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夜を過ごし、朝を迎え2

肝試しをやろうと思うと鶴丸国永が宣言したとき、居合わせた刀剣男士たちは珍しいものでも見るかのような表情で発言者を見た。

「へー、久しぶりじゃん。前にやった時から結構間があいたね?」
加州清光が代表してそう言うと、鶴丸はそろそろあの子の悲鳴が聞きたくなったと開催を決めた理由を何でもない調子で話すので、その場の全員が顔をしかめ、代表して大和守安定が突っ込んだ。
「相変わらず趣味悪くない?」
「それは否定しないな。まあそれだけじゃなく、実際前の時から数えたら俺たち刀剣男士もずいぶん増えたってのもあるしここらでどうかと思ってな」
「今回は何を集めるの?前にやったスタンプラリー、面白かったなぁ」
乱藤四郎が期待に満ちた目で鶴丸を見つめる。
「それなんだが、あえて一回目と同じにしてみようと思うんだ。ただし、参加するのは二人組ってのはどうだい?」
「ふーん、ペアを組んで回るってことか」
「一回目って確か木札探しだったっけ。でも前とまったく同じはつまらないよね」
「じゃあこれはどう?あの時は場所が指定されてたけど、今度は明かさないってのは。つまりさ、木札のある場所のヒントは参加者にあげるけど、それがどこかは自力で解かせるとか」
「おお、いいなそれ。けどバランスが難しいな。場所はわかりやすくするとか工夫が必要だが」
「でも簡単に見つかっちゃってもそれはそれで面白くないよね」
「だったら木札を小さくして見つけにくくするってのもいいかもしれないな」

鶴丸たちがアイデアを出し合って盛り上がるなか、ふと何かに気づいた様子で太鼓鐘貞宗が、そういえば主に許可は取ったのかと尋ねた。
「もちろん後でちゃんと取るさ」
そう答えた鶴丸は笑顔で、その笑顔の裏にあるものを察した面々はそれぞれにため息をついたり肩をすくめたりと呆れた様子を見せる。

彼らの知る限り、鶴丸は決して催し物について計画段階で主の許可を取ることはしない。
何もかもを準備してから初めて許可を貰いに行き、抗議をものともせずになだめすかして許可をもぎ取るというのが彼のよく使う手なのだ。
それに肝試しはすでに過去二回、ある理由から許可は比較的早く下りている実績があるので不安はないのだろう。

大広間の一角で、その企みは楽しそうに進められていった。

「さ、クジを引いてくれ」
肝試し当日の夕方。鶴丸国永から差し出された箱からクジを渋い顔をして引いた大倶利伽羅は、先に塗られた赤色を見て表情を険しくした。
「お、伽羅坊は参加者側か。頑張ってくれよ」
何も塗っていなければ脅かし役、色付きなら参加者ということだったが、彼は見事に参加者を引き当てていた。
心のこもっていない励ましの言葉をかけつつ肩を叩いてくる手を払って睨みつけたが、鶴丸は意に介していないばかりか、明らかに何かを企んでいる様子の笑みを残して、主にクジを引かせるためにそちらへと向かっていく。
その背を睨みながら大倶利伽羅は舌打ちした。

「さ、主。クジを引いてくれ。色の付いた者同士で組んで回ってもらうからな」
そう言って鶴丸がクジの箱を差し出すと、主は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

怖いものが嫌いな主の不本意そうな表情を余所に肝試しを開催するのはこれで三回目だ。
過去二回とも、主は盛大な悲鳴を上げて主催者である鶴丸をおおいに満足させてくれたので、三回目の今回も良い悲鳴を聞きたいところである。

クジの箱を警戒してかなかなか手を伸ばさない主に、鶴丸は無邪気を装って首をかしげた。
「どうした。今回は二人で回るんだから何も怖いことなんてないさ。それはきみだって納得しただろう?」
主は唇を引き結ぶとようやく、だが渋々といった様子で箱の中に手を入れた。
理由があるとはいえ許可を出したのは自分なのだから仕方ない、と表情が語っている。
首をかしげつつやがて引いたクジの先端の色は赤だった。

