サクラの住まいになっている庵を和泉守兼定と同田貫正国が訪ねたのは、二人とそして豊前江、山姥切国広、巴形薙刀の五人がこの日の食事当番になっているので、燭台切光忠に夕食の献立についての意見をもらうためだった。
一度は厨に行ったのだがそこには歌仙兼定しかおらず、燭台切ならサクラの所だろうと言われたのだ。
そうして彼らは庭を臨む和室に足を踏み入れて、揃って「うわ」と声に出してしまった。
畳の上で、サクラを抱えたまま燭台切光忠が寝転んでいた。
普段格好良さを気にする彼らしからぬその姿に驚くとともに、彼がそうしているときには何かしらサクラ絡みで主である審神者に言われたときだと彼らは知っていた。
理由を求めてそばの座卓に肘をついて本を読んでいる大倶利伽羅に視線をやれば、彼は面倒くさそうにため息をつきながらも、燭台切のその状態の理由を話し始めた。
「はあ、なんだそれ」
「よりにもよってそれを燭台切に言っちまったのかよ……」
怒りを通り越して呆れたといった様子の同田貫の横で、和泉守は頭を抱える。
前の主が呪いが原因で病床に伏し、食事も摂れなくなって衰弱していくことを何より燭台切光忠が気にかけ、どうにかできないかと心を砕いていたことを和泉守も知っていた。
それもあって余計にサクラを可愛がっている彼相手に、知らなかったとは言え今の主は禁句を言ったも同然なのだ。
「ありえない……この子にご飯を食べさせないなんて、人間のやることじゃない……主は鬼だ」
サクラを締めつけてしまわない程度の力で抱きしめつつ、燭台切が力の無い声でつぶやく。
さっきからずっとこの調子だと大倶利伽羅が再度ため息をついたところで、隣の部屋とつながる襖が開いた。
「鬼なら僕が斬ってこようか?」
声に和泉守と同田貫が振り向くと、クッキーの入った深皿を抱えて髭切が立っていた。
「主が鬼だって聞こえたんだけど。それなら僕が斬ってきてあげるよ」
何でもないように穏やかな表情でほほ笑んで、髭切はクッキーを一枚つまんで口に入れると、和泉守たちが囲んでいる座卓にその皿を置いた。
「おいしいよ。主の味を思い出すから君たちも食べたら」
「弟と一緒じゃないなんて珍しいな」
燭台切が主の作っていた菓子の再現にのめり込んでいるのは彼らも知っているのでそれには反応せず、一人でいることを口にすれば、髭切は、ん?と首をかしげた。
「弟は……ええと、遠征に行ってるんじゃなかったかな」
「膝丸君なら鳴狐君と馬当番だよ」
落ち着いてきたのか、燭台切は身を起こしてため息をつき、癖の付いてしまった髪を手で軽く梳く。
いつもの彼ならば身だしなみを整えてくると言って、長時間鏡の前に陣取るところだが今はそれにすら気が回らないのだろう。
そしてサクラは横たわってじっとしていたせいもあるのか、眠そうに目をこすっている。
燭台切は頭を撫でてやり、お布団に行こうか、と優しくささやいて子どもの体を抱き上げた。
「えーっと、手入部屋は動かしたし、編成して出陣させた。あとは何が必要だ?」
和泉守が指折り数える横でクッキーをつまらなそうな表情で食べながら同田貫も指を折っていく。
「鍛刀、刀装……は俺ら次第か。あとは強化ってとこか?」
「鍛刀ねぇ。サクラが鍛刀したら何が出来上がるんだ」
「いくらなんでも主みたいじゃねぇだろ。お、なんなら賭けてみようぜ」
「面白そーだな、いいぜ。オレとしちゃやっぱ三日月宗近は外せないな」
「それじゃ賭けにならねぇだろうが」
「数珠丸恒次」
「じゃあ僕は……なんだっけ、いつもお酒持っている槍の、ええと」
同じく三日月宗近が鍛刀されることに賭けようと思っていた同田貫が和泉守に抗議する横で、本に視線を落としながら大倶利伽羅が、髭切がお茶を飲みながらそれぞれ別の名前を挙げる。
「日本号な。つか、お前らも賭けに参加するのか?」
「じゃあボクは粟田口の誰かが鍛刀されるのに賭けようかなっ」
振り向くと、両手に袋を持った乱藤四郎が立っていた。
「賭けの対象を絞らないのはさすがにどうなんだ」
「ふふーんだ、手堅いって言ってよね」
