「お待たせしました」
加州清光に服を身立ててもらい、支度を整えた審神者が玄関に向かうとすでに待っていたらしい大倶利伽羅と目が合ったが、彼はふいと背ける。
彼の格好はいつもの戦装束から武具だけを外した状態で、刀を腰の帯に差していた。
「主、忘れものとかない?」
「平気。じゃあそんなに遅くはならないと思うけど」
「わかってるって。気をつけてね。大倶利伽羅も、主をよろしく」
「……ああ」
加州に見送られて二人は屋敷を出て、転送ゲートに向かった。
その大型ショッピングモールには、所属を問わずすべての本丸からゲートを通じて訪れることが可能になっている。
現世にある郊外に建つそれよりも広大な敷地には多くの店が並んでいて、普段足を運ぶ商店街とは比べ物にならない規模に審神者は圧倒されてしまっていた。
どこを見ても審神者と刀剣男士が必ず一組はいる。中には何振りもの男士を連れている審神者もいた。
「……おい、どうするんだ」
彼女が呆然としていると半歩後ろから呆れた声がした。
「あんたが動かなければ俺も動けない。さっさとしてくれ」
「ごめんなさい。えっと友達と待ち合わせをしていてまずはそこに行くから……」
現在位置の把握をしないと、と案内板を探す彼女の目の前に大倶利伽羅は折りたたまれた紙を突きつけた。それはこの施設のフロアマップだった。
建物に入った時に入り口でフロアマップを取っていてくれたのだろう。
さらにはある壁のほうを視線で示して、案内板があることも教えてくれる。
「あ、ありがとう」
さりげないことではあったが、彼女の心臓が跳ね上がるには充分であった。
待ち合わせの場所に行くとすでに三人の友人の姿があり、それぞれ傍らには刀剣男士が一振りずつ。
彼女たちがあっちゃんと親しみを込めて呼ぶリーダー格の友人アヤのそばにいる加州清光は、同じ顔でも自分のところと比べるとこちらは可愛い雰囲気がした。まだ修行を経ていない所為だろうか。
よく見ればアヤの爪は加州清光と同じ色だ。
「リコ、ひさしぶり!」
アヤが彼女の手を取る。リコとは彼女の名で、いま現在審神者たちが名乗る名は通名だ。
敵に本来の名を知られて呪術などの類で縛られたり、利用されないためである。
そのため友人ではあるのだが四人は互いの本当の名を知らない。
「あっちゃん、ユリ、サキ!久しぶり!」
四人は手を取り合って久しぶりの再会を喜び合う。審神者となって本丸を運営するようになると、審神者同士で会う機会はそう多いものではない。
四人はそれぞれ所属となる本拠も違うので演練場で示し合わせて会う、ということもできなかった。
この商業施設と政府庁舎だけがすべての本丸からつながっている場所なのである。
創作料理屋の開店までにはまだ時間があるということで、四人はアパレルショップに寄ることにした。
友人のユリが手に取った服を自分の体に合わせ、かたわらの燭台切光忠に似合うかと尋ねている。
サキと鶴丸国永は服に付いた値札を見て同じように眉をひそめているし、加州清光は主であるアヤに似合いそうな服を真剣な眼差しで探していた。
それぞれにショッピングを楽しんでいる三組を余所に、リコこと彼女と大倶利伽羅はというと、距離が離れていた。店のガラスの向こう、外の通路で大倶利伽羅は待機している。
一応護衛の名目もあるので彼の視界の範囲に収まってはいるのだろうが、会話など望めない距離だ。
「あれ、リコ。大倶利伽羅は?」
店の外を指さすと、アヤと加州清光が顔を見合わせた。加州がため息をつく。
「護衛の仕事サボりかよ」
「そうじゃないの。一度は店に入ってくれたんだけど、長くなりそうだから外にいるって言って」
止める間もなく出ていってしまった、と話す彼女にアヤも加州も何とも言えない表情をした。
「もしかして喧嘩でもしたの?」
「え、あ、喧嘩っていうか……」
