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亡失の呪い-if 28-

サクラが見習いとなって以来、戦場への出陣は途切れることなくつづいている。
溜まっていた鬱憤を晴らすかのように刀剣男士たちは刀を振るった。
つい数日前には日本号が修行から帰還し、そしていまは秘宝の里と呼ばれる期間を限って開かれる特殊な戦場へと出向いていた。

男士たちのはりきりを体現するかのように、早々に手に入れた刀は郷義弘の手による打刀の桑名江。
前の主が死んで以来の新しい刀剣男士の顕現という興味もあってか、多くの男士が様子を見に大広間に集まっていた。
だが主はその刀を顕現しようとはせず、保管部屋へと運ぶように命じた。
これに驚き、当然ながら抗議したのは同じ江の刀である篭手切江と豊前江だ。

「ど、どうしてですか、主……理由を聞かせてください」
「急を要することではないからよ。別に今すぐの必要はないでしょう」
篭手切の困惑に対して主は冷淡すぎるほど冷淡だった。

でも、と反論しかけて主の鋭い一瞥に篭手切は肩を揺らして口をつぐみ、うつむく。
確かに急を要することではないと言われてしまえば、説得できるような反論は出来なかった。
主である審神者が本丸の維持・運営をつかさどるのだから、彼女の意思が最優先されるのは当然といえば当然だ。それでも新しい、同じ江の刀に会えないのはあまりに寂しい。

膝の上でこぶしを握り、唇を噛んで悔しそうな篭手切を豊前江は肩を叩いて慰めながらも今の主への不満を募らせる。

どうして素直にもう自分では顕現が出来ないと言えないのか──。

思いながらも実際に口にすれば主を激高させることもわかっていたので、歯を食いしばって言葉を吐きだすのを耐えた。 怒らせて逆上させたら、この主のことだ、刀解するなどと言いかねない。
そんな恐ろしい可能性を考えれば耐えることは出来た。

「だったら、俺たちの部屋で桑名を保管してもいいよな」
「お好きにどうぞ」

欠片も関心がない様子に豊前は小さく舌打ちしながらも内心では保管部屋でなければダメだと言われなくて良かったと安堵していた。
あんなおぞましく変わり果てた所に一時であっても仲間を置いていたくはない。
桑名江の刀をつかむと、篭手切をうながして大広間を後にした。

顕現させないとなれば、様子を見ている理由もないため集まっていた男士たちは白けた気分で大広間を後にしようと動き出す。
そんななかで、いっそサクラに顕現させたらいいのに、という誰かの声がやけに響いた。
瞬間、ざわついていたその場がしんと静まり返り、それを破るほどの大きさで主が声を張り上げた。
「今言ったのは誰!」

「俺だよ」

声の方にその場にいた全員の視線が向く。
そこにいたのは腕を組んで戸口にもたれかかる格好の鶴丸国永だった。

「今のは俺が言った。何か文句でもあるのかい?」
「鶴丸……!」
ぎり、と音がしそうなほど歯を食いしばって、主はうなるように、文句があるに決まっているでしょうと噛みつく。
「よりによってサクラにさせるですって?冗談じゃない!」
「けどあの子には審神者の適性がある。いまのきみよりもよほどな」
「なっ、なにが言いたいのよ!」
「ほう、この場で言ってもいいわけか?なら遠慮はしないが、そうなると困るのはきみだろう?」
「私を脅すつもり!?」
「ってことは、脅される自覚があるってことだよな。やましいことがあると言っているようなものじゃないか」
主はとっさに反論の言葉に詰まる。それを意に介した様子もなく鶴丸は姿勢を正すとつづけた。

「そもそも。俺たちをいつまでも誤魔化せると思っているんだとしたら考えを改めたほうがいい。俺たちは今、きみがこの本丸を引き継いだ主だからと従っているがそれがいつまでも続くとは限らないんだ」

冷ややかな眼差しと声だった。
そこから鶴丸の怒りを感じ取れなかった男士は一人もいない。同時についにその時が来たのだとも思った。
いずれ来るだろうと考えていたその時が訪れて、彼らは知らず安堵すらしていた。


対峙する主である審神者と鶴丸がちょうど視界に収まる範囲にいた加州清光は困惑しながらも、どんな結末であれ、この本丸の終わりの時がとうとう来たのかとおかしなことに興奮すらしていた。
知らず握りしめた拳が震え、それを隣にいた大和守安定が落ち着けとでも言いたげに軽くたたく。

