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夜を過ごし、朝を迎え3

「あれ。あるじさまたちもどってきてる?」
「本当だ……なんでだろう」
今剣と五虎退は顔を見合わせ、鶴丸たちと話している大倶利伽羅たちを見てともに首をかしげた。
今しがた黄色のクジを引いてペアを組んだ山鳥毛と北谷菜切が木札を集めて戻ってきたので二人が数を確認しおわったところだった。
そうしているうちに大倶利伽羅と主が連れ立って肝試しのスタート地点である玄関にやってくるが、集めた木札を入れる巾着を手にした主の顔はもう青白く強張っていた。

「あるじさま、こわいならむりしないでいいんですよ」
今剣の言う通りだと五虎退も気づかわしそうに見るが、主は硬い声で大丈夫と答えた。
それでも不安そうに大倶利伽羅の内番服の袖をつかんでいる。
「……やっぱりやめるか。後半のことなら気にしなくていいぞ」
大倶利伽羅がそう声をかけると主は首を振って、大丈夫だからと譲らない。
今剣と五虎退は顔を見合わせる。なるほど後半の戦闘訓練に大倶利伽羅を参加させるために戻ってきたのかと納得が出来た。なら自分たちに出来ることは見守るだけだ。
「あの、これ木札の場所を書いたヒントの紙です」
「大倶利伽羅さん、あるじさまをちゃんとまもってくださいね!」
わかっていると大倶利伽羅はうなずいて紙を受け取ると、自分の袖をつかんでいる主の手をしっかりと握りしめ、いくぞと声をかけた。

「いってらっしゃーい!」
「き、気をつけて……!」

照明が落とされた屋敷内は知っていても不気味な雰囲気が漂っていた。
隣で怖々と周囲をうかがっている主が握りしめる手にこもる力が強くなっていくのを感じながら、大倶利伽羅は明かりで先を照らし、周囲の気配を探りつつ進む。その足にはだが迷いはない。
木札の数は全部で五つ。ヒントが書かれた紙を見るに、おそらく主の執務室に一つあるはずだ。
数が揃っていれば順番は問われないので、まずはわかる場所に向かうことにした。

「まずは一つ目だな」
一つ目は執務室に備え付けの小さな冷蔵庫で見つかった。
どうしてこんなところにと冷えた木札を手に主が困惑する横で大倶利伽羅は、いかにも鶴丸国永の考えそうなことだと思ってため息をつく。
ヒントから執務室だと見当をつけたとして、真っ先に探す場所はどこだろうと考えた時、大概の者はまず引き出しがあればそちらに意識が向く。
だがそこで見つかるのはあまりに単純で面白みに欠けると考えたに違いない。
意外であり、盲点になる場所はどこかと思案して、冷蔵庫に目をつけたのだろう。
役目はともかく収納が出来る棚という点で見れば引き出しも冷蔵庫も似たようなものだ。
そして一つ目からつまずかないように、冷蔵庫を示すわかりやすいヒントもきちんと用意している。

脳裏に何かを企んでいる表情の鶴丸の顔が浮かんできて苛立ちを覚えた大倶利伽羅は舌打ちすると、次に行くぞと主に手を差し出した。

次に足を向けたのは資材置き場だ。ヒントはわかりやすかったが、色々な物が多く置かれた部屋の中から小さな木札を探すのはなかなかに大変で、しかも一見するとわかりづらい場所に隠されていたためようやく見つけた時には主が思わず、意地が悪いとぼやくほどだった。
大倶利伽羅もそれには同意して、どうせ鶴丸が隠したに違いないと決めつけた。
部屋を出ようとしたところで奥から物をガタガタと揺するような音がして主が短い悲鳴を上げたが、大倶利伽羅はさっさと次に行くぞと主の手を引いて歩き出す。

