客間に駆けつけると、へし切長谷部が男を膝をつかせた格好で抑え込んでいた。
背中へと右腕をひねりあげている。
「大倶利伽羅!この傷だ、あの時見たものと同じか!?」
長谷部につかまれている男の手の甲にあった傷は、間違いなくあの時に見たものだった。
降ってわいた怒りに駆られて、大倶利伽羅は男の前髪をつかんで顔を持ち上げた。
「っよくも……図々しく顔を出せたな。俺の前で挙動不審だった理由がようやくわかった。覚えていたんだろう。あの時、俺が主のそばにいたことを」
怒鳴りつけてやりたい感情を抑え、大倶利伽羅はうめくように言葉にした。
だが男は、何のことだとシラを切って喚きだす。
「手を離してくれ!ぼくはただ自分の責任を取りたくてあの子のそばにいようとしただけで……!」
「主の死をその目で見て楽しむより、もっといい責任の取り方を教えてやる」
確証もないままとっさに出た言葉だったが、どうやら図星ではあったらしい。
動揺の表れであろう。男は目を見開き、そして視線をさまよわせている。
「な、なんのことだ……!楽しむ!?何を言って」
「シラを切りたいならそうしろ。お前が犯人かどうかなんてこの際どうでもいい。俺たちが許していないことも理解できない奴に、主を看取らせてやると思うのか?」
「そんな!っ、頼む、ぼくをあの子のそばに……!」
男の声が途切れる。目の前に刃があっては口をつぐまざるを得ない。
刀を突きつけていたのは山姥切国広だ。
「聞こえなかったのか。お前に主は看取らせないと言ったんだ。もう主の担当じゃない。部外者は引っこんでいろ」
「ぼくは誤診した!担当を外れたってその責任がある!あの子を最期まで見守る責任が……!」
「そう見せたいわりには誠意が足らんなぁ」
のんびりした声がその場に割って入った。
視線の先には、青い狩衣風の戦装束を身にまとった美しい顔の男が立っている。
「誤診したことに責任があるというのなら、もう少しそれらしく振舞えば角も立たなかっただろうに。……いや、難しいか。なにしろ俺たちの誰もお前を許してはいないのだから」
「三日月。場を引っかき回したいなら後にしてくれ」
そう言って山姥切がため息をつくと、三日月宗近は首を振った。
「まさか。主に呪いをかけた男を見つけたと聞いてな。その不埒者の顔でも一つ見てやろうと思って来たのだが……して大倶利伽羅。この男で間違いはないのか?」
「さっきから聞いていたくせに白々しい。傷は同じだ。認める気は無さそうだがな」
「ぼくがあの子に呪いをかけただなんて!いくら呪いに詳しいからってあんまりじゃないか!」
「詳しくても診断を誤っていれば世話はないと思うが。それともまさか……わざと、などとは言わないだろう?」
三日月は体をかかげめて首をかしげ、男の顔を覗き込む。月の模様が浮かび上がった美しくも不可思議な瞳に男は一瞬魅入られ、そうして背中に寒気が走るのを感じて息を詰めた。
「わ、わざとっ……!?バカなことを言わないでくれ!誤診など、医者としてもっともしてはならないことで……!」
「そうかそうか、それは立派な心掛けだ。しかしそうなら普通はここに顔など出せんだろうに。出せたとしてもうすこし大人しくしているべきではないか。最期を看取りたいなど部外者が図々しいと言われても仕方がないと思うが……」
そこまで言って三日月はいったん口を閉じ、言い過ぎたことは謝ろう、とほほ笑んだ。
「悪いがあの子を看取らせてはやれん。責任を感じているのなら、理解してくれ」
「それはダメだ!!ぼくはあの子の死ぬところをっ」
男は再度口をつぐんだ。
喉元に突きつけられた刃は、少し動かせば間違いなく男の首から血を噴き出させることになるだろう。
「死ぬところを、なんだ?」
刀を突きつけながら、山姥切はうなるような声で問いかける。
「い、言い方を間違えただけだ……!あの子を看取る責任があると言いたかっただけだ……頼む、刀を下ろしてくれ……この手を離すよう言ってくれ」
「おい。さっきから責任だのと喚くが、どうして看取ることが責任になるのか教えてくれないか。さぞ俺たちが納得できる理由なんだろうな」
言葉と共に、男の目を冷たい金色の目が射抜いた。
瞬間、男は大きな竜の口に呑みこまれる様を幻視し、目を見開いた。
そうして恐怖から視線をさまよわせるが、男を哀れに思う反応も視線も周囲には存在しない。
