「え、政府から?」
「はい。リンという審神者の方です。主さまも覚えているでしょう」
「覚えてるけど……いまさらなんなの?」
答えながら彼女は顔をしかめた。
彼女にとって、政府所属の審神者であるリンに対する印象は良いものではなかった。
霊力豊富で傷ついた刀剣男士を癒す能力があると言いながら、結局は大倶利伽羅を癒すどころか死なせるという失態を犯したとんでもない役立たずだ。
その審神者がいまさらここに来るなど、何のつもりなのか。
「大倶利伽羅のことについての謝罪なら受け入れないわよ」
「違います。もっと大事な別の用事です」
「別の用事?……どうせ嫌だって言っても来るんでしょ、勝手にしたら」
拗ねたように顔を背ける彼女を見やって、こんのすけは無言で尻尾を振った。
翌日。リンが本丸を訪れる約束の時間が迫る中、主である審神者は奥の私室に引っこんでいた。
客が来るのだから支度を整えて出迎えるべきだと注意をしてくる歌仙兼定を無視し、ソファの上で端末をいじっている。
「きみねぇ。客を迎えるのは屋敷の主たる者の義務だろう」
「あの審神者に会いたくないのよ。謝罪だって聞きたくない」
「……ではサクラにこの本丸の主として代理で出迎えさせるが、それでいいね」
突き放すような響きの歌仙の声に彼女は振り向いて顔をゆがめた。
「ちょっと待ってよ。なんであの子が」
「あの子は一応見習いという立場だが実力は審神者としてすでに十分備えている。主であるきみが出迎えたくないというのなら、他に適任はいない」
いくぶんか低い声で返され、彼女は反論に詰まる。
歌仙の表情は厳しく、自分が出迎えるか、サクラに代理を任せることを許すのか、どちらかをはっきり選べと突きつけてきていた。
「っ、わかったわよ!出迎えればいいんでしょ!」
苛立ちもあらわにソファに端末を叩きつけ、彼女は怒りに任せて乱暴に箪笥から服を引っ張り出す。
普段の歌仙ならば物に当たるなと注意を飛ばしただろうが、この時は何も言わず部屋を後にした。
その変化に怒り心頭の彼女は気づいた様子もなかった。
あの時と同じ、政府所属を示す色の羽織をまとった審神者、リンが本丸を訪れた。
この日彼女がお供兼護衛として連れてきた刀剣男士は、鶴丸国永、へし切長谷部、前田藤四郎の三振りだ。
「お久しぶりです。その節はお役に立てず申し訳ございませんでした」
「何の用ですか。こんのすけから詳しいことを聞かされてないんですけど」
屋敷どころか門の内側にすら入れたくないという意思表示も兼ねて、彼女はリンたちを門前で迎えた。
深々と頭を下げるリンに対して、この本丸の審神者であるリコの態度は、明らかに彼らを歓迎してはいないことを隠しもしていなかった。
刺々しい様子にそばに控える前田藤四郎は眉を寄せ、口を開きかけて慌ててつぐむ。
出かけ前に主であるリンから、決して向こうの審神者からは歓迎はされないだろうし心無いことを言われるかもしれないが、間違っても反論などはしないようにと注意を受けていた。
悔しいし理不尽だと思うが、ここは耐えるしかないのだろう。
「リコさんの調子が芳しくないと伺い、少し様子を見せていただけたらと思いまして」
リンの言葉にリコは眉を寄せて腕を組み、息を吐く。
「そんなことですか。悪いですけど必要ありません。どうぞお帰り下さい」
客を迎える態度としてはこのうえなく無礼なものであったので、歌仙兼定が注意をしようとしたが、リンがそれをそっと手をあげて制した。
「どうかそうおっしゃらず。リコさんだけでなく、この本丸のことも心配しております。以前お邪魔した時よりも、少し空気が変化したように感じますが」
後ろに控えるへし切長谷部はさりげなく門の向こうに視線をやり、こちらの様子を見ているこの本丸の刀剣男士たちを見た。
彼らからは、彼らの今の主が発しているような敵意は感じられない。
少なくとも彼らは一振り目の大倶利伽羅についてのことで、自分たちの主であるリンを責めるつもりはないようだと長谷部は理解した。
だとするとこの本丸の刀剣男士と主である審神者との心理的な溝はだいぶ広く深いのではないだろうか。
「私の本丸の空気が悪いとでも言うの!?」
カッとなってリコが牙をむくと、自分の主をかばうように鶴丸国永が前に出る。
別の本丸の鶴丸とわかっていても顔立ちが同じなために彼女の苛立ちはさらに大きくなり、忌々しそうに舌打ちをした。
さすがに歌仙から叱責の声が飛ぶ。
「主、いい加減にしないか」