審神者は鶴丸の冷ややかな態度に苛立ちを覚え、どういう意味だと噛みついた。
「わからないか?確かに俺たち刀には主は必要だ。だがそれがきみである必要はどこにもないってことだよ。それをいい加減理解したらどうだ」
「私に審神者をやめろって言うの!?」
「そこまでは言ってないさ。だがこの本丸でこれ以上主としていつづけるのは勧めないな。どうせ近いうちに降ろされるんだ。その前に自分から降りたほうがまだ賢い選択ってものだぜ」
「ふざけないで。降ろされたりなんてしないわよ!ちょっと誰か、鶴丸を捕まえて黙らせて!」
そう言って彼女は周囲を振り向くが、誰も動こうとはしない。
この場に全刀剣男士はいないが、だとしても誰かしらは自分の指示には従うはずなのにと彼女は戸惑う。

「っ、長谷部!主命よ、鶴丸国永を黙らせなさい!」
硬い表情でその場を見守っていたへし切長谷部は主である彼女の命に眉をひそめ、渋った。
「主、しかし」
「あなたまで私に逆らう気っ!?」
「あ、主……」
詰め寄る彼女の気迫に長谷部がたじろいだ時、その場の空気を破るように軽快な音と共にこんのすけが現れ、目の前の状況におや、と不釣り合いな声を出して審神者に向き直った。

「主さま。以前のご提案について、大事なお話があります」
「っ、いまそんな場合じゃ……後にして!」
「出来ません。もう一か月を切りました。刀剣男士のみなさまにも知っていただく権利があります」
「待ってそれは」
困る、と言いかけた彼女をさえぎってこんのすけに問いかけたのは鶴丸だ。
「こんのすけ。それは主の霊力が減少しているのと関係ある話だよな」
確信している様子でされた問いに、鶴丸を振り向いた彼女は顔を真っ青にして、どうしてと声を震わせる。
そうして何かに気づいた様子で周囲を見回し、山姥切国広を見つけるとそちらへと詰め寄った。
「国広、あんた言いふらしたの!?」
だが山姥切国広はそんな彼女の気迫に戸惑う様子も見せずに否定の意味で首を振って、だから早くみんなに言えばよかったんだとため息をつく。
「言ったはずだ。鶴丸に疑われた時点でごまかすのは難しくなる、とな」
「おいおい、俺はいったいどんなやつだと思われているんだ?」
呆れた様子で鶴丸は肩をすくめ、そうして息を吐きだすと主である審神者を見据えた。

「そもそもだな。きみの行動が疑ってくれと言わんばかりなんだ。急に戦いに出さなくなったと思えば、サクラが見習いになった途端に出陣させるようになった。そして負傷した連中を手入部屋に連れていくのはきみじゃない、サクラだ。おかげできみの霊力に問題があるんじゃないかと疑うのにそう時間はかからなかったよ。大体、きみは何も思わなかったのか?誰かが疑問に思って尋ねてくるかもしれないとは一度も考えつかなかったのか?俺たちに対して完璧に誤魔化すことが出来ているとまさか思っていたわけじゃないだろうな」
だとしたらずいぶんと見くびられたものだ、と低い声で吐き捨てる。
畳みかけてくる鶴丸の言葉に、彼女は何も返せずに黙り込むしかできない。

ふいに鶴丸はどこかいたわるような表情を浮かべる。
「……ああ、そうか。きみを怒らせたら面倒だからな。誰も気づいたって何も言わないか。それがきみを助けていたわけだ。きみは運がいい」
だが言葉は皮肉に満ちていた。

しばらく沈黙がその場を支配していた。
それぞれ部屋に戻ろうとしていた男士たちは誰も行動をとれずにいる。動揺しているためではなく、この先どうなるのかという興味のほうが大きかったためだ。
そんな空気を破ったのはこんのすけで、管狐は咳払いすると主を見上げた。

「主さま。鶴丸殿の言うようにもうこれ以上隠し通すことは出来ませんし、そもそも時間もありません。期限としていた三カ月までもうひと月をきりました。改めて意思確認をさせてください。主さま、あなたはこのままこの本丸で主をつづけるつもりがありますか?」
「……っ、あたりまえでしょうっ」
「でしたらなぜ霊力回復をしようとしないのです。紹介した病院にも行かれていませんよね?」
「行ったわよ!だけど無理だって言われたんだから仕方ないじゃない!」
「それは主さまが自身の呪いをどうにかしない限り、ということのはずです。それさえなんとかなれば霊力回復はそれほど難しいことではありません。主さまの場合はなおさらですよ」

