「ああ、伽羅ちゃん。君宛ての荷物が届いてるみたいだよ」
燭台切光忠から声をかけられ、渡された両手のひらほどの大きさの箱に大倶利伽羅は訝しげにする。
送り状には確かに彼の名前があり、どうやら彼自身が購入したものを本丸へと配送するよう依頼したものらしかった。
大倶利伽羅は眉を寄せ、箱を燭台切につき返そうとしたが、笑顔で押し留められてしまった。それどころか、開けて中を確かめなよと笑顔のまま圧を掛けてくる。
「どうでもいい」
「そんなこと言わずに」
「おい。どうせ中身が何か知っているんだろ」
「知っているけど言わないよ。君の大事な買い物だからね」
しばらく箱の押し付け合いをしていたが、どうにも腕力や強引さでは燭台切に敵わない。
舌打ちして、大倶利伽羅は仕方なく箱を開けた。
入っていたのは小さな手提げ袋と納品書で、手提げ袋の中を見れば、これまでの記憶が無い自分でもわかるほどそれは明らかに贈り物という形をしていた。
今の自分に贈り物をするような相手などいるはずがない。不要なものを持っていても仕方がないのに。それにどうしてだか手にしているだけで頭痛がする。
きっとこれは今の自分にとっては認識しないほうが精神衛生上いいものだろう。
そんな思いでそれを袋に戻すと、燭台切が彼を労わるような声で呼んだ。
「今の君にとっては不要でも、それはちゃんとしまっておくべきものだよ。大事にされないまま捨てられてしまうのはあまりに可哀想だ」
大倶利伽羅はしばし黙って、わかったとあきらめた様子でため息をついて手提げ袋を箱に戻した。
言われてなおそれでも不要だと切り捨てられるほど、薄情なつもりはない。
記憶が無くても以前の自分が何かしらの理由で買ったものだ。そう無下に出来ないことはわかっている。だからいまの彼が出来るのは、心底面倒ではあるが放置しておくことだけ。
いずれ機を見て処分なりなんなりすればいいだろう。
燭台切が食事当番で呼ばれていったために一人になった部屋で、大倶利伽羅は先ほど受け取った箱を開け、手提げ袋を本棚の奥に押し込んだ。目隠し代わりに硬い装丁の本を手前に置いておく。
認識して不快になるのなら、視界に入らないようにすればいい。捨てたくて仕方ないが、さすがにそれは簡単にはできない。
箱を解体して一仕事終えた気分で息を吐きだした時、刀掛台の上の自分の刀が目に入ってほとんど無意識で眉を寄せ、舌打ちしていた。
苛立ちを振り払いたいのに、戦いにまだ出られない現状を突きつけられた所為だった。
重傷で目覚めてから一週間が経とうとしている。
あの日、医務室だという部屋で目覚めてその顔を見てからずっと、主である審神者の姿が事あるごとに脳裏をよぎるので苛立って仕方がない。
顕現した時にはそんなことさえ感じずどうでもいい存在だったはずなのに、次に見た時は姿も少しだけ違っていたのもあって違和感と不快感に襲われた。さらには露骨ではないものの彼を気遣うような周囲の視線。
大事を取ってしばらく休むようにと、部隊から外すと伝えられてからずっと不満と不快感が大倶利伽羅の中で大きくなっていっている。
顕現直後にまで記憶が戻っているからなんだというのだろう。そんなものは戦いに関係ないではないか。
まったく余計なことをしてくれると彼は不満を抱いたが、どうしてか表情には出せても口に出すことができなかった。
黙り込んだ彼に、しばらく休むよう伝えてきたへし切長谷部は、文句があるのなら主に言えと突き放す。
その言葉に従うのは癪だと思ったし、そもそも主の顔を見たくなかった彼は、必要ないと答えていた。
それらの感情が彼に主である審神者を警戒させ、避けさせる行動を取らせていた。
顔を見れば苛立って、言わなくてもいいことさえ口をついて出そうになる。
そんな彼の態度に主のほうも気づいてか、あまり彼の前に姿を見せないようになった。
これで少しは苛立ちが落ち着くかと期待したが、どうしてか余計に苛立ちを見出して彼は困惑した。
その彼をさらに不快にさせたのは、見習いだとかいう女が彼の姿を見つけると声をかけて近づいてくることで、鬱陶しさと苛立ちでいいかげんもう限界だと彼は思った。
ここはあまりにも居心地が悪くて息が詰まりそうになる。
加州清光の視線の先で、大倶利伽羅と見習いの彼女が何か言い争いをしていた。
見習いが、なかば大倶利伽羅の腕を抱えながら彼の動きをなんとか止めようとしているように見える。
うっとうしいのなら振り払えばいいだろうに、それをしないのはうっかりそうして彼女を傷つけてしまうのを避けてのことだろう。
ため息をついて加州はそちらへと近づき、不機嫌そうに声をかけた。主の部屋にも近い場所で一体何をしているのだろうか。
「ねえちょっと、通りの邪魔なんだけど。痴話げんかならよそでやってくれない?」
「加州さん!」
見習いはパッと顔を赤らめて腕を離し、大倶利伽羅は忌々しげに舌打ちして、見習いや加州を押しのけるようにしてその場を後にした。
「……いったいなに?」
あきれたような加州の声に、見習いは眉を寄せ、まだ無茶なのに、とこぼす。
「大倶利伽羅さん、先輩のところに行くつもりしていたみたいなんです。もう充分休んだからって……」
「行かせてやればいいんじゃない。別に後輩ちゃんが止めることじゃないだろ」
「わかってます。でもまだ、あんな大けがしてからそんなに時間も経ってないのにもう出陣したいだなんて」
「一週間以上も休んだんだ。あいつには充分だよ。第一俺たちがなんのためにここにいると思ってるの。戦うためだよ?」
