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奥底の星を見つめたら-10-

「すみませんでした。銀河を取り戻そうとしていたのに、ぼくたち、足を引っ張ってしまっただけでした」
「いや、謝らねばならないのは私の方だ」

キョウヤたちを抑えることができなかったのも、竜牙の挑発にまんまと乗せてしまったのも、彼らの中にフェニックスに対する信用が何一つなかったからだ。
さらにはキョウヤの銀河に対しての執着の強さを見誤っていたからもある。

「先に正体を明かしておくべきだったな。すまない、氷魔」
そう言ってフェニックスは仮面を外す。

現れた顔に氷魔は目を見開いた。
「あなたは……!」
「本当は記憶を取り戻した銀河に明かして、驚かせてやりたかったんだが……」
「流星さん……生きて……!」

死んだと思われていた幼馴染の父の無事な姿に、氷魔は思わず言葉を失う。体が震えているのを感じた。
銀河がどれだけ父の流星をブレーダーとして尊敬していたかを氷魔は知っている。
父を亡くした時の銀河のショックも、そして竜牙への怒りも、痛いほど感じていた。
「いろいろ迷惑をかけたな、氷魔」
「でもどうして……」

エルドラゴを手に入れた竜牙に敗れ、ペガシスを銀河に託した後、流星は崩落に巻き込まれた。
銀河も氷魔も、流星が死んでしまったものと思っていたが、奇跡的に助かったのだ。 北斗に救い出されたが、流星は誰にも言わないでほしいと頼み、人知れず傷を癒す日々を送っていた。
生きていることをダークネビュラに知られるのはあまり得策ではないという考えからだ。

「じゃあ銀河が一度古馬村に戻って来た時も……」
「遠くから見ていた。北斗には叱られたがな」
そしてバトルブレーダーズの開催が決まり、流星は仮面をかぶって正体を隠し、フェニックスとして銀河に会いに来たが、銀河は記憶を失い、よりにもよってダークネビュラにその身を置いていた。

記憶を失くしてもブレーダーの心(たましい)が銀河にある限り、必ず奇跡を起こせると信じ、流星は銀河に接触する機会が訪れるのを待った。 そしてあの日、強引とは分かっていながら一人になった銀河を連れだし、バトルを仕掛けた。 だがその結果は――。

「銀河を元に戻すための行動がここまで難しくなるとは、正直言って予想していなかった」
「キョウヤたちは関係なく、ですか?」
「ああ。なにより一番予想外だったのは竜牙だ」

銀河の記憶喪失があの装置が理由だということは、説明をされて流星は理解できた。
だが竜牙の銀河に対する態度には装置など関係ない。さきほどのバトルで銀河とタッグを組んで見せたのも、表向きはキョウヤたちを挑発するためだろうが、実際にバトルをすれば付け焼刃の連携などすぐに崩れる。

流星はそれをひそかに期待していた。だがその期待はすぐに驚きに変わった。そして痛感した。
銀河とペガシスの、エルドラゴに対抗するための力は、竜牙の元にあるだけで無力化されてしまうことを。

「銀河を手元に置いておく判断をしたのは向こうにとってはおそらく正しかった。現に、我々はあの二人に敵わなかったのだから」
「ええ、本当に」
竜牙だけでも脅威なのに、それに銀河がともにあることの恐ろしさを氷魔もまた今更に痛感していた。

ベイバトルでのライバルなど生ぬるいものだった。敵になれば、銀河はとてもおそろしく厄介になるのだ。 だが何よりも精神に及ぼす作用があまりにも強い。
銀河と竜牙の因縁を知っている者ほど受けるショックは大きいものになる。
「これをダークネビュラが……大道寺が計算していたとしたら」
「ぼくたちはすっかり目論見通りになってしまった、ということですね」

準決勝の第一試合は、銀河と深海流太郎の対戦だ。
流太郎としてはここで勝たなければ、大池トビオや渡蟹、双道兄弟や熊手三兄弟、さらには水地零士や天童遊のように、竜牙とエルドラゴの生贄となる未来しかない。