「その荷物はどうしたんだい?」
同田貫とやりとりする乱が持っている紙袋が気になった髭切が尋ねる。
「これ?サクラちゃんのお洋服だよ。古着屋さんで可愛いのがあったからいっぱい買ってきちゃった」
「……歌仙が作った服だってまだ全部着てないぞ」
さすがに多すぎるのではないかと大倶利伽羅は呆れるが、しかし乱の選ぶ服はどれもサクラに似合っているのは確かで、それを着ている姿を見るのは悪くないとも思っていた。
乱が周りを見回す。いつもここに顔を出すと嬉しそうに駆け寄ってきて、乱ちゃん、とかわいらしく呼んでくれる子どもの姿が見当たらない。
「サクラちゃんはお昼寝?」
「眠そうにしてたからさっき燭台切が布団に連れて行ったぜ」
「……そういやもう結構な時間経ってないか?」
「一緒に寝てたりして」
「じゃあボクが見てくるよ」
そう言って奥へと向かう乱の姿を見送って、四人は同時にクッキーに手を伸ばして衝突事故を起こした。
「お邪魔しまーす」
声を潜めながら乱がサクラの寝室に入ると、敷かれた布団では子どもが無邪気な顔で眠っていた。
それを枕元に腰を下ろして、燭台切はじっと怖いほどに真剣な表情で見守っている。
「燭台切さん、顔が怖いよ。サクラちゃんが見たらびっくりしちゃう」
「大丈夫、この子には絶対に見せないから」
硬い表情と声で答えながら、燭台切は枕に広がる子どもの髪をそっと撫でる。
そうして、何か用があったのかと乱を見た。
「和泉守さんたちが今日の夕食のことで相談があるって言ってたよ。あとこれ、サクラちゃんにまたお洋服買ってきちゃった」
持っていた紙袋を置くと、燭台切はそこで表情を崩し、目を丸くした。
「歌仙君の作った服も全部着てないのに」
「それ大倶利伽羅さんも言ってた」
思わず笑い声をこぼすと、小さくうめく声がして、二人は慌てて口をつぐんだ。
うめいただけで起きたわけではないようだ。
顔を見合わせて、しぃ、と人差し指を唇に当てると揃って笑顔を交わす。
せっかく眠っているのを起こすのは可哀想だとうなずき合い、買った服を置いて二人は寝室を出た。
「なにそれひっどーい!サクラちゃんはちゃんとごはんを食べないといけないのに!」
燭台切から今の主である審神者がサクラへ科した罰のことを聞いた乱は憤慨した様子で頬を膨らませる。
「まだ知らないってことなんだろうけどよ。露骨にもほどがあるだろ」
そう言って同田貫はため息をついた。
検査をしてわかったことだが、サクラが摂る食事はすべて霊力に変換されるのだという。
理論上は食べれば食べるだけ霊力が増えることになり、霊力を多く消費した日は同じだけ食事の量を必要とする。
ただ現実問題としてサクラの体内で行われる変換作業が追い付かないため、調子を崩すことが多い。
へし切長谷部が主から言われたという『いつも遠慮なんて知らずに意地汚く食べてる』というのは、そのような状態を指しているのだが、今の主はサクラのそういった仕組みをどうやらいまだに知らないのだ。
こんのすけがサクラの検査結果を紙にして渡しているはずだが、おそらく目を通していないのだろう。
かといって逐一自分たちが指摘すると彼女は機嫌を損ねるだろうし、そのとばっちりがサクラに向きかねないので歯がゆく思いながらも見ているしかできない。
「だからって……それにサクラちゃんは精霊としてもまだ子どもなのに。子どもの食事を罰だからって抜くなんて、これって立派に虐待だよ!」
「叩いたら虐待だって認識はあるみたいだけど、これくらいならしつけのつもりなんだろうね」
燭台切は苛立ちを滲ませてため息をつく。
離れの厨房から出たところを主である審神者に見つかったのは失敗だった。
おかげで不愉快な話を聞かされる羽目になり、サクラがお菓子を嬉しそうに食べてくれたのに心がささくれ立って仕方がなかったのだ。
「でもさ、どうせ主はいつも部屋で一人で食べているんだし、あの子がみんなと一緒に食べたってすぐにはわからないんじゃないかな?」
