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振り向かない背中1

目の前に、立派な門がそびえていた。
思わずぽかんと口を開いて間抜けな顔をしてしまった私の足が、何かに軽くつつかれる。
見れば、こんのすけという名の白面に隈取をした不思議な狐がこちらを見上げていた。自称、管狐であるそうだ。
「さあ行きましょう。主さまたちがお待ちです」
「あ、はい!」
こんのすけが身をひるがえして歩きだす。慌ててその後を追って門をくぐった。

本丸と呼ばれるその領域は、歴史改変を目論む歴史修正主義者、時間遡行軍と戦う刀剣の付喪神である「刀剣男士」と、彼らを指揮する「審神者」と呼ばれる、物の心を励起する技を持つ者によって営まれている少し特殊な空間だ。 ここに私は、見習いの審神者という立場でやってきた。

執務室に通された私を、ようこそと笑顔で迎えてくれたのは本丸の主である審神者さん。
もっと年上のイメージだったのだが私よりいくつか下のようだ。
「よ、よろしくおねがいしますっ」
緊張で声が裏返った。学校で審神者のこと、刀剣男士のこと、時間遡行軍、さらにはそのどちらにも属さない検非違使と呼ばれる存在など、勉強はしていた。 授業で実際に審神者をしている人を講師として呼んで、話を聞いたりしたこともある。
けれどいわゆる現場に足を踏み入れるのは初めてのことだった。
座学の成績はそこそこだったけれどようやく実際の本丸での研修の段階にまでこぎつけることができたのだ。頑張らなければと気合を入れた。

審神者さんが屋敷の中を案内がてら、刀剣男士たちに私を紹介してくれることになった。
この日の近侍だというへし切長谷部さんとともに、三人で屋敷内を歩いていく。
資料などで見ていたが、実際の刀剣男士は人の形をしていてもやはり付喪神、神様なのだなと実感する。
そばにいるだけで、自然と背筋が伸びるような緊張感があった。

審神者さんが先頭を歩き、それにへし切長谷部さんがつづき、私はその後ろ。 まず向かった部屋は、大広間と呼ばれる場所だった。
大広間の中には何振りかの刀剣男士が集まっていて、彼らの視線が一斉にこちらを向いて思わずたじろぐ。
その中から一振りが声をかけてきた。審神者さんの最初の刀である山姥切国広さんだった。

審神者は示された五振りから「始まりの一振り」を選ぶという。
彼はその一振りで、この大広間にいたのは残りの四振り、加州清光さん、蜂須賀虎徹さん、歌仙兼定さん、陸奥守吉行さんだった。
資料で見た山姥切さんは布をかぶっている姿だったが、彼は修行を経て極と呼ばれる段階で内番姿で羽織ってはいるものの顔を隠してはいない。
金色の髪と翡翠のような色の瞳を持つきれいな顔立ちに、ほぅとおもわずため息をつく。

「山姥切国広だ、よろしく頼む」
「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします!」
慌てて二度三度と頭を下げる。
彼は審神者さんに振り向いて、あとは自分が案内をすると買って出た。
「今夜までの提出期限なんだろ」
審神者さんがうなずいて、それじゃあお願いと彼に任せると私に向かって、ごめんなさい、と会釈をして大広間を出て行った。
「……お忙しいんですね」
「今回の準備と期限がかぶっていたからな」
「そうだったんですね……なんかすみません、ご迷惑を」
「気にしなくていい。たまたま重なっただけだ」

見習いの研修先というのは戦績や顕現している刀剣男士の数や練度などいくつかの条件がそろった本丸から選ばれるのだが、相手側が引き受けてくれなければ確保すら難しい。
今回それが追い付いていないとかで、タイミング悪く私の開始だけ他の人より遅れていた。
研修先が確保できないと聞いてどうしようとばかり不安だったけれど、ようやく引き受けてくれる先が見つかったと担当の人から連絡を受けた時は思わず安心から泣いてしまった。
でも当然だけれど引き受けてくれた側の本丸にだって事情はあるわけで。
なにかと煩わせてしまったようで、ひどく申し訳ない気持ちになった。
なおのことここでの研修を頑張らなくては。

加州さんたちとも挨拶を交わし、私と山姥切さんは大広間を出る。
へし切長谷部さんは、審神者さんのもとへと戻っていった。
「あの、ここには何振りの刀が顕現しているんでしょうか」
「確認されている刀は全員いる。だから大所帯だが大丈夫か?」
何かと騒がしいぞ、と山姥切さんが気づかわし気に私を見る。首を縦に振って、大丈夫ですと両手をぐっと握りしめた。
「私もいずれ負けないくらい顕現してみせますので!」
「……そうか」
山姥切さんは少し驚いたように目を丸くし、そうしてふっと微笑んだ。

