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亡失の呪い-if 26-

その後、子どもの姿をした精霊の存在と、それを大倶利伽羅が見つけて拾ったことが他の男士だけでなく主である審神者の知るところとなり、にわかに空気が騒がしくなるのを鶴丸は感じ取った。
今の主のことだ。さっさと本丸から追い出せと言い出しかねない、とうんざりしながら息を吐く。

出会ったばかりだが、ずっとこの本丸に形は無くとも存在していたこともあってか、鶴丸はすでにこの子どもの姿をした精霊と離れがたくなっていた。
山姥切国広がこの子どもに前の主を重ねてしまったのと同じように、鶴丸もどこか気配や雰囲気が前の主に似ていると感じ、今の主に対して思うところがある所為もあってか、この子どもにこのまま本丸にいてほしいと思ってしまったのだ。
刀にとって主が変わることは当たり前のことで、そして今度もそれを受け入れたはずなのに今更寂しく思うとはらしくない、と鶴丸は自嘲しながらも感じた気持ちに嘘をつくつもりはなかった。

医務室にやってきた今の主は子どもの姿を確認するなり警戒の表情を見せた。
どういうことなのかと尋ねてくるが、しかし誰も、子どもが精霊であるということしかわからなかったので答えに窮して顔を見合わせるしかできない。
代表して山姥切国広がこんのすけから聞いたことをそのまま話したのだが、主はそれを適当な答えでごまかしたと思ったらしく、表情をゆがめ、ふざけないでと怒鳴った。
子どもはその剣幕に怯え、とっさに山姥切の背に隠れる。
その様子に主は忌々しそうにこんのすけを振り向くと、ちゃんと説明してと詰め寄ったが、返ってきたのは先ほどの答え以上のものではなかった。
「精霊であるという断定しかできません。それ以上のことは詳しく調べるなりしないと」
「じゃあ早くそうしたらいいじゃない」
「今日これから調べるには準備も足りないので、詳しいことは明日以降になるかと。なのでそれまでの間、この子をここに滞在させますが、構いませんね?」
「はぁ?嫌に決まってるでしょ、そんなよくわからないもの……」
さっさと追い出して、とかろうじて口にはしなかったが表情が告げていた。

「大将。この子は傷だらけで倒れてたんだ。それを追い出そうってのか?」
「私にはもう十分元気そうに見えるけど。それに元々いた場所があるならここにいる必要ないじゃない」

子どもは主の歓迎していない態度に表情を曇らせて山姥切の背中から離れて医務室を出ていこうとするが、それを留めたのはずっと黙っていた大倶利伽羅だった。
「必要ない。まだ傷が治ってないんだ、ここにいればいい」
でも、と遠慮する子どもを大倶利伽羅は抱き上げて布団へと下ろしてやった。
そうして枕元に腰を下ろして子どもの手をそっと握ると、眠るまでここにいてやると優しく声をかける。

「大倶利伽羅!」
主の金切り声に、大倶利伽羅は肩越しに鬱陶しいと言いたげな一瞥をくれて、子どもへと向き直る。
詰め寄ろうとする主をすかさず止めて、なかば強引に医務室の外に連れ出したのは燭台切光忠だ。
「離してよ!」
「静かにしないとあの子が眠れないからね。君も少し休んだほうがいいよ」
「ふざけないで!ちょっと、手を離して!」

主である審神者の声が遠ざかるのを聞き届け、医務室に残った鶴丸たちはほとんど同時にため息をついていた。


数日後。いくつかの検査を受けた結果、大倶利伽羅が見つけて拾った精霊は励起する技を持っていることが判明し、審神者の適性があると診断された。
他の本丸でも人間ではない審神者は存在するというので、精霊にもそのような能力があったことは特に問題視や疑問視はされなかったらしい。
そうして本丸を新しく整えるまでの間だけ、見習いという形でしばらく本丸で住み込むことになった。

「あれから主が結構大人しくなったのは意外だったんだよな。伽羅に特に懐いてるから敵意見せてくるとばかり思ってたけど」
そう言って太鼓鐘貞宗は燭台切光忠手製のクッキーを口に放り込む。
咀嚼し、飲み込んでから振り向いた背後には、大倶利伽羅の膝の上に座って児童書を広げる子どもの姿があった。

「いい大人が子ども相手に険悪になっても格好悪いしな。あの子を利用する方が益があると主なりに思ったからだろ」
見せないだけで嫌ってることには変わりはない、と鶴丸は断言する。

主である審神者は最初、期限付きとはいえ住み込みで見習いをさせることに猛反対していた。
いくら適性があるからと言って得体の知れない存在を住まわせるなんて、と強く拒否していたのだが、その後何かをこんのすけに言われて渋々といった様子で受け入れることを了承した。
こんのすけが何をどう話して主に了承させたのかの詳細まではわからないが、早々にその子どもと別れずに済むならばいまはそれでいいと、鶴丸はあえてその疑問は頭の隅に追いやっていた。
今の主に対するいくつかの疑問と合わせてそう遠くないうちに事実が判明するだろう、と。