そもそも喧嘩をするほど話すこともない、とはっきり言えずに笑ってごまかした。
次に向かった店がランジェリーショップということもあって、護衛の四振りは店の外で待機していた。
加州清光は自分は可愛くしているのだから問題ないはずなのに、と若干見当ちがいなことを言って鶴丸国永に突っ込まれていた。
「そういやさ、自分とこの主と喧嘩でもしたわけ?」
加州の視線は大倶利伽羅に向かっていた。鶴丸、燭台切光忠も口には出さないが尋ねたそうな表情だ。
大倶利伽羅は面倒くさいという態度を隠すことなく、表情にも出してため息をついた。
「……喧嘩はしていない」
「じゃあさっきそばにいてやればよかったじゃん。心配じゃないの?」
「危険があればそうする」
大倶利伽羅の態度に三振りは顔を見合わせ、顔を寄せて声を潜めた。
「あのさ、俺、主から恋仲らしいって聞いてたんだけどなんか違くない?」
加州の言葉に燭台切も鶴丸も同意とばかりにうなずく。
「僕も主から、リコさんが連れてくる刀剣男士はそういう相手なんだって聞いてたけど」
当日までに誰を連れてくるのか連絡がなかったので楽しみにしていた燭台切も彼の主も、いざ現れたのが大倶利伽羅でかなり驚いた。すでにある本丸を引き継ぐ形で審神者になったとは聞いていたのだが、そこまで関係が深まった相手がすでにいてそれがまさか大倶利伽羅だったとは、と。
「余所とはいえ伽羅坊にも春が、と喜んでいたんだがなんかちょっと雲行きが怪しいよなぁ」
大倶利伽羅は三振りがこそこそしているのを一瞥して、くだらないと息を吐きだし、形見である認識票を握りしめて無為の時間に耐えていた。
買った荷物をロッカーに預け、アヤの希望で四組が次に向かったのは天然石の店だ。
これはどこの商店街にもある有名店で、多くの審神者は認識票に他の審神者との区別のためにここの商品をつけている。
大倶利伽羅の視界に、主から貰った石の飾り紐と同じデザインの物が飛び込んできた。
それを手に取る。いびつな形の石のそれは、最初は認識票に鈴の飾り紐をつけていた主が、擦り切れたので急きょ買ったものだった。
彼はその時、新しい飾り紐を贈りたいと思い、そして主の誕生日に煙水晶の飾り紐を渡して、外された石のほうを貰ったのだ。今それは主の形見のオルゴールに収めてある。
「恋人にあげるにはちょっとイマイチじゃない?」
横から聞こえた声に大倶利伽羅の眉が自然と寄っていた。
見れば、ユリだかサキだかはっきりしないが今の主の友人が立って大倶利伽羅の手元を覗き込んでいた。
「……何の話だ」
「だってそれをリコに贈るつもりしてるんでしょ?」
「贈る理由がない」
鬱陶しい、という露骨な表情を出してしまわないよう気遣いつつ、けれど不可解な内容に大倶利伽羅の声は自然低くなった。
「なんで?だって、あなたとリコって付き合ってるんでしょ。なら贈らなきゃ」
「は?」
「おっときみ!俺への贈り物を選んでくれるんじゃなかったのかい?」
そこへ割って入ったのは彼女の護衛役である鶴丸国永で、鶴丸は自分の主の肩を抱き寄せて隣の棚の商品に手を伸ばす。そうして鶴丸は大倶利伽羅を一瞥して小さくうなずいた。
どうやら絡まれた格好の自分から意識をそらしてくれたらしいと気づき、大倶利伽羅は商品を元に戻すとその棚を離れた。
食事をする予定の店の開店時間となり、四組はその店へと向かった。
店のドアを開けると、いらっしゃいませ、と出迎えたのはエプロンをつけた堀川国広だ。
「八名様ですね。テーブル席へご案内します」
すでに何組かの客で席のいくつかは埋まっていた。
堀川は、ご注文がお決まりでしたらベルでお呼びください、とメニューをテーブルに置き、別の席へ。
入れ替わるように物吉貞宗がおしぼりと水の入ったグラス、カトラリーのセットを置いていった。
メニューには和洋さまざまな料理が載っていた。どれも彩りがきれいで美味しそうで迷ってしまう。
