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亡失の呪い-if 10-

大倶利伽羅が部隊長となった六振りの第一部隊を引き連れ、彼女は演練場へと足を踏み入れた。
控え室に案内される。予定の時間まではまだ余裕があった。今のうちに休憩所で飲み物でも買っておこうと思い、今日連れてきた男士たちにリクエストを聞く。
いくつか飲み物の名前があがる中で、大倶利伽羅だけは時間になったら戻るとだけ言って控え室を出ていってしまった。

「大倶利伽羅!」
「平気だって。あいつはちゃんと約束は守るよ。ねえそれより俺も一緒に買いに行くよ。一人じゃ持ちきれないだろ」
加州清光が彼女の腕をとって顔を覗き込み小首をかしげる。
「うん、ありがとう……」
礼を言いつつも、彼女は心配そうな表情を控え室の扉に向けていた。

休憩所と演練試合が行われる昼の合戦場を模した会場を望める場所に、大倶利伽羅はいた。
腰に結んでいる帯に括り付けていた、煙水晶の飾りがついた認識票を手に取る。手のひらの上のそれに視線を落として、強く握りこんだ。

こうしている時だけは、主を強くそばに感じることが出来る。
だからこそ余計に、もうどこにもいない現実を突きつけられてしまって心が軋んでいく。

刀を振るって敵を殺せば、この行き場のない思いはいくらか消せるのだろうか。
傷ついて血を流せば、一緒にそれも流れていくだろうか。そうしていつか、過去の記憶に出来るだろうか。

ふと、視線を動かした先に、余所の本丸の審神者と刀剣男士が話しているのが見えた。
遠目にも、刀と主という関係性を越えて親密にしているのを理解した瞬間、脳裏をよぎったのは彼に向けられていた主の顔だ。そうして連鎖的に記憶があふれてきて、大倶利伽羅は素早くその場を離れた。

試合前、二つの本丸の部隊長である刀剣男士と主である審神者がそれぞれ前に出て挨拶を交わす。
大倶利伽羅には、その一試合目の本丸の審神者の顔に見覚えがあった。背が高く、顔も厳つく威圧感に溢れたその姿はそう忘れられるものではない。
主である審神者のそばに控える格好の大倶利伽羅の真向かいには相手本丸の加州清光がいて、加州は目を丸くすると、首をかしげた。

「……違ってたら悪いんだけど、もしかして俺たちって会ったことある?」
「おそらくな」
「だよね!あー、やっぱそっか!ねえ主、ほら覚えてるでしょ。お嬢が騒いでた運命の相手」

加州に促されて、相手方の審神者は鋭い目を見張った。その表情だけで、大倶利伽羅の半歩前に立つ審神者が一瞬肩を揺らすのが視界の端に見えた。
「これはこれは。その節は娘が大変なご迷惑をおかけまして誠に申し訳なく……」
大きな体を縮めるように大倶利伽羅に向かって頭を下げる相手に、審神者は戸惑いつつ自分の近侍兼部隊長を振り返る。
「ど、どういうこと、大倶利伽羅。何があったの?」

しかし大倶利伽羅はその問いには答えず、相手の審神者を見やって小さく首を振った。
「もう過ぎたことだ。あんたが頭を下げる必要はない」
「だってさ」
ほら頭を上げて、と加州は自分の主の腕を突っつく。そうして大倶利伽羅に向き直った。

「ちょっと雰囲気が違ってたから気づくの遅れてさ。ってことはそっか、あの話やっぱ本当なんだ」
大倶利伽羅が眉をひそめると、加州は自身の主を見上げた。
「こんのすけから聞いたんだ。あんたのところの主が、死んだって……」
加州はどこか言いにくそうにして、目を伏せる。
刀を持つ大倶利伽羅の手がわずかに震え、半歩前の審神者が息を呑む音が聞こえた。

「……ああ。急な病だった」
「そっか……」
加州の声は沈んでいた。かつての主が病で早逝していることを考えれば、その反応も無理はないだろう。
慰めるように相手の主が加州の肩をそっと抱き、そろそろ陣へ戻ろうと声をかけた。

二度三度と強くうなずいて、加州はうつむけていた顔を上げると、大倶利伽羅に対して強気の笑みを浮かべて見せた。
「まあ、だからって手加減はしないけど」
「当然だ。なれ合うつもりはない。殺す気でかかってこい」
「言うじゃん。さ、行くよ主!」
自分の主の背中を叩いて、加州は踵を返して自陣へと戻る。相手の審神者は会釈してその後を追った。


