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亡失の呪い-if 23-

二振り目の大倶利伽羅の顕現。
それは事故と呼んでも差し支えないある日の出来事として起きた。

主である審神者の喚く声が聞こえてきて、鶴丸国永は内心でうんざりしながらも、声がした方へと駆けつけた。声は鍛錬所の隣にある刀剣保管部屋から聞こえていた。

ここには鍛刀した刀が顕現されることがないままの状態で保管されており、それは新たに仲間となった刀剣男士の強化のために使われる。
その保管部屋で今の主は興奮状態で喚いていた。
近侍である燭台切光忠に抑えられているその向かい側では、一人の刀剣男士がたたずんでいた。

「……伽羅坊……」
鶴丸は呆然とその刀剣男士──大倶利伽羅の名を呼ぶ。
そうして興奮状態の主、それを抑えている燭台切、表情に大きく出していないがおそらく困惑しているだろう大倶利伽羅をそれぞれに見て状況だけは理解できた。
だがなぜこうなったのかと説明を求めるように燭台切を見ると、ちょっとした事故だったのだと彼は心苦しそうな表情で言った。

「刀が主の足元に落ちてきて……とっさに拾ったら」

大倶利伽羅が顕現してしまった。
だが主は錯乱状態に近い。つまりは主の望んでいない、求めていない顕現で、これは事故と呼んでも差し支えないものだろう。

鶴丸国永はいずれこういうことが起きたとしてもおかしくないとずっと考えていたことが現実になって動揺したが、息を吐きだしてすぐにおさめた。
「光坊。主を連れて部屋に行ってくれないか。あとこんのすけを呼び出させておいてくれ」
「わかったよ。ほら、主。部屋へ行って休もう?」
「ちょっと何よ……!離して!鶴丸、何するつもりなの!」
「今の状態のきみに話しても理解してくれるとは思えないから後にしてくれ」
「ここは鶴さんに任せよう。ね?いい子だから」
声は優しいが部屋の外へ連れ出そうとする燭台切には有無を言わさない雰囲気があった。
それでも主である審神者は抵抗して、興奮状態で喚きたてている。
やがて遠くなっていく声を聞き届けて、鶴丸はため息をついた。

「顕現早々すまんな。みっともないところを見せてしまった」
「……どうでもいい」
怪訝そうな表情を浮かべながらも吐き捨てる大倶利伽羅に、そう自棄になるなよと声をかけて、刀が無造作に置かれた棚に目をやる。

一振り目の大倶利伽羅が恋仲でもあった死んだ主を追ってこの本丸からいなくなって以来、彼に想いを寄せていた本丸を引き継いだ新しい主はすっかり心を病んでしまった。
真面目が故に深入りしてしまったためだろう。
鶴丸がその事に対して抱いたのは、面倒なことになったというだけで、今の主を哀れには思うがそれ以上にはならなかった。
鶴丸に限らず、不毛なことはやめておけと忠告を何度もしていたのだがすべて主の耳を素通りしていたらしい。

そして主は何を思ったのか、鍛錬所に時間があれば赴き、鍛刀を繰り返して刀の大倶利伽羅を集めはじめた。
だが顕現させるでもなく、かといって一振りとて刀解しないものだから溜まっていくばかりで、置き場所としていた棚から溢れそうになっていたほどだ。
だから今回のことは事故ではあるのだが、いずれは起きるべくして起きた事故ではあったと鶴丸は考え、そうしてため息をつくと大倶利伽羅に向き直った。

「きみはどうしたい。あんな状態の主だ。きみをまともに戦いに出すとは思えん」
というより俺たちも今は戦いに出してもらえない状況だ、と続いた言葉に大倶利伽羅は眉をひそめた。
「ならさっさと刀解でもなんでもすればいい」
「せっかく顕現したのにか?」
「戦えればそれでいい。それが出来ないならここにいる意味はない」
「なるほど。しかし残念なことにおそらく今の主はきみを刀解するなんてできないだろうな」

