「似てるんだよな、雰囲気がさ」
何が、とは言わずとも加州清光の言いたいことを察し、大和守安定は無言でうなずいた。
二人の視線の先では昨日修行から帰還し、先ほどまで戦場に出ていた御手杵に肩車をされて高さに慌てふためくサクラの姿がある。
サクラは、自分たちの前の主によく似ている──。
戦場から帰ってくる部隊を迎えに走って、傷の深い者から順に手入部屋へ連れていく姿は自然と彼らに前の主を連想させた。
サクラは幼い見た目に反して、傷を負っている刀剣男士に対して怯む様子は見せたことがない。
人の形をしながらも精霊という出自故なのかと思ったが五虎退の大きな虎と対峙した時には最初は怯えていたし、獅子王の鵺などに対しても同様で、怖いという感覚は持っているようだ。
けれど傷ついた男士たちに対しては怯えるよりも心配そうな表情を浮かべるので、そんな姿にもやはり前の主が重なる。
そのためかサクラに前の主をつい重ねて接してしまう男士は多い。
たとえば、と加州が視線をふと転じると、何かを抱えて庵へと入る燭台切光忠の後姿が見えた。
燭台切もまた、サクラに前の主を強く重ねている男士の一人だ。
「……今日は燭台切がおやつの相手か」
加州がつぶやくと、隣に立っている大和守も視線を転じて、ああ、とうなずいた。
「今日のサクラのおやつは何だろうね。前はプリンだったけど」
「やっぱプリンなんじゃねーの。サクラも好きみたいだし」
何より前の主の好物だった、という言葉を心の内で付け加える。
「……そういえば清光は見たことある?燭台切がサクラにおやつ食べさせる時の顔」
「なかったと思うけど。え、なにそんなヤバい顔してんの?」
「ヤバいと言えばヤバいかな。なにしろすんごい甘いんだよ。見てるこっちが胸やけするくらい甘ったるい、嬉しそうな表情しちゃってさ」
それを思い出してなのか、げんなりしている大和守に苦笑しつつ再び庵へと視線を転じる。
今頃、庵の中ではサクラのおやつのための準備に動いている燭台切の姿があるのだろう。
「ちょっとその甘ったるい顔、気になるかも」
あとでサクラについて行ってついでにおやつも食おうぜ、と加州はいたずらっぽく笑った。
「はい、サクラちゃん。あーん」
一口分のプリンを掬って差し出されたスプーンを、サクラは戸惑いながらも口を開けて迎え入れる。
そうしてその甘さとなめらかさに口元をほころばせ、おいしい、と笑みを浮かべた。
今度は下のカラメルも一緒にというリクエストに応えて燭台切が掬うのを期待した目で見つめている。
そんな二人の様子を見て加州が驚いた様子で大和守を振り向くと、あれがそうだと言わんばかりに重々しいうなずきが返ってきた。
なるほどたしかに甘ったるいと納得し、背後に花が咲いている錯覚さえした。実際に花びらが散らばっていないのが不思議だと思いながら手元のチーズケーキに視線を落とす。
それはプリンと共に燭台切が今日のおやつ用にと作ったもので、見た目は前の主が作っていたものと酷似していた。
チーズケーキは、加州と大和守が顕現して初めて食べた、主の作った菓子だった。
以来二人は機会があればいろんなタイプのチーズケーキを食べ比べるようになった。
美味しさで言えば主の作ったものを上回るものはいくらでもあったが、それでも何か特別なものを感じるのは主の作るケーキのほうが強かった。
最後に主の作ったのを食べたのはいつだっただろうかと思いながら口にして、知らず目を瞠っていた。
ケーキをまじまじと見つめ、もう一口食べると思わず口元がほころんだ。
初めて食べた時の味の記憶はさすがに薄れている。
それでも加州はいま食べたこのチーズケーキは主の味だと確信が出来た。
そんな加州の横で一口食べた大和守が、うまっとつぶやいて、燭台切を振り向いた。
「これ主が作ってたケーキだよね。レシピが残ってたんだ」
「うん、あの子の離れの厨房で見つけたんだ」
「懐かしいなぁ。僕たちが初めて食べたのがこのチーズケーキだった」
「再現できてるといいんだけど」
「何言ってんだよ。同じ味だったから俺びっくりしちゃった。てかレシピあるんだし、燭台切の腕なら余裕だったろ」
加州の言葉に同感と大和守がうなずく。
「でもこのケーキのレシピを見つけて作って味見した時、何か違うなって思ってしまったんだよね。何かが足りないって。見た目は同じようにできたんだけど」
サクラにプリンを食べさせてやりながら燭台切はどことなく納得いっていない様子でため息をつく。
ため息に反応してどうしたのかと首をかしげるサクラに、なんでもないよと燭台切がほほ笑んで誤魔化すのを眺め、加州もまた首をかしげつつも、言いたいことは理解できる気がした。
食べた限りほぼ同じように感じるしこれで充分だと思うが、感覚など人それぞれだ。
きっと作り手である燭台切だからこそ感じた何かが、彼に足りないと思わせたのだろう。
どこか切ない気持ちになりながら加州はフォークを進めていった。
「そういえば離れの厨房の使い勝手はどう?」
「なかなかいいよ。ただ作業台が主の背に合わせて作られたものだから僕にはちょっと低くて」
そう言って燭台切は苦笑すると、大和守と一緒に本を読んでいるサクラを見やり、目を細めた。
前の主は遺言書で、自分が使うために執務室裏手の離れに造った小さな厨房を燭台切光忠に遺すと記していた。
そうしてその厨房のカギと共に一通の手紙があり、それにはいままでおいしい料理やお菓子を作ってくれたことに対する感謝と、これから先、新しい主やみんなのために美味しいものを作って、支えてほしいということが書かれていたという。
ただ加州が知る限り、新しい主を迎えた後の燭台切は菓子を作らなくなったし、離れの厨房には一度も足を踏み入れてはいなかった。
ところがサクラが現れて以来、燭台切は時間があれば厨房に入って何かしら作るようになった。
どういった心境の変化なのだろうと疑問に思っていた時、加州は鶴丸国永と一緒に門前の掃除当番になり、ほうきで掃きながら何気ない風を装って聞くと、重ねているからだろうと鶴丸は答えた。
「重ねてるって、サクラに前の主を、ってこと?」
「そうだ。というかきみだってそうじゃないのか」
「……俺はそこまでは。まあ、似てるかなって思うことはあるけど」
「たぶんあいつ……光坊には特にサクラの笑顔が刺さったんじゃないか。ほらあの子も食べるのが好きだったろう。それでいて嬉しそうな表情をするからな」
あいつなりにあの子を可愛がっていたし、そしていまはサクラが可愛くて仕方がないんだろう、と。
「……そういや前に燭台切から聞いたことあったかも。食事当番が一緒になってさ。そしたら鼻歌出るくらい楽しそうに準備してるから、何かあったのか聞いたら、主が食べて喜んでくれるのを想像したら嬉しくなったって」
そんな話を聞いていたから、主が呪いで食事の味がわからなくなって食べられなくなると、加州が一番に気にしたのは燭台切のことだった。
当番の日は時間があれば厨にいることが多いので様子を見に行くと、燭台切は作業台に腕を枕にして突っ伏す格好で眠っていた。
珍しい姿に驚きながらそっと様子をうかがうと腕の下に本やメモが広がっていて、それには主のために何かできないかと彼なりに試行錯誤したらしい形跡があった。
加州の気配に気づいて飛び起きた燭台切は恥ずかしい所を見られたと気まずそうにしつつ、炎色の目に寂寥をたたえていた。