呪い、と聞いてその場にいた男士たちの間に戦慄が走る。
そうして互いに顔を見合わせあって、霊力を減少させる呪いとはどういうことなのかとささやき合う。

「こんのすけ、呪いはあの子のとは違うものか?」
尋ねる鶴丸の声は硬い。彼自身、主の霊力が減少している理由がまさか呪いとは思っていなかったので前の主のこともあって動揺したが、よく考えれば本来真面目な性格の主が何も対処せずにいる理由として、呪いというのはこれ以上ないものだ。
こんのすけはうなずき、その証拠に今の主さまに症状は出ていない、と答えた。
「主さまの身に巣食っているそれは、生命力を糧にして成長する恐ろしい呪いです。いまは主さまの霊力を糧にしているのでこうして主さまは普通にしていられますが、いずれそれも尽きれば今度は生命力を糧にするようになるかと」
そうなれば衰弱していき、ついには……。
言葉を濁したが、言いたいことは十分すぎるほどわかった。
その説明と、先ほどのこんのすけの話を思い出すことで鶴丸はいくらか平静を取り戻した。

「何が原因だ?」
「一言で言えば、憎悪です。そして主さまの中に共鳴する感情がある限り、呪いはますます根深くなる」
「……なるほどな」
鶴丸はうなずき、そうしてため息をつくと首を横に振った。

「この本丸で主でいつづけたいなら、きみはさっさと治療を受けるべきだ。審神者を続けるかどうかなんて話じゃなく、きみ自身の命だって失われるかもしれないんだぞ」

だが彼女は何も答えずに鶴丸を睨むばかりで、彼は自身の中に再び失望感を見出していた。
『憎悪に共鳴する感情』が何から来ているものか、聞かずとも理解できてしまったせいかもしれない。
真面目過ぎるのも考え物だとなかばあきらめの境地で今の主を見据えるとさらにつづける。

「これからどうするかはすべてきみ次第だ。一刻も早く霊力を回復させるか、別の審神者にこの本丸を新たに引き継がせるか、このままサクラを利用して代わりをさせるか」

鶴丸の提案を聞いて、今の主が怒気を膨らませるのをその場にいた全員が感じ取った。同時に、最初以外は選ばないだろうとも思った。
サクラを利用しているという部分にはさすがに表立って同意などしないだろうし、引き継がせるつもりがあるのならもう少し早く行動していたはずだ。

「わ、私だって……できるものなら回復したいけど、でも呪詛返しもできないって言われたのよ。他にどうすればいいって言うの」
「主さま、前も言いましたがそれはありえません。あなたの呪いは誰かにかけられたものではなく、あなた自身の憎悪が形になったものです」
「嘘言わないで!どうして私が自分自身を恨まなきゃいけないのよ」
「主さまが自分自身を恨んでいるわけではありませんよね。あなたは……前の主さまへの恨み、憎悪をずっと抱えつづけ、それが呪いに変わってしまった。その思いを捨てない限り、いつまでも呪われたままだと病院でも言われたはずですよ」

「だったら──前の主が消滅すればそれで全部解決するじゃない!」

その場の空気が凍り付いたのをこんのすけは感じ取ると共に、とうとう言ってしまったと耳を垂れさせた。
暴論であり、彼女にとっては正論で、そして越えてはならない一線だった。

一振り目の大倶利伽羅の死が確定して鶴丸と衝突したあの日以来、彼女は前の主に対しての憎悪を時々見せていたが、それでも刀剣男士の前ではなるべく抑えていたはずだし、こんのすけも警告をしていた。
それを彼らの前で表しては面倒なことになりますよ、と。
自身が主と認めていた相手を悪しざまに言われて気分が良い者などいないし、それ以上は彼らからの信用が失われるだけだとも。
彼女は忌々しそうにしながらも、わかっていると承知していたはずなのに。

管狐の視線の先では、彼女はそんなことも忘れたように喚き続けている。
先ほどの一言がまるで堰を切ってしまったかのようだった。

「彼を連れていったばかりか挙句死なせて!どうして私の邪魔をするの!死んだなら大人しくしていればいいのに、なんの権利があって私を呪うのよ!」


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