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亡失の呪い-if/restart 2-

「ヤマノさん、さきほどの話なんですが」
彼女が呼びかけたのは、養成学校卒業後には研修先を探すなどの世話してくれたり、今日この日見習いたちに話を持ってきた役人であった。
ちなみに前の時には本丸を引き継がないかと直接彼女に話を持ち掛けてきたのもヤマノだ。
「はい。なんでしょう」
「私、立候補したいと思います」
ヤマノは眼鏡の奥の目を丸くして、本当にいいんですかと困惑を見せるので彼女はほほ笑んで見せた。

「配属が遅くなる心配ですか?でもそれってその本丸の方が元気になった証拠じゃないですか!文句なんて言ったりしませんよ」
「……わかりました。ではリコさんを立候補者として挙げておきます」
「はい。おねがいします」
他の役人に呼ばれて慌てて走り出すヤマノを見送って、彼女はまずは第一歩だとため息をついた。

ヤマノやカズラが心配そうにしていたが、彼女には不安などなかったし、その必要もなかった。
なにしろあの本丸の審神者が必ず死ぬことを自分は知っているのだ。

現世の自分の家に戻った彼女はスケジュールを確認した。
よく覚えている自分の就任日。現在の日付から見るとまだしばらく日数が必要だ。
舌打ちして、ベッドに倒れ込むとため息をついた。

せっかく戻ってきて引継ぎの立候補もしたのに彼に会えるのはまだまだ先とは。
「時を戻してくれるのはいいけど、もう少し直前にしてくれてもよかったのに。ったく、気が利かない」
ぼやきながら端末をいじり、ふと目に入った広告に閃いて、そうだと身を起こした。

「前の時は地味なスーツだったけど、今回は派手にしてもいいんじゃない?」
あの時は前の主が死んだばかりだからと彼女なりに気を遣った格好をしたが、そんな気遣いももはや必要はない。大事なのは自分があの本丸に就任することなのだ。
盛大に祝う気持ちで着飾ってやろうと彼女は決めた。

もう誰にも遠慮などしない。誰にも好き勝手はさせない。

「それにきっと、きれいな私を見たら大倶利伽羅だって……」
あんな地味で特徴も何もないような前の主でさえ大事にされていたのだから、それよりも華やかな自分が現れたら、やり直し前のことなど何も知らない刀剣男士たちも感心してくれるに違いない。
それを想像すると、自然と笑みが浮かんだ。

その日を指折り数えて彼女は待った。
記憶を持った状態の振る舞いの勉強になるだろうかと、やり直しによる復讐を題材にした小説や漫画などもいくつか読んだ。
復讐を誓った主人公の敵対者たちはみんな憐れな末路を迎えていった。
その姿にあの本丸の審神者が重なると愉悦に浸れて気分が良かった。
いずれ自分もこんな主人公たちのように華麗に復讐を果たして、そして幸せになるのだ。

そんな風に日々を過ごしていたある日の朝、一本の電話がかかってきた。とっさにカレンダーを見る。
今日は就任日の数日前だ。ならばもたらされる連絡はひとつしかない。

「……はい、もしもし」
『あ、リコさんですか。お疲れ様です、ヤマノです』
「お疲れ様です。どうかしましたか?」
『はい……実は、以前お話していた引継ぎの件なんですが』

彼女の心臓が戦慄く。 前の主が快復した、なんて最悪な報告は聞きたくない。
「はい……あ、もしかして快復されたとか?」
気持ち明るい声を出して尋ねた。電話越しならば取り繕うのは声だけで済む。

『いえ……残念ながら亡くなりました。いまちょうど火葬が終わるのを待っているところで』

彼女は息を呑んで、思わずあげそうになった歓喜の声を押し殺した。
電話の向こうは、死んだことに絶句したというふうに解釈してくれるだろう。

ゆっくりと息を吐きだし、そうですか、と沈んだ風な声を出した。
『はい。それでその方の遺言の執行と同時にリコさんに正式にその本丸を引き継いでもらいたいと思い……』
「はい!」
かなり食い気味に返事をしてしまい、彼女は咳払いをした。
「ごめんなさい。亡くなられたと聞いてぼんやりしていたらインターフォンが……ちょっと待っててください」
保留にして少しだけ時間を稼ぎ、咳払いをして息を吐きだすと保留状態を解除する。
「ごめんなさい、隣の部屋と間違えていたみたい。それでえっと……」
『はい。それで向こうの本丸とも相談して五日後に就任してもらうということになりました。何か先約などは大丈夫ですか?』
「はい。問題ありません。でもその、五日って、少し早くはありませんか?」
今の彼女にとっては明日でも遅いくらいだが、しかし当日着ていくものを考えたら多少余裕があったほうがいいだろう。 とはいえそれを言うわけにもいかないので、心配そうなそぶりを見せる。

