戦いから戻ったキョウヤを、ベンケイ、まどか、ケンタが迎える。ベンケイは感涙に咽んでいた。
「さすがですキョウヤさん!!」
「すごいわキョウヤ、水地を倒すなんて!」
「おめでとうキョウヤ!」
「さわぐほどのことじゃねぇ。やつにとっては俺との相性が悪かった。それだけだ」
水地の戦法は、じっくりと時間をかけて、じわじわとなぶり殺しにしようとする、まさに毒そのものだ。
だが気が長くないことを自覚しているキョウヤにとっては、水地が精神を揺さぶろうとする言葉も、小さなダメージを蓄積していくベイバトルの仕方も、とにかく鬱陶しく、そしてまどろっこしい。
恐怖を与えて心をくじかせればそれも有効だろう。
だがキョウヤにとってはバカバカしい話でしかない。
もしもキョウヤに怖いものがあったとすれば、それは負けてしまう事よりも、恐怖を覚えることそのものかもしれなかった。
「あとはケンタね。頑張って!必ず銀河を戻して」
「行って来い」
「はりきってやってやれ、ケンタ!!」
「まどかちゃん、キョウヤ、ベンケイ……うん、ありがとうみんな」
「いくよ、サジタリオ」
相棒をしっかり握りしめて、ケンタはベイスタジアムへと駆けだす。
この戦いは絶対に負けられない。
銀河との勝負にこだわるキョウヤにさえ勝って来いと言われたのだ。
勝って、必ず元の銀河を取り戻して見せる。
二回戦第三試合、ケンタ対銀河のバトルは一進一退を極めた。
スタミナタイプのサジタリオが、アタックタイプのペガシスの攻撃を耐えつづけるのは決して容易なことではない。
それでも押し負けていないのは、ケンタの純粋なベイに対する思いと信頼、そして銀河への想いと、必ず元に戻すという決意があるからだ。
「いけーっ!ケンター!」
「頑張れー!」
オサムやタカシ、アキラたち友人の声援も響く。
ペガシスもそろそろスタミナが切れかかる頃だろうと、ケンタがサジタリオをけしかけようとしたその時。
「――強くなったな、ケンタ」
「え!?」
向かい側に立つ銀河は――笑っていた。
ケンタの良く知る、鋼銀河の笑顔を浮かべて立っていた。
「銀河、まさか……!?」
「すごいよお前。まさかここまで追い詰められるなんて思わなかったぜ」
そう言って銀河はニコリと笑う。
「銀河!」
思わずケンタの目に涙が浮かぶが、それをあわてて拭う。
まだ泣くわけにはいかない。そして泣くとしてもそれは銀河に勝って流す、うれし涙でなければ。
「まだだよ銀河!ぼくは銀河を……」
「でもごめんな、ケンタ」
ふと銀河は顔をうつむかせる。再びあげた顔に浮かんでいた表情は、これまで見たことのないものだった。
口元を歪めた、邪悪とも言っていい笑み。
それを見たケンタの背を寒いものが駆けぬけた。
「え……」
「いけっ、ペガシス!サジタリオを潰せ!」
「銀河!?」
銀河に呼応するようにペガシスが走り、サジタリオにぶつかる。
突如変わったペガシスの動きは一回戦の遊との試合で見せたものだった。
サジタリオを宙へ弾き上げ、スタジアムの底にぶつかる寸前に再び弾き飛ばすという、一方的な攻撃を仕掛けてくる。
「やめてよ銀河、どうして……!記憶が戻ったんじゃないの!?」
「そんなもの最初から無い!!やれ、ペガシス!」
「銀河……っサジタリオ!」
観客席の壁へと叩きつけられたサジタリオが、力なく落下する。
「サジタリオ……!」
『サジタリオ、スタジアムアウト!勝者は鋼銀河選手!』
戻ってきたペガシスを手に、銀河は冷たい表情でケンタを一瞥すると何も言わず背を向け、歩き出す。
「そんな、銀河……」
ひざから崩れ落ち、ケンタは悔しさにこぶしを叩きつけた。床に雫がこぼれおちる。
「銀河……銀河……銀河ーっ!!!」
ケンタの悲痛な叫びなど聞こえていないように、銀河はこちらを振り向くことをしない。
涙にぼやけた視界のなかでだんだんとその背中は遠ざかっていく。
銀河が戻ったと思い、その喜びからわずかな一瞬気を抜いてしまったことが、ケンタの敗因だった。
