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亡失の呪い-4-

「あー、もう全然収穫なし……」
疲れた、と自室のちゃぶ台に突っ伏して、大和守安定はため息をつく。
その向かい側で、俺も疲れた、と同じように突っ伏すのは加州清光だ。
二人は同時に大きくため息をつく。顔を上げて互いを見やり、複雑そうな表情をお互いに見出した。
「ったくなんでこういう行動がシンクロするんだか、俺ら」
加州のぼやきに、知らないよと大和守が返す。そうして再び揃ってため息をつく。
こんなふうに些細な行動が揃うものだから、主である審神者が自分たちを指して、双子みたい、などと言うのだろう。
その時の自分たちは、この主は何を言っているんだかと呆れたような表情を浮かべていた記憶がある。

「……でもほんとにいるのかな、手の甲に傷のある男なんてさ」
「だって大倶利伽羅は確かに見たんだろ。あいつがウソつく必要ないし」
「そうだけど」

主が呪いにかかった。
けれどそう深刻でもないから大丈夫だといつものようにのんきな顔をしていて、加州も大和守もそれを信じた。専門家が言うならそうなんだろうと疑うことはなかった。
だがそうではないことがわかったのは、主が音を拾わなくなった時だ。
その時になって、本当は深刻な呪いであったことが発覚した。

山姥切国広から聞かされた彼らは主の元へと集まった。
そうして主が自分たちの声を聞き取らない現実を突きつけられて、自然と全員が大広間に集まっていた。
医者の誤診に憤りを見せる者、解呪の方法をどうにか探せないかと話し合う者たちで騒然となった。
そんな騒ぎを、彼らが集まった時はなにかと取り仕切ることが多い鶴丸国永が手を叩いて中断させ、口を開く。

「騒ぐのは後でもできる。それよりも医者の言っていた犯人とやらを捜し出したほうがよほど建設的じゃないか」
その意見に誰も異を唱えなかった。
呪いはそもそも自然発生するものではない。その大元には、誰かの確かな感情が存在する。
医者は愉快犯だろうと言っていたという。
それに関してはおそらく間違いないそうで、彼らは犯人捜しを始めることにしたが、問題は主が呪いに触れる前に何があったのかを覚えていないことだった。

主の声が失われていることに気づいたのは朝で、その前に何かが本丸の外であったとしたら、前日だと考えるのは当然のことだ。
だが病院の領収証の日付はもうこの時点で二週間以上も前で、ましてやその前日など意識していなければはっきりと覚えているはずもない。
「外に出たってことは、演練か、それとも買い物……誰かこの日のことを覚えているやつはいないか?」
鶴丸の問いに、だが誰も言葉を返せずに大広間はしんとなった。

「せめて行動が絞れたらいいんだがな」
その鶴丸の言葉に反応したのはへし切長谷部だ。ちょっと待てと言いながら、大広間に置かれた引き出しを開け、ノートを取り出す。
そうしてめくって、ノートの紙面を鶴丸に見せた。
「買い物だ。主が俺たちに持たせるお守りを買ったんだ。その記録が確かにある」
「誰がその時の買い物に同行していたかはわかるか?」
「いや、そこまでは」
さすがに記録はない、とつづくはずだった長谷部の言葉をさえぎって声がした。

「――俺だ」

鶴丸と長谷部の視線が、他の男士から少し離れて座っている大倶利伽羅に向いた。

長谷部が何があったのか思い出せと詰め寄り、鶴丸は何かささいなことでもいいから思い出してくれと懇願したが、けれど大倶利伽羅は、そんな前のことを覚えているわけないだろ、と突っぱねた。
激した長谷部が大倶利伽羅の胸ぐらをつかみあげたために一触即発の状態になったが、鶴丸と燭台切光忠が間に入って止めるより前に、大倶利伽羅が長谷部を振り払って逆に胸ぐらをつかみあげた。

「何があったのかを知りたいのは俺の方だ……!」
「大倶利伽羅……」

大倶利伽羅がそのときどんな表情を浮かべていたのかを加州たちは見ることはなかったが、真正面から対峙することになった長谷部の呆然とした声を聞けば想像がついた。

大倶利伽羅が少しだけ思い出したと鶴丸に伝えたのはその翌日で、ちょうど大和守安定と加州清光が居合わせていた。

買い物を終えての帰り道、主が何かに気取られて足を止めた。
草履に何か引っかかったとたしか言葉にしていて、主は何かを手にした。
「……あれは、布か何かだ。白い布」

そして誰かが声をかけてきた。
声をかけてきた相手が主に何かを言っていたが、その詳細までは覚えていない。
ただ主はしきりに頭を下げていたから、その布らしきそれが相手の持ち物か何かだったのだろう。
やがて相手は去っていた。

