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亡失の呪い-if 4-

増築以降、大倶利伽羅は燭台切光忠との二人部屋で、彼の荷物は必要最低限しかなく、彼自身の所有物といえるものはほとんど存在しなかった。
元々こだわりがないせいもあってか、自分の物として何かを残しておく、ということがなかった。
それでも顕現して数年も経てば、不思議とそれなりに気に入る物も出てくるもので。
同室者である燭台切光忠ほどではないにしても、文庫本や雑誌など、彼の物といえるものは確かに増えつつあった。

彼の数少ない私物を収めている棚には、手のひらで包んでしまえるほどの小さなオルゴールが置かれている。
ネジを回せば音色を奏でるだけでまったく実用的ではないのに、主から贈られたというだけで彼の所有物の一つとなった。

いつの頃からか、主の元を訪ねるたびに文机に置かれたオルゴールを鳴らして音色を聴かせてくれるのが当たり前のようになっていた。
きっかけはそれが視界に入って眺めていたことに気づかれたからだったろうか。 ある時、なんだか気に入っているみたいだから、とこの小さなオルゴールを主から贈られた。
求めていたのは主とのささやかな時間の共有であって音色そのものではなかったのだが、拒否する理由はなかった。

それが、主が呪いにかかるほんの数日前のことだった。

オルゴールを手に取り、ネジを回す。
流れだした音色に耳を傾けながら目を閉じると浮かぶのは、主が死んで、最後の別れの日のことだ。

呪いによって音を失った後、主は先が長くないと感じていたのか、遺言をこんのすけに託していた。
葬儀が不要であることから始まって、遺品の整理のことまですべて決め、刀剣男士たちに大きな負担をかけたくない、と。 ただ、担当だった役人の計らいと、何より刀剣男士全員の希望で主の眠る棺に花を入れる、別れ花を行って送り出すことになった。

『伽羅ちゃん。そろそろ行こう』
燭台切光忠がうながす声を、大倶利伽羅は無視した。

立ち上がって、主の元へ赴く気が起きなかった。
これが最後だということは頭の隅でわかっているし、主を見送る話し合いに口は出さなかったがそばで聞いていた。その時点では見送るつもりもあったのに、体が動かなかったのだ。

『……俺はいい』
『いいってことはないだろう。これが本当に最後だよ』
立ち上がらせようと腕をつかむ燭台切の手をほとんど無意識に強く振り払って、大倶利伽羅自身が驚いていた。
『伽羅ちゃん……』
どこか痛ましそうな表情の燭台切から逃れるように顔を背け、放っておいてくれ、と小さく吐き捨てる。

感傷に浸りたいわけではない。ただ、棺に収まっている主の姿を記憶に残したくないだけだ。
大倶利伽羅は、主の最期を看取った刀の一振りであり、その記憶が強く残ってしまっている。 もう一度主の死に顔をこの目にしたいとは思わなかっただけで、別れそのものを拒んでいるわけではなかった。

『俺はもう別れは済ませた。一度で充分だ』
『それでも!』
いままでは加減していたのだろう。痛みを感じるほどの力で燭台切は大倶利伽羅の腕をつかんで立ち上がらせた。
『っ、おい……!』
『これが最後なんだよ。明日になれば、もう二度と主の顔を見ることはできない。君はそれでいいの!?』
『離せ!』
振り払おうとしたところで、突然場違いな音色が鳴り出して、二人はそろってそちらを見やった。

主から贈られたオルゴールが鳴っていた。
ネジを回していないはずなのに勝手に鳴り出したそれは、まるで二人の言い争いを悲しむかのようであった。

『……っ、』
大倶利伽羅は苦しそうな表情を浮かべ、顔をうつむかせる。
オルゴールが確かに鳴っているのを認識した瞬間、主に名を呼ばれたような錯覚を起こした。
喉の奥から飛び出しかけた言葉を飲み込んで、襲いくる衝動を抑えつける。