髭切の提案はこの場の全員が思っていることだが、それでも突然様子を見に来る可能性はゼロではないのだと同田貫が指摘すれば、ダメかぁと髭切はため息をついた。
もしも目の前で食事を取り上げられるなんてことになれば、サクラをひどく傷つけてしまうだろう。
ただでさえ今朝の出陣で怒られているのに、そんな酷なことはさせたくない。
「こんのすけも無茶言ってくれるぜ。主に悟られないように役目をこなせるかどうか試せだなんてよ」
「バレたらきっとあるじさんはカンカンだよね。サクラちゃんがひどい目に遭ったりしたらどうしよう」
「そうならないようにオレたちが守ってやるしかないが……」
頭痛を感じてか、和泉守兼定はこめかみをほぐしながら顔をしかめた。
桑名江の顕現を巡っての鶴丸国永と主である審神者との間でなされた口論は、途中で主が突然気を失ったことであっさりと終わった。
こんのすけいわく、主の体内に巣食う呪いが感情の高ぶりに強く反応したせいらしいが、いずれにしても決定的な瞬間は訪れなかったのでその場に居合わせた男士たちはいくらか落胆していた。
ひとまず気を失った主はへし切長谷部の手で部屋に運ばれ、その後大広間にはこんのすけを含めた全員が集まって話し合いの場がもたれた。
最初に口を開いたのはこんのすけで、いわく今の主は近いうちに審神者の役目を降ろされるだろうと告げた。
「主さまの霊力の減少が確認され、呪いの件もあって以来、監査対象になっていました。猶予期間も残り少なくなってきたので、今日はその通告のつもりで来たんですが」
気絶しているのではそれもできないとこんのすけはため息をつく。
主である審神者には、三か月ほどを目安に、期限までに霊力回復が見込めないのなら役目を降りることになる可能性があると最初の時点で伝えている。
そもそも彼女自身が役目を果たせなくなったこの本丸の主に代わって引き継いだのだから、当事者の一人としてわかっていると思っていたのだが。
「ですがこれといった対策もしておらず、見込みがないならこれ以上は……という判断です。あとみなさん察しているとは思いますが、後任はサクラ殿になると思います」
主が不調を訴えて病院を受診したのは、預けていた一振り目の大倶利伽羅の死が確定したことをこんのすけが主を含めた全員に告げた次の日だ。
急激に霊力の減少が確認されたこと、それが呪いによるものであること、そして呪いの原因などが問診と検査で早々に判明したのだが、肝心の主である審神者は何を思い込んだのか、前の主に恨まれて呪われているのだと言って聞かず、まったく認めようとしなかった。
なので霊力回復の手段はあってもそれを実行できる段階にすら至れず、日が経っているさなかに二振り目の大倶利伽羅が顕現した。
「主さまはそのつもりがなかったとしても自分が顕現させたと信じています。ですが……以前にも言いましたが大倶利伽羅殿を顕現させたのは前の主さまです」
二振り目の大倶利伽羅に対して、こんのすけが彼の顕現に前の主が関わっているかもしれないと伝えたのはサクラの検査をした時だ。
こんのすけは顕現したばかりの大倶利伽羅から前の主の気配を感じ取っていたのだが、それを今の主の手前告げるわけにもいかず、ひそかに理由を調査していた。
検査当日。不安がるサクラのために大倶利伽羅について行ってやるようこんのすけは勧め、そして彼にも検査を受けるよう勧めた。
それによってこんのすけの調査結果が事実であることや、彼を顕現させたのが前の主であることの確信を得たかったのだ。
こんのすけの調査によれば、彼が顕現したのは前の主の新盆にあたる日であり、前の主がちょうどその日、本丸の様子を見に来ている。
そこで淀んだ気配に包まれた刀剣の保管部屋を目の当たりにして、痛ましい思いを抱きながら刀に触れて申し訳ない気持ちを言葉にしてかけたことは確かだそうだが、顕現させるつもりはなかった。
そもそもそこにある刀はすべて錆びてもう無事なものは無いと思っていたらしい。
こんのすけは、この時に前の主が触れた刀は確かに錆びかけていて、けれど前の主の魂が触れたことでかすかに力を取り戻したのではないかと考えた。