「お、赤色だな。赤は確か伽羅坊が引いていたから、きみは彼と組んでくれ」
告げると主が愕然とした表情をしたので、鶴丸は目を瞬いた。
「どうしたんだ、そんな顔をして。きみと伽羅坊の仲じゃないか、何も悪いことなんてないだろう?」
まさか喧嘩中かと尋ねれば、そうじゃないと主は首を振る。
もちろん二人が喧嘩をしているのなら鶴丸は肝試しなどとは言いだしたりはしなかったのでこの問いは形式的なものだったが、だとしても主の反応が気にかかり眉を寄せた。
「あいつに何か不満でもあるのかい?」
主はこの問いにも否定をする。いつもは表情からなんとなく相手の考えていることが読み取れるのだが、いまだけは何故かわからなかった。

「全員のクジ引きが終わったぜ」
「脅かし役には早速配置についてもらっているよ」
御手杵とにっかり青江が鶴丸に声をかける。
二人に礼を言いながら鶴丸がクジの箱を片付けていると、青江が小さく笑い声をもらした。
「あの子がどんな悲鳴をあげてくれるか、楽しみだね」
「最初のを上回るやつがくるといいよな」
二人のやりとりを主が聞いたらどんな反応をするやらと鶴丸は思いながらも、気持ちは二人と同じだったので口に出しては何も言わなかった。

確かなきっかけは本丸増築で映画やテレビなどを観られるようにと視聴覚室が造られたことだった。
鶴丸たち三人はそこで顔を合わせることが多く、いつのまにか三人で映画の鑑賞会を不定期に行うようになっていた。
ある日のこと。いつものようにこれから観る映画を選んでいると、視聴覚室の前を主が通りがかったので鶴丸が何気なしに声をかけて一緒にどうかと誘った。
この時の主にとっての不幸は、映画を選んだのがにっかり青江だったことだろう。

言い訳をするならば三人とも主が怖いものが嫌いと聞いてはいたが、どの程度かという把握はしていなかった。
なので画面いっぱいに長い黒髪の女が現れた瞬間、三人の鼓膜を突き破るかと思うような悲鳴が上がったことにはただ呆然とするばかりだった。
あまりの悲鳴の鋭さに隣に座っていた鶴丸は耳鳴りがしばらくつづいたほどで、けれどそれがおさまった後にはなぜか胸が高鳴るほどの高揚感を覚えていた。

主はその後は御手杵に抱きついて泣きじゃくってしまったので三人ともなだめるほうに気を取られて鑑賞会どころではなくなっていたが、彼らはそれ以来集まることが増えた。
そのたびに話題に上がるのが鑑賞会で聞いた主の悲鳴のことで、彼ら三人はなぜかあの悲鳴をもう一度聞きたいという、自分たちでも出所のよくわからない思いにとらわれていた。
しかしその機会はなかなか訪れなかった。
なにしろ主は三人が一緒にいるところに出くわすと露骨に警戒の表情を見せるか、ひどいときには逃げ出すほどになっていて、もう一度映画に誘っても断られるのは目に見えていたからだ。
なので主をターゲットとは思わせない工夫が必要で、そして思いついたのが刀剣男士たちを巻き込んだ肝試しだった。 一回目も二回目も主はいい悲鳴を上げてはくれたが、鑑賞会でのそれに及ぶものはまだ聞けていない。

「そういやちゃんと主と大倶利伽羅をペアに出来たのか?」
先日の飲み会翌朝での二人を見て肝試しをすることを決めたと、御手杵たちは鶴丸から聞いていた。
その肝心の主と大倶利伽羅が同じ色のクジを引けなければなんの意味もない。特に二人にとっては必要分以上のクジを作る羽目になったのでうまくいっていないと無駄な作業をしたことになる。
「当然だろう。きみたちに余計な労力を割いてもらったんだからな」
「それならよかった。それより鶴丸さん、まさかただ働きというわけではないよね?」
青江は首をかしげてにっこりとほほ笑んで見せた。
クジに細工をすると言い出したのは鶴丸だというのに肝心のクジ作りに鶴丸は参加せずに青江と御手杵に丸投げしてきたのだ。
二人の視線に鶴丸は片手を上げ、もちろんちゃんとこの礼はするとうなずいてみせる。