立候補した時は不安などなかったのに、前とは打診された時の状況が異なったことなどもあってか日を経るごとにだんだんと不安になってきたのだ。
今日を迎えるまでまさか死に損なってはいないだろうかとずっと気がかりだった。
いくら時を遡行したと言っても変わってしまう可能性がある限り油断できなかった。
だからと言って逐一状況を尋ねるのは、死ぬのを心待ちにしているように思われそうでそれもできない。
しかも、今日までの間に他の見習いは次々と自分の本丸を持ち始め、あのカズラも彼女より先に正式な審神者になっているので余計に焦っていた。

だがようやくこれで不安な日々も終わった。

「……っ、やったー!」
当日の予定を聞き、彼女は電話を切ると嬉しさのあまり万歳をして勢い余って携帯を放り投げていた。
落ちた携帯のことも気にせず彼女はベッドに背中から倒れ込み、安堵の息をもらす。
天井の明かりに手を伸ばして、そっとほほ笑んだ。

「やっと、やっと会える……大倶利伽羅……」

待っててね。あいつらを地獄に落として、必ずあなたを助けてあげるから。

今度は失敗などしない、死者に邪魔などさせない。
彼と幸せになってみせる──。


「あの、主さま……本当にその格好で行かれるのですか?」
恐る恐るといった様子で尋ねてきたのは、本丸に配属されている管狐のこんのすけだ。
つまりは彼女にとっては、あの忌々しい出来事の中心にいた敵でもある。
だがここで敵視していることを悟られるわけにはいかない。それにやり直しを成功させるにはこの管狐を手足としてこき使う必要があるだろう。

「きれいでしょ。成人式のときに着たものなの」
彼女は袖を持ち上げて自分が着ているものを管狐にきちんと見せてやった。
「しかし振袖はさすがに、その」
「だって正式な審神者に就任するんだからちゃんとした格好でなきゃ、刀剣男士たちに失礼じゃない!」
「……ですが」
向こうは一応喪中でもありますし、とこんのすけは彼女の格好を素直にほめようとしない。
ここに来る直前にヤマノに挨拶しに行ったのだが彼もほめるどころか渋い顔をして、あまり派手な格好はどうかと苦言まで呈してきた。
しかし彼女にとってはくだらない、聞くに値しない忠告だ。
遠慮などしないと決めていたし、前の主のために自分が地味な格好をしなければいけない道理はない。
今日これから本丸のすべては彼女のものになるのだから、喪中など関係ない。
ただそれを素直に口に出すわけにもいかないので聞こえないふりをした。

「そんなことより早く行きましょう」
「ま、待ってください主さまっ」
彼女にとっては勝手知ったる自分の場所であるので、管狐ごときの案内などなくても問題ない。
そして彼女は、待ちに待った本丸に足を踏み入れた。

多くの視線を感じながらも、彼女は堂々と大広間の上座にあたるところに置かれた座布団に正座し、背筋を伸ばして居並ぶ刀剣男士たちに向かって挨拶をした。
二度目ともなれば慣れたものだし、そもそもこの時点では彼らは彼女を歓迎してくれたのだから何も恐れることはない。

「それでは、刀剣男士のみなさま。今日より新たな主さまと共にどうか歴史を守ってください」
こんのすけの言葉でその場が締められ、男士たちは各々立ち上がり、大広間を後にする者もいるなか、彼女はその姿を捜したが、見つけるより先にその視界をさえぎるように一振りの男士が目の前に立った。

「鶴丸……!」
とっさに名前を呼んで、彼女は慌てて口元を手で隠した。
「おや、俺の名をご存じとは光栄だな」

鶴丸国永。
彼女にとっては、前の主と並んで憎らしい存在だ。
この男が余計なことを言わなければ、あの生意気な精霊を利用して審神者を続けていられたのに。

記憶を持っているということはいいことばかりではない。
彼女は憎しみから警戒を見せそうになったがなんとか表に出さないように注意を払う。
いまここで怒りをあらわにしてはこの男に何を嗅ぎつけられるかわかったものではない。
笑顔が引きつっていたりしないだろうかと思いながら答えを返す。
「も、もちろん知っているわ。それに研修先の本丸にもいたもの」
「それもそうか。なら改めてよろしく頼むぜ」
金色の目を細め、どこか探るような眼差しを見せながら彼女に手を差し伸べる。
「え、ええ。こちらこそ」
苛立ちに表情が若干強張ってしまった自覚はあるが、彼女は握手に応えた。
鶴丸は彼女の苛立ちに特に気づいた様子はなかった。

