大倶利伽羅の予想通り、四つ目の木札は図書室で見つかった。
本同士の間に挟まっているのではないかと思っていたが、いつもは入り口入ってすぐに置いている栞の入った箱が奥の方の本棚へと動かされていて、中に栞と共に木札が入っていた。
ずいぶんとあっさり見つかったことに大倶利伽羅は最後の木札が容易に見つからないのではないかと危惧を抱く。
鶴丸は男士たちの部屋には隠していないとも言っていたので、ウソを言っていないなら探すのは誰もが出入りできる場所に限って大丈夫だろう。
この図書室から一番近いのは確か視聴覚室だったかと木札を袋にしまい、主に手を差し出したとき、図書室の入り口の方から物音がした。
主はとっさに大倶利伽羅に抱きついてあげそうになった悲鳴を押し殺す。肩を抱いてなぐさめつつ、奥の棚であるここへ近づいてくる気配に大倶利伽羅は警戒を強くする。
主は突然の物音ひとつでも跳びあがって悲鳴を上げるほど怖がりだということは刀剣男士たちもよく知っているから、いままでは音を出して脅かすだけだった。
大倶利伽羅も過去の肝試しでは姿を見せずに音だけで主に悲鳴をあげさせたことがある。
姿を見せるのならそれなりの怖がらせる格好が必要なこともあって、大体の男士は音を出すだけで済ませてきた。それに主相手に本気で怖がらせることはしても心に傷を負わせるようなことはしないはずだ。
この気配の持ち主は、主だけでなく大倶利伽羅がいることもわかったうえで近づいてきているところを考えるに、それなりに自信があるのだろう。
主をしっかりと抱きしめつつ、大倶利伽羅が気配のする方へ明かりを差し向けた時、そこに浮かび上がったのは床に這いつくばる格好で垂れ下がった長い髪の向こうから目を剥いた形相で唸り声をあげる何かだった。
屋敷中に響き渡るような悲鳴が聞こえてきて、鶴丸は腰掛けていた庭の岩から飛び上がった。
そうしてにっかり青江と御手杵を振り向く。
「……八十点、かな」
「俺は七十五点」
二人の答えに鶴丸は笑みを浮かべた。
「俺だったら八十五点をあげたいね」
頭痛と耳鳴りを持て余しながら、大倶利伽羅は泣きじゃくる主の手を引き、屋敷内を歩いていた。
図書室で見た長い髪のそれに主は、大倶利伽羅が知る限りで最大の悲鳴をあげた。
抱きかかえていたためにその悲鳴を一番間近で浴びることになった大倶利伽羅は音が遠くなって頭が揺れる感覚に襲われ、そして場所が悪かったせいもあってか本棚に後頭部をぶつけていた。
ぶつけた痛みと頭が揺れる感覚に思わず崩れ落ちてしまった大倶利伽羅に主はさらにパニックになって泣き出してしまい、脅かした張本人である和泉守兼定と様子を見ていた堀川国広が慌ててなだめようとしたが、和泉守の格好は白い布を服のようにまとい、そして自前の髪をざんばらにして顔の前に下げて、肌が青白く見えるような化粧もしていた為、全く適さなかった。
明かりに照らされた姿を見ただけで悲鳴をあげた主が間近に迫るそんな和泉守の姿に動揺しないはずはなく、余計に恐慌状態に陥ることになった。
大倶利伽羅は気を失うことはなかったものの動くことができず、主をなだめたくても手も伸ばせない状態で誰もその場の混乱を収められずにいた。
その喧噪に近くの部屋に潜んでいた他の脅かし役の男士たちも気づいて駆けつけ、混乱状態が落ち着くまでかなりの時間を要することになった。
ごめんなさいと涙声で謝る主に大倶利伽羅は足を止め、ため息をつきながら目の前の体を抱き寄せてささやいた。
「もう泣くな。痛みはひどくないし、そもそもあんただけのせいじゃない。それにおかげで一つ思い出せたことがあったからそれで帳消しだ」
主はどういう意味かと不思議そうに首をかしげ、そういえばどこに向かっていたのかと周りを見回して、そこが大広間の前であることに気づいた。
「大切な場所は、おそらくここだ」
お疲れさま、と主からかけられる声に大倶利伽羅はうなずき、長椅子に座る主の横に腰を下ろした。
先ほどまで行われていた、敷地内を戦場に設定しての戦闘訓練はかなり白熱した。
肝試し参加者側の男士と脅かし役側の男士でそれぞれチームに分かれて前半で集めた木札を奪い合うという単純なものだが、だからこそ熱が入り、負傷者も少なからず出ていた。
大倶利伽羅もその一人で、今しがたまで手入部屋で傷を癒していたところだ。
手入が終わった後は習慣である就寝前に二人で過ごす時間のために主の元を訪れていた。
主の淹れてくれたお茶を飲んで、そっと息を吐きだす。
話題は自然と先ほどまでの肝試しのことになった。
大倶利伽羅が木札を探しているときにトイレの用具入れに隠れていた脅かし役を逆に脅かしたことや、そのために訓練で自分を執拗に狙ってくる男士がいたことなどを話すと、主は飲み物を吹き出しそうになって咳き込む。
そうして、だから貞君が大倶利伽羅の名前を呼びながら追いかけていたんだ、と納得した様子で笑い声をあげた。
ちなみに言えば資材置き場で壁を蹴ったことを燭台切光忠から手入部屋で一緒だった時に軽く説教をされているのだが、それは黙っておくことにした。
