それは突然の出来事だった。
エルドラゴから力が噴き上がったかと思うと、それは使い手であるはずの竜牙を飲み込んでしまった。
明らかに様子が変わった竜牙は、エルドラゴをキョウヤへ、そして周囲のものすべてへとけしかける。
暴走する暗黒龍は周囲のあらゆるものを破壊していく。
スタジアムは崩れ、観客は悲鳴を上げて逃げ惑う。
「竜牙!!」
通路で試合を見守っていた銀河の元へも、大きく口を開けた破壊の龍が飲みこもうと迫る。
「ッ、ペガシス!!」
銀河はペガシスを撃ち出す。
天馬は羽ばたき、青い閃光となって暗黒龍へと立ち向かっていった。
強大な力に任せて、エルドラゴは周りのすべてを破壊していた。
キョウヤは竜牙とのバトルで消耗していたが、それでもレオーネと共にエルドラゴに挑む。
巻き込まれた格好のケンタやベンケイも懸命に応戦していたが、しかしまるで相手にされないまま一撃で吹き飛ばされていた。
そしてペガシスもまた、エルドラゴの圧倒的な力による猛攻からその回転は不安定になっていた。
それでもなんとか辛うじて回っていられるのは、銀河のなかにある、何とかして竜牙とエルドラゴの暴走を止めたいという一心からだった。
「っ、ペガシスもっと回れ!!駆けろ、飛べッ」
ペガシスは銀河の声に応えるように回転を上げ走り出し、飛んだ。
加速をつけて急降下するペガシスを飲み込もうと、エルドラゴは大きく口を開く。
「天馬流星撃!」
翼を大きく羽ばたかせたペガシスは高速の光の筋となって、エルドラゴを貫くように真正面からぶつかっていった。
「無駄だッ!!」
だが、そんなペガシス渾身の攻撃はエルドラゴに受け止められてしまい、さらには強く弾き飛ばされてしまった。
衝撃の余波で銀河も吹き飛ばされる。
「ペガシス!ッうわあっ!!」
「銀河!!」
流星は吹き飛ばされた息子に飛びついて抱えると、勢いのまま背中から壁に衝突した。
痛みに顔をゆがませながら、腕の中の息子の状態を確かめる。
「銀河、銀河。しっかりしろ、銀河!」
「っ、あ……とう、さん?」
「銀河、お前記憶が」
「竜牙は!?」
ハッとして、銀河は身をよじる。
キョウヤのレオーネが竜牙に立ち向かっていたが、しかしその姿はすでに満身創痍だ。
そして邪悪なオーラをまとう竜牙の姿に、歯噛みする。
「キョウヤ……竜牙!」
流星の腕の中から銀河は飛び出した。
父や仲間たちの制止する声は聞こえていたが、銀河の足を止めるほどの力を持つものは、そこにはなかった。
ふらつきながらも、ペガシスはまだ回っているのだ。
ベイが止まらないうちは、自分が諦めてしまうことはできない。
一度は背を向けてしまった、エルドラゴと竜牙を止めるという役目を果たさなくては。
あの時。すべての記憶が戻ったあの時、竜牙は決断を銀河自身にさせてくれようとした。 銀河はそこでようやく、初めてその姿を見た時から、竜牙に惹かれていたことを認めることが出来た。
数か月に満たないが、竜牙と過ごした濃密な時間。
そのなかで積み重なった想いは、取り戻した記憶と憎悪の感情を上回り、溢れそうなほどになっていた。
思いがけず流れた涙が銀河を強く突き動かし、決意させた。
これから先、どんなことがあっても竜牙のそばを離れない、と。
抱いた想いに無意識のうちに鍵を掛け、ずっと父の仇だと、憎悪という負の感情で覆い隠して、修行の旅の間もその想いを意識することはなかった。
もし見つめてしまっていたらきっと足を止めてしまっていただろう。
記憶を封じられ、潜在意識に刷り込まれたことは、いま思えば掛けていた鍵を開け放つきっかけでしかなかった。
因縁や憎悪を忘れたことで、刷り込まれる前より強く意識していた竜牙に対する感情が表に出ただけなのだ。
自分自身の気持ちを認めたら、心の奥底に宿る感情が変わっていることに気づかないふりは出来なかった。
重ね合わせた唇の感触や触れてくれる竜牙の手、すべてを溶かしそうなほどの熱さを秘めた銀河を呼ぶ声を失いたくないと思ってしまえば、それらを捨てることも、ましてや都合よく何もかもをなかったことになど出来るはずもなかった。
後悔がないと言えばうそになる。竜牙を選ぶということは、役目を放棄するのと同じだ。