三日月宗近だけでなく他の、刀を手にした男士たちの姿を見るや否や、もはや恐慌状態になって身をよじるが、その場から立ち上がれずにいた。腕をひねりあげられて抑え込まれているのに加え、一見すると肩に手を置かれているだけなのに強い力でやはり抑えられている所為もあるだろう。
肩を抑えているのは燭台切光忠だ。
「たすけてくれ!誰か!殺される!!誰かっ?!」
「助けてほしいなら、なぜ俺たちの主が死にかけているのか、知っていることを全部話せ。そうすれば考えてやらんでもない」
刀を突きつけながら山姥切国広がうながせば、男は必死になって話し出した。
男は呪術の家系の出であり、それもあって専門医なんてものをやっていたが、本質の部分は呪いをかける側でありたかった。
だがある日思いついた。相手を特定しない無差別な呪いであれば、呪詛返しの可能性も低くできたうえで呪いを多くの人にかけることが出来るのではないか、と。
そこで、そうとはわからないような呪いを作り出した。
毒を用いたもので、それをしみこませた白い布を人の行き交う道に置いて、呪いを無差別にばらまいた。
呪詛返しも出来ない呪いは解呪方法もなく、呪いと知らない人々を未知の病として恐れさせた。
そんな時に、歴史修正主義者の存在を知って接触し、審神者と呼ばれる者に目をつけた。
改良を重ねた呪いをしみこませた布をばらまいたが、なかなかそれが拾われることがなかったので男は焦った。
そんな時に一人の審神者の草履に布が引っかかって、その手に毒の呪いが触れた。
まだ年若い姿に男は歓喜した。若い人間がそうと知らず衰弱していく様を見るのが一番楽しかったのだ。
だがその審神者が自分の目の届く範囲にいなくては困る。
なんとか接触する機会を作りたいと考えていた矢先、幸運なことにその審神者が自分のいる病院にやってきた。
その姿を見て、彼は歓喜を隠すのに苦労した。
痣が見えて気になったからと声をかけて、呪いの可能性があるとあえて明かした。
そうして彼は医者として診断を下したが、誤診は意図的なものだった。
責任を持って診察して最期の時には近くで死を観察するための大義名分として必要であったから、患者やその周囲から恨まれることなど気に留めてもいなかった。
「ようやく!やせ細ったあの子が衰弱して死んでいく様をすぐそばで見られると思ったのに、あの老いぼれいじじいが席を外せなんて余計なことを言うか、ぁぐっ……!」
男の叫びは最後まで続かず、うめき声に変わった。
罪悪感もなく語る話に耐え切れなくなった大倶利伽羅が男の顔を真正面から殴り飛ばしたためだ。
「伽羅ちゃん!」
再度振りかぶった大倶利伽羅の腕は、燭台切によって抑えられた。
「それ以上はダメだ」
大倶利伽羅は振り払いそうになる衝動をもう片方のこぶしを握ることで抑えたが、強すぎたせいか爪が食い込んで皮膚が切れて血が流れた。
男は捕縛された。
こんのすけを通じて通報し、男が逃走しないようにと刀を手にした同田貫正国、へし切長谷部、厚藤四郎、御手杵らが周りを囲んで刃を突きつけながら厳しく見張っている。
逃げ出そうとすれば容赦なく刀を振るっていいと男に聞こえるように話していたおかげもあってか、おとなしくうなだれていた。
男に最初につかみかかった長谷部が見張りに名乗り出たとき、周りは反対した。
必要なのは牽制であって切りかかることではないためだが、長谷部はそこまで頭に血は昇っていないと首を振った。
「それに、大倶利伽羅があの男を思いきり殴ってくれたからな。多少の溜飲は下がっている」
もしそれで大倶利伽羅が問題になるなら俺が全力で擁護してやる、とも言って冷静な様子を見せた。
通報を受けて派遣された政府所属の刀剣男士たちによって男が連行されていく。
今回主のかかった呪いと同様の症状が複数の審神者に確認されていて、男の行方を捜していたのだという。
「即座に取り調べが始まるはずだ。何か情報があればすぐにこんのすけを通して知らせよう」
そう言って踵を返す政府所属のへし切長谷部はふと、ああそうだ、と振り向いた。
「大倶利伽羅が男を殴ったそうだが、まあそう大ごとにはならないはずだ。一般人相手ならともかく、歴史修正主義者に与しているそうだからな。それについても詳細はこんのすけを通す。それより早くお前たちの主の元に行ってやれ」
見送りならいらない、と少しだけまなじりをやわらげて促すへし切長谷部に、山姥切国広は会釈して踵を返した。