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亡失の呪い-if/restart 6-

こんのすけから話があると刀剣男士たちがいつものように大広間に集まった。
そこで聞いたのは、本丸を引き継いだ新しい審神者が離れの部屋にある主の後飾り祭壇を別の場所に移すようこんのすけに指示を出したという話で。

大倶利伽羅の中に一瞬で新しい審神者に対する殺意が沸き上がった。
思わず立ち上がりかけた彼をそばにいた太鼓鐘貞宗と燭台切光忠が抑えたが、けれど怒りを抱いたのは大倶利伽羅だけではなかった。
あの女、とこれまで聞いたことがないほどに低い、怒りを孕んだ山姥切国広の声がした。
それに触発されて何人もの刀剣男士が怒りをあらわにした。

そんな彼らをなだめたのは鶴丸国永で、鶴丸はいっそ移したほうが自分たちのためにもなるのではないかと言い出した。
訝しむ大倶利伽羅たちに鶴丸が説明をはじめた。

いわく、今は使っていない離れの庵に主の後飾り祭壇を移す。
だがただ移しただけでは新しい審神者に気づかれるのは時間の問題だ。そこで、祭壇を移す予定の庵を別の空間として本丸から切り離すのだという。
全員を集める前にこんのすけと相談をしていたらしい鶴丸は、そうすれば邪魔はされないはずだとも言った。

「伽羅坊。きみにとっても悪い話じゃない。あの子に会いに行くのを邪魔されたくはないだろう?」
鶴丸の言葉に大倶利伽羅の脳裏に忌々しい数日前のことがよぎった。

大倶利伽羅は離れの部屋で主との記憶を思い返しながら静かに過ごしていたのだが、突然新しい審神者が部屋に入ってきたのだ。
しかも主の遺影や遺骨を飾った祭壇を確かに認識しながら、手を合わせるでもなく故意に無視した。
たとえ赤の他人でも、審神者として前任者なのだから挨拶として霊前に手を合わせるくらいはするべきではないかと思った彼をよそに、やったことといえば買い物に付き合ってほしいなどとくだらない誘いをかけることだけ。

初日の様子から不審には思ってはいたし、加州清光の言っていたようにどうやらこちらのことを知っていたと聞いていてもまさかこれほど露骨な態度を見せられるとは思ってもいなかった彼は、怒りもあってすぐに部屋の外に追い出したが、それが一時しのぎでしかないことはわかっていた。
そしてその翌日も、彼を邪魔するように新しい審神者は現れた。

「彼女に、あの子に対しての弔意なんて欠片もないんだろう。そうでなきゃあんな格好で来るはずがないからな」
そのことを燭台切光忠に話したとき、その場には鶴丸国永と太鼓鐘貞宗がいた。
鶴丸が吐き捨てるように言った言葉にあの引継ぎ審神者が来た日に抱いた怒りがよみがえってきていた。

その提案は確かに鶴丸の言う通り、四十九日までの間に邪魔されない方法はないものかと考えていた彼にとっては悪くない内容だ。
主の祭壇を故意に無視していた話を知って憤慨していた山姥切国広も、大倶利伽羅が納得するならと同意した。

そうして一旦は祭壇を本丸から移動させ、切り離し作業を終えた庵に改めて設置し直して、大倶利伽羅と山姥切国広には名前の入った専用の通行手形が渡された。
切り離した庵の建つ空間へ入るために必要な特別な物であり、それが無ければ入るための路さえ開けることができないが、持ってさえいればどこからでも路を開くことが出来るのだという。
そして新しい審神者の目を誤魔化すため、何もなくなった場所には庵がデータで再現されることになった。


祭壇前に置かれた座布団に腰を下ろし、大倶利伽羅は遺影を見つめる。
こちらに視線を向けて恥ずかしそうに微笑むその写真は、鶴丸が選んだものだった。

遺言で葬儀は不要としていた主の遺体は、死亡が確認された後に本丸から運び出されることが決まっていた。それに待ったをかけたのは刀剣男士たちだ。
新しい主を迎えることに異論はないが、せめて主を見送らせてほしいという自分たちの願いをこんのすけは聞き入れ、別れ花を行って送り出すことや四十九日を迎えるまで本丸で遺骨を安置することが決まった。

そのため急遽、遺影用の写真が必要になって手分けをして主の写真を探したが、難航した。
主が撮影した写真は多くあるのに、主の写っているものがほとんどなかったからだ。
そんななかで大倶利伽羅がふと写真の当てを思い出したとき、同じく思い出したらしい鶴丸と視線が合った。
「なんで忘れていたんだろうな。とびきりのいい写真があったじゃないか」

そう言って鶴丸は執務室の文机の引き出しにしまわれていたデジタルフォトフレームを取り出し、どこか悲しそうにほほ笑んだ。

そして葬儀の業者にこの写真を使うのはどうかと鶴丸が提示したのが、以前に大倶利伽羅と共に撮影のモデルをすることになった時に撮った写真だった。
白無垢姿でほほ笑む写真を葬儀業者もとてもいい表情だと言っていて、刀剣男士たちもみんなこれがいいとうなずいていた。

