「呼び出し?俺たちをか」
「はい。山姥切国広殿、鶴丸国永殿、燭台切光忠殿、太鼓鐘貞宗殿の四振りに事情を聴きたいと」
「事情って言っても、そもそも呼び出される理由がわからんことには」
困惑する鶴丸に、こんのすけは今の主を振り向いて、事情を話して構いませんかと尋ねた。
彼女は渋々うなずく。いつまでも隠し立てすることは難しいことはわかっているが、忌々しいことでもあった。
そうしてこんのすけは、本来刀の奥底で眠っているはずの大倶利伽羅の魂が見当たらないという話をした。
朝食が終わった直後だったため、男士のほとんどがその場にいて大広間内はざわめきに包まれた。
審神者は膝の上でこぶしを握り締める。
「つまり、伽羅坊を目覚めさせることは無理だってことか?」
「見つからない限りはそうです。先日いらした政府の審神者であるリン殿が捜すためにみなさまから話を聞きたいと言っていまして」
「俺たちで協力ができるっていうのならもちろん惜しみはしないが」
四振りにとってはいつかの前の主の墓参り以来の政府庁舎の訪問であった。
地下九階ワンフロアすべてが刀剣保管室と呼ばれるそこに入ると、ガラスケースの前に政府所属を示す色の紐を手首に巻いた石切丸と大倶利伽羅が立っていた。
大倶利伽羅は先日本丸に来ていたのと同じ彼であろう。
ガラスケースの中には、展示品のように大倶利伽羅の刀が安置されていた。
傍らに主の形見であるオルゴールがなければここは美術館か何かだと錯覚するようだ。
「こっちだ。案内する」
政府所属の大倶利伽羅に案内され、四振りとこんのすけ、そして付き添いという形の審神者は事務室に入った。リンという名の審神者が先日以来だと彼らに頭を下げた。
「急なお呼び立てをして申し訳ございません。どうぞ、おかけください」
「俺は隣にいる、何かあれば呼べ」
「ええ、ありがとう」
そう言って大倶利伽羅が隣の部屋に消えると、リンは咳払いをして背筋を伸ばした。
「事情はこんのすけからうかがったと思いますが、いまあの刀の中に大倶利伽羅様の魂がありません。しかし死んだという判断にはなりません。刀が形を保っているので、まず魂は消滅していないと考えています。ですがその魂の行方が分からないため、みなさまにお話を伺い、大倶利伽羅様の魂がどこに向かうか、その判断材料に出来たらと思いまして」
「それって、伽羅が刀を抜け出てどこかをふらついてる可能性ってことか?」
「そうですね。幽体離脱と考えるとわかりやすいかもしれません」
「じゃあ当てを捜すって言ってもかなり範囲が広いよね」
そんな状態で捜せるのか、と燭台切は眉を寄せる。
「そもそも伽羅坊は一人でふらっとどこかに行ってることも多かったしな」
心当たりが多すぎる、と鶴丸はため息をつく。
ただ許可を取る必要があるため現世に行くことはなかったので、そこにある何かを求めて魂が現世に行くとは考えにくいのではないか、と鶴丸が意見を述べる。
「現世に主……あの子との思い出はそう多くはないしな。せいぜいが墓参りの付き添いくらいだし、あの子の墓はここにある。というか、俺たちに話を聞きたいってことは、この建物内にいないことを確認しているってことでいいんだよな?」
「はい。真っ先に前の主さまのお墓も捜しましたし、それ以外もくまなく捜しましたがまったく」
それまで黙っていた審神者が、あの、と手を挙げた。
「意識に潜り込んだ時に見たあの桜の木の場所はどうかしら」
「桜の木?一本だけのか。あれはきみ、敷地内にある林道の先じゃないか。あんなところにいたって、あいつに益はないと思うがね」
「どうして?だって彼はよくあそこにいたわけだし、リンさんも奥底の景色は彼の望んだ場所だって……」
「あの桜の木の場所は伽羅坊があの子と時間を過ごしていた所だ。けどいまさら魂だけであの場所に行ったってあの子が会いに来るわけじゃないことくらい、あいつだって理解しているだろうよ」
どこか突き放すような響きを持った鶴丸の声に彼女はひるみを覚えたが、調べてみなきゃわからない、と食い下がる。だが鶴丸に同意する声があった。政府の審神者リンだ。