「おお、山姥切か」
次にやってきたのは刀剣男士たちの部屋で、そこはとある太刀二振りが寝起きしている部屋だと山姥切さんは言ったが、訪ねた部屋の中には五振りの刀剣男士がいた。
「どうした、三条で集まっているなんて珍しい」
「いましがたまでどんな見習いが来るのかと話していたところでな」
そう言ってほほ笑んだその人は、紹介されなくてもすぐにわかった。

三日月宗近。天下五剣の一振りで、以前などは顕現させることができた審神者も少なかったといわれる希少な刀剣男士だ。
資料で見た時にはその美しさに養成学校の同級生たちは色めき立っていたし、私も実物を見ていないのにまぶしさを感じていた。 その、三日月宗近がいま目の前にいる。

「みならいさんですよね?ぼくは今剣。なかよくしてくださいね」
そう言ってずいと距離を詰めて私の顔を覗き込んできたのはたしか、源義経の守り刀と言う短刀、今剣だ。
赤い大きな瞳でじっと見て、そうしてにこっと笑った。
「は、はい。よろしくお願いします」
その部屋にいたのは他に太刀の小狐丸さん、大太刀の石切丸さん、薙刀の岩融さんで、ここは三日月さんと小狐丸さんの部屋だということだった。

次に案内されたのはやはり刀剣男士二振りの部屋だと聞いていたが、今度は四振り集まっていた。
「よう、山姥切。お、その子が例の見習いって子か?」
「ああ。いま案内がてら各部屋を回っている。しかし都合よくそろっているものだ」
面倒がなくていい、と山姥切さん。
「今日来るとは聞いていたからな。なんとなく集まってしまったわけさ」

そう言っていたずらっぽく片目を閉じたのは、太刀の鶴丸国永さん。
名の通り、鶴を思わせる色を持った彼を資料で見た時、なんて儚げな姿なのだろうと思っていた。
けれど今目の前の彼は、儚げというよりも力強さを感じる。胡坐をかいて座るさまが顔立ちからは想像できないほど男らしいのに、不思議と違和感がなかった。

彼は私に視線を向け、やあ、と軽い様子で片手をあげた。
「鶴丸国永だ。こんなむさくるしい男所帯だが、まあよろしく」
よろしくお願いします、と会釈すると、鶴丸さんの隣に座っていた眼帯をしている刀剣男士がほほ笑んだ。
「僕は燭台切光忠。よろしくね」
「俺は太鼓鐘貞宗。ま、気軽に貞ちゃんって呼んでくれてもいいぜ」
それぞれにも会釈したところで、一人だけ黙っている男士と視線が合った。だがその視線はふいとそらされてしまう。
「ほら伽羅ちゃん、せめて自己紹介くらいはしなよ」
燭台切さんがその彼をなだめるように声をかける。 彼はため息をついて、私のほうを渋々といった様子で見ると口を開いた。
「……大倶利伽羅だ」
「よ、よろしくお願いします……」
素っ気ない声と態度に、噂に聞いてはいたけど実際に接するとひるみそうになる。
資料で見た時の印象は「怖そうな人」だったけど、怖いというよりとっつきにくい印象だ。どっちにしてもかなりの壁を感じる。
彼のそんな調子は慣れたものであるのか、鶴丸さんたちは気にしている様子もない。
「なんにせよ、よろしくな」
「は、はい。こちらこそよろしくお願いします」

さらに部屋を回って刀剣男士のみなさんと挨拶を交わして、私と山姥切さんは一旦審神者さんのもとへ戻ることにした。
まだ顔を合わせていない男士はいま遠征に出ているそうで、帰ってくるのは夕方ぐらいになるという。
「すまないが残りは夕食の時だ。屋敷の案内はとりあえずこんなものだが何か気になったことはあるか?」
「あ、えっと……私はどこで寝起きをしたらいいでしょうか」

研修という名目上、一応はこの本丸に住み込みになる。
無理をさせてしまった側であるため図々しいとは思うけれど、尋ねないわけにはいかなかった。
「ああ、そうだったな。一度外に出る必要があるが、ひと通りのものは揃っているはずだ」
不足があるなら遠慮なく言ってくれと言いながら外に向かう山姥切さんの後を追う。
シンプルな外観のユニットハウスか何かだろうと想像していた私は、母屋から数メートルほど歩いた先で示されたそこを見て思わず口を大きく開けていた。

そこは立派な茶室だった。
周囲を囲む竹垣に、飛び石によるアプローチ。灯篭と草木と苔の岩で構成された庭。確かこんなのを茶庭とか露地って言ったっけ。
今回のために間取りを住居として使えるように改装したとかで、案内された中は充分な広さと用意がされていた。

その後、夕食の席で私はまだ会っていなかった刀剣男士の皆さんと挨拶を交わした。
そしてこれからお世話になる本丸の主である審神者さんのことを私は『先輩』と呼ばせてもらうことになり、私はおもに『後輩』と呼ばれることになった。


