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亡失の呪い-if/restart 3-

誰が駒として適しているか慎重に考えないといけないと思いながら大広間に戻ると、ほとんどの男士がいなくなっていた。
いるのはこんのすけと話している山姥切国広だけだ。戸惑いながら山姥切に声をかける。

「ねえ、国広。みんなは?」
山姥切は彼女を一瞬だけ見て、ふいと視線をそらした。露骨に視線を避ける様子に彼女は訝しむ。
まさかどこか着物が乱れているのだろうかと思いながら見える範囲で確認したが、問題はないようだ。
理由はわからないがまあいいかと思い直してみんなはどうしたのかと再度問いかけた。
「……他の連中なら部屋に戻った」
「え、だってまだ挨拶が済んでないのに」
「別に今日じゃなくてもいいんじゃないか。それより部屋に案内するからついてきてくれ。あんたの荷物もそこに置いている」

どこか硬い態度の山姥切は言うなり彼女に背を向けてさっさと歩きだしてしまう。
「あ、ちょっと待ってよ!」

部屋の説明はされなくとも知っているが、それを口にするわけにもいかないので初めてだという態度を通した。
家具は当然だが前の主が使っていたそのままだ。 趣味ではないし見ているだけで気分が悪い。早々に自分好みに模様替えをしなければ。

「とりあえずはこんなところだ。何かあったらこんのすけを呼べばいい。あいつのほうが詳しい」
「え、あ。うん、ありがとう……」
仕事は終わったとばかりに早々に部屋を後にしようとする山姥切国広の様子に彼女は戸惑いを隠せない。

──ここは何かあったら声をかけてくれって言ってくれるところじゃないの?

実際、前の時は似たようなことを言ってくれていたはずだ。
だがそれを口には出来ないので代わりにその背に労わりの声をかけた。
「ありがとう、国広。助かったわ」

山姥切は足を止め、振り向くと硬い表情を見せた。
「国広?」
「悪いが、その呼び方はやめてくれないか」
「どうして?だっていままで……」
呼んでいたのにとつづけようとして慌てて口をつぐんだ。
うっかり本来なら知らないことを口にしてしまって追及されたら面倒なことになる。

山姥切は眉を寄せ、そしてため息をつくと彼女から視線をそらした。
「国広と呼ばれると……主を思い出してつらくなる」
「それは」
「勝手なことを言っているのはわかっている」

その瞬間に彼女の中に沸き上がったのは怒りと、そして使命感だった。
あの忌々しい前の主は、大倶利伽羅のみならず、山姥切国広や他の刀剣男士たちも惑わして苦しめてきたのだ。
改めて許せないという気持ちに支配された彼女は彼の両手をつかんだ。
「だったらなおのこと呼ばせて!」
「……は?」
「だってそんなつらい別れは早く忘れたほうがいいに決まってる。きっと前の人だって国広たちがいつまでも悲しんでいるのを望まないと思うの」
「……」
「あなたのために、私にも国広って呼ばせてほしい」

山姥切は目を瞠り、そうして何かを振り切るように顔をうつむかせると肩と彼女が握る手を震わせた。
彼にとっては厳しいことを言ってしまったかもしれないが、いつまでも未練が残れば苦しむのは彼自身だ。
「困った時はお互いに助けあいましょう。そうすれば前の人だって安心してくれるはずだから」

「……主っ」
うつむき声を震わせている姿を彼女は慈愛の心をもって見つめる。
きっと健気にも新しい主には涙を見せまいとしているのだろう。
彼女は手を離すと名を呼びながら金色の髪にそっと触れようとして──強く振り払われた。

顔をあげた山姥切国広の表情には明らかな怒りがあって、彼女は触れようとした手の行き先を失った。
泣いているから慰めようとしたのに彼の翡翠色の目にあるのは涙ではなく強い怒りだ。
「ど、どうしたの国広……そんな怖い顔をして」

「っ、あんたにその名前で呼ばれたくない。俺をそう呼んでいいのはあいつだけだ」

山姥切国広は敵意もあらわに言い放つと振り向くことなく部屋を出ていった。

取り残された形の彼女はしばし呆然としていたが、きっとまだ心の整理がついてないだけだろうと結論づけて息を吐いた。何しろ前の主が死んで一週間も経っていない。
それに自分がもっとも欲しいのは山姥切国広からの信頼ではない。駒となってくれるのならそれに越したことはないが、いまは下手に追いかける必要はないと判断して放置することにした。
どうせ彼女を主と認めなくてはいけない時がいずれ来るのだ。

