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亡失の呪い-if/restart 9-

林道の先にある一本だけ桜の木が植えられている開けたそこは、大倶利伽羅にとってはいまや失えない主との記憶が残る場所となっていた。
足を運ぶと見知った猫が木の根元に座っていたが、そのすぐそばに何かの塊があるのを見つけた。
不審に思いながら近づけばその塊は横たわる幼い子どもだった。
何が起きたのかと一瞬戸惑いながらも子どもの様子を確かめようと触れると、小さくうめき声をあげて目を開けた。
その顔を見た瞬間、大倶利伽羅は息を呑んだ。

その子どもの顔に主の面影が重なる。主の幼い頃を見たことは無いが、きっとこんな風だったのではないかと想像したそのままの顔立ちがそこにはあった。

弱々しく震えるまぶたの向こうの目が大倶利伽羅を確かに見て、唇を薄く開いたが、発した声はほとんど音にならなかった。
子どもは再び目を閉じる。呼吸に大きな乱れはないがひどく弱いうえに全身が傷だらけだ。
どうやってこの領域に入ってきたのかは知らないが、このままここに放置しておけば間違いなく死んでしまうだろう。
脳裏で衰弱していく主の姿がよぎって大倶利伽羅は突き動かされるように子どもの体を抱きあげて踵を返した。

この腕の中にいるのは主ではないと理解しながらも、主と同じ顔の幼子の命が失われていくのを黙って見てはいられなかった。

刺激を与えないようにしっかりと抱え足早に屋敷に向かっていると、燭台切光忠に声をかけられた。
「伽羅ちゃん?どうしたのそれ……というか、え、子ども?」
「林道の先で倒れていた」
「倒れていたって、そもそもどうやってここに……」
大倶利伽羅に抱えられた格好のその子どもを見るなり燭台切は目を瞠った。
きっと自分と同じように主の姿が重なったのだろう。
「っ、医務室へ急ごう!」

医務室に駆け込むと、ちょうど中にいた薬研藤四郎が何事かと目を瞠り、そして大倶利伽羅が抱えている子どもの姿を見て驚きをあらわにした。
薬研はすぐに冷静さを取り戻して燭台切に布団を敷くよう指示を出すと自身は医務室の奥へと向かった。

燭台切が敷いた布団に大倶利伽羅が子どもを横たわらせると奥からお湯を張った洗面器とタオルを手に薬研が戻ってきて、そうして三人で協力しながら丁寧に濡れたタオルで体を拭いてやり、傷に薬研手製の薬を塗っていった。

「傷のほとんどはそこまでひどくないのが救いだな。この様子ならそのうち目を覚ますはずだ。弱ってたのは……たぶんまともに物を食えてないんじゃないか?」
あばらも浮いていたし、という薬研の見解に燭台切は痛ましげな表情で子どもを見やった。
「じゃあ何か負担にならないもの……重湯とかお粥なら大丈夫かな」
「そうだな。起きたら様子を見て与えてやるといい」
ならいまのうちに用意をしてくるといって燭台切は医務室を後にした。

大倶利伽羅は燭台切が遠ざかる足音でようやく息を吐きだし、子どもの枕元に近づいた。
薬研も反対側の枕元に寄り添い、そっと息を吐く。
「しかし、どっから迷い込んだのかね」
つぶやきながら薬研は子どもの髪を撫で、なんでこんなに似ているんだと訝しむ表情を見せる。
「大将に姉妹がいたなんて誰も聞いたことないよな?」
「……ああ。一人っ子だったと言っていた」
「他人の空似ってことか。まあ髪の色が全然違うしな」
桜の花びらみたいできれいな色だな、と薬研がこぼした言葉に、そうだな、と大倶利伽羅は同意を示す。

この不可思議な子どもは人間ではないという確信を抱いているが、しかし正体は何なのだろうかと考えると困惑が先に立つ。
見つけた時には顔立ちのほうに気を取られて気づくのが遅れたが、あらためてこうしてそばにいると、子どもがまとう気配がひどく主に似ていることに戸惑い、そして安堵もしていた。

水を飲みに厨に入った鶴丸国永は、燭台切光忠が何かを作っていることに気づいて覗き込んだ。
「なんだ。もう支度を始めてるのか?」
他の当番連中はどうしたんだと声をかけながらコップに水を注ぐ。
「ちょっとね。実は伽羅ちゃんが……子どもを拾って」
口に含んだタイミングで聞かされた衝撃的な内容に鶴丸は勢いよく水を吹き出し、手の甲で濡れた口元を拭いながら燭台切をまじまじと見た。
「はぁ!?」
「そういう反応だよね。いま医務室で眠っているんだけど、薬研君の見立てでは空腹状態みたいだから起きた時に何か食べられるものでもと思って」
苦笑しつつ、薄味のお粥が入った器を木のお盆に載せて厨を出ようとする燭台切の後を鶴丸は慌てて追った。