「なぜ泣く必要がある」
戻ってきた銀河とすれ違いざま、竜牙は声をかける。
知らずうつむけていた顔を上げた銀河の目には涙が浮かんでいた。
自分でも驚いた様子で、銀河は唖然としたままただ涙が流れていくのを止められないでいた。
そもそも、いま竜牙から声を掛けられるまで、自分の意識はどこかへと行ってしまっていたような、そんな気分だった。
試合も途中からどうなったのか覚えていない。
一回戦の時もそうだったが、途中から記憶がなくなっているのだ。
「おれ……」
「戻って待っていろ」
竜牙は銀河の目元を手で覆い、指先で涙をぬぐい、歩き出す。
振り向いた銀河は拭いきれなかった涙を拭い、そうして笑みを浮かべて竜牙を見送った。
「いってらっしゃい、竜牙」
大鳥翼の正体はWBBAの特捜ブレーダーで、ダークネビュラには潜入捜査として入り込んでいた。
目的は大道寺が何を企んでいるのかを探ること。そして、竜牙と彼のベイ、ライトニングエルドラゴについての調査だ。
ダークネビュラのメインコンピュータであるメルシーの定例メンテナンスは月に一度。
その隙をついてエルドラゴのデータを調べ、その結果をWBBAに届けようとしたところで、翼は見つかってしまった。
竜牙との戦い。追い詰められ、もしフェニックスという仮面のブレーダーが現れなければ、おそらく翼は倒されていただろう。 なによりあの時は技を仕掛けるのが早すぎた。
バトルブレーダーズで竜牙と決着をつけるつもりだった翼だが、フェニックスには竜牙を倒すことはできないと言われた。 倒す可能性があるとすればそれは鋼銀河だ、とも。
「銀河だと?だが銀河はいまダークネビュラにいる。いまのあいつに竜牙を倒すなんて」
「もちろんこれは銀河が自分を取り戻したうえでの話だ。だがそうでなくとも君に竜牙は倒せない。一人で戦おうとしている限りは」
「何が言いたい!」
「私はどうしても銀河に自分を取り戻させなくてはならない。竜牙を、エルドラゴを倒すために」
「お前は一体……」
フェニックスの言葉の真意はまだわからないままだ。
だが翼もブレーダーとしての誇りがある。
劣勢に追い込まれた上、バトルが中断されたままなのは我慢がならない。
けれどあの時のような戦い方はもうしない。
翼は顔をまっすぐあげ、ベイスタジアムへと向かった。
準決勝進出者は、盾神キョウヤ、深海流太郎、鋼銀河、竜牙の四名になった。
「まさかあの翼まで……」
大鳥翼は善戦したと言ってよかった。
一度は竜牙の暗黒転技を破ったほどで、だがそれ故とでもいうのか、ほぼ瞬殺だったヒカルとは対照的に、エルドラゴにエネルギーを搾り取られながら苦しみのなかで敗北した。
銀河の変貌。翼の敗北。
バトルブレーダーズ開催前から積み重なってきた、ケンタたちにとっての衝撃的な出来事の数々。
ここにきてとうとう溢れてしまい、心の鉄が折れかけているような絶望感に襲われていた。
「もう、無理なのかな……銀河を戻すのは」
「何を言うとるんじゃい!まだ俺たちにはキョウヤさんがいる!ですよね、キョウヤさん!!」
「そうよケンタ、まだあきらめちゃダメ!」
「ベンケイ、まどかちゃん……でもあんな銀河、ぼく……!」
「なら帰れ」
「!」
「諦めたならとっとと帰れ。そんな暗い顔をされてたんじゃ辛気臭くてしょうがねぇ」
「ちょっとキョウヤ!」
ケンタは反論しようとして、だが何も言えず、立ち上がった。
まどかが止めようとしたところで、控室のドアが開く。
入ってきたのは一回戦のあとから休んでいた氷魔だった。
「帰るのはまだ早いですよ、ケンタくん」
「氷魔、体はもう良いの?」
「ええ、なんとか。それより、もし帰るつもりならぼくに少し付き合ってほしいのですが」
「え?」
休んでいた氷魔が起きあがれるようになったのは、二回戦第三試合の途中だった。
モニタで銀河とケンタの試合を見ていたが、そこに氷魔が知る幼馴染の姿はなく、すっかり様変わりしていた。