見習いとしての仕事、といえるものは特にない。
門前の掃き掃除だとか、畑や馬の世話など、普段は刀剣男士が当番で行っていることを私も手伝っている。
そのさなかに先輩から男士には任せていない仕事などを教えてもらうと言った感じで、特別大変だという感覚はなかった。 研修とは言っているけれど、本丸での生活を通して体験学習をしていると言った方が近いかもしれない。

そんなふうに過ごす中で刀剣男士のみなさんとも話すようになった。
特に、加州さんと大和守安定さん、和泉守兼定さん、堀川国広くんの四振りとは一緒にお茶をするまでに親しくなれたように思う。
そして私はこの日、先輩のお手伝いとして、資材置き場で在庫の確認をしていた。
作業自体は数を確認してシートに書きつけていくという単純なものだが、これもいずれ自分の本丸を持った時にやることなのだと思うと経験をしておくことは大事だとしみじみ思う。
「……こんなもんかな」
よし、とうなずいて立ち上がった時だった。

「──おい!」

「え?」
声に振り向いた次の瞬間、私は床に引き倒されていた。がたんと大きな音が響く。
目の前には、私の中で怖そうな刀剣男士第一位にいる大倶利伽羅さんがいて、彼に押し倒されている格好だ。
そうとわかった瞬間、頭はフリーズしてしまう。 どうして、なんで……
わけがわからないままふと視線を向けた先に、重そうな箱が落ちていた。
「っ!?」
「……ケガはないか」
大倶利伽羅さんが私の上から退きながらそう声をかけてくる。
ああ、あれがまともに落ちてきていたらきっと……。 そう考えたらいまさらに怖くなって血の気が引いていた。
「聞いているのか?」
「っ、は、はい!あ、ありがとうございます!ケガはないです!」
慌てて立ち上がり、頭を下げる。大倶利伽羅さんはため息をついて、ならいい、と背を向けると落ちてきた箱を部屋の隅へと動かす。
ふと彼の腕に血がにじんでいるのが見えて、とっさに彼の内番服のジャージをつかんでいた。
「あのっ」
「っ、なんだ」
つかんだ手は振り払われてしまったが、彼の少し驚いたような表情よりも腕のほうに気を取られていた。
「血が出て……」
彼は自分の腕に視線をやり、ああ、と気のない反応を見せる。
「どうでもいい」
「でも」
「それより充分気を付けろよ。あんたに何かあるとこっちに迷惑がかかるんでね」
そう言って彼は資材置き場を出て行った。
優しいんだが怖いんだかよくわからない人だとぼんやり思い、かばわれたときに間近で見た彼の金色の目が脳裏をよぎり、私の心臓はどういうわけか大きく鼓動していた。

ああは言ってたけれど、やっぱり気になった私は絆創膏を手に大倶利伽羅さんを捜していた。
廊下にある掲示板には、内番と呼ばれる畑や馬の世話などの当番表や、遠征部隊の編成表などが掲示されているけどそこに彼の名はなかった。
それに今日は出陣はお休みだと先輩も言っていたからどこかには居るはずだ。
ちょうど通りかかった刀剣男士に尋ねると、母屋で見かけない時には大体いるという場所を教えてもらった。

教えてもらった場所にたしかに彼はいた。屋敷の横手にあるゆるやかな坂になった林道の先、少し開けた場所には木が一本生えている。
その根元に彼は座っていて、そのそばには二匹の猫の姿。手にすり寄ってくる猫を彼は何気ないような手つきで撫でてやっていた。
彼は猫が好きなんだろうか。怖そうな印象だけど動物には優しいとかそういうギャップがあるのかな、とかいろいろ考えて、けれどハッとして首を振る。 いけない、目的を忘れてしまうところだった。

「あの、大倶利伽羅さん」
近づいて声をかけると、彼はこちらに視線をよこし、けれど興味なさそうにふいとそむけると腰を上げて私の横を通り過ぎようとした。
「あの……!」
「……なんだ」
もう一度呼び止めると彼は立ち止まってくれたが、渋々といった様子で気が乗らないふうなのは明らかだ。
めげそうになるけれど、とにかくは目的を果たさなければ。
「さっきはありがとうございました。それで、あのこれ」
お礼を言って絆創膏を差し出す。彼はため息をつきながらも、絆創膏を手に取ってくれた。
「律儀だな」
そう言って立ち去る彼の背を見送りながら、立ち止まって受け取ってくれる彼のほうがよほど律儀じゃないかと思ったけれど、でも取り付く島もないほど怖い人でないことがわかって少し安心した。
ちなみにこの後、報告を受けたという先輩から、管理不足だったと丁寧な謝罪を受けた。

この日以来、私の中で大倶利伽羅さんは怖そうな刀剣男士ではなくなった。
無愛想でとっつきにくいけど、怖そうでもなければ、悪い人でもない。
仲良くなるのは難しそうだけれど、ここを去るころにはもう少し話ができるようになっていたらいいなと思いながら見かけたら声をかける日々を送った。
そして気がつけば、私の中で生まれた感情はいつの間にか自分でも驚くほど急激に大きくなっていた。


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