戻る
亡失の呪い-if/restart 8-

鶴丸はリンを連れて、主の後飾り祭壇を置いている庵に場所を移していた。
そこにはすでに山姥切国広、燭台切光忠、太鼓鐘貞宗、加州清光、大和守安定、そしてリンの護衛である前田藤四郎の六振りが待っていた。

「遅いぞー鶴丸国永ー」
待ちくたびれたと加州がぼやく。
「すまんすまん。リン殿に見てもらっていたら彼女に出くわしてな」
「マジ。なんか言われた?」
「いきなり怒鳴ってきたんで驚いたよ。すまなかったリン殿。不快な思いをさせてしまった」
「いえ。大丈夫ですからお気になさらず。暴言を吐く霊と似たようなもので慣れていますから。ね、前田」
「はい。主君はこう見えて修羅場には慣れていますから」
そう言って笑い合う二人に、鶴丸はそれは頼もしいことだと笑い声をあげた。
「では、お参りをさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろん」

線香を焚いて手を合わせる姿に太鼓鐘貞宗が小さく鼻をすする。
同じ審神者であっても自分たちの主とは面識もないはずのリンがこんなに真摯にお参りをしてくれる姿を見ると、後任であるはずの今の主はいったい何なのだろうと思ってしまう。

お参りを終えたリンは祭壇前から移動し、勧められた座布団に座ると素敵な写真ですねと言葉にした。
「この写真が載った雑誌も拝見しておりました。この方だったのですね」
「礼を言うよ。きっとあの子も喜ぶだろう」

「それで、ひと通り見てもらったんでしょ。どうだったの?」
大和守が尋ねると、鶴丸は屋敷の方には特になにもないらしいと答えた。
「彼女が見たっていう庭の橋の方も見てもらったが……」
そう言いながらふと鶴丸がリンのほうを見ると、彼女は前の主の遺影をじっと何かを見定めるように視線を向けている。
もしや何かを遺影から感じ取ったりでもしたのだろうか。

引き継いだ審神者に対してリンのことは鶴丸が個人的に知り合ったと伝えたが、これはもちろん嘘だ。
本当は主の幽霊を見たという話を聞いた鶴丸がこんのすけに霊能者を探すよう頼んで派遣されてきたのが彼女で、新しい主である審神者が望んでいる除霊の出来る強い霊能者の件は後に回されている。

鶴丸の視線に気づいたらしいリンは彼を振り向く。
ほんの一瞬、リンが壁際に置かれた長椅子を見やったのを鶴丸は見逃さなかった。 壁際の長椅子の片側には大倶利伽羅が座っている。
「新しい審神者様がおっしゃっていたという怨霊の存在はこんのすけと同じく感じませんでした。何をもってそう口にされたのかはわかりませんが」

「こんのすけには、前の主から怖い顔で殺すと言われたと言っていたらしいが……」
あいつがそんなこと言うとは思えないと山姥切は悔しそうに唇を噛む。
鶴丸国永から、新しい審神者が自分たちの主の幽霊を目撃したらしいという話を聞いたときは驚くとともにどうして自分には見えないのだろうと寂しい気持ちになった。
だがその気持ちは、こんのすけから聞いた審神者の一連の発言によって吹き飛び、怒りに取って代わっていた。
そして今日は近侍に指名されていたが、怒りもあったので山姥切は最初、執務室に行くつもりはまったくなかった。
それでも顔を出したのは鶴丸国永から自分の気持ちをぶつけてきていいと言われたからだ。
呼ぶなと言っていたのに国広と呼ばれたことで彼はいい加減我慢の限界に達して、主とは認めないと突っぱねた。
様子を見るために最低限の接触に留めておくように言っていた鶴丸があえてそうしていいと判断したのなら何か理由があるのだろう。

「けどさ、そもそも主の霊を見たってことがホントなのかどうかも疑わしいよな」
そう言ってため息をつく太鼓鐘貞宗に、加州清光は同意だとうなずく。
「適当なことでっち上げても誰も見てないんじゃわかんないしね」
「そのことについてはどうなんだ、リン殿。彼女は主の霊を本当に見たんだろうか」

「……あの方が目撃されたのは事実のようです。でも怨霊になっているなんてことはありません。だって、いまこうしているときにも皆さんを心配そうに見ていらっしゃるんですもの」
そう言ってリンは長椅子の空いているほうを示した。

「はじめまして、リンと申します。こちらのこんのすけから頼まれてここへ参りました。……はい、いえ、除霊ではなく……まあ……」

リンは長椅子の空いた場所に向かって一人で会話をしている。
彼女の言葉を信じればそこに死んだ主がいるのだろうが、こちらには見えないし聞こえないので、鶴丸たちはにわかには信じがたく顔を見合わせる。