『離せ、光忠』
『伽羅ちゃん!』
『……引っ張られなくたって、自分で歩ける』
『……うん、そうだね。ごめん』
その意味を理解して、燭台切はホッとした様子でほほ笑むと手を離す。
つかまれていた腕をさすりながら、まったく加減ってものを知らないのか、と大倶利伽羅は悪態をついた。

二人で主の棺が置かれた大広間へと向かった。
戸口にも中にも刀剣男士たちが揃っていて、この儀式を取り仕切っている業者だという人間から棺の中へと、生花を渡された。

受け取った花を手に、棺へ近づく。
横たわる主の顔は眠っているようにしか見えなかった。亡くなる間際はほとんど食事もできず、かなりやせ細っていたのに。
『ああ、よかった。きれいにしてもらったんだね』
隣に立つ燭台切の声は震えていた。花を収め、主の髪をそっとひと撫でして燭台切は離れた。

大倶利伽羅は口を開きかけて、けれど何も言わずに花を、主の顔のそばに置いた。
そうして最後の別れを告げる代わりに触れた主の頬は、刃よりも冷たかった。


「いったい何の騒ぎだ?」
声の聞こえる方向──玄関のほうを見やって、鶴丸国永はちょうど通りかかった三日月宗近に尋ねた。
「主が呼んでいた客が来たそうだ。なんでも霊能者だとか言っていたな」
「霊能者ぁ?」
返す声は疑わし気に、鶴丸は目を眇める。そんな彼の反応に三日月は笑みをこぼした。
「真偽はさておき、主が気にしている幽霊騒動が収まればそれでいいではないか」
「それはそうだが……」
霊能者ねぇ、と呆れの混じった声でつぶやいた。

鶴丸は何も霊能力というものを疑っているわけではない。
自分たち刀の付喪神を励起させる力を持つ審神者という存在が身近にいるのだから、異能を持った人間もそれなりにいるだろうとは思っている。
ただ、それをいいことに悪辣なことを企む輩もいないではないだろうし、そもそも単なる自称で胡散臭い相手かもしれない。 幽霊騒動を気にしている主の弱みにつけ込んだだけのとんだ詐欺師という可能性もある。
それもあって三日月にはあのような反応をしたが、鶴丸は興味と好奇心を抱えて主と客である霊能者の後を追うことにした。屋敷内を見て回ると言っていたからか、あちこちで客の様子を眺めやる男士たちの姿があった。

「屋敷の中見て回るっていうからどんなもんかと思ったけど、ちょっと見るだけで何も言わないんだぜ」
何がしたいのかさっぱりわからない、と同室である獅子王が肩をすくめる。
「下手な詐欺師じゃないことを祈ろうぜ」
言いながら獅子王の肩を軽くたたき、鶴丸は主たちのあとを追った。

屋敷を一通り回ったらしい審神者と客の霊能者が最後に向かったのは離れの方だ。
鶴丸は、そういえばこの時間はあの部屋に彼はいただろうかと眉を寄せ、思い切って声をかけてみることにした。

「主。きみの客だそうだな」
「ええ、霊視してもらうことになったの。いつまでもらちが明かないし」
答える審神者の声はどこかとげとげしく、鶴丸とは目を合わせようともしない。
傍らに立つ霊能者は鶴丸を振り向き、会釈する。
穏やかそうな表情で一度見れば顔を覚えられそうであるのに、ずいぶんと儚い印象をその霊能者から受けた鶴丸は、それなりに力は持っていそうだと判断して会釈を返した。
霊能者は離れの障子戸を開け、そうして入るでもなくじっと中を見ていたが、ひとつうなずくと審神者に向き直った。

「もう十分ですよ。知りたいことも正体もわかりましたので」
「本当に!?」
「ええ。だってこの本丸に来た時からずっといてこちらをうかがっていましたからその人」
「ずっと、って」
顔をこわばらせる審神者とは対照的に霊能者は穏やかな表情を崩さない。
鶴丸が少し警戒を見せたことにも動じず、浮かべていた笑みを深くする。

「あなたの予想どおり、ここの前の主さんです。でも、あなたをどうにかしようとしていたわけではないので安心してください。ただ、伝えてほしかったんだけなんです。彼らに」


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