「たまには三人で飲むのもどうだい?」
次郎太刀から美味い酒の情報をもらってあるのだと鶴丸は片目を閉じた。


色付きのクジを引いた刀剣男士が同じ色同士で組を作り、さっそく屋敷内を巡る肝試し前半を始めるのを見やって大倶利伽羅はため息をついた。 彼の手には先ほど引いた赤色のクジがある。
過去二回の肝試しは彼はいわゆる脅かし役で強制参加させられていたが、ここにきてとうとう参加者になってしまった。クジ引きばかりは運の問題なのでこれは仕方がない。
それに引いた後で気づいたが、必ず参加者側にさせられる主と他の男士がペアを組む可能性を少しでも減らせるのだと思えばこれも決して悪い結果ではない。
ただその肝心の主の姿がスタート地点である玄関に見えないことに彼は眉を寄せた。

照明を消して、廊下の足元に設置した明かりだけが頼りの肝試し仕様となった屋敷の中に戻ったとは考えられない。
ということは外のどこかへ行った可能性が高いが、しかしあの主が暗い屋敷の外に出るだろうかという疑問もあった。 もう一度あたりを見回し、そうして大倶利伽羅は主を捜すために身をひるがえした。

林道の先の開けたところでちらちらと明かりが動いているのが見えて、大倶利伽羅は安堵の息を吐く。
足早に近づいて声をかけると主は短く悲鳴をあげた。その拍子に明かりが足元に落ちる。
拾い上げてそちらを照らすと、しゃがみ込む主の姿が光のなかに現れた。
「離れるならせめて声をかけてくれ。……心配しただろ」
ため息をつきつつ大倶利伽羅が注意をすると、主は立ち上がってごめんなさいとうつむく。
「……まあいい。それより、ここで終わるまで隠れているつもりだったのか?」
主は、出来ればそうしたいけれどそのうち鶴丸さんが捜しに来ると思うとため息をついて、そうして自分が引いたというクジを大倶利伽羅に見せてくる。 彼が持つ先端が赤色に塗られたのと同じ物だった。
主が組む相手が自分であったことを密かに嬉しく思ったのは一瞬で、ふと浮かんだ疑念にクジは鶴丸から引いたのかと尋ねれば、主は首をかしげつつうなずく。
それによって彼は疑念を深めた。 もしかしたら鶴丸は最初から参加者以外のクジを引かせるつもりがなかったのではないだろうか、と。

襲撃者か参加者、どちらかを表すクジから大倶利伽羅が色の付いたものを引く確率と、主が赤色のクジを引く可能性。 それらを考えると、主と色が揃うという状況が成立するには相当な運が必要で、そして自分がそうだとは彼は思えなかった。
あまりにも出来過ぎているのだ。それにクジを他の男士が引くところを何気なく見ていたが、クジの入った箱を持っていたのは鶴丸を手伝う御手杵とにっかり青江で、大倶利伽羅が見ている限り、他の誰も鶴丸からは引いていなかった。
これに関しては単に偶然かもしれない。だが肝試しの主催は鶴丸国永で、クジも彼らが用意したことを考えると何か細工があったと疑うのはむしろ当然ではないだろうか。
それに過去二回の肝試しは一人で屋敷内を回るものだったのに、今回はペアを組むと言い出したことも引っかかる。
刀剣男士の数が増えたからだとしても、それだけが理由なのだろうか。
そこに別の思惑があるのではないかと彼が疑うのは、鶴丸国永という刀剣男士に対する大いなる偏見も確かにあるが、彼が自分と主に対して焼いてきたお節介の実績も影響していた。

大倶利伽羅はそこまで考えて忌々しさに舌打ちした。
それは仕組まれていたかもしれないことに対してというよりも、この結果を決して悪いとは思っていない自分に対してであり、それを鶴丸に見透かされているのではないかという思いからだった。