「それは……」
「まあ俺が言わなくても、後輩ちゃんも審神者になるんだからわかってるだろうけど」
やや突き放したような響きに気づいたのか、彼女は肩を揺らすと顔をうつむかせた。
「じゃあ俺、主のところに用事があるから。ついでに大倶利伽羅のことも言っておいてあげる」
黙り込んだ彼女を置いて加州は歩き出し、そうして自己嫌悪に顔をゆがめると小さくつぶやいた。
「最低だな、俺」
彼女に八つ当たりしたところで、何が変わるわけでもないというのに。
「ねー、主。俺と安定と三人でデートでもしない?」
「はぁっ?!って、うわっ……!」
執務室を訪ねてきた加州清光の突然の言葉に、主である審神者は目を丸くし、かたわらにいたへし切長谷部は手にしていた熱いお茶の入った湯呑を危うく放り投げてしまうところだった。
「ちょっ、あぶなっ。長谷部なにしてんのさ」
「それはこっちのセリフだ、加州清光!貴様、突然来たかと思えば何を言いだすんだ!」
「何ってデートのお誘いに決まってんだろ。俺ちゃんと言ったし」
「それは聞いた。だから理由を言え。お前と大和守が何を企んでいるのかも含めて、全部だ」
「人聞き悪いなー。主が元気ないから、俺たちで元気づけようとしてるこの優しさが長谷部にはわかんねーの?」
「優しさ……貴様が言うと嘘にしか聞こえんのだが」
長谷部が疑わしい目で見てくることに対して、加州はこれみよがしに肩をすくめて大きく息を吐いた。
「失礼な奴。ほら主、こんなのは放っておいてさ、どうよ?」
にこりと笑いかけてみるが、けれど肝心の主もまた困ったような表情を浮かべて、何か目的があるのかと聞いてきた。
加州としては実に心外であったので、口をへの字に曲げて抗議の意を示すしかない。
「あ、そういうこと言う?ひどいよなー、俺と安定の優しさが全然伝わってないなんてさ」
デートという表現はともかく、加州清光と大和守安定が主を気にかけて、そして元気づけたいと思っているのは本当のことだ。
普段から積極的に会話をしているわけではなくともこの本丸に顕現した以上は主として慕い、気にかけるのはむしろ当然ではないかと加州は思っている。
「というか普通は長谷部が何か提案するもんだろ。いま一番そばにいるの長谷部なんだし」
「なんだ突然」
「それとも主が元気ないの知ってて放置してるわけ?そうだっていうなら俺はもう何も言わないけど」
「……それは」
長谷部は黙り込み、そうして眉を下げた。加州の言葉は長谷部の痛いところを突いてきていたのだ。
ため息をつくと主に向き直って目線を下げた。
「そう、ですね。加州の言う通りです。主、俺はあなたを何よりも心配しています。夜もあまり眠れていないようですし、気が付けば沈んだ表情をされている……いえ、謝らせたいわけではなくて。でも、無理だけはしないでほしいんです。あなたに倒れられたら俺たちは途方に暮れてしまう」
「どうしてそこでプレッシャーかけんの」
「っ、いやそんなつもりは……」
慌てる長谷部に、大丈夫だからと主は首を横に振って加州に向き直ると、ありがとうと頭を下げてきた。
何もなかったようにしようとしたけど、それでみんなの迷惑になったら意味がない、と。
「迷惑なわけないじゃん。もっと甘えていいんだよ、主はさ」
ありがとう、と主はほほ笑むが、これ以上自分たちに気を遣わせないために取り繕ったのだと加州は感じ、けれど口には出さずに別のことを言った。
「でも実際、大倶利伽羅のことはあのままでいいわけ?」
加州の問いに主は、記憶喪失なんてどうしようもできない、と首を振り、大丈夫とうなずく。
その様子に加州と長谷部は苦い表情を浮かべた。
「記憶を失ったことは事故だ。主に無理を言うな」
「わかってるって」
言われなくても加州自身がそれをよくわかっていた。そのうえでそれでも尋ねずにはいられなかった。
そもそもどうして大倶利伽羅が主を避けているのかもわからない。失ったといっても、自らを顕現させた主が誰かを彼は理解しているはずだし、当時の彼だって今ほどの状況ではなかったはずなのに。
主への感情を思い出せなどと無理なことは言わないが、せめて避ける理由だけでも明らかにするべきではないだろうかとも思う。
「主は何か言われたりした?もしくは避けられてる理由に心当たりとか」
あるわけないかと思いながらも加州は尋ね、主が一瞬だけ見せた表情に引っかかりを覚えた。
「……まさか何か言われた?」
「そうなんですか、主」
加州がいぶかしげに、長谷部は心配そうにともに見やると主は、まさかと首を振る。
大倶利伽羅にはそもそも近づかないようにしているし、彼も近づいては来ないのだから何かを言われるはずがない、と。そして心当たりは残念ながらわからない、と目を伏せた。
加州と長谷部は視線を交わしあう。主のこの様子ではおそらく大倶利伽羅ではない誰かに言われたのだと共に確信をして、けれどこの場では追及せずにおいた。
「そういやさっき大倶利伽羅が近くにいてさ。で、後輩ちゃんともめてて……まあもめてるっていうか、後輩ちゃんが一方的に絡んでいるだけにも見えたけど。とにかく、大倶利伽羅が出陣したいみたい」
「それぐらい、自分で言いにくればいいだろう」
長谷部があきれた声で返してため息をつく。
「行こうとしていたのを後輩ちゃんに止められてたんだよ。俺が通りの邪魔だって言ったら、大倶利伽羅は何も言わずに行っちゃって」
「いかがしますか、主。大倶利伽羅を出陣させますか?」