食事後、長い座卓が片づけられた大広間には刀剣男士たちがそれぞれ座っていた。
これから新しい審神者のことで話し合いが行われる。そこにはこんのすけの姿もあった。
「彼女はずいぶんといろいろ抱えていそうだな」
口火を切ったのはこういった場合に取り仕切ることの多い鶴丸国永だ。
鶴丸は新しい審神者をこの大広間に迎えたその瞬間から、ひどい嫌悪感を覚えていた。
ただどうしてそう感じたのか、それほど強い感情を抱いたのかまではわからない。
とりあえずは彼女の格好の所為だろうと理由付けたが、もっと根深い何かがあるような気がして仕方がない。
それを受けて歌仙兼定が口を開く。
歌仙はこんのすけを見やって、彼女のあの格好は政府側の指示なのかと厳しい口調で問いただした。
「まさか!そんなはずありません。迎えに行ったときに驚いて確認をしたぐらいです。役人のほうも同様に驚いていて」
「常識が無いとは断じたくないが、しかし彼女はずいぶんと配慮というものを知らないようだな」
歌仙の言葉には憤りがうかがえた。
近くに座っている山姥切国広はそれも当然かとこぶしを握りしめる。
大広間に入ってきた新しい審神者は袖と裾に赤色が入った桜柄の振袖を着ていた。
隣に座っていた歌仙が身じろいだのもそれを見て驚いたからだろう。
山姥切自身はその審神者が入ってきたとき、愕然とするとともに咄嗟に、この人間を新しい主として迎え入れたくないと思ってしまった。
こんのすけが彼女の簡単な紹介をする声をどこか遠くに聞きながら、頭の中では様々な思いが渦を巻いていた。
この審神者はどうしてこの本丸を引き継ぐことになったのかまさか何も知らないとでも言うのだろうか?
だがそれに対する答えは否だ。政府の役人は何のために引き継いでくれる審神者を探しているのかをきちんと話したと言ったはずで、ならば自分たちが主を失って日が浅いということも知っているはずだ。
ならばそんな状況を知りながら、彼女はここへ来たというのか。
まるで主の死さえも祝っているかのような、そんな華やかな格好で──。
膝の上で握った手が震えていた。
ここで怒りを見せることは簡単だ。けれどそれではこちらの一方的な非にしかならず、へたをすると本丸を解体することになりかねない。
主が志半ばで残した本丸を続けていくことが出来なくなる。
この新しい審神者に決定的な瑕疵がないうちはどうしようもできない。
怒りと葛藤を押し殺して山姥切国広は居並ぶ刀剣男士たちを代表して主として迎えるという言葉を返したが、はらわたが煮えくり返りそうだった。
その後、大倶利伽羅に対している彼女の姿を目の当たりにした山姥切は、新しい審神者に対して強く警戒する必要があると感じ、同時にこの疑惑が晴れないうちは彼女を主と認めることは出来ないとも思った。
もう一度こぶしを握り直したとき、ふと宗三左文字の声が聞こえてきた。
「……きっと彼女にとっては今日が晴れの日だったってことなんでしょう。就任日というのは主にとっては節目でもありますからね」
宗三の声には普段以上の皮肉な響きがあった。
「冗談じゃねーぜ。だからってここに来るのにあんな格好してくるかよ」
それを受ける形で吐き捨てたのは和泉守兼定だ。姿を見た時、どういうつもりなのかと思わず声をあげそうになったのを隣にいた堀川国広が慌てて抑えたほど彼は驚き、かつ憤っていた。
和泉守は悔しそうに歯噛みする。
「そりゃあオレたちは主の血縁じゃねぇさ。喪に服すとか、細かいこと気にする必要はないかもしれない。けど主を悼むのは当たり前のことじゃないのか!?少なくとも今のオレたちは……」
それ以上は言葉にならない様子で和泉守は唇を噛んだ。
「兼さん……」
慰めるように堀川は和泉守の背をそっとさすった。
「こんのすけ、さっき確認したって言うのは具体的にどんなふうにだ?」
鶴丸の問いに、ここへ到着して門をくぐる前に彼女に改めて尋ねた時のことを話した。
