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亡失の呪い-if 14-

友人たちとの食事会を二日後に控え、彼女は困惑していた。
もうすでに同伴する男士を決めていて、その相手の了承をもらうことに日数を費やすつもりでいたのに、彼女の予定を知った男士たちがこぞって同伴を申し出て、それによって争いが起きている状態だ。
ただ争いと言ってもせいぜいがゲームで勝敗を決するというもので殺伐としたものではない。
ゲームで決めることを提案した鶴丸国永は友人の同伴者と被るという理由で最初から除外されている。

「いまのところ結構な勝率なのが長谷部に亀甲貞宗、和泉守兼定か。どうだいきみ、連れていくのは決まったかい?」
「あのね鶴丸。私は最初からもう決めてて……」
こんなゲームで決めても仕方ない、という彼女の言葉は鶴丸のため息にかき消された。
「伽羅坊だろ。やめておけよ。絶対首を縦には振らんから」
交渉するだけ無駄だ、と鶴丸は遠慮がない。
「そんなの」
わからないと言いかけて、その可能性の方が明らかに高いことに彼女は口をつぐんだ。

彼女は同伴者を最初から大倶利伽羅にするつもりでいた。だが肝心の向こうは彼女を避けてか必要以外に部屋の外に出てこないし、出てきたと思ったら顔を見るなりすぐに踵を返す始末だ。
まさかここまで露骨に避けられるようになるとは思ってもいなかった。
記憶喪失という衝撃的な事態はいまだ解決を見ないが、少なくとも前の主の墓参りを機に、自分を主として認めてくれるようになったはずなのに、と唇を噛む。

「そもそもどうしてそこまで伽羅坊にこだわる?」
「どうしてって……」
頬を赤く染めつつ口ごもる彼女を見やって、鶴丸は両手を頭の後ろで組んだ。
「きみは俺たちの主だ。だがきみの心はきみだけのものだ。それを個として誰かに捧げるのを悪いとは言わんさ。きみの自由だ。けどな、それはきみだけじゃないってことを忘れてくれるなよ」
「……鶴丸?」
「俺たちは人の身を得た。人の形には心が宿る。なにせ物に宿って今あるのが俺たちだからな。人の形になればこれまで以上に人に近い感覚や感情を抱える。そしてそれは伽羅坊だって例外じゃない」

そう締めくくった鶴丸の横顔に、彼女の心臓が嫌な形で戦慄いた。

当日になっても結局同伴者が決まらないでいた。
審神者は書類仕事を朝のうちに片付けると大倶利伽羅を捜して本丸中を歩き回ることにした。
もはやこうなっては意地だった。最後の手段で主として同伴を命じるにしても、まずは見つけなければ話にならない。
今になって、全員で揃って食事をするというこの本丸での習慣を、前の主が決めたことを律義に受け継ぐ必要はないと、自身の一存で廃止にしたのを悔やみ始めていた。
大倶利伽羅が大広間にいる時間を特定できないので、声をかける機会すら得られないのだ。
近侍に指名して顔を出させるという手も考えたが、へし切長谷部や加州清光からやめた方がいいと忠告されたので使っていない。

本当は出陣する部隊に編成すれば自分の元に呼ぶのは簡単だろうとわかってはいたが、演練場での負傷からの記憶喪失事件を経験している所為か、戦場に出すのをためらっていた。
記憶喪失後、一度演練場に赴いたことはあったが、その時大倶利伽羅に話しかけていた他本丸の審神者のこともあってそれもやめている。加州清光が言っていた彼のファン、というのは冗談だとしても、大倶利伽羅が向き合っている相手というだけで彼女にとっては遠ざけたい存在ではあった。

結局内番に指名するか、非番にするしかないので結果として彼に避けるいい口実を与えてしまっていることになる。

足を踏み入れたのは土蔵だ。特に貴重なものが入っているわけでもないという理由で鍵もかけられていない外開きの扉を開ける。
ここに入ったのは私室の模様替えをした時以来で、いまは前の主が使っていた家具などを置いていた。
家具などはそのまま使ってもよかったのだが、彼女自身の好みと、刀剣男士たちにもどうせなら変えたらいいとアドバイスされて今に至る。