今の主が刀に触れたことで大倶利伽羅は顕現したが、あくまで時間差によるもので、直接励起させたのは前の主ではないか、と。
そうでなければ二振り目の大倶利伽羅から前の主の気配を強く感じる理由の説明がつかない。
大倶利伽羅自身、顕現前に聞いた声のことがずっと引っかかり、今の主ではなく別の誰かによって自分は顕現したのではないかとずっと考えていたので、その話には納得が出来ることが多いとうなずいていた。
確かにあのとき聞こえた声は何かを謝罪していた、と。
いまやこの事実を知らないのはこの本丸では今の主である審神者だけだ。
「しかしあの様子じゃおとなしく受け入れはしないだろうな。喚いてごねて暴れるのが見えるようだ」
「それはいざとなればこちらでなんとかします。それと、サクラ殿の本丸はもう半月もすれば最小の設備ではありますがひとまず完成します。それまでにサクラ殿には基本のひと通りをこなしていただくことになりました。つまりは編成や出陣、鍛刀などです」
「あの子はもう手入部屋は動かせるんだからそれ以外の心配は鍛刀と顕現ぐらいだが……問題は主がそれを許すとは思えないということだ」
桑名江の顕現をサクラにさせたらいいと言ったときのあの過剰な反応を見る限り、うかつなことは出来ないと鶴丸は眉をひそめる。
「ではまずは編成と出陣の確認をお願いします。まあ、問題はないと思いますが」
また後日来ますと言って、こんのすけは戻っていた。
そうして迎えたのが今日であり、朝に主である審神者には言わずに編成を組み、出陣用のゲートを動かして部隊を送り出した。
黙って実行すればもちろん主は怒るだろうとわかっていたが、正直に申し出たところで結果は変わらなかっただろう。
なにしろ今の主は、サクラのことは嫌いつつもその力だけは利用しようとしているのだ。
昨日の話し合いの時、こんのすけは言っていた。
「主さまはおそらくサクラ殿を利用できるだけ利用するつもりだと思われます。本丸の完成が近いという報告をした際、まだここにいてもらっても構わないと言っていたので」
事情を知らなければ殊勝な態度にも見えただろうが、こんのすけには魂胆が見え透いていたという。
そもそも、サクラをしばらく見習いとしてこの本丸に滞在させたいという話をこんのすけが今の主にしたとき、彼女だけは猛反対していた。
その反応は想定内のことだったので、こんのすけとしてはことさら事務的にならざるを得なかった。
「主さま。あまりこのようなことは言いたくありませんが、あの精霊の持つ霊力はかなりのものです。それだけを見ればあの子と主さま、どちらが審神者として求められているのかは明白ですよ」
これ以上霊力の減少に歯止めがかからなければ主さまには役目を降りてもらうことになる、という一言はおそらく彼女の危機感を煽り、そして計算をさせたはずだ。
しばし黙り込んだ末、彼女はサクラを見習いとして預かることを承知した。
管狐としては危機感を煽ることで霊力の回復に努めるようになってほしかったし、本来の彼女の性格ならばその道に進むことが出来ただろう。
だが内に抱えた憎悪が呪いに変じた身では、その思考も無理だったらしい。
それでもこんのすけは選択を失敗したとは思ってはいなかった。
今の主が役目を降ろされる可能性があり、そしてそばに新たに引き継ぐことが可能な審神者がいるのならばいずれその時は来るであろうし、それも一つの未来だろうと。
改めて昨日の話し合いを思い出して、和泉守兼定は顔をしかめた。
こんのすけは言いたいことだけ言って結局こちらに丸投げしただけではないかと今更思い至ったからだ。
「自分は普段ここにいないからって適当言いやがって」
「ま、今日明日でやれって無茶ぶりされるよりマシだけどよ」
今一番の問題は今日のサクラの分の夕食をどうするかだと同田貫がため息をつく。
夕食の内容それ自体はカレーだと決まっているが、副菜をどうするかという相談のために燭台切を捜していたのにこんな問題まで抱えることになるとは。
「なら俺がサクラを連れだすとしようか」