そして彼が見通した未来は、破滅した世界だった。
おびただしいベイの屍の上にただ一つ、ライトニングエルドラゴが、破壊の暗黒龍が君臨する未来。
だがその恐ろしさよりも彼の間近に迫る恐怖。ここで負ければ破滅の未来などもはや関係なくなる。
生への執着だけが、彼をここまで生き延びさせた。

だからこそ負けるわけにはいかない。だがふと、彼は疑問に思った。
もしここを勝ち抜けたとして、その先に待つのは結局は同じなのではないか、と。 ここで鋼銀河に勝っても、その先に待ち受けているのは竜牙かもしれない。
盾神キョウヤが竜牙に勝つ未来、可能性はあるのだろうか。

結局は竜牙の生贄となることに変わりがないのではないか。
一回戦の波佐間ヒカルのように、二回戦の大鳥翼のように、勝ち進んだとしても結局戦いの中で糧とされてしまうだけなのではないだろうか。 大道寺は勝てば助かる可能性があるとは言った。だがあくまでも可能性だ。

「バトル中に考え事か?」
「……!」
聞こえた声に流太郎はハッとした。
ベイスタジアムを挟んだ向かい側で、銀河は不快そうに顔をしかめている。 瞬間、流太郎の脳裏に渡蟹や双道兄弟、大池トビオが無残に倒れる姿がよぎり、思わず怯んでしまった。

「そんなに考えたいことがあるならさっさと終わらせてやる!駆けろペガシスッ!」

摩擦熱によって炎を生み出すほどのペガシスの高速回転。
真空状態が生まれてしまったことで、パイシーズの技は破られ、あとはただ攻撃を受けるしかできない。
勢いよくスタジアムの外へと弾き飛ばされ、壁に衝突したパイシーズが落下するのと、流太郎が膝から崩れ落ちるのはほとんど同時だった。

『パイシーズ、スタジアムアウト!勝者、鋼銀河選手!これにより銀河選手は決勝進出決定だ!!』

「……流太郎」
呆然とする流太郎に銀河は近づき、そっと声を潜めた。
「いまだったら逃げられる」
「そなた、何を」
「早く!」
銀河は流太郎の手を掴んで立たせると通路側へと押し、自分も反対側の通路へと歩いていく。
その背中を一瞥して、流太郎は素早く身をひるがえした。


思えば、銀河と竜牙の二人が並んでいる姿をキョウヤが直接見たのはビルに侵入してのあれが初めてのことだ。 そして銀河の姿をすぐ近くで見るのも、随分と久しぶりだった。

ベガスシティでの一件以来、ずっと直接的に顔を合わせることがなかったのだ。
銀河に言いたいことも自分がどうしたかったのかも、すべてが整理しきれないまま姿を見て、そしてそばに竜牙がいるのを見て、自分自身でもわからないうちに混乱していた。
フェニックスが得体のしれないブレーダーだろうとそれ自体は何も関係無く、ただ竜牙と一緒にいる銀河を見て、頭に血が上ってしまった。

銀河のライバルという、盾神キョウヤたらしめている彼の中の芯とも言えるものを、今の銀河はいともたやすく、竜牙と一緒にいるというただそれだけで踏みにじってみせた。 キョウヤのことを忘れたということは、キョウヤをライバルとして認識していないということだ。
銀河が記憶喪失になったと知った時から考えないようにしていた事実を、よりにもよって銀河を目の前にして嫌というほど突きつけられてしまった。 目の前にいながら無視されている。 銀河にライバルとして認識されていないことがキョウヤにとっては何よりの屈辱だった。
それは、銀河が竜牙と共に在ることを選んだという事実よりもキョウヤにとって重要で。

――ならばキョウヤがすることは一つ。竜牙を倒せばいい。

今の銀河が竜牙のことを仲間と思って大切にしているのなら、その竜牙を倒せば、銀河の意識は必ず自分に向く。 その際の銀河にとっての理由などもはやどうでも良い。バトルブレーダーズの決勝という舞台で、盾神キョウヤというブレーダーを強く意識した鋼銀河を倒すことさえできれば、キョウヤはもう他に何も望まなかった。 挑発に乗った形だろうなんだろうと、キョウヤにとって通過点に過ぎない竜牙を倒しさえすれば文句のない展開になるのだ。