やや埃っぽく薄暗い中に入り、彼はいないだろうかと視線をめぐらせていると足が何かにぶつかってしまった。 見ればダンボール箱が一つ、荷物の山の中からはみ出ていた。
近くに置かれた二人掛けのソファには白い布が掛けられてたはずだが少しずれており、その上にはデジタルフォトフレームが放置されていた。
誰かがここにいたのだろうか。そうだとしたら彼かもしれない、と思いながら彼女はそのフォトフレームに手を伸ばした。

起動させる。やがて画面に映し出された写真に、彼女は愕然とした。
何枚かある写真を切り替えていく。すべてが彼女に動揺をもたらすものだった。

赤ふきの白無垢を着ているのは前の主であろう。
その前の主を中心に戦装束姿の刀剣男士が周りを囲んだ写真が次々と表示される。
その中で衝撃的だったのは、白無垢姿の前の主と紋付き袴姿の大倶利伽羅の二人だけの写真だ。
まるでこれは結婚写真ではないか。

それ以外にも、橋の上で戦装束姿で白無垢の花嫁と和傘の下で立って目線を交わしているものだったり、親密な様子で顔を近づけ合う二人であったりと、何枚も何枚も出てくる。
その中に一枚、こちらに目線を向ける花嫁の写真があり、彼女はそれに見覚えがあった。
前の主の遺影で見たものと同じで、元の写真は花嫁の視線の先、端のほうに誰かがいる構図だ。
花嫁にピントを合わせているのでボケているものの、それは間違いなく花婿の後ろ姿だった。

「主。なにやってんの」
声をかけられて審神者が振り向くと、加州清光が土蔵の戸口に立っていた。
彼女の手にあるフォトフレームを見て、わずかに眉を動かす。

「清光、これ……」
「ああ、前の主と大倶利伽羅が写真のモデルやったやつか」
「え、モデル?」
「うんそう。審神者向けの情報誌とか何とかの結婚特集って言ったかな。それのモデルを前の主と大倶利伽羅がやったんだよね」
最初は撮影場所として貸すだけのはずだったんだけどモデルがこれなくなってさ、と加州は肩をすくめ、何でもないように彼女の手からフォトフレームを取ると、画面を次々と送っていく。

「ほら、俺たち新選組の刀で集まって写ってるやつ。俺って超かわいくない?」
勢いに負けて、かわいいとうなずいた彼女に、だよね、と加州は笑顔を見せる。
「それよりさ、こんな埃っぽいところにいたら喉悪くするよ。今日出かけるんだろ?」
「だけど大倶利伽羅を捜してて……」
「同伴を頼むつもりなんだっけ?やめときなって。そういうのあいつ嫌いだよ」
「……」
「素直に長谷部とか別のやつにしときなよ。せっかく友達と会うんだし」

「っ、同伴者はともかく、避けられてるのだけはどうにかしないといけないでしょ!」
「しつこく追うから避けるだけじゃない?構い過ぎないほうがいいってあいつの場合。で、適度に戦いに出しとく。お手軽でいいんじゃないの」
加州には大倶利伽羅が野良猫か何かに見えているのだろうか。
あんまりな言い様に彼女は開いた口が塞がらない。

「まあ、主が本当につれて行きたいなら、せめて戦いには出してやるとかそういう譲歩くらいはしなよ。求めてばっかじゃ余計に嫌がられるだけだって」

土蔵を出た審神者は、馬屋のほうへと足を向けた。
大倶利伽羅がいそうな目ぼしいところはすべて捜したがどこにもいなかったので、いないだろうとは思いつつも歩を進める。
だが幸運なことに、彼女が捜している姿はまさに馬屋にあった。
多くの馬がおとなしくしているなか、一頭の馬の鼻先を撫でてやっている大倶利伽羅を見つけ、彼女は足音を殺してそっと近づいていく。

「馬たちが怯えるから騒ぐなよ」

視線は馬に注がれているものの、その言葉は明らかに彼女に向けられていた。
「気がついてたの……?」
「俺をなんだと思っている」
肩越しに睨まれ、彼女は背筋を伸ばす。