長椅子に座っている大倶利伽羅はじっと自分の空いている隣を見つめ、本当に主がいるのだろうかと神経を研ぎ澄ませるが、姿を見るどころか気配すらわからない。

本丸を引き継いだ審神者が、主の幽霊を見たらしいという話を山姥切国広とともに鶴丸から聞いたとき、真っ先に感じたのは真偽の判断ではなく、どうして自分の前ではなかったのかという落胆だった。
なぜ自分に会いに来てくれなかったのか。
もう一度主の姿を見て、自分の名を呼んでくれる声が聞きたかった。

ふいに、リンが小さく笑い声をこぼした。大倶利伽羅を振り向いて、じっと見られているのが恥ずかしいそうですよと微笑ましそうに説明する。
「主君。もしかしたら写真なら写るのでは?」
「あら。そうね、やってみましょうか」
前田にうながされたリンは手にしていた巾着から端末を取り出し、長椅子の空いている場所に向かって掲げ、撮ってみますねと一声かけてシャッターを切った。
画面を確認して、口元をほころばせる。
「よかった。ほら、結構はっきり写ってますよ」
端末を渡された大倶利伽羅は息を呑んだ。
画面には全体の色がくすんではいるものの、確かに椅子に座っている主の姿があったからだ。
端の方に見切れる形で大倶利伽羅の左手が写り込んでいる。

主の姿を見ることが出来た喜びと共に、どことなく不安そうな表情とこうした手段でしか主の姿を見ることが出来ない寂しさに大倶利伽羅の胸が痛む。

「なあ俺たちにも見せて!」
加州に急かされて大倶利伽羅が端末を渡すと、彼らは食い入るように画面を見つめた。
「本当に主だ……」
大和守がつぶやく。その言葉が波紋のように広がって、彼らの間に安堵する気持ちと直接姿が見えない寂しさがまざりあって、どことなく部屋全体が沈んだ空気になってしまった。

そんな彼らにリンと彼女の刀である前田藤四郎は顔を見合わせて不安そうな表情を作った。
もしや自分たちは余計なことをしてしまったのではないだろうか。
「すみません。無神経な行為でしたね……」
リンが頭を下げると、鶴丸は首を横に振った。
「いや、そうじゃないんだ。いることがわかってこうして姿も見られてうれしいんだが、ここにいるってことは何か伝えたいことがあったのかと思ってな。いや、もちろん俺たちだってちゃんと話せないまま主を見送ることになってしまったから……」
鶴丸の言葉を聞いたリンはふと何かに気づいた様子で長椅子のほうを振り向いて、そして何かに耳を傾けているのか静かな表情をたたえているのを大倶利伽羅は見た。
主がリンに話しかけているのだろうかと彼は自分の隣の空いた場所を見る。
姿を画面越しであっても見ることが出来たからか思いが膨らんで、声が聞きたくてたまらなくなってしまっていた。

二度三度とうなずいたリンが何かを話そうとしたところで軽快な音がそれをさえぎった。
現れたこんのすけはやけに切羽詰まった声でリンを呼んで大変ですと訴えた。
「どうしたんだこんのすけ」
「それが、表にリン殿を迎えに来た鶴丸国永殿が来たんですが、それを知った主さまがなぜか一方的に因縁をつけて喚きはじめて……!」
「あらまあ」
「まったく何をやってるんだ!」
大して驚いていない様子でリンがのんきな声をあげる一方、鶴丸は珍しく苛立った様子で舌打ちして立ち上がった。

「すまないリン殿。何から何まできみには迷惑をかけてしまった」
「いえ、お気になさらず。うちの鶴丸もどうして急に迎えに来たのかしら」
「とにかく早く戻った方がいいかな。伽羅ちゃんと山姥切君はここにいて。下手に顔を出さないほうがいいと思う」
燭台切光忠がうながし、リンは主がいるほうに会釈をすると前田藤四郎や鶴丸たちと共に庵を後にする。
それを見送って山姥切国広と大倶利伽羅はお互いを複雑そうな表情で見交わした。


庵を出た鶴丸たちが門前まで近づくと、リンの刀であろう鶴丸国永と、一方的に喚いている審神者の姿が見えた。
山伏国広と長曽祢虎徹に抑えられているものの、手を離せばとびかかりそうな勢いで審神者が喚いているが内容はほとんど聞き取れない。