「キョウヤさん……!」
「フェニックスはどうした」
「ケンタたちの元に」
「……そうか」
「キョウヤさん?」
キョウヤの横顔を見やって、ベンケイは息を呑んだ。
まとう雰囲気は、バトル前の緊張感などではなかった。 彼から立ち上るオーラは殺意にも似ている。
こんな状態のキョウヤを竜牙とバトルさせるのはあまりに危険だ。
「き、キョウヤさん……!」
「黙ってろ」
「でも!」
「バトル前だ、ごちゃごちゃうるせぇぞ」
「!」
言葉は乱暴でも、キョウヤは声を荒げてはいない。 高まりきったキョウヤの闘争心は、誰にも抑えることなど出来ない状態になっている。 誰が何を言おうともう言葉はキョウヤには届かないだろう。
ベンケイは歯を食いしばり、ただ無言で頭を下げた。キョウヤの戦いを見守ることが、自分にできる唯一だ。

ベンケイは高すぎる闘争心を危惧しているようだったが、今のキョウヤの中にある闘争心は、怒りや憎しみから来ているものではない。 竜牙を倒すという思いだけで、不思議とビルで感じていた怒りはもうそこになかった。 見据える先は一つだけで迷いがない。 キョウヤが倒すべき相手の元へ進む道に、竜牙がいる。

彼にとっては道をふさぐ岩を退かす、ただそれだけの単純な感覚だ。戦って勝てばいい。
だが言葉ほど簡単な相手ではないこともわかっていた。
それでもキョウヤは恐れてなどいない。竜牙もエルドラゴも、彼にとっては脅威ではない。

だから、たとえベイ同士の衝突の余波がキョウヤを襲おうと、レオーネが勢いよく弾き飛ばされようと、前だけを見ていた。 体中が悲鳴を上げている。 それでもキョウヤの中に吹き荒れる風が、もっと戦える、まだ戦えるのだと彼を駆り立てる。

借り物の力とブレーダーの誇り。言葉で相手を煽ることなど容易い。
竜牙が挑発に乗ろうと乗るまいと、キョウヤはそんなところに勝算をかけてなどいない。
それでも竜牙はあえてキョウヤの挑発に乗ってきた。

ベイとベイ。真正面からの、純粋なぶつかり合い。
高まっていく緊張感のなかでキョウヤの中で吹き荒れていた風が一瞬、止んだ。

衝突する両者。その衝撃はすさまじく、余波が観客たちにも襲い掛かり、会場中で悲鳴が上がる。
ぶつかる一発一発に込められた、心(たましい)の強さは、見ている者たちを圧倒していた。
だがそれもそう長く持つものではない。
エルドラゴとレオーネは共にスタミナの限界を迎えていた。 次のぶつかり合いがおそらく最後になるだろうと、ブレーダーとしての感覚がそれをキョウヤに、そして竜牙にも告げていた。

盾神キョウヤと対峙した時、竜牙は自身を見たような錯覚を一瞬して、そう感じたことを忌々しく思って打ち消した。 この世に自分と並ぶ存在など居るはずがないからだ。
たとえ背中合わせになる存在がいたとしても、それは未来永劫ではない。

暗黒転技の直撃を受けて、それでもなお倒れない盾神キョウヤの強靭さに驚愕しなかったと言えば嘘になる。
キョウヤが持ちこたえた理由はただひとつ。銀河と決勝で戦う事だけを見据えていたこと。 そのまなざしに、何の恐怖も迷いも怒りも憎悪もない。
竜牙を挑発してただ力と力のぶつかり合いをさせるのも、それを超えた先の自分の勝利を信じていたからだ。

銀河の怒り、憎悪に感応してエルドラゴと共に目覚めた時、竜牙が見ていたのは銀河だけだ。
あの時盾神キョウヤは、ただ銀河の仲間の一人でしかなかったはずなのに。 なのに今、竜牙を間違いなく追い詰めようとしているのは、その仲間の一人でしかないはずの男だった。

――追いつめられる?この俺が……?

そんなことは断じてありえない。
竜皇である自分が、最強そして最凶のベイ、エルドラゴが追いつめられることなど、断じてあってはならない。 その動揺が、ほんの一瞬竜牙に隙を作った。

気が付けば、目の前に邪悪な色をした破壊の龍が迫っていた。


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