木札を探している間にも何度か音がしていたがそのたび律義に反応していた主をよそに大倶利伽羅はずっと無視し続けていた。
むしろ木札がなかなか見つからずに苛立ったあまり誰かが隠れているだろう場所近くの壁を軽く蹴りつけたのは自分でも短気が過ぎたと思うが、仕方がなかったと開き直ることにした。


三つ目の木札を探して次に向かったのは刀剣男士たちの部屋が集まった区画だ。
ヒントから区画の端に大きく造られた洗面所ではないかと見当をつけたのだが、しかしここにはシャワー室とトイレもあるので、広さだけを考えると探すのにかなり時間を要しそうでうんざりしてしまう。

いつも朝は混み合う洗面所にはいくつもの鏡と蛇口が並ぶ。鏡は収納棚になっていて、開けると個々の歯ブラシとコップがずらりと並んでいる。
その収納棚を一つ一つ確かめたが木札は見当たらなかった。
そうなると奥にあるトイレかシャワー室を探さねばならないかと大倶利伽羅は眉を寄せる。
「あんたはここで待っていてくれ。奥は俺が見てくる」
洗面所の明かりをつけてそう言うと主は一人になることの不安に表情を曇らせるが、むしろ大倶利伽羅としては一緒に連れて行かないほうが主のためだろうと判断した。
奥から何人かの気配がしている。おそらくトイレやシャワー室のどこかに隠れているのだろう。
近づく足音を頼りに扉を叩くとか、急にシャワー栓をひねって水音を響かせて驚かそうとか、そんな算段でもしているに違いない。そう説明すれば主は必死な様子でうなずいた。

気をつけてねと掛けてくる声にうなずき、物音がしても戻るまでそこを動くなよと告げて大倶利伽羅はまず、入って右側にあるトイレを確かめることにした。

トイレの個室は全部で七室あり、扉はすべて開いていた。
一番奥の掃除用具入れはいつもどおり扉が閉まっているが、気配はそこから感じとることができる。
個室のすべてが開いているとなったら、結果的に扉が閉まっている場所を探すしかなくなるのでそれを見越して誰かが用具入れに隠れているのだろう。
主はともかく、気配を読める刀剣男士相手には一見無意味のようにも思えるが、結局開けて確かめてみないことには探せないという心理が働いて開けざるを得なくなる。
渡されたヒントの紙には『水場。埋もれた場所』と書かれており、用具入れも候補の一つなのだ。
中にいる脅かし役に木札を持たせている可能性も十分考えられるし、どちらであっても開けた瞬間に脅かしてくるのは確実だ。

そこまで考えて大倶利伽羅は眉を寄せると、なんだか素直に開けてやるのは癪だという結論に達した。
開けないままここを後回しにしようかと踵を返しかけて、ふと思いついてしまったそれに、もしかしたら自分は柄にもなく浮かれているのかもしれないと顔をしかめる。

息を吐きだすと足音を響かせて用具入れの前に立ち、あとはここだけか、と声に出した。
するとほんのわずか、中の気配が緊張したものに変わるのを感じ取った。
開けた瞬間にどう動くつもりなのだろうと思いながらドアノブを握りしめ、ゆっくりと回して扉を手前に引いて少しだけ開いたところで勢いよく閉めた。
くぐもった悲鳴とガタンと中で何かが当たる音がしたのを確認して、大倶利伽羅は踵を返した。
肝試しなのだから、脅かし役が脅かされるということがあっても別におかしくはないはずだ。

用具入れは見つからなかった場合に改めて探しにくればいいと、大倶利伽羅はシャワー室に向かった。
屋敷内には大浴場があり、通常刀剣男士たちはそこで入浴するが、例えば当番などを終えた者が軽く汗を流したいときなどにこのシャワー室が使われる。
五つある仕切りの扉は普段は開け放たれているが、なぜか一番手前の扉だけ中途半端に閉まりかけていた。
ただそこから気配は感じられない。扉を開けた音が静かな中に響いた瞬間、奥のほうの個室からいきおいよく水の流れる音がした。
シャワーはすぐに止まって、ぽたぽたと雫が垂れる音だけが静かな空間に響く。主がいたら間違いなく悲鳴を上げていただろう。

