問いながら、見つめてくる金色の目に射抜かれた気分になって、審神者は身を固くした。
視線を逸らしたいのにまるで縫い付けられたようで、外すことが出来ない。
きれいな色だと思う一方で、ずっと冷たく輝く熱のない彼の目が怖かった。
この目と合うたび、自分の中にある罪悪感が大きくなっていく。
その恐怖がよみがえって、ごめんなさいと強く目をつぶって顔をうつむかせた。
これまでよりも強くなりたいと、そのために戦いに出してくれる主が必要だという彼の心につけ込むように、あなたが好きだと告げた。そばにいてほしいと望んだ。
今まで以上に、他のどの刀よりもあなたを戦いに連れていくからと言って、彼の心を縛りつけた。
卑怯な言い方をしたと思う。それはどこまでも自分自身のためでしかなかったのだから。
ただ強くなることを求める彼の心につけ込んで、そう言葉にすれば彼の心が揺らぐのではないかと本能的に悟っていたのだ。
自分の狡さに嫌悪しながらも、それでもうなずいてくれたことを悦んだ。
けれどすぐに現実を思い知らされた。視線を合わせるたびに突きつけられる彼の金色の目の冷たさ。
一方的な感情なのだから当然だと、仕方のないことだと言い聞かせた。
この関係に彼の気持ちは伴っていない。大倶利伽羅の中にそういう意味の感情は存在しない。
だが彼は優しかった。不本意だろうに、それらしく振舞ってくれるようになった。
約束を守る限りは彼がそばにいてくれるのだと歪んだ安堵を感じていたそのさなか、彼にお見合い話が来て、唐突な終わりを突きつけられた。
縛っていた彼の心を解放すべき時が来たのだと誰かに言われたような気分だった。
なのに彼は留まることを選んでくれて、心境の変化まで聞かせてくれた。
それでも彼に対する罪悪感は心の奥底にずっと残っていたから、審神者は自身を戒めた。
彼は優しいから、半年以上も続いて今更無下にできないだけかもしれない、と。
彼と過ごす時間は静かで穏やかで心地が良い。
けれど時折合う視線、彼の眼差しの中に読み取れない感情を見つけて胸がざわつき、刺すような痛みに襲われる。
その痛みは、罪悪感が日増しに大きくなっていく証拠だった。
これ以上彼に無理をさせるべきではないのかもしれない。
そう考えていた矢先、見習いの彼女の大倶利伽羅に対する温かくまばゆい、まっすぐな想いを知った。
憧れを純粋に口にして、やわらかく微笑むその表情。
まぶしいほどの感情を育める彼女をうらやましいと思うのと同時に、自分自身の思いの醜さを改めて突きつけられたような気分で、罪悪感がいっきに大きくなって押しつぶされそうだった。
一度そうだと思ってしまうと、その考えが急激に頭を占めてしまう。
やはり彼の心を縛りつけて苦しめてしまっているのだと思うと彼の顔も直視できない。
出陣する部隊を見送る際に部隊長に声をかけることが習慣化していたが、もうこれ以上彼の目を見ていられないと思って部隊長から外すことを決めた。
大倶利伽羅が記憶を失って、そして避けられていると気づいたときにやはり彼の優しさにつけ込んだ罰が当たったのだと思った。
彼の優しさの裏にある苦痛を見て見ぬふりをしたから、当然の報いを受けることになったのだろうと。
『彼、先輩の顔を見ると、苛立つって言ってました。それにすごく苦しそうにしていて……』
そして見習いの彼女の話を聞いて、きっとそれが本心なのだと確信した。
記憶が失われたからこそ表に出てきた、晒さないでいてくれた心だ。
避けられていることを苦しく思いながらも、彼にとってはこれが一番良いことなのだと思うと安堵もできて、記憶を取り戻すことを願わなかった。
思い出したところで彼にとって良いことなんて何もなく、彼の記憶と一緒に自分の罪悪感を捨てられたらそれで良かった。
距離を取ってあげて欲しいという言葉に戸惑いはしたが、うなずかないという選択肢はなかった。
やっぱりずっとあなたに無理をさせていたんだと思ったら、それしか考えられなくなっていた。
だから避けるようなことをしてしまった。
避けていた理由を話し、ごめんなさいと目を伏せる主の姿に、大倶利伽羅は心が軋んでいくのをどこか他人事のように感じていた。
それと同時に、自分の取っていた行動は『正しく』主に伝わっていたのだと皮肉なことも思う。
他の誰よりも、どの刀よりもそばにいてほしいと告げられ、主から伸ばされた手。
言葉にしては、今よりも強くなれるのならとその手を取ったが、最初はそれだけでしかなかった。
主は約束を守り、彼を多く戦場へ送り出した。
恋仲であることや恋人らしい振る舞いというものがよくわからないながらも、主が約束を果たす代わりに望むならと、彼なりに自分のできる限りでそれらしくしようとした。
やがて主と過ごすささやかな時間が彼の感情を変化させていったが、同時に別の思いも生まれた。