「いえ、鶴丸様のおっしゃるとおり、そこに大倶利伽羅様はいないと考えています。主さまにもご承知いただいて、こんのすけに本丸中を回らせてその目を通して捜してみましたが姿を確認できませんでしたので」
「あの子みたいに本丸をさまよう未練もないだろうしな」
リンは鶴丸たちに、前の主と大倶利伽羅の仲はどの程度親密だったのかと尋ねてきた。
「正直詮索する無礼は承知の上です。ああもちろん、詳しいことを話せとは言いません。というより、みなさまから見てのお二人の仲に対する印象を教えていただくだけで結構ですので」
最初に話し始めたのは鶴丸だ。そうだな、と口にしながらふと今の主のほうを一瞥する。
審神者の顔色は蒼さを通り越して白くなって、表情も強張っていた。彼女の隣に座る山姥切国広は本丸を出た時からずっと一言も発していないが、その表情からは何もつかめない。
顔色の悪い主を心配するそぶりを見せていないことだけは理解できた。
「恋仲だというくらいだ、当然仲は良かったよ。あの子が倒れる前に喧嘩をした様子もなかった。まあ見ているこっちがたまにじれったくなるほど関係の進展は穏やかだったがね」
「二人とも外でデートなんてほとんどなかったよね」
「鶴さんがお膳立てしてやっと、ってぐらいだったもんな」
「だからこれといって他に思い当たる場所がないんだ。二人が過ごしていたのはさっき言った桜の木の所だしな」
「一ついいか?」
それまで一言も発していなかった山姥切国広が声をあげた。どうぞ、とリンが促す。
「大倶利伽羅の魂が、主の後を追ったということは考えられるのか?」
「……どうでしょうか。前の主さまは本丸をさまよってのち、成仏なさったとこんのすけから伺いました」
追いかけたとしたなら彼岸を渡ったことになり、大倶利伽羅の刀にも変化があるはずだとリンは首をかしげる。だがふと何かの可能性に思い当たったのか、眉をひそめた。
「彼岸……もしかして彼岸を渡らずにさまよっている可能性があるのかしら……」
リンは何事かをつぶやきながら一人思案に暮れる。そして、隣室に控えている自身の大倶利伽羅を呼んだ。
「向こうのこんのすけに連絡取れる?ちょっと聞きたいことがあって」
「次に連絡を入れられるのは五日後だ」
「なんでもいいわ。とにかくお願い」
わかった、と大倶利伽羅はうなずいて事務室を出ていった。
「確かめたいことがありますので、五日後にまたお越しいただけますか。そちらのこんのすけに詳細は後で伝えますので」
「それは俺たちもいたほうがいいのか?」
「可能でしたら」
「僕は構わないけれど」
「俺もいいぜ」
燭台切、太鼓鐘に続いて、鶴丸と山姥切もそれぞれうなずく。審神者も戸惑いつつうなずいた。
五日後の当日。彼らが案内されたのは先日と同じ刀剣保管室だ。
大倶利伽羅の刀が置かれたガラスケースの前に、ぼんやりとした色合いのこんのすけがちょこんと座っていた。よく見れば大きさは一回り程小さく、どことなく年老いている印象を受ける。
リンによれば、このこんのすけはさまざまな理由から役目を終えた管狐の意識の集合体であるという。うっすらと向こうが透けているのはここに実体を持って存在していないからだろう。
その老こんのすけは彼らに向かって深々と頭を下げた。
「主さまのところの男士のみなさまですね。ご挨拶が遅れまして申し訳ありません」
「主さまって誰のことなんだ?」
太鼓鐘貞宗の問いに老こんのすけは、もちろんみなさまの前の主さまですと答えて彼らをあ然とさせた。
「このわたしはいま、実体を持っていません。わたしは彼岸と此岸の間でただよう老いた管狐にて、そこで微力ながら主さまのお手伝いをしております」
戦いの中で歴史に埋もれさまよう魂を彼岸に送る役目を、ここにいる山姥切国広や鶴丸国永らの前の主であった審神者に務めを頼んだのだと老こんのすけは言った。
「待ってくれ、主は成仏したんじゃないのか」
山姥切の声は震えていた。
老こんのすけは山姥切に向かって深く頭を下げる。
「彼岸を渡ろうとする主さまに、わたしが声をかけて役目を引き受けてもらいました。主さまはいま、輪廻の中に入ることなく、さまよえる魂を救いだし、次の世へと送り出してくれているのです」