それよりもやらなければならない大事なことがある。
彼女は息を吐きだして気合を入れると管狐を呼んだ。


「そういうわけだからよろしくね」
「はあ……模様替えはわかりましたが、何もそんな急でなくてもいいのでは?」
「新しいことを始めるならまず環境から整えなきゃ!それに趣味じゃない家具だとモチベーションが上がらないのよね」
「……わかりました。ではひとまず今の家具は撤去しましょうか。そうすればあとは新しい家具を運び入れるだけで済みますから」
「そうしてちょうだい」
こんのすけに説明しながら選んだ新しい家具が届くまでは少し不便だろうが、趣味の悪い家具を見続けているよりはずっといい。

早いものでその一時間後には本丸に業者の人間がやってきて、私室から家具を次々と撤去していった。
その様子を男士たちが眺めている。その中で山姥切国広と大倶利伽羅が何かを話しているのを見つけ、何を話しているのだろうと気になって近づこうとしたが、山姥切が視線に気づいて二人は行ってしまった。

「失礼いたします。食事をお持ちしました」
夜になってそろそろ食事の時間だろうかと彼女が掃除していた私室を出ようとすると、お膳を持った前田藤四郎が手前の執務室に入ってきて会釈して用件を告げた。
「えっ、持ってきたの?これから大広間に行こうと思っていたのに」
彼女が驚きながらそう言うと、前田は不思議そうに首をかしげた。
「大広間に、ですか?」
「ええ。だってみんなそこでご飯を食べるって」
「それは山姥切さんから聞いたんでしょうか」
「え、ええ。まあ……」

前の時はその習慣を彼女の一存で廃止した。あの時は大きく反対を言われなかったが、結局彼女一人だけが自分の部屋で食べる状況になっただけだった。
そうとは知るはずもない前田が都合よく勘違いをしてくれているようなのでそれに合わせながら、内心でまた余計なことを言ってしまうところだったと自分のうかつさを戒める。

「だからそれも大広間に戻して、私もみんなと一緒に食べるわ。だって初日なんだもの」
前の時には確か食事と共に彼女を歓迎してささやかにだが酒も振舞われたはずだ。
「ですがもう席が……」
「席?」
「山姥切さんから聞きませんでしたか?実は前の主が臥せっている間に僕たち刀剣男士で話し合って、習慣を変えたんです。人数もかなり増えたので、一回の席数も限って時間を決めてその中で交代制になりました」
「え……そうなの?」
「さっき食事を始めたばかりなので、席が空くとしたら三十分ぐらいかかるかと。それだと食事が冷めてしまいます」
なので今日はお部屋で召し上がってください、と笑顔で押し切られて彼女は渋々、折りたたんで立てかけてあったちゃぶ台を広げた。
記念すべき就任日だというのに仕事場で食べなければいけないとは。
こんなことなら二人掛けのソファと低いテーブルだけでも残しておくべきだったと若干後悔した。

新しい審神者に食事を届ける役目を終えた前田藤四郎が大広間に戻ると兄の一期一振が名を呼びながら手招きをする。そばに寄ると、ご苦労だったねと兄はねぎらいの言葉をかけてくれた。
「それで、彼女はどんな様子だった?」
一期一振の真向かいに座っている鶴丸国永が前田藤四郎に尋ねた。

出迎える前は新しい審神者と食事を共にするつもりでいたのだが、実際に出迎えた後のことや部屋の案内を終えた山姥切国広から聞いた話などを考慮して鶴丸は刀剣男士たちの話し合いの場が必要だと考え、新しい主の様子見も兼ねて食事を向こうに運ばせて一旦距離を置くことにしたのだ。

「そうですね……僕たちがここで揃って食事をすることを知っていました。でも山姥切さんは話してないんですよね?」
前田が鶴丸の隣に座る山姥切国広を見ると、彼は無言でうなずく。
新しい審神者を部屋に案内して戻ってきてからの彼はずっと苛立った様子だったが、いまは落ち着いてきている。それでもあまり彼女のことを話題にしたくないのが見てとれる。
事情を知ればそんな様子になるのも納得だと思いながら前田は報告を続けた。

「注意するよう言われていたので、とっさに前に話していた交代制のことを話しました。信じたかどうかはわからないですが」
「そうか。ご苦労だったな。とりあえず飯にするか。話し合いは終わってからだ」

その一声で刀剣男士たちは食事を始めた。


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