「では四十九日を過ぎましたので、これより納骨等の諸々の手続きをさせていただきます」
それでは、とこんのすけは主である審神者と居並ぶ刀剣男士たちに一礼して、連れてきていた業者を振り向いて、作業を開始しましょうと指示を出した。
屋敷の離れの部屋を複数の人間が出入りするのを、遠巻きに刀剣男士たちが眺めていた。
業者の手によって運び出される前の主の遺骨や遺影や白木の仮位牌。遺品を収めたいくつかの箱。
最後に後飾り祭壇を片付け、部屋の掃除までして業者は屋敷を後にした。
「納骨が終わりましたらお知らせいたします」
「ああ、すまない。こんのすけ」
示された書類に、前の主の最初の刀として山姥切国広は署名し、こんのすけをいたわるように頭を撫でてやった。
今の主にも挨拶をしてこんのすけがいなくなると、遠巻きにしていた男士たちもそれぞれ散っていった。
山姥切国広は無意識に腕をさすり、そうしてすっかりきれいに片付いているだろうはずの離れの部屋へと足を運んだ。
「そういや、主の遺骨って墓に納められるんだよな?」
燭台切光忠と大倶利伽羅の二人部屋に、鶴丸国永と共になんとなく暇だという理由で足を運んでいた太鼓鐘貞宗がふとそんな疑問を呈した。
「そりゃ、墓持ってる人間は普通にそうだろうと思うが」
答えたのは鶴丸だ。前の主はお盆の時期に家族の墓参りに行っていたのだから、それに自分も納まったということで、特に疑問に思う必要があるだろうかと首をかしげる。
「じゃあさ、誰がその墓を守っていくんだ?だって主って家族一人もいないんだろ。墓ってのは普通、後を継ぐ人間が必要だって前にどっかで聞いたぜ」
前の主は親戚もほとんどいないと言っていたことを太鼓鐘は思い出し、ふいに悲し気に眉を下げ、目を伏せた。
「つまりさ、誰も主の墓参りはしてやれないってことだよな……だって、誰も主の墓がどこにあるのか知らないわけだし」
そばにいた燭台切が落ちた肩を励ますようにやさしくたたいてやったが、ふと何かに気づいて静かに本を読んでいる大倶利伽羅を振り向いた。
「あれ、そういえば伽羅ちゃんだけは主の墓参りに同行してたんじゃなかった?」
それならどこにあるのか知っているのでは、という燭台切の問いに大倶利伽羅は顔を上げて彼らを一瞥し、再び視線を本に戻す。
「……道なんて覚えていない。そもそも外出の許可が下りないだろ」
あ、とそれぞれ声に出して、燭台切と太鼓鐘は顔を見合わせた。
刀剣男士のみで現世への外出の申請は基本的に許可が下りにくい。
勝手がわからないためにトラブルに巻き込まれる可能性がある、というのが理由だ。
「つまり、知りたきゃ今の主に頼む必要があるってわけだな」
だが新たな主に、前の主の墓参りに行きたいと頼むのはさすがに無神経な行為だろうと、鶴丸はため息と共につぶやく。
前の主が、彼ら刀剣男士にきちんと別れを告げられなかったことを未練としてさまよっていたことに端を発する幽霊騒動。
今の主に悪気はなかったが、前の主に対するにじんだ負の感情のために、一時の本丸内の空気は良くないものになっていた。
けれど前の主から告げられた別れの言葉と、そして一区切りのつもりでいた四十九日を迎えた以上、自分たちは気持ちを切り替えて、戦いの日々に新しい審神者と共に向かわなくてはいけないのだ。
ならば前の主のことはもう持ち出すべきではない、と鶴丸は思う。
「やっぱ無理か」
肩を落とす太鼓鐘の頭を軽く撫でてやって、今はきっとまだ機会じゃないのさと慰めた。
あるいは時間が未練を消してくれるかもしれない、と。
「さて。それじゃあ俺は主の歓迎会の計画でも練ってくるとしようか。盛大にして、ちゃんと区切りをつけないといけないしな」
立ち上がって、鶴丸はぐっと体を伸ばすと軽く手を振って部屋を出ていった。
「じゃあ俺、鶴さんを手伝ってくる!とびっきりの歓迎会にしてやるぜ」
「変な驚きはいらないからね」
「へっへーん、それはその時のお楽しみってな!」
いたずらっぽい笑みを見せて、太鼓鐘貞宗も部屋を出ていった。
「……心配だな。変な歓迎会になったりしそうだし、僕も行ってこよう」
不安になってきたらしい燭台切も部屋を出ていくのを見送って、大倶利伽羅は本へと視線を戻した。
「なあきみ、今夜の予定は空いているかい?」
近侍のへし切長谷部と共に休憩をしている時、執務室を訪ねてきた鶴丸国永はそう言って、主である審神者にほほ笑みかけた。
「今夜ってなにかあるの?」
「きみの歓迎会さ。特に盛大にするつもりでな。きみの予定が問題ないのなら、夕餉の頃に大広間で行うから来てくれると嬉しいんだが」
「でも初日にしてもらったのに……」
「あんなのはきみ、歓迎会なんて言わないぜ。あとはまあ前の主の葬儀から日も経ってなかったしな。だがもう一区切りついた。俺たちも改めてきみを歓迎したいのさ」
「鶴丸……わかった。ありがとう、ちゃんと伺うわね」
「そうこなくちゃな。じゃあまた夜に」
準備で忙しいと言って慌ただしく執務室を後にする鶴丸を見送って、ふと彼女はそばでお茶のおかわりを淹れようとする長谷部を見やった。
「ねえ、鶴丸には出るって言っちゃったけど、本当によかったのかしら」
彼女の声には戸惑いがあった。