主は戦場に部隊を送り出す時には部隊長に声をかける。
約束が守られるようになって、そうして主の声に送り出される回数が積み重なっていくと、ひどく好戦的な気分に支配されるようになった。ひたすらに戦場で刀を振るった。どれほどの敵だろうと斬ることができると思った。
傷つくことも、血を流すこともいとわず、痛みすら糧にして敵を斬った。
そうすれば他の誰よりも真っ先に自分へと、主が手を伸ばしてくれると知っていたからだ。
少しだけ困ったように眉を下げながらも何も言わず、はやく手入をしようと彼の手を取る。
そうして戦いの日々を過ごすなかで、主にとっての刀が自分だけであればいいのにと仄暗い思いを抱くようになった頃、彼に見合い話が突如舞い込んだ。
それによって、抱いている思いがいびつな形をしていることを浮き彫りにさせられた。
見合い話は消えたが、いびつさは消えない。
その後は、自分の振る舞いに甘さを出さないようにと自制した。
そうしなければ際限なく主を求めてしまいそうになることを理解していたからで、だからといって主の手を離すつもりはなかった。
望まれたからという理由だけでなく、何より彼自身が主のそばにいるという事実と実感が欲しかった。
一日の中で主と過ごす時間はそれほど多くはない。
非番などのときは林道の先にある一本だけの桜の木が植わっている場所にいることが多いのだが、書類仕事を一段落させた主が時々猫にいざなわれるようにしてやってくることがある。
その場所で猫を交えて共に時間を過ごし、そうして主を部屋に送りがてら彼も戻る。
あるいは、その日の近侍が席を外しているのを見かけて執務室に向かい、戻ってくるまでの短い時間を主の持つオルゴールの音色を聴かせてもらって過ごす。
触れて口づけたり、抱きしめたりと恋人らしい行動は酒の席を途中で抜けて顔を見に行った時だけ。
多少の箍が外れたとしても酔いを言い訳にできるのが気分的に楽だったから、ふだんは触れすぎないように注意をしていた。
思いのままに触れてしまえば抑えが効かず、独占したくなってしまう。
言葉として吐きだせない思いを、主を見つめることで少しずつ小さくしていった。
主にとっては、会話らしい会話もない面白くもない時間だったろうが彼にとってはいびつさを隠すために必要な線引きだった。
けれどそのいびつさを主に見抜かれたのだろうか。
妙に視線が合わない日が増えたように感じて、それを訝しんでいるうちにあの日、部隊長から外された編成表を目の当たりにした。
編成の都合で部隊そのものから外されるのならまだ許容もできるが、他の刀が主に見送られる姿など見たくもない。
思わず足が執務室のほうへと向かっていたが、我に返って立ち止まり、踵を返した。
問いただせば、抑えて隠していた思いをさらけだすことになりそうで怖かった。
そして戦場へ出向き、彼はひどい傷を負って戻り、記憶を失った。
「……俺がいらなくなったから、避けていたわけじゃないのか」
大倶利伽羅の言葉に主は、いらないなんて思ったことはないと首を振る。
それならいい、と息を吐きだして主の手に自分の手を重ねた。
あの時のような思いはもう味わいたくない。
ごめんなさい、と再度謝罪を口にする主の唇に指で触れる。
「記憶のない俺もあんたを避けていたんだろ。ならお互い様だ」
記憶がなかったとはいえ、主を避けていた事実は彼の心を軋ませたが、その理由の推測は出来た。
あの日の戦場には雨が降っていた。
雨の中、ぬかるみに足を取られそうになりながらも彼は刀を振るった。
普段以上に好戦的な気分を自覚しながら、どこかで必死にもなっていた。
声が、表情が向けられないならせめて、真っ先に手を伸ばしてほしいと思いながら戦っていた。
誰よりも傷を負って血を流せば、主はきっと自分を呼んでくれるはずだ──。
そして気がつけば、敵の槍が自分の体を貫いていた。
薄れていく意識の中で、こちらに差し伸べられる手を見た。
必死で手を伸ばし、声にならない叫びをあげながら懸命に触れようとした。
死ぬ場所は自分で決める。他の誰にも、たとえ主にさえ決めさせない。
そしてこんなところは死に場所ではないと、あがいた。
こんなところで、こんな、燻ぶった思いを抱えたまま死ぬなど、自分自身が許せない。
もっと戦いたい。主のそばにいたい。
おかえりなさいと出迎える声を、手を、誰よりも最初に向けられるのは自分であったはずなのに。
主の手が伸ばされるのも、名を呼ばれるのも自分だけであれば、他に何もいらなかった。
そんな思いで手を伸ばしたが、指先すら触れることはなく、やがてその手は消えていった。
こんな形で、こんなところで終わってしまうのかと、意識が途切れるその瞬間まで聞きたい声を、目にしたい表情を脳裏に描いていた。