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せめて、手を伸ばして-8-

十二月の中旬に入ると本丸は年末の準備に本格的に動き出し、刀剣男士たちは各自の部屋の掃除などで一日を潰すことになる。
年末年始にかけて行われる連隊戦に参加する予定がある男士は特に忙しくなり、大倶利伽羅もその一人だ。

彼と燭台切光忠が寝起きする部屋は普段からあまり散らかることがない。
何しろ燭台切が部屋が片付いていない状態を好まず、折を見ては掃除をして、そして大倶利伽羅はそもそも私物が少ないので散らかることが稀だ。

それでも、普段動かすことがない棚などを移動させての掃除ともなればそれなりに時間がかかる。
棚から雑誌を取り出し、重ねていく。この機に処分するものも選ぶかとハードカバーの本を引き出したとき、本の角に何かが引っかかって一緒に引きずり出された。

それは小さな手提げ袋だった。埃を被って、押し潰されてシワのついた袋の中身を覗く。
小さな贈り物用に包装された箱と、紙が乱雑に折りたたまれて一緒に入っていた。
紙は彼が購入した商品の納品書だった。つまりは一緒にある箱はそれを包んだ贈り物だ。

「ああ、よかった。捨ててなかったんだね」
大倶利伽羅の手にあるものを見て、燭台切が自分のことのように嬉しそうにほほ笑む。

燭台切からは、自分が記憶を失っていた頃に渡したが、扱いに困るとでも言いたげな顔をしていたと大倶利伽羅は聞いていた。
なので、今は要らないと思っていても捨ててはダメだと言っておいたが、その後は見かけなかったので処分してしまったのかもしれないと思っていた、とも。

大倶利伽羅自身、自分が興味のないものをいつまでも置いておくとは思えなかったのできっとそうなのだろうと考えて諦めていた。主には贈ることすら言っていなかったのだから最初から無かったことにすればいい、と。

諦めていたそれが出てきて、大倶利伽羅はそっと安堵の息を吐いた。

処分する雑誌をまとめて屋敷の裏手にあるゴミ集積所に足を運んだ大倶利伽羅は、そこで見習いがこちらに背を向けて立っている姿を見つけた。
足音に気づいたらしい見習いが振り返る。その目に涙が浮かんでいるのを見て、大倶利伽羅は面倒なことに巻き込まれそうな気配を察知して眉を寄せた。

見習いは彼の表情に気づいてか慌てて涙をぬぐい、ごめんなさいと謝りながら集積所の前から退く。
大倶利伽羅は雑誌が積みあがっているところに持ってきたそれを重ね、そして息を吐いて彼女に構うことなく踵を返したところで、あの、と声をかけられた。
大倶利伽羅は立ち止まり、渋々振り返る。
「……なんだ」

見習いは肩を跳ねさせ、口ごもりながら視線をさまよわせる。
息を吐き、大倶利伽羅は背を向けた。話が切り出されるのを待つ義理などないので立ち去ろうとしたが、待ってくださいと呼び止められた。
舌打ちしそうなのをこらえ、だからなんだ、と答えた声は先ほどよりも突き放すような響きを帯びていた。
「話があるならさっさとしてくれ。忙しいんだ」
「……あの、私。もうすぐ研修が終わるんです」
「聞いている。だがそれが俺に関係あるのか」

大倶利伽羅の返答に見習いは息を詰め、傷ついたような表情を浮かべた。
彼はそれに罪悪感が刺激されないでもなかったが、けれど彼女を気遣ってやる理由はないと自分に言い聞かせる。
鶴丸からは、中途半端に優しくするから相手を勘違いさせるのではないかと忠告されていた。その言葉が脳裏をよぎり、大倶利伽羅は眉をひそめた。

彼自身は見習いに優しくした覚えなど一度もない。それどころか他の刀連中の誰よりも彼女に素っ気ない態度を取っていた自信さえあった。

「関係あります。私、大倶利伽羅さんに言っておきたいことが……言わなきゃいけないことがあるんです」
そう言って見習いは深呼吸し、まっすぐ大倶利伽羅を見つめてきた。

瞬間、大倶利伽羅は見習いが何を言おうとしているのかを察した。
彼女のこれまでの態度もそうだが、何よりもその顔に浮かべた決意が、一年前に自分に向けられた表情を思い起こさせた。

「──私、大倶利伽羅さんが好き、です」

彼女は想いを告げて口を閉ざす。
今にも涙を流しそうに目を潤ませながらも、気丈にも視線はそらさない。

大倶利伽羅は無言で彼女を見つめ返し、そして目を伏せると息を吐きだした。 彼女がどれほどまっすぐに思いをぶつけてきたとしても、彼の心は動くことはない。

「……もし、あんたを勘違いさせたなら謝る」

資材置き場で偶然助けて以来、見習いの彼女は何かにつけて声をかけてくるようになった。
それに気づいた太鼓鐘貞宗や鶴丸国永からは、また女を誑し込んだのか、などと皮肉交じりに言われたが、彼は別に見習いに好かれようなどと思って助けたわけではなかった。

