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奥底の星を見つめたら-7-

「おかえり、竜牙!」
一回戦を終え、本部内の自室に戻ってきた竜牙を出迎えたのは銀河の抱擁と笑顔だった。
竜牙は片手で銀河の顎をすくい上げるようにし、唇を寄せた。すかさず銀河が両腕を竜牙の首に回す。
腰に竜牙の腕が回るのを感じながら、銀河は舌の動きに応える。 無意識のうちに脚を絡め、膝を竜牙の両脚の間に擦り付けた。
唇が離れる。視線が絡み合い、互いの目に欲望が宿っているのを見つけ、二人の距離は再びゼロになった。

全力疾走したあとにも似た疲労感に襲われながらも、銀河は心地良さに吐息し、目を開けた。
抱きしめられているためにすぐ近くに竜牙の顔があり、おさまりきらない興奮と快楽の余韻も手伝って銀河の胸が再び高鳴った。 それが欲望となって眼差しに宿る。 じっと見上げると、竜牙の目にもまだ残る欲望の炎を見て取って、銀河は無意識のうちに唇を舐めていた。

――もっと、もっと欲しい。
そんな想いを言葉として形にするより先に二人の行動が重なった。

唇を触れ合わせる。 重ね、ずらし、柔らかな感触を楽しむように口づけをかわしながら、互いの手が相手の体をまさぐるように這う。 吐息と視線が交わるのを合図に、二人は再び高みへ登ろうとしていた。


「ん、りゅうが……そこダメ……っあ」
竜牙の唇が銀河の首筋を、肩を、腕の付け根をくすぐるように肌を滑り、皮膚の柔らかい部分に吸い付き、軽く噛む。 銀河はくすぐったさに身をよじらせるが、竜牙の腕に腰を抱えられているため、逃げられない。

「もう、ダメだって……」
思わず笑みがこぼれ、せめてもの抵抗に伸ばした手はつかまえられて、指先に歯を立てられてしまった。
その刺激が銀河の中で再び熱を起こす。 もう片方の腕も伸ばして抱擁をねだると、竜牙はつかまえた手に口づけを落として、望みに応えてくれた。

竜牙の一回戦はあまりにもあっけない決着となった。
おまけにスタジアムの修理で二回戦まで日をまたぐことになり、試合前に高まった気分を静めきれずに戻ってきたところへ、銀河が誘いをかけてきた。
誘いに乗らない理由などなく、高揚していたこともあって珍しく銀河に対する竜牙の態度は優しかった。

「りゅう、が……」
竜牙の腕の中で眠りに落ちた銀河が、寝言で名前を呼んで力の抜けた笑みを見せた。
間の抜けたその様子に竜牙は呆れたが、銀河の体をさらに抱き寄せ、耳や首筋に唇を這わせた。

突然すべてを思い出す可能性はある。
竜牙はそれを聞いていたが、彼自身も予想しない状況でそれは起きた。

口づけをかわし、互いの肌を撫でながら感覚を高めあっていた時、ふと視線がかち合った。
次の瞬間には、銀河の目が驚きに見開かれた。 その目に竜牙への憎しみが宿り、名を呼ぶ声は憎悪と怒りに満ちて、絡めあった指に力がこもったことで竜牙はすべてを理解した。

「全部取り戻したと言うわけか?……今更」
絡めていた手を離し、すかさず銀河の首に手をかけて、竜牙は触れそうなほどに距離を寄せるとあざけった。 もうバトルブレーダーズ開催が間近というこの時に。 それでも出場が確定した後なのは銀河にとっては救いなのかもしれない、と皮肉でもなく思ったのは、あまりにも銀河の状況が哀れに見えたからだ。
「っ、竜牙……!」
「それもこんな状況でとはな」
思い出すにしても最悪な状況に銀河は言葉を失い、ただ睨むばかりで首にかけられた手から逃れようとする気配すら見せない。

「……さっさと行け。今この時だけは見逃してやる」
興ざめした竜牙は手を離し、その場を後にしようとしたが、背中から抱きつかれた。
とっさに振り払うと、銀河は自分自身でも行動に驚いた様子で目を見開いていたが、同時に涙を流していた。 ベイバトル以外でも銀河と時間を過ごすようになって、初めて見た表情だった。
どうしてか、くだらないと背を向けることができなかった。