鶴丸が彼女の前から遠ざかって向かった先には、燭台切光忠、太鼓鐘貞宗、そして大倶利伽羅の姿があった。
彼女はホッとして、そちらに向かおうとしたが今度は周りを短刀の男士たちに囲まれてしまう。
「ボクは乱藤四郎だよ。今日からよろしくねっ」
「オレは愛染国俊!なあなあ、この愛染明王かっこいいだろ!」
乱藤四郎、愛染国俊だけでなくほかの短刀も彼女に声をかけてくる。
さらには浦島虎徹や鯰尾藤四郎など脇差の男士なども声をかけてくるなかで、彼女は大倶利伽羅のいたところを見て、目を見張った。
まさにちょうど彼が大広間から出ようとしているところだったのだ。

彼女は戸惑った。こうして刀剣男士たちから声をかけられるのは前も同じだったが、あの時は彼からも挨拶はされていたのに、その様子もないのだ。

ふとそういえば前の時は確か鶴丸と太鼓鐘に引っ張られる形で自分の元に来たことを思い出し、彼女は愕然とした。

彼は彼女が何より求めている存在だ。彼にまた会うために遡行したと言っても過言ではない。
なのに彼は、彼女のことなど一顧だにせずに遠ざかろうとしている。

こんな段階で前と違う状況は困る。
焦った彼女はつい声を荒げて自分を囲んでいた男士たちを押しのけていた。
「どいて邪魔!」

彼女は自分が身動きの難しい振袖を着ていることも忘れて彼を追いかけた。
「待って、大倶利伽羅!」
だが彼は足を止めてはくれず、そして彼女は足さばきに失敗して見事に転んでしまった。
その音でようやく彼は足を止めて振り向いてくれたが、倒れる彼女と目が合うなり眉をひそめた。
彼女は気まずく思いながらも笑顔で取り繕った。そうしておずおずと手を伸ばす。
「あの、大倶利伽羅……手を」
「断る。そんな格好で走る方がどうかしている」
自業自得と言わんばかりに彼はため息をついて、伸ばした彼女の手を無視すると背を向けて歩き出してしまった。
「待って!」
呼び止める声もむなしく彼は遠ざかっていく。
彼女は奮起して立ち上がると着物の裾をたくし上げて駆け寄って、その背に手を伸ばした。

「ねえ待って!」
「なんだ……っ」
触れる寸前で振り返った彼は直後に顔をしかめた。彼女は自分の格好に気づいて慌てて着物の裾を直し、乱れた髪を撫でつける。
いきなりみっともないところを見せてしまったが、けれど印象としては強く残せたはずだと前向きに自分を慰めた。まだ始まったばかりだ、これから挽回していけばいい。

「……いったい何の用だ」
「私、まだあなたと挨拶していないって思って。それで……」
だが彼は、どうでもいいとため息をつく。
「慣れ合うつもりはない」
「そんなこと言わないで。私、あなたと仲良くなりたいと思っているの!」
訝しむ表情を見せる大倶利伽羅に、彼女の脳裏で警鐘が鳴らされる。
また会えたうれしさで勢い込んでしまったが、あまりがっつくと敬遠される恐れがある。
「あ、もちろんみんなとも、仲良くなりたいって」
少し恥じらいを見せつつ整えたまつげを瞬かせ、そっと視線を伏せ気味にした。

彼は彼女を睨み、舌打ちすると無言で立ち去って行った。
「大倶利伽羅……!」

追いかけようと思ったが彼女は踏みとどまった。これ以上は逆効果だろう。
とにかく邂逅は果たしたとため息をついたが、ふいに怒りに駆られて唇を噛んだ。

短刀や脇差どもが邪魔しなければもっとスマートに声をかけられたはずだし、着物姿もきれいな状態を見てもらえたはずだったのに──。

怒りのまま踵を返しかけて、はたと思い直すと二度三度と息を吐きだして怒りを鎮めようとした。
腹立たしいがこれからのために我慢だと言い聞かせる。
自分の駒として使える刀剣男士を引き入れておかなくてはならない以上、ここで怒りを見せて初日から悪い印象を抱かれるのは避けたい。

遠ざかる大倶利伽羅の背中を見つめながら、必ず彼を救うと彼女は決意を新たにした。


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