燭台切と共に医務室に入ると、中には布団の上で身を起こした子どもと、そのそばに座っている大倶利伽羅、そして机の前で本を読んでいる薬研藤四郎の姿があった。
鶴丸は子どもの顔を見て目を瞬き、そうして複雑そうな表情を浮かべた。
「ちょうどよかったな。さっき目を覚ましたところだ。腹減ってるか聞いたら、空いてるってよ」
「そっか。じゃあ食べられるといいんだけど」

子どもが不思議そうに燭台切を、そして彼の運んできたお粥を見て目を丸くした。
「少し薄味だと思うけど、いきなり重いものは負担がかかると思って」
はい、と器と木のスプーンを手渡すと、子どもは恐る恐る受け取り、そして食べていいのかという様子で燭台切や大倶利伽羅を見る。
大丈夫だと燭台切がうなずくと、子どもはいただきます、と小さくつぶやいてスプーンですくって口に運んだ。
それまで浮かべていた緊張の表情がお粥を口にしたことでほぐれるのを見て、燭台切は知らず安堵の息を吐いた。

一口、一口とゆっくりながらも子どもは食べ進めていく。
途中で白湯も飲み、そうして用意したお粥はすべて平らげた。
「ごちそうさま……あの、おいしかった」
小さいながらもしっかりとした声に、燭台切の口元は自然とゆるむ。
「よかった。お腹は大丈夫?」
はい、と大きくうなずく子どもからは先ほど感じ取った弱々しい気配はもうなかった。

子どもは不思議そうに周りを見回し、そうして大倶利伽羅と目が合うとそっとほほ笑む。
顔立ちが似ているためか笑みがやはり主の笑顔と重なって、大倶利伽羅はほとんど無意識に子どもの頭を撫でていた。 しかしハッとして離そうとした手を子どもの小さな手がつかんでとどめた。
子どもは嫌がるそぶりを見せるどころか、むしろもっと撫でろとばかりに手のひらにすり寄せてくる。
その仕草はいつも彼の前に現れる猫を思わせた。
「みつけてくれてありがとう。お兄ちゃん」
そう言って子どもは笑顔を見せる。
呼ばれ慣れないそれに彼が戸惑うと、鶴丸が助け舟を出す。
「お兄ちゃんってのはどういうことだ?そもそもきみはどこから来たんだ?」
子どもは不思議そうに首をかしげて、お兄ちゃんはお兄ちゃんだよと答えた。

「お姉ちゃんといっしょにわたしのところに来てたお兄ちゃん」

「……あー、じゃあまずそのお姉ちゃんってのは、誰なんだい?」
「お姉ちゃんはそこにいるよ」
そう言って子どもが指さしたのは医務室の入り口だ。だがそこには誰も立っていない。
「誰もいないようだが……」
困惑をにじませて返せば子どもは丸い頬を大きく膨らませた。
「ちゃんといるよ。いないなんて言うからお姉ちゃん悲しそう……」
鶴丸と燭台切は困惑に顔を見合わせる。次に尋ねたのは燭台切だ。
「うん、じゃあ質問を変えようか。君はどこから来てどうやってここに入ってきたのか、教えてくれるかな?」
「ずっとここにいたよ」
「ずっとって、いつから?」
「ずっとはずっと」

どうにも要領を得ない返答に鶴丸が頭痛を感じはじめたとき、主、とつぶやく声がした。
「……お前が言っているのは、主のことか」
大倶利伽羅の問いに子どもは彼をじっと見て、幼い見た目に似合わない大人びた笑みを見せた。

子どもの言った『お姉ちゃんといっしょにわたしのところに来てたお兄ちゃん』という言葉が大倶利伽羅の中で引っかかった。
子どもは彼を指して「お兄ちゃん」と呼んだ。
そして子どもが倒れていたのは林道の先の桜の木の根元。
あの場所は主と時間を過ごしたところでもあったし、元々主の気に入っていた場所でもあったと後から聞いたことを思い出せば、自然とそれらが線でつながった気がした。