顕現してその姿を間近で見てしまったからこそ錯乱したのであろうが、今の主は大倶利伽羅を刀解すること、手放すという決断を決してしないだろうというのが鶴丸の考えだ。
今の主は『大倶利伽羅を失う』ということにひどく怯えている。だからこそ姿は刀であっても刀解さえ出来なかった。他の刀は刀解出来るのに、大倶利伽羅の刀だけはそうしていない。

「……とにかく。主と話してくるからきみはここで」
待っていてくれと続くはずだった言葉をさえぎるように軽快な音を立てて管狐が姿を見せた。
そうして大倶利伽羅の姿を見て、おや、と声を上げる。
「主さまはようやく大倶利伽羅を顕現させたのですか?」
鶴丸は首を横に振ると管狐に事情を話し、聞き終わったこんのすけはなるほどとうなずき、大倶利伽羅を振り向くと、おそらく主の手で刀解は困難であろうからもしもあなたが望むのならば政府に所属を移してはどうかと提案した。
大倶利伽羅はこれといった反応もせず、戦えるのならどうでもいいと、どこまでも淡々としていた。

「じゃあ少しここで待っていてくれないか。主に話をしてくる」
政府に所属を移すことを前提に話を進めてくるつもりだと言って鶴丸とこんのすけが保管部屋を後にするのを、大倶利伽羅は横目で見送った。
足音が遠ざかるのを聞き届け、そうして部屋の中を改めて見回して、言いようのない嫌悪感と不快感に舌打ちが出ていた。

ここにある刀の多くが『大倶利伽羅』だ。別の刀も多少あるが、圧倒的に彼の刀が多い。
それは大したことではない。問題は刀のほとんどがおそらく錆びついていることだろう。
錆びと言っても、鞘から抜くことは出来るし、見た目にもわからない。だがこれらから刀剣男士が顕現されることはないだろうと彼は確信していた。

大倶利伽羅が天井を見上げると、黒い影が隅でうごめいているのが見えた。
ここに顕現した時から感じていた漂い、渦巻く見えない何かと合わせてそれは彼に不快感と嫌悪感をもたらしていた。
そして得体のしれない何かが足元からまとわりついてくる感覚があって、嫌悪感に舌打ちをして鯉口を切ると、まとわりつこうとしていた何かがサッと離れた。

こんな場所に置かれていたら、ここにある刀はすぐに『使い物』にならなくなる。
せめて部屋の外へ出なければと思ったところで、強い力で引っ張られたように急に膝から崩れ落ちた。
さらにはこみ上げてくる吐き気に手の平で口元を覆う。

──息苦しい。気持ち悪い。一体誰がいま自分を引っ張ったのか。

大倶利伽羅がうずくまって這うように部屋から出たところで、こちらへと駆け寄ってくる足音が聞こえた。
顔を上げるとぼやける視界の中でもその顔はすぐにわかったが、貞、と呼んだはずの声はかすれていた。
「伽羅、なんでここに……って、おい!?」
顔が真っ青だと心配する太鼓鐘貞宗に、何でもないというように大倶利伽羅は首を振ったがそのせいで余計に気持ち悪くなってしまった。
「気分が悪いんだよな。しゃべらなくていいから早くここを離れないと……」

鶴丸国永にここで待っているよう言われたことを話そうとして、けれど口を開いたら吐いてしまいそうで、大倶利伽羅はようやくの思いでうなずいた。
この不調がおさまらなければどうしようもないのは確かだ。

支えられながら立ち上がろうとしたが、しかしめまいに襲われて倒れ込んでしまった。
真っ暗な視界の向こうで、太鼓鐘貞宗が呼ぶ声が遠くなっていった。

そういえば顕現する直前に自分を呼んだ声は誰だったのだろうと、ふと彼は遠ざかる意識の中で思った。


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