「……主」
もうこの目で、主のこんな表情を見ることはできないのだと改めて突きつけられて、大倶利伽羅は膝の上で拳を握りしめた。

祭壇前から腰を上げた大倶利伽羅は、部屋の壁際に設置された二人掛けの長椅子に横たわった。
この長椅子は元々主の私室にあったのを祭壇の移設と共にここに運び込んだものだ。

就任したその日に新しい審神者の指示で、主が使っていた家具一式が撤去されることになった。
こんのすけによれば模様替えのためだそうだが、なぜそれほど急いだのかの理由は誰も知らないし、大倶利伽羅にとっては思惑など知ったことではなかった。
むしろ主との思い出のあるこの長椅子をあの審神者に使われなくてよかったとすら思った。

こんのすけの配慮で撤去した家具はすぐに処分はされず、そして祭壇の移設と庵の切り離しについての話し合いの時にいくつか運び込んだらいいのではないかという結論になった。
大倶利伽羅は何よりもこの長椅子と低いテーブルを望んだ。

テーブルに手を伸ばす。
思い出すのは、主が呪いにかかる前のこと。彼にとっては元気な主と過ごした最後の記憶だ。

主に呼ばれてこの椅子に座った彼の前に出されたのは、主が初めて作ったという本命チョコだった。
切り分けられたチョコタルトは味は美味しかったのだがチョコレートがなかなかの濃さで、それに苦戦しつつも表には出さず、彼はなんとか皿に乗っていた分を食べきった。
けれど主は彼が苦戦していたのを見抜いていたうえ、悔やんでいるような表情を浮かべていた。
作ったことを後悔してほしくないと彼は残りも食べると言ったのだが、主からは無理をしなくていいとやんわりと止められた。
彼は無理じゃないと断言したものの主は信じていないようだった。それどころか甘いものが苦手じゃない男士がいるかもしれないからと言って、他の刀に食べさせるつもりをしていた。
その必要はないと彼は自分でも思っている以上に頑なになった。おかげであやうく口論にまで発展しそうになったが、だったら一緒に食べようと主が折れる形で一旦話はついた。

彼のために新たに切り分けられたのは最初に食べたものよりも明らかに大きさが考慮されていた。
そのことに彼は不満を抱いたが、最終的には主が正しかったことが証明された。
主が彼のために用意したものを他の誰にも渡したくない一心であったとしても、それが結果に結びつくとは限らない。
結局、二口分ほどを残して慣れない濃さに体がついていかずしばらく動けなくなってしまった。

そんな彼を主は、だから止めたのにと泣きそうな顔をしながら膝枕をしてくれたし、無理をされてもちっとも嬉しくないと叱りながらも髪を撫でる手は優しかった。

口にも態度にも出さなかったが、初めて作った本命のチョコだと聞いて柄にもなく浮かれていたところはあった。
その前に主には別に本命がいるのではないかと疑ってしまっていたから余計に思いは強かった。

はりきりすぎたと反省して来年はいつもどおりにするという主に、だったら前に作った水ようかんにしてくれと大倶利伽羅は希望を伝えた。
夏のおやつとしてみんなに涼んでほしいと主が作ったそれは、彼好みの控えめな甘さだった。
「……あれは特に悪くなかった」

いつもどおりということは、主が刀剣男士たち全員に用意するクッキーのことだ。
悪いわけではないが、主が彼だけのために作ってくれたものを知った後では物足りなさを感じてしまう気がした。
大倶利伽羅にとってはどんなものであっても、主が自分だけのために心を向けてくれたという事実が何よりほしかった。

主は、大倶利伽羅が望むならとうなずいて、そして今日は無理させてごめんなさいと眉を下げた。
何かしてほしいことがあれば何でも言ってと口にするので、彼は強く抱きしめるかわりに髪を撫でていた手を取って、手のひらに頬を擦り寄せて甘える仕草を見せた。
普段なら恥ずかしいが、いまは動けないからと自分自身への言い訳が立つ。
もう少しだけこのままでいたいとつぶやいて膝から見上げれば、主は顔を赤くしながらほほ笑んだ。

主が彼のために用意してくれた初めての本命チョコはなかなか重いものだったが、それでも悪くない思い出になったと思えた。
来年の約束もできたし、いろんな表情も彼だけのものにできた。

まさかそれが自分にとって主との最後の思い出になるなど、あのときには想像もしていなかった。

呪いにかかり、声も音も光も失い日に日に衰弱していく主を前になにもできずに、そしてとうとう看取ることになった。
そばで同じように看取ったほかの刀の泣き声を、彼は静かに眠っているようにしか見えない顔の主を見つめながらどこか遠くのことのように聞いていた。

涙など出なかった。
なにがあろうと自分が泣くことなどないと彼自身が理解していた。
それは恋仲である主が死んでも、変わらない。

泣くことのない自分を、主は薄情な恋人と思うだろうか。

ぼんやりと天井を眺めながらそう考え、ふいに視界がぼやけた気がして大倶利伽羅は戸惑った。
体を起こし、ぼやけてにじむ目元を何度も拭う。

いま泣いたところで、何になるのか。
主がいない現実を余計に強く感じるだけなのに。

もう一度強く拭い、息を吐き出した。

泣くことはない。泣く必要はない。
泣いたところで、主は帰ってこない。

それでも、もう一度会いたいと思ってしまうことだけはどうしようもなかった。


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