大広間では、夕食のために刀剣男士たちが集まっているようでにぎやかな声が聞こえる。
主である彼女はそこにサクラが紛れていないかを抜き打ちでチェックするために足音を殺して近づいていった。
あの子どもには甘い男士たちだから、主である自分が部屋で一人で食事をしているのをいいことにこっそりサクラを招いて食べさせている可能性があると考えてのことだ。
何と言われようと罰は罰としてちゃんと受けさせなければ、と彼女は心を鬼にした。
それにしても、と彼女はふと足を止めた。
そろって食事をするという前の主の習慣を自分の一存で廃止したが、今回のことを考えると戻してもいいのかもしれない、と思う。
ああしてにぎやかな声を聞くと、部屋で一人だけで摂る食事のなんと寂しいことか。
刀剣男士たちは習慣が身についているので、誰に言われずとも時間になれば大広間に集まっているようで、結果的に彼女だけが寂しく部屋で食事をすることになってしまった。
前の主の習慣に縛られる必要はないと彼らを前に言い切って廃止を決めた手前、やっぱり戻すとは言えないまま今日まで来ている。
そういう意味ではサクラがいたほうが習慣を戻すきっかけになるのかもしれないとふと彼女は思い、足を進めると、大広間の障子戸に手をかけた。
「どうだ、サクラ。うまいか」
はい、と笑顔でうなずく子どもに、向い合せで座る鶴丸国永は、それは良かったと金色の目を細めた。
鶴丸はサクラを連れて、政府庁舎にある食堂に来ていた。
元々この日、鶴丸は今の主についての事情聴取のために呼ばれていたのだが、どうせならサクラを連れていってもいいかもしれないと庵に顔を見せて、そうして燭台切光忠らから話を聞いた。
鶴丸は昨夜から商店街の居酒屋で飲んでいて、その店でふと知り合った別本丸の自分と意気投合し、気がつけば相手の本丸にお邪魔していて戻ってくるまでに時間を要してしまっていた。
そのため今日の朝からあったことを知らなかった。
一振り目の大倶利伽羅が恋仲であった死んだ主を追っていったことで刀身が折れ、彼が二度と本丸に戻ることはなくなったことをきっかけとして鶴丸と今の主である審神者は衝突した。
以来今の主は鶴丸のことを敵視するようになって険悪な態度を隠さなくなったが、だからといって憎悪のまま刀解しようとしたり、折れるような状況に追い込むことをしなかったのは審神者としての矜持であろう。
そんなことをすれば主として、刀剣男士からの信用や信頼を失うと理性では理解しているのだ。
代わりに鶴丸の存在を極力無視するようになった。刀剣男士の数が増えれば、意識をしないと話すことも会うこともなく一日が終わるなんてことはよくあることだ。
彼がどこにいようと何をしていようと関心を抱かず、捜そうとしなければ接触する機会はぐんと減る。
鶴丸自身もあの一件以来、今の主に対しての憤りの感情が消えず、関係を修復しようとは考えていなかった。
そんなさなかに二振り目の大倶利伽羅が顕現し、そしてサクラが現れた。
その時が来たのかもしれない、と鶴丸が思うのはごく自然のことだった。
ごちそうさまでした、と手を合わせるサクラの口元は汚れていた。
それを笑いながら紙ナプキンで拭ってやる。
食事抜きの罰を正直にサクラにさせる鶴丸たちではない。
出かける前、本丸に残る男士たちには「主に疑われたら鶴丸国永とサクラは庵にいると言えばいい」と助言をしてある。
一応偽装のために寝室の明かりだけは薄くつけて布団を敷いてあたかも眠っているように仕掛けはしてあるが、あくまで念のためだ。
事情聴取の後、二人きりでの早めの夕食を終えて鶴丸はサクラを連れて地下十階の納骨堂へと向かった。
お参りの受付を済ませ、参拝室へと向かう。
そうして現れた墓石の中央にはディスプレイがはめ込まれており、そこに主の遺影が表示された。
以前来た時に一緒に運ばれてきていた主の位牌は山姥切国広が申し出て本丸に移しており、彼と兄弟たちの部屋の箪笥の上に置かれた小さな仏壇に納められている。
写真を見たサクラが、お姉ちゃんだと口にしながら嬉しそうに眺める。
お姉ちゃんとは言っても、サクラと前の主に血縁はない。だがサクラは前の主のことを本丸が始まった日からずっと見ていて知っていたのだと言っていた。
今日からよろしくねと言って、優しく木の幹を撫でてくれたお姉ちゃんだ、と。
こんのすけは刀剣男士が集まったからこそ宿ったのかもしれないと言っていたが、おそらくあの桜の木にはすでにこの精霊は居て、けれどまだ姿は持っていなかったのだろう。
本丸の年月が経つ中でサクラは人の形を取っていき、そして自分たちの前に姿を現した。
「よし、サクラ。お姉ちゃんに挨拶しような」
そう言って手を合わせるようにうながすと、子どもは真剣な表情で小さな手を合わせぎゅっと目を閉じる。
微笑ましい様子にそっと鶴丸は笑みをこぼし、そうして主の遺影を眺めて自身も手を合わせた。
大広間では夕食が終わり、片付けのために男士たちが動き始めたところで障子戸が開いた。
ちょうど近くにいた加州清光が目を瞬かせる。
「あれ、主どうしたの。ご飯なら持って行っただろ」
「そうじゃなくて、サクラは……」
そう言って中を確かめるように視線をめぐらせる主に、加州は呆れたようにため息をついた。
「何言ってんだよ、いるわけないじゃん。主がサクラは食事抜きだって言ったんだから」
「それはそうだけど、あの子のことだからわからないじゃない」
「サクラなら庵にいるよ、鶴丸さんと一緒にね。食事抜きなんてかわいそうだって言って自分も抜きでいいから一緒にいてやるんだって言ってた。疑うなら確かめに行ったら?」
呆れをにじませた調子で言えば、主は目に見えて機嫌を悪くした。
そうして今この場に確かに鶴丸以外の刀剣男士が揃っていることを確認して加州が言ったことが事実なのだと判断したのか、もういいわよと語気も荒く大広間を後にしていた。
「……え、こわっ。鶴丸さんの言ってた通りになってて怖いんだけど!」
主の背が遠ざかるのを確かめて障子戸をきっちり締めてから加州は顔を青ざめさせた。
今日の夕食は全員が揃うことを特に意識して、それ以外はいつもどおりにしていればいいと鶴丸は言っていた。
主が確かめに来たら自分と一緒にサクラはいると言えば、それ以上追及もしないはずだとも言って。
それでもこっそり離れで食べさせているかもしれない、と疑って様子を見に行く可能性を加州が指摘すると、それはないと鶴丸は断言した。
「伽羅坊の前であんまり疑り深い姿をさらしたくもないだろうしな」
だからこそ全員が揃っていることに意味がある、と。
そして結果は鶴丸の言った通りになった。
加州は戦慄するとともに、一振り目の大倶利伽羅が鶴丸国永を苦手にしていた理由を垣間見た気がした。