それを聞いてすぐそばにいる山姥切国広の怒気がふくれあがったのをこんのすけは感じ取って耳を垂れさせた。
「ちゃんとした格好でないと俺たちに失礼、ね。まあ理屈としてはそうだな。振袖は礼装だ。事情が事情じゃなかったら、俺たちだってここまで気にしなかったかもしれん」
鶴丸の声には皮肉と嘲りがにじんでいた。
和泉守兼定の言う通り、自分たちと死んだこの本丸の主に血縁はない。
主との仲は良好だったし、はたから見たら大家族のようでもあったかもしれない。
実際には主従でありともに戦う仲間で、そしていつかは別れの来る関係だったが、だとしても悼む気持ちを持たないわけではなかった。
新しい審神者の就任日をもって気持ちを切り替えて戦いの日々に戻ろうと話し合い、葬儀から今日まで短い日数ながら主のことを偲びながら彼らは静かに過ごした。
いつまでも悲しんでいることはできない。
自分たちは武器であり、戦う使命があってここに在り、何より死んだ主もそう望むはずだと。
だから彼らもこの本丸を引き継いでくれる審神者を新しい主として迎え入れたかったのだ。
けれど実際にその姿を見た彼らの中に沸き上がったのは、この人間には主を失った自分たちに対する配慮というものはないのかという憤りだった。
いくら気持ちを切り替えようとしていても、あのような形で神経を逆なでされて何事もなかったかのように振舞うのは難しい。
直前に実はと、ある話を聞いていたこともあってなおさらに。
それは以前にここで預かっていた見習いからこんのすけを通じて知った話で、今回就任した新しい審神者が引継ぎの立候補をしたときの様子などについてだった。
その時、彼女が主の名前やどんな本丸かを知りたがっていたことや、例えばと言いながらある刀剣男士の名を挙げて尋ねてきていたことなども。
知ろうとすること自体は別に悪いことではないが、まだ決まってもいないうちから詮索することだろうかという疑問はあった。
それもあっていくらか警戒していたのだが、挨拶の後の彼女の行動は鶴丸に新しい審神者に対する決定的な不信感を植えつけていた。
「結局さ、前に大倶利伽羅が見合い申し込まれたのと経緯は似てるってことでいいんだよな?」
そう疑問を呈したのは加州清光だ。
今日の様子と見習いの話を鑑みるに、おそらく以前からこの本丸の大倶利伽羅のことを知っていたのだろう。そうでなければ大倶利伽羅に対する様子の説明がつかない。
「たぶんそうなんじゃない。だって今日いきなり一目ぼれしたっていうにはちょっと様子変だったと思うし」
それを受ける形で大和守安定が答える。加州も大和守も振袖で大倶利伽羅を走って追いかける新しい審神者の姿には異様なものを感じていた。
「そしてなんの偶然か、彼女はこの本丸に新しい主として就任することになったってわけか」
「もしそうなら運がいいな。たまたま自分の本丸がまだなくて、気になる男がいる本丸の主が引継ぎを探しているタイミング、だもんな」
鶴丸の言葉に返した御手杵の口調は硬く、皮肉を超えた辛辣さがあった。
ちょうどそばに座っていたにっかり青江は珍しいこともあるものだと思いながらも口は挟まずにいた。
その斜め後ろの方で豊前江が篭手切江から、大倶利伽羅に見合いがあった話の詳細を説明されている。
そういえばあの見合い騒動の時には豊前江はまだ顕現していなかったと思い返していると、呆れた様子の和泉守兼定の声が聞こえてきた。
「運がいいっていうか、もはや出来過ぎてねぇか。おい、こんのすけ。引継ぎの最初の打診したのっていつの頃だ?」
「主さまが遺言書を書き直した後なので……聴力を失った頃ですかね。ただそのときには快復する可能性もあるので、引継ぎ話が撤回されることは今の主さまも承知していたはずです」
和泉守は顔をしかめた。
彼らが後輩と呼んでいた見習いが伝えてきた話とは別に、見習いを担当していた役人からの話もこんのすけを通じて彼らは聞いていた。