それでも引かずにリンの鶴丸国永と睨み合っているところへ、お姉ちゃん、と駆け寄ってきたのはサクラだ。
リンがサクラに合わせて背をかがめる。
「あら、サクラちゃん。お久しぶりね」
リンお姉ちゃんこんにちは、と深々と頭を下げて挨拶をするサクラの様子にリンはほほ笑み、そっと頭を撫でる。
「はい、こんにちは。元気にしていた?」
はい、と大きくうなずく子どもにリンは笑みを深くした。
検査の時に少し話をしただけなのだがかなり懐かれて『お姉ちゃん』と呼ばれるようになり、帰る頃にはこの子どもはひどく寂しそうな表情を浮かべて、また会えるかとまで尋ねてくれたのだ。
指きりをしてまた会おうねと約束したが、思いのほか早くに再会が叶いそうで、リコに歓迎されないとわかっていても今日ここに来るのをリンはとても楽しみにしていた。
リンの鶴丸がサクラの目線に合わせるようにかがみ、やあ、と挨拶をした。
「検査の時に会って以来だな。覚えているかい?」
サクラは不思議そうに瞬きをして何かを言いかけたが口を閉じ、はい、とうなずいて、こんにちはと頭を下げた。
顔を上げ、どこか緊張した面持ちで鶴丸を見ている。
「お、ちゃんと挨拶できてえらいなー」
そう言って鶴丸は頭を撫で、そっと目を細めた。
先日、この本丸の鶴丸国永と入れ替わる形で潜入する際にこの子どもと一緒にいたのだが、その時が実際の二度目の対面だった。
最初の時から物怖じしない子だという印象があったが、先日の時には世話になっている本丸の刀剣男士のことをいろいろと話してくれていた。
そんな子どもからすれば、今回は三回目のはずなのに何を言っているのだろうと不思議に思って口にしてもおかしくないのに、何かを察した様子で合わせてくれたことに鶴丸は感心した。
本質は精霊らしい無邪気さがあるが、のんびりしていそうな見た目とは裏腹に機転はきくようだ。
へし切長谷部、前田藤四郎にもサクラが挨拶をすると、その場の雰囲気が和やかになった。
歌仙兼定に挨拶が出来たことを褒められて、うれしそうにしている。
そんな状況を眺めてこの本丸の審神者である彼女は歯噛みした。
普通なら歌仙兼定はあんなふうに割り込むように挨拶をしたサクラを叱るだろうが、彼女自身がリンたちを歓迎していないと示した状況ではそうはならず、それどころかこの場で彼女だけが幼稚な振る舞いをしたような空気になってしまっているのだ。
腹立たしい思いでそんな空気を破るように声を張り上げた。
「用事がないのならもう帰ってください。私も本丸も何も問題はないので」
「そういうわけにはいきません」
声と共に姿を見せたのはこんのすけだ。そうして主である彼女の前に座り、見上げると真剣な表情と声で告げた。
「主さま。リン殿に今日来ていただいたのは、刀剣の保管部屋を浄化していただくためです」
「保管部屋を?」
「はい。あの場所があのような状態である限り、この本丸は清浄な気で満ちることはありません。これではこれから先、刀剣男士たちは本来の力を発揮できません。主さま、本当ならそういった環境を整えるのも審神者の仕事のうちですよ。なのにあなたがあのような場所を生み出してどうするのですか」
「何よ、なんのことを……」
「わかりませんか。あの保管部屋はあなたの執念や憎悪の吹き溜まりになっているんです。大倶利伽羅殿が倒れるのも当然でしょう」
二振り目の大倶利伽羅が顕現した後に医務室に運ばれた時のことを言っているのだと彼女は理解した。
思わず顔をしかめたところで、サクラが何かに気づいて駆けだす。
彼女がそちらを向くと大倶利伽羅が立っていて、飛びついたらしいサクラを受け止めていた。
ほとんど無意識に舌打ちが出ていた。
そんな彼女の怒りを気にした様子もなくこんのすけがつづける。
「保管部屋を浄化し、そして置いてある刀はすべて処分します。すでにあの場所にある刀たちは使い物になりません」
処分という言葉に彼女はカッとなってこんのすけを振り向くと噛みついた。
「バカ言わないで!一つだって刀解なんてさせないんだから!」
「あのまま置いていたところで、あの刀たちから刀剣男士が顕現することなどありません。強化に使うこともできません。無意味ですよ」
「うるさい!許可なんて出さないから!」
「あなたの許可は必要ありません。主さま、今日をもってあなたにはこの本丸の主を……審神者としての役目を降りていただきます」
これはすでに決定していることです、とこんのすけは感情を落とした声で告げた。
「──え」