シャワー室の中を探すかそれとも、と周りを見回してふと目についたのはタオルなどが重ねて詰め込まれた棚だ。
ヒントには『埋もれた場所』とあった。このタオルもある意味埋もれた場所なのではないかと思い、大倶利伽羅はタオル同士の隙間に手を突っ込んで探ってみる。
すると何か硬いものに指先が触れたのでつかんで引っ張り出すと、まさに探している木札だった。
思いがけず早く三つ目が見つかったのでさっさと戻ろうと踵を返そうとしたとき、雫が落ちる音がした。 どうやらきちんと栓が閉められていないらしい。
大倶利伽羅はため息をついてそこへ向かい、ちゃんと栓を閉めろよと中で隠れているだろう誰かに声をかけてシャワー室を後にした。

洗面所に戻ると主はうずくまっていた。
大倶利伽羅が木札を見つけたぞと声をかけながら近づくと跳ねるように立ち上がって抱き着いてくる。
「どうした、何があった」
かすかに震えている体に待っている間に怖い思いをしたのだろうと静かな声で尋ねると、主は廊下の奥からいろんな音がして怖かったと抱きつく力を強くする。
奥の方、と主の頭越しに視線をやると確かにこちらをうかがう気配をいくつか感じた。
おそらく主が一人でいるのを隠れていた脅かし役が見つけてこれ幸いと音を立てて様子を観察していたのだろう。
「あいつらはあんたを襲ったりはしない」
大丈夫だとなだめつつ背中を撫でてやって、大倶利伽羅は主の手を取ると、ついでに少し休もうと手を引いて歩き出した。

大倶利伽羅が主を連れてやってきたのは自身と燭台切光忠が寝起きする部屋だ。
卓袱台に明かりや紙などを置いて、主に座って休むよう座布団を勧める。
主は腰を下ろしつつ部屋の中を興味深そうに見回し、そういえばここに入ったことはほとんどなかったかもと口にした。
コップに水を注いでやって差し出すと、喉が渇いていたのか主は礼を言って一息で飲んだ。

「木札はあと二つか。一つは見当がついているが……」
ヒントの紙を手に大倶利伽羅は眉を寄せる。
主の執務室にあった木札のヒントは『本丸の中心の冷たい場所』であり、資材置き場は『戦いに欠かせないものが集められた場所』とあって、そして先ほどのシャワー室の『水場。埋もれた場所』だ。
大倶利伽羅が見当をつけているのは図書室で、ヒントの紙に『紙の群れ。静かな場所』とあることからおそらくこれは正解のはずだ。
しかし最後の『大切な場所』というのがあまりに抽象的で特定が難しい。
木札の場所は屋敷内だけで外には置いていないと始める時に鶴丸は言っていた。 その言葉を信じるのなら必ず屋敷内のどこかを示しているはずだ。

大切な場所、と口にして主が難しげな顔をする。もしかして鶴丸さんにとっての大切な場所だったりするのだろうかという見解に、だとしたらわかるはずがないと大倶利伽羅は吐き捨てる。
ヒントを考えたのはおそらく鶴丸であろうから、可能性がまったくないと言い切れないのが厄介だ。

大倶利伽羅の目から見た鶴丸国永は、とにかく神出鬼没な男という印象がある。
常に視界のどこかにいるわけではないのに、気がつけばすぐそばにいる不可解な存在。
刀として主を転々とした経緯があるせいなのか知らないが、この本丸でも一か所にじっとしている印象がまったく無い。
なのでそんな男にとっての大切な場所と言われてもまったくピンとこなかった。
主も思いつかないようで、鶴丸さんを基準にして探すのは難しそうだねと肩を落とす。

「先に図書室に行って四つ目を見つけるか。効率は悪いが、最後はしらみつぶしに探すしかないな」
ため息と共に大倶利伽羅が提案すれば、そうだねと主もうなずいた。


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