「きみはいったい……」
鶴丸が呆然とつぶやいたとき、軽快な音を立てて現れたのは管狐のこんのすけだ。
「どうした。彼女はここにはいないぞ」
「いえ、あの方ではなく。本丸内にちょっと異変を感じ取ったもので」
言いながらこんのすけは子どもの姿を見て驚いた様子で耳と尻尾をピンと立てた。
こんのすけは見た目が主に似ている以上に何か別のものを子どもに感じ取ったのだろう。
「この子は」
「伽羅坊が木の根元で見つけてな。林道の先にある桜の木だ」

説明を受けて、なるほどとうなずいたこんのすけは子どもの周りを観察するように回って独り言をつぶやいていたが、やがて何かがわかったのか、足を揃えて座るとどことなく機嫌良さそうに尻尾を振った。
「この子は人間ではなく、精霊と呼ぶべき存在のようです」
「精霊?」
そうなのかと問うように鶴丸が子どもを見れば、うんと大きくうなずいた。

「お姉ちゃんがやさしくなでてくれたあの時から、わたしはずっとあの木にいたの」


「本丸という領域の特異性を考えればありえない話ではないかと思います」
本丸は現世からはすこし外れた場所にあり、多くの付喪神が集うことによって霊力が満ちた空間へと変わっていく。
そこにある自然物などに精霊が宿るようになったとしても不思議ではない、とこんのすけ。

説明をしている間、精霊だという子どもは管狐が振る尻尾に興味を抱いたのかそっとつかもうと手を伸ばしたが、それを近くにいた大倶利伽羅に優しくおさえられて、急に握ったら驚くと穏やかに注意されていた。
鶴丸はそんな様子にふっとほほ笑むと視線を管狐に戻す。
「なるほどな。桜の木の精霊か」
「そういうことになりますね。最初から領域の中にあった木ならばどこから来たのかという疑問は解決できます。まあどうして姿を見せたのかはわかりませんが、場所が場所なので刀剣男士のように顕現したと考えるのが妥当ではないかと思われます。それと遡行軍の気配は感じられませんので何らかの罠ということもないかと」
この子が悪いものでないことはみなさんのほうがよくわかるでしょう、というこんのすけの言葉に、鶴丸たちは同意を示した。

大広間に集められた刀剣男士たちは、鶴丸国永が連れてきた子どもを見て何事かと訝った。
鶴丸が連れてきたのなら身元に不明な部分はないだろう。彼らが訝ったのはなぜここに子どもがいるのかというよりも、どうして子どもの顔に死んだ主が重なるのかという疑問からだった。
顔がそっくりな姉妹、あるいは主の幼い頃はきっとこんな風だったのだろうと確信させる何かがその子どもにはあった。

子どもは多くの視線に臆することなく彼らに向き合い、自分は桜の木の精霊だと名乗って短い間だけど仲良くしてくださいとほほ笑んだ。
こんのすけの補足もあって、彼らはその子どもを不思議とすんなり受け入れることができた。
いまは人の形をしながらも元々は物に宿った魂という出自が似ている所為かもしれない。

「そういえば名前ってあんの?」
加州清光が尋ねれば、子どもは首を振った。
「わたしこの姿で出てきたのはじめてだから、名前ないの」
「というわけできみらに協力してもらって名前を付けたいと思って呼んだ次第さ」
鶴丸の手から各自に紙と筆記用具が配られる。
やがて集計した結果、一番多かったのは表記の違いはあれど『サクラ』という名前だった。

「サクラ……うん、サクラ。じゃあわたしはサクラ。ありがとう、刀剣男士のお兄ちゃんたち!」

名前が決まって嬉しそうにほほ笑む表情は彼らの知る主とまったく一緒だった。

にこにこと笑って刀剣男士たちと話していたサクラはふと何かに気づくと立ち上がって廊下に出た。
そうしてこっちに来てと誰かに声をかけている。
まさか引き継いだ審神者かと彼らは警戒したが、戻ってきたサクラのそばには誰もいなかった。
なのにサクラの手だけが不自然な高さで上がって何かを掴むような形を作っている。
まるで見えない何かを引っ張っているようだった。

「お姉ちゃんもいっしょにいて。わたし、サクラって名前つけてもらったの。……うん。お姉ちゃんにも呼んでもらえてうれしい!」
サクラは振り向いて宙に視線を向けながら独り言をしゃべる。
その様子は事情を知らなければ奇異に映るだろうが、大倶利伽羅には確信があった。

「……主?」

リンのおかげと、そして医務室ではサクラによって主がこの本丸にいることを知っていたから、問いかける声にためらいはなかった。
「お姉ちゃんも座って。それでみんなでお話するの。わたし、お姉ちゃんやお兄ちゃんたちとお話してみたかったの」
サクラはそう言って空いている場所に見えない主を引っ張っていった。


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