いわく、見習いは引継ぎ話に立候補すると新しい本丸への就任の順番が後に回されるので今の新しい主以外は誰も立候補しなかったという内容だ。
合わせて、そのリスクを承知するわりには彼女に不安がなさそうだったとも。
「偶然って言い切るにしても、都合がよすぎるだろ。まるで……」
「──まるであの子が確実に死ぬことをわかっていたみたいだ、か」
静かな声だった。直後、痛いほどの静寂がその場を支配した。
言い淀んだ和泉守に代わるように語をついだ当の三日月宗近は常と変わらず泰然としているが、それを鶴丸は一瞥してそっと息を吐く。
表情にこそ出していないが新しい審神者に対して思うところがあるのはどうやら三日月も同じようだ。
「じゃあ何か?あの女が主の呪いに関わってるかもしれねぇってことかよ」
静寂を破る形で放たれた同田貫正国の言葉を刀剣男士たちが理解した瞬間、その場の空気が殺気立ったものに変わった。
口にした同田貫の語調は普段と変わらないが、眼差しには戦場での彼を思わせる鋭さがあった。
その殺気に満ちた空気を、鶴丸が両手を打ち合わせて出した鋭い音で散らした。
「まあ落ち着け。まだそうと決まったわけじゃないさ。なにしろ証拠が無い。例の傷のある男だってまだ見つかっていないからな」
犯人とされる男と新しい審神者の接点を探したくとも今の段階では難しいと鶴丸は首を振った。
「しばらく様子を見るしかないな。それと一つ俺から提案なんだが。さっき前田がとっさに言ったのを、いっそ本当にしてみてもいいんじゃないか」
「交代制をか?」
尋ねる山姥切国広に鶴丸はうなずき返す。
「前にあの子が生きているときに一度検討されただろう。ただ飲み会翌朝と変わらないのは調子が狂うってことで俺たち自身で却下したが」
「そうだな。それに全員揃って食事をすることを主は大事にしていた」
「ただまあ、あの子の四十九日までは飲み会を開かないつもりでもあるし、引き継いできた彼女のこともある。彼女がどこまでこの本丸のことを調べて知っているかもわからん。はっきりするまでは彼女の知る本丸の習慣を変えておいたほうがいいかもしれない」
それによって新しい審神者の動向や、信用に値するかどうかを探ることが出来るかもしれないという鶴丸の提案に反対する声は上がらなかった。
足音が聞こえて、彼女は目を覚ました。
音を立てないように私室を出て、手前にある執務室の障子戸をそっと開ける。
視線の先に、離れの部屋に入ろうとする前田藤四郎の姿があった。その手には水の入ったコップと切り分けた果物や菓子の入った器を載せたお膳を持っている。
彼女はほとんど無意識に舌打ちして障子戸を閉めた。
奥の部屋に戻り、彼女はため息をついて布団にねそべった。
一昨日、屋敷の離れの部屋に大倶利伽羅が入っていくのを見て、やはり前の主の後飾り祭壇が置かれているのだろうと追いかけて中を確認した。
忌々しい花嫁姿の遺影を一瞥して、何の用だと警戒を隠しもしない大倶利伽羅に彼女は買い物に付き合ってほしいと明るく声をかけたが、苛立った様子の彼に部屋の外に締め出されてしまったのだ。
戸を開けようとしたのだが、内側で彼が抑えているのか開けられなかったし、声をかけても彼は何も答えてはくれず、やがてこんのすけに呼ばれて落ち込みながら自分の部屋に戻っていた。
あんなものさえなければ、と彼女はもう一度舌打ちする。
あれが残っている限り、大倶利伽羅は囚われたままで苦しみ続けるしかないのだ。
前の時と同じなら四十九日を過ぎるまで置いておくことになるのかと考え、冗談ではないとおぞましさに思わず体を起こしていた。
ここはもう自分の本丸となったのだから、不要なものはさっさと処分しなければ。
しかし撤去するにしても刀剣男士たちに見つかるわけにはいかない。なんとかそれらしい理由をつけて処分が出来ないだろうか。
苛立たし気に爪を噛んで思案にふけった。