この本丸を引き継ぐ形で審神者として就任して以降、折に触れては刀剣男士たちは彼女を気遣ってくれてはいたが、それでもどうしてか疎外感が拭えなかった。
そのさなかで起きた、前の主の幽霊騒動は彼女を疑心暗鬼に陥らせ、きっと自分を邪魔に思っているに違いないと思い込ませるまでになった。
感情が高ぶって、前の主に対する暴言めいた言葉も発してしまった。
そのために一時期は刀剣男士たちとの間に溝が出来、本丸内には不穏一歩手前の空気が漂うようになっていた。
だが前の主は彼女を疎んだりねたんでいるどころか、きちんと別れを告げられなかったことだけを未練として、さまよっていたのは彼女にただ伝言役を頼みたかっただけだと判明した。
専門家を介して刀剣男士たちにきちんと別れを告げることが出来た前の主は未練を断ち切れたようで、その後は一切姿を現すこともなく、四十九日を過ぎた後は前の主の気配は本丸から、少なくとも彼女の周囲からはすっかり消えた。
この解決をきっかけに、彼女の高ぶっていた神経も精神も落ち着きを取り戻し、それに影響されてどこか堅い空気を漂わせていた刀剣男士たちからはわだかまりが消え、主である彼女に普通に接してくれるようにもなった。
ただそれでも不安にならずにはいられなかったのだ。
彼らが慕っていた前の主に対して悪感情を出してしまったのは事実で、何もなかったことには心情的には出来ず、本当に自分は彼らの主としてこれから先やっていけるのだろうか、と。
そんな彼女の戸惑いを、へし切長谷部はやさしく受け止めた。
「大丈夫ですよ、主。俺たち自身で決めていたんです。あなたの歓迎会を盛大にするなら前の主の四十九日で区切りをつけてからにしよう、と。ですから主が俺たちを思って下さるなら、どうか心置きなく今夜の宴にご参加ください」
お待ちしております、と長谷部は胸に手を当てて丁寧に頭を下げた。
「長谷部……」
思わずにじんだ涙をぬぐい、ありがとう、とうなずいた。
夕食も兼ねた歓迎の宴は、多くの料理やお酒が並んで賑やかなものとなった。
彼女はお酒に強く、酔いは顔にも行動にも出ない。
そばに腰を下ろして酌をしていた加州清光が、彼女の飲みっぷりに目を丸くする。
「すげーじゃん主。結構やるねー」
「ま、これくらいはね」
軽口をたたいて、おかわり、と空になったコップを差し出した。
「楽しんでくれているようでよかった」
他の男士からも酌を受ける主を見やって、鶴丸国永は小さく独り言をこぼしながら酒を手に顔見知りが集まっているところへ向かった。燭台切光忠、大倶利伽羅、太鼓鐘貞宗が集まって杯を傾けている。
「よう、きみたち。飲んでるか?」
「それなりにね。けれど主の方は大丈夫かな。結構ハイペースなようだけど」
「酒には強いとは言っていたが、なにしろどいつもこいつも加減ってやつを知らんからなぁ」
前の主は年齢的にそもそも飲めなかったし、匂いで酔うという体質を抱えていた。
ただ一度だけ、まだ太刀だけで小さな飲み会を開いていたころ、主を引き込んで飲ませたことがあった。
翌朝二日酔いで起き上がれない主を横目に、同じく二日酔いに苦しみながら鶴丸は獅子王と共に石切丸、歌仙兼定、へし切長谷部から立て続けに説教受けた記憶がある。
もしやあの体質は自分たちのせいだったのかもしれない、と今更言っても仕方のないことを考えつつ、肩をすくめた。
かなり飲んでいるはずだが顔には一切出ない主に声をかけつつ、鶴丸はふと伊達の刀で集まっていた一角を見て、おや、と目を丸くした。そこには太鼓鐘貞宗しかいなかった。
「伽羅坊と光坊はどうした?」
「伽羅はもう寝るって。めずらしくふらついてたからみっちゃんが心配して送って行ったんだ」
「いつもは歩ける程度に抑えるのに珍しいな」
「やっぱもう会いに行く相手がいない所為なのか……」
寂しそうな声でつむがれた言葉に、鶴丸は一瞬痛ましげな表情を浮かべ、太鼓鐘の頭を乱暴な手つきで撫でてやった。
「ぎゃあ、やめろって!」
「珍しいんじゃない、君がそこまで酔うなんて」
「……」
水の入ったコップを差し出しつつ、燭台切光忠がいたわるような表情を見せると、大倶利伽羅はふいと顔を背けて水を飲みほした。空になったコップを燭台切の手に押し付けて、彼に背を向ける格好で布団に横たわる。
「もう寝るから一人にしてくれ」
「わかったよ。じゃあおやすみ」
コップを手に燭台切は部屋を後にした。戸の閉まる音を背中で聞きとどけ、大倶利伽羅は息を吐きだして目を閉じた。
あの夜以来、恋仲であった前の主は大倶利伽羅の夢には一度も現れない。
もう聞くことのできない声を聞きたくて、姿を見たくて仕方がないのに、何も思う通りにならない。
持ち主が変わること、残されることなど刀剣である自分たちには当然のもので、これまでもそうであったように、自分も含めて主が変わることを全員が受け入れた。
けれどそれとは別に自分だけが、恋仲であった前の主がもうどこにもいない現実を受け止めきれずにいる。
日が経つにつれ、二人で過ごした時間の記憶が薄らいでいくのが苦しくて仕方がなかった。
──俺に、誰よりもそばにいてほしいと手を伸ばしたのはあんたじゃないか。なのにどうしてあんたは俺のそばにいないんだ。