「主が……」
「リン殿からお話を伺いました。みなさまの本丸の大倶利伽羅殿をお捜しだと。ええ、ここまで話せばお気づきでしょうが、彼はいま、みなさまの前の主さまと一緒にいます」
「魂だけの主さまはこの役目についたおり、一つの力を授けられました。魂の傷を癒す力です。そして彼岸と此岸の間に流れ着いた大倶利伽羅殿の魂はひどく傷ついていました。なのでいま、一緒にいるのです」
「それじゃ、あの子の元で伽羅坊は傷を癒している最中ってことか」
「はい。傷が癒えれば、刀はここにこうしてありますから戻ることは出来るはずです」
その言葉に、呆然としていた審神者である彼女はようやく安堵の息を吐くことができた。
前の主と一緒にいるという事実は忌まわしいが、それでも彼の魂が見つかったことは喜ばしい。
「大倶利伽羅はいつごろ戻ってこれるの?」
老こんのすけはそこで今更彼女を認識した様子で視線を向け、首をかしげた。
「期待されない方がよいですね。大倶利伽羅殿は戻るつもりがないようですので」
「何、言って……」
「そもそも深い眠りについた刀剣男士は本来あの場所には流れ着かないのですよ。刀の奥底で眠っているのですから。ですが彼はさまよい出て、主さまの元にたどり着いた。それほど傷つき求めた彼を、どうして引き離すことが出来ましょう。また傷つけるだけですよ」
足音もなく老こんのすけは彼女に近づき、そうしてややにごった色の目でじっと見つめてくる。
その視線に彼女はひるみを覚えたが、負けず嫌いの性格もあって睨むように視線を据えて対して見せた。こんなところで彼をあきらめるわけにはいかない。
「……あなたが望むなら、少し危険かもしれませんが彼の元へご案内しましょうか」
「大倶利伽羅に会えるの!?ええもちろん!」
「待って、こんのすけ!それは……」
「大丈夫ですよ、リン殿。それに何を言っても彼女はその目で確かめなければ納得しないようですから」
大倶利伽羅に会えるかもしれない喜びに気を取られ、彼女はリンが心配そうに見ている表情など気に留めてはいなかった。
「本当にいいんですね。強制的に幽体離脱の状態になります。深入りすると戻れなくなりますよ」
「大丈夫。必ず説得して、一緒に戻ってきます」
用意された簡易ベッドに横たわった彼女は深呼吸をして目を閉じた。
老こんのすけはその枕元に侍り、そうしてじっと彼女を見つめ、リンにうなずいてみせた。
リンが彼女の手をつかみ、何事かをつぶやく。
もう片方の手を、控えていた彼女の大倶利伽羅がつかんで目を閉じた。
「では、参りましょう」
老こんのすけの合図でリンの手が、審神者である彼女の額に触れ、その瞬間光がその部屋を包みこんだ。
光がおさまり、山姥切国広たちが目を開けると、今の主は横たわったままだがどこか生気を感じられない様子で、老こんのすけの姿は消えていた。
「彼女の幽体をこんのすけに預けました。ここから先がどうなるかは彼女次第です」
「もし戻れなかったら」
鶴丸の問いにリンは無言で首を振る。そのまま死んでしまう可能性や危険性を説いたが、彼女はそれでも行くのだと言って聞かなかった。
「ごめんなさい、もし彼女に何かあれば……」
「いや、きみが気にすることじゃない。まったく、前の主といい今の主といい無茶ばかりするもんだ」
そう言って鶴丸は肩をすくめた。
彼自身を含めてここにいる四振りとも前の主を失って以降、万が一のことを常に頭の隅で考えるようになっていたせいもあり、その時が来ても仕方のないことだとある種の線引きをしてもいた。
何より、前の主の元に大倶利伽羅がいると知って、やはりという思いが強い。
「ま、もしあの子だったら、殴ってでも止めただろうがね」
「そもそもあの子の場合、ここまでこだわらないんじゃないかな」
「あいつは良くも悪くも諦めがよかった」
「おかげで退屈はしねぇけど」
鶴丸国永のつぶやきに燭台切光忠が答え、山姥切国広がため息をつき、太鼓鐘貞宗が頭の後ろで手を組む。
彼らの様子を一瞥して、リンは目の前で横たわる審神者を哀れみを込めたまなざしで見た。