突き出された相手の刃が体のそばを掠った時、腰の帯に括り付けていた認識票が外れて弾かれる形で遠くへ飛ばされたことに気づいてしまった。
一瞬、意識がそちらに向かった隙を突かれ、相手となっていた御手杵の槍が二度三度と容赦なく大倶利伽羅の体を突き刺し、そのまま戦線崩壊と判定されるラインまで押し出されてしまう。
「大倶利伽羅!」
主の悲鳴混じりの声が聞こえていたが、大倶利伽羅の意識はどこかへと飛ばされてしまった認識票に向かっていた。

──あれを失くすわけにはいかない。失くしてしまえば、つながりが消えてしまう。

体の傷を抑えながら立ち上がろうとしたが、どうしてか意識を保っていられなくなり、大倶利伽羅は崩れるように倒れ込んだ。

演練場では試合の際に張られる陣にそれぞれ主である審神者が待機することによって、本丸の手入部屋の効果が生まれる仕組みになっている。手伝い札を使用した時ほどの速さで傷が癒え、刀装も修復される。
破壊寸前の重傷状態であろうと、部隊全体が戦線崩壊しようと関係ない。
けれど外見から傷が消え、何も問題がなくなっているのに目覚める気配がないという事態はまずなかったことのようで、控え室に運ばれた大倶利伽羅のそばを、こんのすけによく似た黒い毛色の狐、くろのすけが戸惑った様子でうろうろとしていた。

「どうにかならないの?」
横たわる大倶利伽羅のそばに付き添っている審神者は涙声でくろのすけに詰め寄った。
「わかりません、どうして目が覚めないのか。例がないことで」
自分たちも困惑しているのだとうろうろする姿に、加州清光がため息をついて、くろのすけの首根っこをつかみ上げた。
「うろうろするしかできないなら外でやれよな。うっとうしい」
薄情なことを言ってくろのすけを控え室から放り出す。

「加州!」
「いいんだよ。どうせうろついたってどうしようもないんだからさ」
でも、と戸惑う審神者をよそに、加州は今回編成されている中で最も体格の大きい岩融を振り向いた。
「岩融。大倶利伽羅を運ぶの頼める?」
「おお、任せておけ!一人や二人、軽い軽い」
請け負った岩融は豪快に笑ってみせた。
「ってことだから、主。これ以上ここにいても仕方ないし、本丸戻った方がいいと思う」
「う、うん……」
この場で自分以外に誰もうろたえた様子がないことの方に、審神者である彼女は戸惑っていた。

帰り支度をしていると控え室の扉が控えめにノックされた。
加州が応対に出ると、一人の女性が立っていた。顔は一度遠目から見たことがある女性で、加州は目を丸くした。
「何?」
「あの、これ。大倶利伽羅さんに」
女性の手から渡されたものを見て、加州はハッとして、そっと握りしめた。小さく女性に向かってほほ笑む。
「ん、サンキュ。ちゃんと渡しとく」
「いえ……あの、大倶利伽羅さんは大丈夫ですか?」
「平気平気。でも様子見ってことでもう俺たち帰るから」
「そうですか。では私はこれで。失礼します!」

会釈した女性が駆けていった先には大倶利伽羅の姿があった。
先ほどの試合で相手本丸の一振りとして姿を見せていたその彼は女性と何か話しながら遠ざかっていった。
加州は口を開きかけて閉じると、早く帰ろうとみんなを促した。

本丸に戻ると、大倶利伽羅は手入部屋の隣にある医務室に運ばれた。
手入れを受けても調子が戻らない時に寝泊まりしたり、手入れするほどでもない軽い傷を負った時のための薬研手製の薬などが置かれ、布団も何組か用意されている。布団に横たえられた大倶利伽羅のそばに主である審神者は腰を下ろし、彼の手をそっとつかんだ。

ふと思い出して、控えていた加州を振り返る。
「ねえそういえばさっき演練場で帰る前に訪ねてきたのは誰?何の用だったの?」
「ファンからの差し入れ」
「え?」
「うちの大倶利伽羅ってさ、結構モテるんだよね。だからさっきの子もそういうファンってやつ?」
驚く主の顔を見て、加州は歯を見せて笑った。
「なーんてね!冗談に決まってんじゃん。ケガを心配してお菓子くれたんだよ。にしてもお菓子って。子供かよ」
声を立てて笑う加州に審神者は、こんなときにふざけて、と唇を引き結ぶ。

「だって焦っても仕方ないって。なるようにしかならないんだよ。だからさ……どうなってもいいように、覚悟だけはしておいてね」
「加州?」
意味深なセリフをつぶやいて、加州は部屋に戻っているからと手を振って医務室を出ていった。

なんだかいつもと様子のおかしい加州も気にはなるが、最も気にかかるのは傷が治っても目が覚めない大倶利伽羅のほうだ。
彼の手を握る力を強くして、祈るように額に押し当てる。
「大倶利伽羅……おねがい、目を覚まして」


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