだろうかと思いながらも、大倶利伽羅さんのこともあって、どうにも足が向かなかった。
長谷部さんが大倶利伽羅さんに出陣が決まったことを話す場に私は偶然居合わせることになった。
そうしてもう彼を出陣させるのかと尋ねると、長谷部さんは何でもないように、本人が望んだことを主、つまりは先輩がその意を酌んだのだと言った。
「主は俺たち刀剣男士の意思をなにより優先される。戦いに出たいと思う者は積極的に出す。大倶利伽羅が戦いを望んでいるのを酌んだだけだ。無理に戦いに送り出しているわけではない」
「……わかりました」
呼び止めてすみませんと頭を下げ、立ち去るしかなかった。
ここでの決定権はすべて主である先輩にあるのだから、見習いの私が何を言ったところで取り合ってもらえるはずがない。
ならば彼を説得して考えを変えられたら明日の出陣は取り消しに出来るのではないかと思いつく。
正直言って私なんかに彼を説得出来るとは思えないけれど、それでも言わなければ何も変わりようがない。
私はその足で大倶利伽羅さんを捜しに走った。
大倶利伽羅さんはいつものように林道の先の開けた場所にいた。
私の姿を見るなり眉をひそめたことも気に留めず、出陣のことを知ったと告げ、けれど考え直してほしいと訴えた。
彼は無言で私を一瞥して視線をそらすが、いまはそんな態度にめげてなんていられない。
「あなたが心配なんです。また、あんなふうになったらって思うと」
血だらけの彼の姿が今も頭にこびりついている。
それを振り払うように首を振って、お願いですと懇願したが、彼はこれといった反応も見せず、私の言葉が届いた様子は全くない。
「大倶利伽羅さん!」
しばらくあたりに漂う沈黙に、やっぱり私じゃダメなのかと心が沈んでいく。
考えたら主である先輩すら避けられているのに、単なる見習いじゃ聞いてやる義理なんてないと思われていても不思議じゃない。
無力感に唇を噛んだ時、沈黙を破ったのは大倶利伽羅さんがついたため息だった。
知らずうつむけていた顔を上げる。
「……うっとうしい。俺がどうなろうとあんたに関係ないだろう」
「関係あります!私は……!」
言いかけた言葉をさえぎるように彼は舌打ちすると、立ち上がって行ってしまおうとする。
私はとっさに駆け寄って彼の前に両手を広げて立ちふさがった。
「どけよ、邪魔だ」
「どきません。邪魔だと思うなら突き飛ばしてください」
「……」
目をそらさずに彼を睨む。しばらく睨み合っていたが、彼が先に視線をそらして呆れた様子で息を吐いた。
納得してくれたようには見えないけれど、この場では折れてくれたのかもしれないと両手を下ろす。
やっぱり大倶利伽羅さんは優しい刀だ。
「私、先輩に言ってきますね。大倶利伽羅さんを戦いに出すのはまたの機会にしてくださいって」
そう告げて背中を向けると、おい、と呼び止められた。
彼から声をかけてくるなんて珍しいことで、けれど特に疑問にも思わないまま振り返ると、彼は不愉快とでも言いたげな表情を浮かべていた。知らず肩が跳ね、息を呑んでいた。
「勝手に決めるな。俺が一言だってそうしろと言ったか?」
「で、でもいまのは承知してくれたんだとばかり……」
「あんたと口をきくつもりがなかったから黙っていただけだ。この際言っておくが、都合のいい解釈をするのも、まとわりついてくるのもいい加減やめろ。前の俺があんたを勘違いさせるようなことを言ったとしても今の俺には関係ない。何を期待しているんだか知らないが、こっちはうんざりしているんだ」
「……大倶利伽羅、さん……」
「誰だろうと、なれ合うつもりはない」
──いままで見たことがないほどに冷たい金色の目が私を見ていた。
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