「あとはまあ、伽羅坊の自分に対する心証をいくらか良くしておきたいってのもあるんじゃないのか。なにしろ第一印象からして良くないからな」
今更な気もするが、と鶴丸の言葉には遠慮がない。しかしそれは太鼓鐘もうなずくところであった。
「ま、主の思惑はこの際どうでもいいさ。どうあがいても無理な時ってのはあるもんだ」
冷淡な調子で締めくくって鶴丸はお茶を飲み、クッキーを一枚つまむと本を真剣に読んでいる子どもの元へ近づき、手ずから食べさせてやった。
「うまいか、サクラ」
うんと大きくうなずく子どもの頭を撫でてやって、鶴丸はおやつにしようと大倶利伽羅の膝の上から子どもの体を抱き上げた。

検査に先立って呼び名がなければ不自由だということで名を持たない精霊に名前を付けようと鶴丸の提案で大広間には刀剣男士たちが集められた。
各自に名前を考えてもらい、それを書いた紙を集めた結果、一番多かったのが表記の違いはあれど『サクラ』という名前だった。
理由はいわずもがな出自が桜の木であるからだが、安直だという意見もないではなかった。
その後いくつかの候補と共に本人に決めさせようとしたが、迷いに迷った末に、お兄ちゃんに決めてほしいと言って子どもが指名したのは大倶利伽羅だった。
自分を見つけてくれたお兄ちゃんが決めた名前なら、と。
本人がそう望むならと鶴丸が大倶利伽羅に決定権を委ねると、なんで俺がと戸惑いながらも一蹴することはせず、そうして男士のほとんどがそう認識したことや呼びやすい響き、さらには自分が挙げた名でもあることも合わせて『サクラ』という名前に決めていた。

それもあってかサクラは特に大倶利伽羅に懐き、彼も邪険にはせずに構ってやっている。
一緒にいる二人の姿を見て、年の離れた兄妹のようだと言ったのは確か三日月宗近だったかと太鼓鐘がふと考えていると、その三日月宗近が彼らのいる離れに来るのが見えた。
手に包みを持っているところを見ると、サクラとおやつの時間を過ごすつもりなのだろう。
可愛がられているな、と自分も可愛がっていることを棚に上げて太鼓鐘はぼんやりと思ったが、ふとあることに思い当たってさっと顔色を青くした。

「やべっ、これ以上食わせ過ぎたらまた調子崩しちまう!」
三日月には申し訳ないが明日にしてもらおうと、慌てて離れを飛び出た。

「おーい、サクラー。そろそろ第一部隊が帰ってくるよー」
加州清光が手を振って呼ぶと、サクラは手を大きく振り返して元気に返事をした。
掃き掃除に使っていたほうきを片付けに走っていく姿に、思わず笑みがこぼれる。すかさず隣にいた大和守安定が加州を肘で突っついた。
「なにニヤニヤしてんのさ」
「うるさいなー。別にいいだろ。ていうか安定こそニヤついてんじゃん」
「そりゃそうだよ。だってまた戦いに出られるんだから」
「まーね。おかげで主が俺たちを戦いに出さなくなった理由の見当がつくとか皮肉だけど」
「いいんじゃない、別に。ひとまず主に対して不満こぼしてるの聞かなくなったし」
いずれはっきりする時がくる、と大和守自身はあまり不安を感じてはいない。
大事なのは自分たちがいまここに在る理由で、その役目を果たすためならばサクラの存在がこれから先の波乱の種になったとしても、それはそれであるべき形なのだろうと考えていた。

サクラが見習いとして住むようになって早いもので数週間が経っていた。
寝起きをするのは、以前にこの本丸で見習いを受け入れるために屋敷の離れの茶室を改装した小さな住居で、見習いが研修を終えたあとは掃除はしながらもしばらくは誰も使っていなかった場所だ。
この離れにある『庵』からサクラは母屋へと通い、昼間は見習いとして男士の内番を可能な範囲で手伝ったり、屋敷の掃除などをして過ごしている。
そのなかでもサクラの大事な仕事は、刀剣男士の手入で、主である審神者がそれを任せるようになって以来、刀剣男士たちは再び戦場に出ることが出来るようになっていた。

そして主の方はと言えば、相変わらず大倶利伽羅に避けられていることを悲観して怒りっぽくなる部分はあるが、感情の波もいくらか落ち着いてきているように加州の目には見えた。
何より戦いに出られるようになったことで男士たちの間でくすぶっていた主への不満も鳴りをひそめ、本丸に漂う空気はかなり改善されてきているのだ。

加州たちがここ最近のことを思い返してしみじみとしていると、ほうきを片付けてきたサクラが門の前に駆けつけて、そうして第一部隊の帰還を笑顔で出迎えた。


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