そして第四試合が始まる前、氷魔は翼からある人物に引き合わされた。
「フェニックス?」
「翼があぶないところを助けてくれた仮面のブレーダーで、そのフェニックスは銀河を元に戻すために動いているみたいです」
フェニックスは氷魔に、バトルブレーダーズの会場であるスタジアムの隣に建つダークネビュラのビルに潜入するつもりだと明かした。
竜牙と翼の試合で会場内の大型モニタや周辺が損傷したため、それの修理と安全確認に数時間かかると見込まれ、準決勝開始はその後であることがアナウンスされている。
その間に行動を起こすつもりらしい。
「だがもちろん危険がつきまとうものになるだろう。もしも私が失敗したら……君たちに頼むことになるかもしれない」
それを聞き、氷魔は自分も同行すると申し出たが、フェニックスは必要ないと首を振った。
けれど氷魔も食い下がった。もし失敗して自分たちに頼むことになるかもしれないというのなら、むしろ人数を増やすべきだ、と。
「ぼくだって銀河を取り戻したいんです。あんな銀河は、ぼくの知る幼馴染ではありません」
フェニックスはしばし黙り込んでいたが、うなずいた。
「わかった。だがかなり危険なものになるぞ。それをくぐり抜ける覚悟があるのなら、一緒について来い」
「でもダークネビュラのアジトに潜入して、そのあとどうするつもりなの?第一、そのフェニックスって何者?なんだか怪しいわね」
「フェニックスによれば、今のこの時間そこに銀河がいるはずだそうですが……あと怪しいか否かで言えば間違いなく怪しいですね。でもなんだか銀河をよく知っているようでした」
「銀河……」
「銀河に訴える機会を作るんです。その機会さえなければ、銀河を元に戻すことは難しいとフェニックスは言っていました」
「……銀河に」
「どうしますか、ケンタくん」
ケンタはうつむけていた顔を上げる。さきほどまでの悲痛に満ちていた顔はもうそこにない。
「行くよ。行って、銀河にもう一度会う。さっきは油断しちゃったけど、今度は絶対に!」
「私も行く。もし前の時みたいに罠がいっぱいだったら、銀河に会いに行きたくても行けないじゃない」
「まどかちゃん……でも危ない目に遭うかもしれないよ?」
「いまさらよ。それに、銀河に会ったら私いっぱい言いたいことがあるんだから!」
「なら俺も行く。あいつに言いたいことがあるのは俺も同じだ」
「キョウヤさんが行くのにおれがついていかない理由はないわい!」
「では、行きましょうか」
「うん!」
「おう!」
「銀河……」
フェニックスがトアルシティのチャレンジマッチ後に銀河に接触して以来、銀河は外に出てくることはなく、ずっとダークネビュラの動向を探りながら接触するチャンスをうかがっていたが、機会はなかなか訪れなかった。
再度銀河を外で見たのは、タッグバトル形式のあるチャレンジマッチだが、それは竜牙と一緒だったため、直接接触するのは危険と判断して見送った。
そして始まったバトルブレーダーズ。
翼からダークネビュラのアジトビル内の情報は教えてもらっていた。
銀河に与えられている部屋の位置や、ルートもしっかりと頭に入ってる。
翼を助けた時は場所がヘリポートで屋外だったから強襲が可能だったが、内部ともなるとそうはいかない。
そしていま、銀河はスタジアムの方にいない。ただ竜牙と大道寺の所在までは確認できていないが、ビルの方に戻っていることも考えられ、かち合う可能性もある。
だがこれはチャンスでもあった。
ここで失敗すれば、銀河に接触できる機会はこれ以降ほぼ無くなるとみて良いだろう。 フェニックスは自身のベイ、バーンフェニックスを手にし、握り締めた。
「頼んだぞ、バーンフェニックス」
ベイブレードの未来のため。そして、大切な息子を取り戻す為に――。
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