彼が突然苛立ちを見せたことに主が心配そうに声をかけてくるが、なんでもないと首を振り、そうして引かされたクジを見せた。
「俺が組む相手はあんただったんだな。けど嫌だと思うなら、俺も一緒にこのままここで隠れていてもいい」
暗くひと気のない場所に避難するほど肝試しを怖がっている主を無理に連れて行ったところで、鶴丸を喜ばせるだけだろうし、単純に思惑通りになるのも癪だ。
クジ引きで参加者になっただけで肝試しそのものに興味はないと断言すれば、主はためらいつつ彼の袖をそっとつかんで頭を寄せてきた。
彼にとっては主と一緒にいられる時間が少しでもあるのならなんでもよかった。

「うーん、どうしましょうか」
「このまま声をかけたら、間違いなく大倶利伽羅さんとあるじさまのお邪魔になっちゃうよね……」
そばの茂みから今剣と五虎退は二人の様子を見て、声を潜めて言葉を交わす。
鶴丸から主を捜してくるよう頼まれた二人が敷地内を歩いていると、暗い林道の向こうから明かりが見えて、そちらに向かうと開けた先に主と大倶利伽羅の姿があったのだ。
二人は桜の木の根元に腰を下ろして何か話をしている。

今剣と五虎退は顔を見合わせた。大倶利伽羅の視線は主に向いてはいるが、意識の一部をこちらに向けて警戒していることに気づかないわけにはいかなかった。
「僕、あるじさまに無理をしてほしくない……」
「どうかんです」

過去二回の肝試しでは断固として参加拒否も出来ただろうにそうしなかった主が今回は誰にも言わずに、しかも得意ではない暗いところに避難しているのだからよほど参加したくない気持ちが強いのだろう。 そう思うと無理強いはしたくなかった。
主が見つからなかったという報告をすれば別の騒ぎになるだろうから、素直に大倶利伽羅と一緒にいることを報告すれば鶴丸国永のことだから邪魔をしようとはしないはずだ。
二人は無言で確認し合ってそっと立ち去ろうとしたが、うっかり五虎退が枝を踏んで音を出してしまった。
息を詰めて主たちの方を見ると、大倶利伽羅が主の耳元に顔を寄せている状況が飛び込んでくる。
そしてほんの一瞬、大倶利伽羅がこちらを見たのを確認して二人はその場を後にした。

彼を呼ぶ主の不思議そうな声になんでもないと答えながら、大倶利伽羅は目の前の耳に唇を寄せて軽く触れてから離れた。
主は息を呑んで自分の耳を手で覆い、困惑の表情で唇を引き結んで体を震わせる。

主が耳に触れられると弱いことはよく知っている。
唇や指でいたずらに触れるだけで吐息のようなか細い声をあげて体を震わせる様子にどれだけ欲が刺激されたことか。
大倶利伽羅は主の体を抱き寄せて、首筋に顔をうずめた。そっと頭を撫でられる感覚に目を閉じる。

肝試しに参加するよりもこうして主と時間を過ごすほうがよほど有意義かもしれないと思っていると、あ、と何かに気づいた様子で主が声をあげて、やっぱり戻ったほうがいいかもとつづけた。
「……無理する必要はないと言っただろう」
でもこのままじゃ大倶利伽羅が後半の戦闘訓練に参加できない、という主の返しに彼はうかつにも一瞬反応をしてしまった。

鶴丸が提案する肝試しに主である審神者が開催の許可を出す理由に、肝試しの後に戦闘訓練が行われることが挙げられる。
真剣こそ用いられないものの、敷地内での打ち合いは当然ケガも負うほど本格的で、大部分の男士がこれのために肝試しに参加しているといっても過言ではない。
実際、大倶利伽羅自身も過去二回の肝試しは確かに強制参加だったが、拒否を貫こうと思えば出来るところをそうしなかったのは後の訓練のためだった。

主は彼の反応に小さく笑って、やっぱり戻ろうと声をかける。
大倶利伽羅は内側でせめぎあう自分の声を抑えつけて、わかったとため息をついて立ち上がった。


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