審神者は浮き上がった気持ちのまま大倶利伽羅にメニューを見せた。
「大倶利伽羅は何か気になるものとかは……」
「あんたが決めてくれ。俺は何でもいい」
「でもほら好き嫌いとかだって」
「出されれば食う」
大倶利伽羅はそっけなく答え、自分の横にある壁にかかった絵に視線を向ける。
彼女は仕方なくメニューに視線を落とし、せめてとびきり美味しいものを選ぼうと思った。
そんな二人の様子を見て、友人とその刀たちは顔を見合わせた。
「ねえ主。リコさんと大倶利伽羅って恋仲なんじゃなかったの?」
加州が小声で自分の主であるアヤに尋ねる。アヤは戸惑った様子で、そうだとばかり思っていたと小声で返しつつ、けれどそういえばはっきりと本人から聞いてはいなかったことに気づいた。
「いや、もしいい人がいるなら連れてきたら、とは確かに言ったのよ。仲の良い男士とか、って」
「いい人どころか仲も良いかどうか怪しいんだけど……」
加州のいささか呆れた様子の声に、アヤは唇をへの字にした。
注文をして料理を待つ間、久しぶりの再会もあってか彼女を含めて友人たちとの思い出話に花が咲いた。
ただ内容が養成学校時代から、本丸の運営を始めたころのことになると、会話に乗り切れなくなっていった。
共通の苦労話は彼女には縁遠いもので、そのためだんだんと気分が沈んでいく。
「そういえばリコの最初の刀って誰だっけ?」
「……一応、山姥切国広だけど」
「そうなんだ!じゃあ初めは接するの苦労したんじゃない?」
サキが困ったように眉を下げながら尋ねてくる。彼女自身の初期刀も山姥切国広なので会話が広がるかと思ったようなのだが。
「あ、えっと……」
「きみは本当に忘れっぽいな。彼女は元あった本丸を引き継いだんだろう」
自分の主を重くならない程度にいさめたのは鶴丸国永だ。
サキは、しまったという表情を浮かべ、急いでリコに謝った。
友人の謝罪に、気にしないでと答える彼女はさりげなく大倶利伽羅のほうを見るが、彼は退屈そうな表情で彼女の視線に応えるつもりはないようだった。
燭台切光忠と友人のユリがこの料理を自分たちのところでも再現できないだろうかと交わす会話をぼんやりと食事しながら彼女が聞いていると、隣に座るサキから声をかけられた。
「そういえばこれ知ってる?」
そう言ったサキの手にある端末の画面には、彼女が昼間に土蔵で見た写真が表示されていた。
花嫁を愛おしそうに見つめる大倶利伽羅の穏やかな横顔のそれ。
「それって……」
「ちょっと前にあたしたち審神者向けに発行された本のやつなんだけど、たぶんリコが審神者になる前だったから知らないかな。でもまあやっぱ話題になるよね」
いたずらっぽいサキの表情に、彼女はどうしてか嫌な予感を抑えられずにいる。
「話題?」
「まあそりゃ花婿が彼だもん。驚くでしょ。鶴丸なんて驚かされたって悔しがって騒ぐもんだからうちの大倶利伽羅にぶん殴られてたわ」
「で、でもモデルができるのだっているでしょ」
そう返す彼女は自分の大倶利伽羅を一瞬うかがい、すばやく友人に戻す。
昼間、加州は言っていた。前の主と大倶利伽羅がなりゆきでモデルを務めることになったのだ、と。
それ以上のものではないはずだと彼女は自分に言い聞かせる。
なぜ言い聞かせなければならないのか。彼女はその理由を意識しないようにしていた。
「そう思うでしょ。でもうちの大倶利伽羅が言うには、結構マジらしいの。つまりこの表情は本気ってわけ」
やめて、と彼女は自分のなかで叫ぶ悲痛な声を聞いた。
その声が届くはずもなく、友人のサキが視線を斜め前に座る大倶利伽羅へと向けた。
「やっぱりキミから見てもこれってガチな表情?」
サキの手にある端末を見せられた大倶利伽羅はわずかに目を瞠り、そうして視線を外しつつも、そうだな、と静かな表情と声で答えた。
「本心からの表情だ」