この本丸で見習いに何か事故でもあれば、その責任は主が負うことになる。それを避けただけのことでしかないし、あの場に他の誰かがいれば自分は動くことはなかっただろう。
元々興味や関心などなかったのに、声をかけられるようになってからは面倒な相手だと認識するようになった。

大倶利伽羅が視線を向けると、見習いは唇を噛み、顔をうつむかせるといきおいよく頭を下げた。
「ごめんなさい……どうしても言っておきたかったんです。これで最後だから……」

うつむいたまま見習いは涙をぬぐうしぐさをして、そうしてもう一度頭を下げるとわき目もふらず走り去っていった。


十二月二十五日。
連隊戦が始まって数日経ったこの日、一日の出陣の予定を終えて疲労を抱えつつも、大倶利伽羅は主の元へ向かっていた。その手には捨てられることを免れたあの贈り物の箱がある。

時間的にもそうだろうと踏んではいたが、執務室にまだ明かりが灯っているのを見て知らず吐息する。
障子戸の前で入室の許可を取って中に入ると主は書類に目を通していたようで、いらっしゃいと声をかけながら文机に置いて、座布団を大倶利伽羅に勧めた。
なにか飲むなら、と準備しようと立ち上がりかける主を制して、大倶利伽羅は手にしていた箱を差し出した。

「これを、あんたに」

リボンのついた紙製の小さな箱に主は目を瞬き、戸惑った様子で手に取ると箱を開ける。
現れた中身に、きれいと声をあげながら手に取って笑みを見せ、でもどうしてこれを自分に渡したのかと不思議そうにする。

「あんたの認識票にそれを付けてほしいと思って買った」

主は目を丸くし、文机に置いていた端末を手に取ると自分で買った石の飾り紐がついた認識票を外し、それと大倶利伽羅が贈ったものを取り替えた。
これでいいかと尋ねる主に大倶利伽羅はうなずきながら、ようやく渡せたと肩の力を抜いた。

主は気に入ってくれたようで煙水晶を手に乗せて嬉しそうに眺めていたが、ふと何かに気づいた。 紋が、という一言を発したあと主はしばし無言になり、顔を赤くしながら、なんだか大倶利伽羅のものになったみたいだと冗談めかして口にする。

その言葉を聞いて大倶利伽羅は主の頬に手を伸ばし、指の背で撫でる。
みたい、などではなく事実自分のものだと断言したいが、そうするにはまだなにもかも足りない。だがそれを言葉にするよりもいまはただ抱きしめたかったのでそう望むと、主は腕の中に飛び込んできてくれた。

刀剣男士が店で何かを買うと、必ず店員からは紋を入れるかどうかを問われる。
彼らが個々に持つ紋を名入れとして刻印するのがいたって普通のことになっているためだが、彼が煙水晶の飾り紐を選んだ時、最初は主へ贈るためのものであるから不要だとその予定はなかった。

だがふと思い直して、やはり入れてもらうことを頼んだのは、いまの本丸に顕現した自分たちに主が最初に贈ってくれた品を思い出したからだ。
紋が入っていることによって、自分の物だという感覚が強くなる。それは彼も例外ではなく。
ならば自分の紋が入った飾り紐を主に肌身離さず持っていてもらいたいと考えた。

贈り物としての包装を頼んだ時には少しばかり不思議そうな表情を店員は浮かべていたが、彼はさも当然という態度を貫いた。

しばらく抱きしめているとふと主が身じろぎして、そう言えば大倶利伽羅がクリスマスを知っていたのは意外だったと口にした。
そして、まさか用意しているなんて思わなかったから何かお返しをしないと、と何事か考え始める。
大倶利伽羅がどういう意味だと問いかけると、主は不思議そうにして、知らないでプレゼントしてくれたのと首をかしげた。

「今日はあんたの誕生日なんだろ」
だから贈ったのだと大倶利伽羅が返せば、目を丸くして、知っていたのとつぶやく。

あの買い物以後、どんな飾り紐を贈ろうかと考えていた時、乱藤四郎と主が話をしているのを偶然にも聞いて、今日この日が主の誕生日であると知った。

刀である大倶利伽羅には誕生日を祝うという概念は縁遠いものだが、人間であれ刀であれ、生まれた時というものは存在する。それがあるからこそ、いまこうして共にあることが出来る。
きっと何でもない日に贈るよりも、主の記憶にも残りやすいのではないか。
決めた後の行動にためらいはなかった。

ありがとう、と主がほほ笑み、大事にするねと飾り紐をそっと手のひらに包みこむ。
大倶利伽羅はふと目についた、主が自分で買った石の飾り紐を手に取った。
「なあ。これ、俺にくれないか」
こんなのでいいならと主はうなずき、けれど新しいわけでもないのにいいのかと気遣ってくれるが、彼にとって重要なのは新しいかどうかではないので問題ではない。確かめるように握りしめる。

「これがいい。それより……誕生日おめでとう、でいいのか?」
言い慣れない言葉だと思いながら大倶利伽羅は口にして、主の目元に唇を寄せた。


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