「……あの、大倶利伽羅」
「俺がその話を受けてやる義理はない」
「まだ何も」
「あんたの個人的な用事の同伴だろ。それは刀の役目じゃない」
「一応私の護衛でもあるわけだし、まったく役目じゃないわけじゃ……」
「なら俺である必要はどこにもない。他の連中が立候補してるんだ。あんたは主としてそれを酌んでやればいい」
正論を返されて彼女は黙るしかない。彼女の刀剣男士は大倶利伽羅一振りだけではないのだ。

実際多くの男士が同伴を申し出てくれていたし、それを巡ってゲームで勝敗を決めようともしていた。
それでも彼女は、目の前の彼でなければダメなのだと自分に妥協が出来ない。
「でも私はあなたに一緒に行ってほしい!」
距離を詰めて大倶利伽羅の手をつかんだ。
その手はすぐに振り払われ、そうして彼は舌打ちした。彼の目は敵意に満ちていて、彼女は肩を跳ねさせた。
「いい加減にしろ。あんたの望みばかり押し付けられても鬱陶しいだけだ」

「そこまでにしてやれ、伽羅坊」
いつのまにか音もなく現れた鶴丸が、大倶利伽羅の肩を叩く。
大倶利伽羅は忌々しそうに顔を背けて手を払う。
「主。きみもあんまりしつこいと拗れるだけだぜ」
「ごめんなさい」
黙り込む両者を見やって、鶴丸は馬屋の天井を仰ぎ、どうしたもんかなと唸る。

しばらくあたりを沈黙が漂っていたが、鶴丸は、よしと声に出すと軽く両手を打ち合わせた。
「伽羅坊。今回は譲歩してやってくれないか」
鶴丸の言葉に審神者が顔を上げ、大倶利伽羅は眉をひそめながら、ならあんたが行けと吐き捨てる。
「行きたいのは山々だが、俺は残念ながら主の友人の同伴と被るんでな。留守番だ」
「さっきも言ったが、だとしても俺である必要はない」
「それはそうだ。じゃあこんなのはどうだ。主、きみもよく聞け」
「はい……!」
自然と背筋が伸びていた。

鶴丸は、大倶利伽羅に今日の同伴を務めさせるなら、交換条件として戦場に出してはどうかと提案してきた。
土蔵で加州が似たようなことを言っていたことを思い出し、審神者は両手を握りしめる。

「演練で重傷になって以来、きみはまったく伽羅坊を出陣させてないだろう。俺たちはいくさのために顕現しているんだ。なのに戦場に出しもしないでそれ以外の役目ばかり押し付けられたら誰だってうんざりするさ。きみだって自分の希望は叶えてもらえないのに押し付けられるばかりは嫌じゃないか?」
黙り込む彼女に気遣う表情を向けつつ、鶴丸は続ける。

「また同じようになって伽羅坊が記憶を失うんじゃないかって心配かい?」
彼女がうなずくと、鶴丸は大倶利伽羅を見た。大倶利伽羅はふいと顔を背けつつも、善処はすると渋々と言った様子で答えた。

「まあきみだって好きで失っているわけじゃないもんな。あんまり深追いしないで無事に帰ることだけ考えるのもたまにはいいだろ」
大倶利伽羅はしばし黙って何かを考えていたが、やがてため息と共に頷いた。

「よし。じゃあ次はきみだ、主。伽羅坊は妥協してくれた。ならきみもちゃんと腹くくって応えないとな」
鶴丸と大倶利伽羅それぞれの金色の目が彼女を見ている。
彼女は爪が食い込むほど強くこぶしを握り締めて、そうして深く息を吐きだすと、わかりましたとうなずいた。
「大倶利伽羅。しつこくしてごめんなさい。あなたをちゃんと出陣させます。だから、今日の私の用事に一緒に行ってください」

「……約束は守れ。俺が言いたいのはそれだけだ」
妥協はしても警戒をにじませた声色で了承した大倶利伽羅は先に馬屋から出ていった。

「鶴丸、ありがとう」
「きみのためだけじゃないぜ。伽羅坊のためでもあるのさ」
それでも助け舟を出してもらえてうれしかったとほほ笑む審神者を眺めて、鶴丸もほほ笑む。
「なんにせよ今日は楽しんでくるといい。気をつけてな」
「はい。お土産買ってきますね」
「ああ、楽しみにしている」
鶴丸は審神者の肩を叩いて、いたずらっぽく片目をつぶって去っていった。


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