けれどその後悔を抱えてでも、竜牙のそばにいたかった。
手を伸ばさずにはいられなかった。
だからこそ今、銀河は走っている。
エルドラゴを止めなければならない。
あれは、使い手であるはずの竜牙さえも飲み込んですべてを破壊し尽くすつもりなのだ。
――竜牙を助けたい。その一心で走った。
どれだけ間違った選択をしたとしても、竜牙を失う恐怖に比べたら他のすべてが霞む。
「ペガシス!頼むもう一度駆けてくれッ」
ペガシスは、悲痛な銀河の声に応えるように回転を上げ走り出す。 再びエルドラゴへと猛然と向かう相棒を追って、銀河も竜牙の元へと走りつづけた。
「無駄だと言っているだろうッ!!」
エルドラゴが勢いよく突っ込んでくるのをかわしながら、ペガシスは大きく羽ばたく。
「必殺転技!天馬流星撃!」
ペガシスが光をまといながらエルドラゴに向かって急降下していく。
「竜牙ッ!!」
銀河は竜牙へと手を伸ばして抱きついた。
次の瞬間、銀河の背中を破壊をかたどった力が突き抜けた。
竜牙の頬を震える手でそっと撫で、銀河は消え入りそうな声でその名を呼びながら、崩れ落ちていった。
指の一本さえ自分の意思で動かせず、自由にならない体と、体中を駆け巡る破壊の衝動。
意識が深く沈んでいく感覚のなかで、竜牙は声を聞いた。
『もっとだ……我が傷を癒すにはブレーダーの血が必要だ……!さあ!もっと、もっと力を!ブレーダーの血を!!』
――誰だ。俺の中にいるお前は、誰だ。
『きえろ……おまえはきえろ……』
――消える?俺が、消えて……。
さらに深く落ちていく感覚が竜牙を襲う。
そのまま沈んで消えてしまえと声が響き、光すら見えない先へと落ちていくなかで、別の声が聞こえた。
「――竜牙ッ!!」
視線の先、広がる暗闇に、一筋の光が差し込む。
馬のいななきと、羽ばたきの音。真っ白に輝く天馬が底のない闇へと落ちていく竜牙の元へと近づいてきた。
やがてその天馬は、竜牙へと手を伸ばす銀河の姿に変化した。
「竜牙……」
光をまとった銀河がそっと竜牙の体を抱きしめる。
その体を抱きしめ返すことさえできないまま、竜牙は銀河の頭越しに、破壊の龍が大きな口を開けて飲み込もうとする姿を見た。
『きえろ……我が世界に不要な光……すべて、すべてきえてしまえ……!!』
目の前で銀河は飲み込まれ、光の粒となった。
消されてもなお失われない輝き。それは竜牙を包み込むようにあたりを漂う。
――銀河が消え、俺も消えて……。
『そうだ……おまえもきえてしまえ……この肉体は我が支配する。すべて、すべてきえてしまえ……!!』
――お前が、俺を支配するというのか、エルドラゴ。お前が、この竜皇を?
動かなかったはずの指が、一瞬だが跳ねるように動いた。
「……支配するだと?この俺を、竜皇を……この竜牙を!!」
叫びと共に重く沈んでいくようだった体にまとわりつく感覚がすべて吹き飛び、竜牙は強く両のこぶしを握り締めた。
「ふざけるな。俺を支配するのは!エルドラゴ、貴様ではない!!貴様が俺にッ、この竜皇に支配されるんだッ!俺を消そうとするんじゃない!!」
銀河を消し、竜牙の意識さえも消し去ろうと迫りくる破壊の暗黒龍を、竜牙は真正面から殴り飛ばした。
「ッ……ぐ、ああっ……!!」
その瞬間、体中を支配していた感覚とともに破壊の衝動が消え、竜牙は糸が切れたように体が崩れ落ちるのをどこか他人事のように感じていた。
膝をつき、そのまま倒れこんでしまうのを何とか堪えたものの、体中から力が抜けていく。
いつのまにか竜牙の右手に握られたエルドラゴは、なおも抵抗するように震えていた。
気を抜けば再び支配されてしまうだろう。
だがもう二度とそんな無様なことにはならない、と竜牙は握る手に力を込めて、エルドラゴの抵抗を抑え込んだが、それによってほとんど力を使い果たしてしまった。
足元には倒れている銀河と、大きく亀裂が入ったペガシスが転がっている。
「……っ、ぎん、が……」
無意識のまま名を呼んで手を伸ばし、竜牙はその上に重なるように倒れこんだ。
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