戻る
せめて、手を伸ばして-7-

意識を失う寸前まで主のことを思っていた。
記憶が遡り、その意識が作用して主を避けることになった可能性は充分に考えられる。
だがそれを表には出さず、彼は別のことを口にした。

「夜に、また来てもいいか。あんたと話す時間を作りたい」
自分たちに足りないのは時間と会話だ。
会話を保たせることは彼にはまだ課題が多いが、けれど時間を作ることは出来る。
時間を作って、互いに少しでも触れるようにして、距離を縮めたい。

彼の提案に頬を赤く染めながら主がうなずき、おねがいしますとはにかむ。
大倶利伽羅の手に触れて何かを確かめるように握りしめた時、ふと電子音が響いた。

音の元は執務室の文机の上に置いていた端末だ。主がそちらへと向かい、端末を手に取る。
「……遠征の連中か?」
尋ねながら大倶利伽羅の視線はうなずく主の手にある端末、それに括り付けられた金属片と石の飾り紐の方に向いていた。

主が端末を手にしたとき、彼は思い出していた。
ちょうどひと月前、主に贈るために買った物をそういえば受け取った覚えがないことを。

その記憶は主の買い物に彼が同行した、とある日までさかのぼる。

審神者には、政府から認識票と呼ばれるものが与えられ、携行を義務付けられている。
大体の審神者はそれを同じく支給されている端末に取りつけていて、彼の主もそうしていた。

買い物の途中で端末を取り出したとき、つけていた鈴の飾り紐が突然切れて認識票共々地面へと落ちた。
元々擦り切れそうではあったらしく、主は予定外だけれどと天然石などを扱う店に向かった。
石のついた飾り紐などが売られている店ということもあって、やはり大体の審神者はここの商品をつけて自分と他の認識票をわかりやすいようにしている。
主は、在庫処分で値引きがされているいくつもの飾り紐の中から、珍しくあまり悩まずに石の飾りを手に取った。

大倶利伽羅は普段他人の買い物に口を出すことなど無いのだが、その彼をしてさすがに適当ではないかと思い、それでいいのかとつい尋ねていた。
主は、とりあえずいまは端末と認識票を一緒に出来て失くさないようにできればそれで良いと答えた。いずれゆっくり選んでもいいしこのままのどちらでも、と。

ならば自分がそれを贈りたいと漠然と考えていた矢先、主の誕生日が近いことを彼は知った。

店に何度か赴き、彼が選んだのは茶褐色の煙水晶と呼ばれる石がついた飾り紐だ。
当初予定になかった『大倶利伽羅』の紋を刻印してもらう追加を頼んだ結果、出来上がりに日数を要することになったが、主に渡したいと思っている日までには充分余裕をもって間に合うようで問題なく、本丸への配送を指定して彼は店を出ていた。

事故が無ければとっくに届いているはずだ。 本丸に配送される荷物の中に自分が買ったものが届いていないだろうかと尋ねようとしたとき、部屋の外から駆けてくる足音が聞こえた。

「大変だ主!伽羅がいねえ!」
勢いよく執務室に入ってきた太鼓鐘貞宗と大倶利伽羅の視線が合った。

「あれ、伽羅?」
「……なんだ、騒がしい」
どうしたのと尋ねる主に、太鼓鐘は橙がかった黄色い目を瞬かせ、そうして何か察した様子で眇めた。
「いや、なんでもない。それよりちょーっと伽羅を借りてくぜ!」
そう言って笑みを見せて、太鼓鐘は大倶利伽羅の腕をつかむと有無を言わさない様子で引っぱって歩き始めた。
まだ尋ねることがあったのにそれをできないことよりも、体格でみれば抵抗できるはずなのにどうしてか振り払えないことに大倶利伽羅は戸惑っていた。

「おい、離せ。貞!」
強く呼ぶとようやく太鼓鐘は立ち止まり、手を離す。執務室からはだいぶ遠のいていた。
つかまれていた部分をさすりつつ、どうして短刀の体格に自分は負けているのだろうと大倶利伽羅は思い、体を鍛えるべきかと思考が逸れかけたとき、強い調子で名を呼ばれた。

「……なんだ」
「なんで記憶を失っていたとか、そういう野暮なことは聞かないでいてやるよ。どうせ自分でもわかってないんだろうしさ」
「……」
「でもまあ、目が覚めて真っ先に主のところに行ったことは褒めてやるぜ」
「ずいぶんと上からの物言いだな」
大倶利伽羅はため息をつく。

しばし沈黙が流れ、太鼓鐘貞宗は息を吐きだして、大倶利伽羅の腹に軽く拳を叩きつけた。
「っ、バカ野郎、心配かけさせやがって」
たたらを踏むことは避けられたが、多少油断していたせいか、大倶利伽羅はいい具合に入った拳の痛みに顔をしかめた。いきなりなんだ、と言葉にしながらその箇所をさする。
「うるせぇ、素直に受けとけ。みっちゃんの拳よりずっとマシだろ」