「お呼びですか」
軽快な音を立てて現れた管狐を一瞥して、彼女は向き直るとちょっと聞きたいことがあるのだと言った。
「はい。なんでしょう」
「離れの部屋にある遺骨って、あれって……」
「はい。前の主さまのです。四十九日を過ぎるまでここに設置しておくつもりですが……あれ、山姥切殿から聞きませんでしたか?」
「聞いてないわ。でも変じゃない。なんでここにあるの?前の人の家族は何も言わないの?」
「……前の主さまの実家はもうなくて、家族もおらず、この本丸が家同然なので」
「そうなの!?」
むろん知ってはいたがそうとは見せずに驚いた風を装う。
知っていることを隠さねばならないのはかなり面倒だ。しかし目的が達成できないうちは時を遡行していることなど言えるはずもない。
「祭壇がどうかしましたか?」
「うん……なんでここにあるんだろうって気になったから。そう、家がもうないのね。かわいそうに」
そっと息を吐いて彼女は同情している風な表情を見せ、そして唇を引き結んで真剣な顔つきになった。
「かわいそうだとは思うけど……こんのすけ。あの祭壇をどこか別の場所に移してほしいの」
こんのすけはそれまで振っていた尻尾をピンと立てた。表情にはわからないが驚いているのだろう。
「ど、どうしてですか?」
「ここはもう私の本丸よ。前の人の家でも何でもない。それに……刀剣男士たちだっていつまでも前の人に囚われているのはかわいそうじゃない」
「かわいそう、ですか?」
「山姥切国広がね、私に国広って呼ばれると主を思い出してつらくなるって言ったの。だけどそれじゃダメだって、だからこそ呼ばせてほしいって言ったんだけど、彼はっ……」
彼女はそこで両手で顔を覆って肩を震わせた。
「主さま……」
管狐の心配そうな声に、彼女は両手に隠した口元に薄い笑みを浮かべる。
審神者と刀剣男士の仲がうまくいかないかもしれないとなればそれは本丸の運営に支障をきたすと判断してこんのすけはなにかしらの処置を取るだろう。
良くも悪くも行動にためらいがないのがこの管狐だ。
「それに大倶利伽羅も前の人のことが忘れられないみたいだし……」
言いながらなんて腹立たしいことだろうと彼女の心は荒れ狂う。
大倶利伽羅を救うためにもまずはあの祭壇をなんとしてでも撤去しなければ。
「……わかりました。では検討してみます」
「ありがとう。おねがいね」
家具の撤去にとりかかるのも早かったが、今回も予想以上に管狐の行動は早かった。
さすがにその日のうちにとはいかなかったものの二日もしないうちに業者だという人間を数人連れてきて、離れの部屋から前の主の後飾り祭壇を撤去していったのだ。
「元々政府側で預かるつもりだったんですが、刀剣男士のみなさまの希望でここに設置していたんです。正直反対されるかと思っていましたが、説得したら主さまの思いをわかっていただけたようで」
誰も反対しなかったと言って胸を張る管狐にさすがねと賛辞の言葉をかけつつ、男士たちもようやくわかってくれたのだと安堵した。
特に山姥切国広が強く反対すると思っていただけに意外な展開だが、彼も考えを改めてくれたようで何よりだ。
結局のところ彼らは刀、武器であるという意識をどうあっても捨てることなど出来ない。
自分たちより神格の低い、下の存在である審神者を主と慕うのは、刀剣にとって持ち主が重要だからなのだと養成学校でも言っていた。
反発はしてもここに在る限り彼女を主として認めなければならないと彼らはわかっているのだ。
こんなに簡単なことならば前の時でも遠慮なんてしなければよかったと言っても仕方ないことを思いながら、彼女は晴れ晴れとした気持ちで縁側に横たわった。
本当は片付けなければならない書類があるが、日差しも暖かいためか今は気持ちよく眠りたい気分だ。
きっと誰かが起こしてくれるだろうと思いながら、彼女はあくびをこぼして目を閉じた。