「鶴丸!」
リンが声をかけると鶴丸が振り向いたが、門を挟んだ向こうではなく自分の背後から主が来たことに目を丸くしている。
「あれ、なんできみこっちから来たんだ?てっきり中にいるものと」
「外に出て今戻ってきたの。こちらの主さんのお参りをさせていただくために」
「……外にか?」

疑問に答えたのは前田藤四郎で、ここの本丸の主の祭壇はいま別の場所にあるのだと説明すると、なるほどと鶴丸は納得した。
そして今しがたまで自分にわけのわからない因縁をつけて喚いていたこの本丸を引き継いだ審神者であるリコを振り向いた。
「きみが言っていたことは一ミリたりともわからなかったが、とりあえず主が戻ったんでこれで帰らせてもらうよ」
「ふざけないで!!」
「ふざけているのはどっちだ?きみと俺は初対面だ。なのにわけのわからん因縁をつけられて迷惑していたんだ。まったく俺の忍耐が限界を迎える前に主が戻ってきたことを感謝してほしいね。でなきゃ刀を抜いていたところだ」
「鶴丸」
リンが鋭い声でいさめると、わかっていると鶴丸は片手を挙げた。

「すまない、俺からも謝罪させてくれ」
この本丸の鶴丸が頭を下げると、リンの鶴丸は頭を上げてくれと言って肩を叩いた。
「同じ鶴丸国永同士、余計な言葉は不要さ。それより主が世話になったな。そちらに何か変なことをしなかったか?」
「どさくさにまぎれて何言ってるの君は!?」
「ほらほら外向きの仮面が剥がれてるぞ。じゃあ帰るとするか」
そう言って鶴丸は自分の主の肩を抱いて歩き出す。リンはその状態で振り向き、礼を告げて前田藤四郎と共に三人は転送ゲートへと歩いていった。その後をこんのすけが追いかける。

「……さて」
彼らを見送った鶴丸たちは息を吐き、そうして残された面倒なことに向き直った。
先ほどの勢いはさすがになくなったものの興奮が尾が引いているようで、荒い息を吐きながら鶴丸を睨みつけている。

就任初日の硬い態度やリンの鶴丸に対して一方的に噛みついた様子を見る限り、どうやらこの新しい審神者は『鶴丸国永』に対して思うところがあるようだ。
この本丸の大倶利伽羅に対してとは別方向の何か執念めいたものを感じる。

私室からの家具の撤去や後飾り祭壇を移動させたことから、彼女が主の存在を本丸から徹底的に排除したいという思惑は察知していたが、しかし自分に対しての警戒感は何なのだろうと鶴丸は疑問に思った。
鶴丸自身はこの審神者との面識はないので言葉を交わして騒動が起きた結果というわけではないことは確かだ。
もっとも、時折言動に不審なところが見られる彼女のことだから、何かを誤解している可能性は大いにあるかもしれないが。

「余所に喧嘩を吹っかけるとはどういうつもりだ?」
「うるさい!あんたには関係ないでしょ!」
「関係大ありさ。ここの審神者となった以上、きみ一人の問題じゃない。その自覚があるのか?」
「っ!」
とっさに反論に詰まる様子から見て、激高すると周りが見えなくなるようだと鶴丸は冷静に観察する。

「まったく、きみが何を考えているかさっぱりわからん。きみは俺を嫌っている。ここに来た最初の日からな。だが俺はあの日より前にきみに会った覚えはないし、話したこともない。きみが一方的に俺を嫌っているわけだ。それでいて関係ないとは、いくら興奮してるからって発言には注意したほうがいい」
吐き捨てるように言って鶴丸は金色の目を細めた。
彼女は何か思い当たる節があったのか大きく肩を跳ねさせ、そうして唇を噛んでうつむいた。
その様子から焦りや苛立ちがうかがえる。

「……はっきり言ってきみの精神状態を疑うな。リン殿にいきなりつっかかったことも、さっきのこともだ。そんな状態で俺たちの主を務めようなんて、きみには審神者の役目が理解できていないと見える。幸いにも体は元気そうなんだ。すこし心を休ませた方がきみのためだと思うがね」

うわ、と思わず加州は声を出していた。
鶴丸の言葉はかなり手厳しい。しかもその裏に呪いで衰弱しながらも視力を失うまで審神者としての務めを果たそうとした主のことがあるのが明らかだったからだ。

「ふざけないで!!私は病気なんかじゃない!」
顔を真っ赤にして審神者は叫ぶと走って行ってしまった。
なかば呆然とその後姿を見送り、山伏国広と長曽祢虎徹はそろって息を吐いた。その表情には呆れがにじんでいる。

「そういう奴ほど違うと言い張るんだよな」
鶴丸はつぶやき、疲れた様子でため息をついた。


戻る