それは確かに事実だったので、大倶利伽羅は無言で一応の納得をした。そうしてため息をつき、悪かったな、と言葉をかける。
どこか拗ねた様子で顔をそむけていた太鼓鐘はその言葉でこちらを向く。
しばし大倶利伽羅をじっと見て、ふと表情をやわらげると、顔を覗き込むように距離を寄せた。

「俺に謝るより、主を大事にしてやれよ」
「……わかっている」
「なんだよやけに素直で気味悪いな」
「普段素直になれとうるさいのはどこの誰だ?」
「冗談だって」
ふっと吹き出し、太鼓鐘は大倶利伽羅の腕を軽く叩いた。

「行こうぜ。鶴さんやみっちゃんにも知らせないとな!」
ほら、とうながされて、大倶利伽羅は仕方ないと息を吐く。
主に尋ねるのは明日でも出来るだろう。


やけに道場のほうが騒がしいと思いながら審神者がそこへ向かうと、何人もの男士の声援とそれを受けて打ち合う二人の男士、へし切長谷部と大倶利伽羅の姿があった。

今日の手合わせは別の刀剣男士だったはずなのにと疑問に思っていると、審神者に気づいた加州清光が声をかけてきた。
「主も応援してかない?長谷部と大倶利伽羅のどっちが勝つか、俺たち賭けてんだよね」
ちなみにだが賭けの結果は数日後の大掃除での役割に反映されるのだという。
金銭が絡まないのならまあいいかと納得して、それでも賭けはほどほどにねと返しつつ、本来の手合わせに入っていたはずの二人、千子村正と御手杵はどうしたのかと聞けば、あっちで応援してると加州が指をさす。
指を辿ると確かに二人も声援を送っていた。
だがそもそもどうして彼ら二人が手合わせすることになって、しかもそれが賭けになっているのか。
審神者が疑問を呈すると、加州は肩をすくめて、長谷部から言い出したのだと答えた。

「大倶利伽羅の記憶が戻っただろ?そしたら長谷部がキレてさー、自分と打ち合えっていきなり言いだして」
どうしてそんなことにと困惑する審神者に、そんなの決まってるだろ、と加州が苦笑する。
「間違いなく主が元気なかったことが理由だよ。長谷部なりに、腹に据えかねてたんじゃない?」

記憶を失くしたことは事故で、大倶利伽羅だって好きでそうなったわけではない。
それは長谷部も理解している。だが頭で理解しても心が納得しなかったのだろう、と加州。
ちなみに賭けにしようと言い出したのは鶴丸国永であるらしい。

「まー、大倶利伽羅にしてみれば八つ当たりみたいなもんだから相手する必要はなかったんだろうけどさ。でも応じてるってことはあいつなりに思うところでもあるんじゃない?」


頬に走った痛みに小さくうめくと、ごめんなさい、と主が手を離した。
やっぱり手入したほうがと心配そうな声に、これくらいすぐに治ると今しがた主の手で貼られた絆創膏をそっと撫でて大倶利伽羅は息を吐く。

へし切長谷部から挑まれた打ち合いは大倶利伽羅が僅差で負けた。
手を抜いたつもりはないが、しかしわずかに、技量ではなく気迫の部分で及ばなかった。
悔しさが無いとは言えばうそになる。だがあれで長谷部の気がひとまず済んだのならこの結果も悪くはないだろう。

救急箱を片付ける主を見やって、大倶利伽羅は勝負がついたときに長谷部が小さく漏らした言葉を思い返す。

『もし次に主を悲しませたら、俺が貴様の位置を奪う』

主への恋情を抱えている故に出た言葉ではないと、直感的に大倶利伽羅は思った。
これは長谷部の自負からくるものだ。
主を支え、主に頼られている刀だという意識が彼に言わせたのだろう。
だからこそ脅威になりえる可能性を秘めていることに大倶利伽羅は小さく舌打ちした。

長谷部が何を望もうと、本丸や主のことを支えている自負も大倶利伽羅にとってはどうでもいいが、この居場所だけは別だ。
きっかけは自分から望んだものではなかったとしても、この位置を、主のそばを誰にも奪わせないし、譲るつもりもない。

大倶利伽羅は手を伸ばして主の手をつかんだ。
もしかして他にどこか痛むのかと尋ねながら座っている大倶利伽羅のそばに腰を下ろして、主が心配そうに首をかしげる。
「……抱きしめていいか」
口にして主の肩に手を伸ばすと、主は顔を赤く染め、けれどうなずいて彼の肩へと頭を寄せた。


戻る