思い出せたのはそこまでだが、大倶利伽羅はその相手の右手の甲に傷があったのを見たと言った。
それだけは、確かにはっきりと思い出せた、と。
手首から小指の付け根にかけて切り裂かれたような大きな傷のある手の形や、背格好からして相手は男で、それなりに背は高かったのでかろうじて思い出すことが出来たとも。
「どれくらいの背丈だ?」
「……光忠、に近い」
「だとしたら結構目立つな。その時にどんな服装かは……さすがに覚えていないか」
鶴丸の問いに大倶利伽羅は目を閉じてしばらく無言だったがふと、着物姿だった、とつぶやいた。

「着物姿の男って言うけどさ、そんなやつ結構どこにでもいるんじゃない?」
「確かに着物着てる男の審神者とかも多いもんね……絞るの難しそう」
加州清光と大和守安定がそう言うと、大倶利伽羅はこぶしを握りしめた。
「けど男か女かだけでも絞れるだけマシだろう。それにたぶん最大の特徴は手の傷だ。手に傷のある男を捜す。まずはそれだけでいい」
傷があったのは間違いないんだろう、という鶴丸に、大倶利伽羅はうなずいた。
けれどふいに、こんな不確かな記憶がなんの役に立つんだと悪態をつく。
「そんなことないさ。ありがとうな伽羅坊。きっと主を……あの子を救う手がかりになるはずだ」

以来、自分たちが赴ける範囲でその手に傷のある男を捜しているが、それらしい姿を見つけることが出来ない。
音を失った後、主の呪いは急激に進行した。
鼻が利かなくなって味もわからなくなった所為であまり食事を取ろうとしなくなった。栄養剤で補っても次第にやつれていき、それでも審神者としての役目を果たそうと刀剣男士たちを出陣させてきた。
だがそれも視力を失った後は難しく、主は一日のほとんどを布団の上で過ごすことになった。

光を失った後は覚悟をしてほしいと医者に言われていた、と山姥切国広から聞いたあとでも手に傷のある男を捜すことは諦めなかったが、正直言って行き詰りを感じてはいるのは間違いない。
このまま主が死ぬのを何もできずに見ていなくてはいけないのだろうか。

「また失うなんて、嫌だなぁ……」
突っ伏したままつぶやいた加州の頭を、大和守はそっと撫でると息を吐き出した。


刀掛台に置かれた自分の刀を睨み、大倶利伽羅は手を伸ばす。
いつも握っている物なのに、やけに重く感じるのはどうしてなのだろうと思いながら、鯉口を切って鞘から刀を抜いた。
刃に視線を落とし、柄を握る手に力を込めたところで部屋の戸が閉まる音がした。
肩越しに振り向くと、炎色の隻眼が大倶利伽羅を射すくめていた。

「伽羅ちゃん、いますぐ鞘に納めるんだ」
本丸の中で理由なく抜刀するのは禁止のはずだよ。

燭台切光忠は慌てるでもなくそこに立っていた。ただ、大倶利伽羅から視線を逸らさずにいる。
「そこをどけ、光忠」
「君がおとなしく刀を仕舞ったらね」

緊張感がその場を支配していた。
大倶利伽羅が刀を握る手をわずかに動かした瞬間、燭台切は手を伸ばしてその腕を強くつかんだ。
一瞬抵抗を見せながらも、しかし大倶利伽羅はそれ以降動く様子を見せない。

「君がいま何を考えているかはわかるけどあえて言わないでおくよ。けれど実行しても後悔するだけだってことは言わせてもらう。君もそれを心の底ではわかっているんだろう」
そうでなければもっと抵抗しているはずだ、と燭台切は静かな声で諭す。
大倶利伽羅は鞘を持つ手を強く握りしめた。

「……ころして、と言われた。ころされたいって、そう言ったんだ。あいつが、俺に」
だから、楽にしてやりたかった。

大倶利伽羅の体から力が抜けていくのを燭台切は感じ取った。
彼の手から、鞘が落ちた。


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