それから取り留めなく話していたが、ふいに大倶利伽羅は疲労からくる眠気を自覚した。
しかし離れがたさを感じて主の肩に頭を寄せて、少し横たわっていいかとささやく。
主は小さく笑って、もちろんどうぞと自身の太ももを軽くたたいた。
膝枕と頭を撫でてくれる手の心地よさにこのまま眠ってしまいそうだと思っていると、それに気づいた主が部屋に戻って休んだほうがいいのではと勧めてくる。
大倶利伽羅は曖昧にうなずきつつも体の向きを変え、主の腰に腕を回してお腹あたりに顔をうずめた。
主の驚く気配に、この反応も無理はないと彼は思う。
なにしろ彼自身が幼い子どものような甘える行動を取った自分に驚いているのだ。
酒が入っているときならともかく、素面でこんなふうに振舞ったことはなかった。
今日はらしくないことばかりしているように思い、自分自身でも理由がわからずに困惑する一方、まだ主と一緒にいたいと腰に回した腕に少しだけ力を入れて頬を摺り寄せると、なだめるように肩を撫でられた。
しばらくそうしてじっとしていると、そういえば、と主が口を開く。
最後の木札がどうして大広間にあるとわかったのかと尋ねてくる声に、ヒントにあっただろうと大倶利伽羅は答えた。
あのヒントでわかったのかと不思議そうな声に、気づけば簡単だったと返しながら彼は目を閉じると小さく独り言をこぼす。
「……当たり前すぎて、忘れていたな」
最後の木札は大広間に置かれている棚から見つかった。
ヒントにあった『大切な場所』と言うのは、主が大切にしている朝は全員で食事を摂るという習慣のための場所という意味だったのだ。
一日の始まりに刀剣男士たちの様子を見ることができるそこは、主にとってまさに大切な場所であった。
図書室で頭をぶつけた時、その衝撃で彼が思い出したのは顕現直後の記憶だ。
この本丸の主だという審神者とその隣に立つ燭台切光忠の姿が、彼が肉体を得て目を開けて最初に見たものだった。
知らない顔と、知っている顔。自分を呼んだ声の持ち主が大倶利伽羅を見て、そして燭台切に向き直って本丸の案内をお願いしますと頼んだ。
燭台切に声をかけられながら大倶利伽羅が主の横を通り過ぎたとき、わずかに自分に対して緊張したのを感じ取ったが、この時の彼は特に気にも留めなかった。
そして燭台切光忠の案内で本丸を見て回っている中で、大広間の説明をされた。
『君にとっては煩わしいと思うかもしれないけれど、朝だけはここでみんな揃って食べることになっているから、それだけでも守ってほしい。主が大切にしていることだから』
あの時なんと答えたのかは覚えていないが、後で口うるさく言われるのも面倒だと思って不承不承でうなずいたような覚えだけはある。
いまとなっては当たり前になっているからか、忘れていたことにさえ気づいていなかった。
ふと、あのすれ違った時に主が緊張した理由は何だったのだろうと彼は疑問に思ったが、主が覚えているとは思えないと胸の内に留めておくことにした。
意識が眠りへと傾きかけているのをどこか他人事のように感じていると、主が欠伸をこぼすのが聞こえた。
大倶利伽羅はそっと息を吐き、さすがにいい加減部屋に戻るべきだろうと体を起こし、もう戻ると立ち上がったところで、待って、と主が彼の手をつかんだ。
そうして視線をさまよわせつつ、一緒に寝てほしいと消え入りそうな声で告げる。
告げられた内容を反芻して、大倶利伽羅は黙ったまま主を見つめる。
肝試しで怖い思いをしたから一人で眠りたくないだけで主に他意はないと自分に言い聞かせて唇を引き結んだ。
そうしなければ疲労と眠気で判断力が低下しているいま、馬鹿なことを口走りそうになるからだ。
酔いを自覚しているときはそれを理由に踏み込むこともできたが、そうでない時は抑えなければという理性が働く。
振舞いに甘さを出すにしても加減をしなければ、どこまでも際限なく主を求め続け、自分が自分ではいられなくなってしまう。
主の何もかもを自分だけのものにしたいと望んで、主の大事なものさえ傷つけてしまうことすら厭わなくなる。
歪んでしまえば主に捨てられる。
その恐れが、奥底に沈めているいびつな思いを抑えつけてきた。
決して表には出せない思いを抱えて黙り込んだ彼の態度を、主はどう受け取ったのか。
気まずそうな顔を見せて手を離そうとするので大倶利伽羅はとっさにその手をつかんで主の体を抱き寄せていた。
主から伸ばされていた手が離れていく瞬間が、いまは何より怖い。
その恐怖が先に立って、抱き寄せた後にどうするのかという考えまではなかった。
腕の中におさめてしまうと離せなくなってしまう。
抱く腕に力をこめて、ほとんど懇願のように言葉にした。
「……添い寝だけで済まなくなっても、許してくれるか」
主が一瞬体を揺らす。そうしてうつむけていた顔をそっとあげて大倶利伽羅を見つめると、怖いのを忘れさせてほしいと頬を赤く染めた。
兼さんの格好は貞〇のイメージ。
戻る