「竜牙……」

銀河は泣きながら手を伸ばし、ためらうように指先を震わせ、そうして竜牙の腕をつかんだ。
今度はとっさに振り払えなかった。

手を伸ばしてきた銀河は竜牙にすがるようにして、このままつづけてとつぶやいた。
それが何を意味するのか理解しながら、それでも竜牙に手を伸ばしたのだ。
「……後戻りはできないぞ」
それは忠告や警告だったのかもしれないし、あるいは竜牙なりの気遣いであったのかもしれない。
竜牙自身にもわからないままそう告げると、銀河は顔を上げ、ゆっくりとうなずいた。

記憶を取り戻した銀河のなかで一体何があり、竜牙に手を伸ばさせたのかはわからないし、それが何かは竜牙にとってはどうでもいいことだった。 銀河がすべてを捨て、竜牙に委ねることを選んだのなら、それは竜牙にさえどうしようもできない。
忘れることを望み、竜牙のすべてを受け入れることを決めたからだろうか、翌朝になると思い出したことさえ覚えていなかった。

そして記憶が再び封じられたのか、その日を境に銀河が時々発作のように起こしていた混乱して失神するという状態はなくなっていた。

寝息を立てて眠る銀河の首筋に口づけ、軽く歯を立てる寸前、竜牙は嗤った。
「お前を連れて行ってやる」
――新たな世界に、エルドラゴの一部として。
最後にはすべてを飲みこんでただ一人、自分がいる未来しかない。 竜牙にすべてを委ね、捨てるということはそういうことなのだ。


スタジアムの修理が終わり、バトルブレーダーズは勝ち進んだ八名による二回戦を迎えていた。

大型モニタには一回戦終了時に決定していた、ケンタ対ベンケイ、キョウヤ対竜牙、翼対流太郎、水地対銀河の二回戦四試合の対戦組み合わせ表が映し出されていたが、突如シャッフルされ、組み合わせが変更されてしまった。 キョウヤの対戦相手が竜牙から水地零士に変わり、翼の相手が竜牙に、ケンタの相手は銀河、ベンケイは流太郎との対戦へ。
運営委員長である大道寺の独断だったが、竜牙としては誰と誰が戦って勝ち進もうとそもそも関係なかった。 むしろ、大鳥翼が相手なのは都合が良い。 喰いそこねた餌をようやく喰える時が来たのだから。

控室の一つにケンタ、まどか、キョウヤ、ベンケイが集まっていた。
氷魔は一回戦で水地零士に敗れ、そのダメージの為に休んでおり、ヒカルは同じく対竜牙で受けたダメージが深刻なため、医務室に運び込まれている。スタジアムの修理はこのヒカルと竜牙の試合での損壊が理由だった。 二回戦の組み合わせが変更されたことを、彼らは出番を待つ控室で知った。

「ぼくが銀河と!?」
ケンタはかたわらのサジタリオを手に取り、見つめた。思わずつばをのみ込む。
「頑張ってね、ケンタ!」
「銀河に勝ってやつの目を覚まさせてやれ!……あっ、キョウヤさん、いやそのこれは……!」
「フン。俺は今の銀河を倒すことには興味がねぇ。だからお前があいつに勝って、元に戻せ。俺が決着をつけたいのは本当のあいつだからな」
「キョウヤ……」
ぎゅっとサジタリオを握りしめた。

バトルブレーダーズというこの舞台で、とうとう銀河と戦う時が来た。
銀河は間違いなく強い。そしていまは恐ろしくもなっている。 自分の力がどこまで通用するかわからないし、負ける可能性が高いことはわかっていた。 でも最後まであきらめなければ、ブレーダーの心(たましい)が強ければ、活路はきっと開けるはずだ。
「きっと銀河を元に戻して見せる!たとえそれで負けたとしても……」
ベイバトルで勝ち負けだけがすべてではない時があるとするならば、きっとこれがそうなるのだろう。
ケンタはキョウヤに向き直る。
「だからキョウヤ、銀河のこと」
「ふざけるな。ブレーダーが始まる前から負けることを考えてどうする。勝つつもりで行け!」
「でも」
「でもじゃねぇ。銀河に勝て。そしてあいつを連れ戻して来い」
「キョウヤ……」
「キョウヤさん!」
「やめろ!」
ベンケイは感動した様子でキョウヤに抱きつこうとして阻止されていた。
それを眺めてケンタとまどかは笑い、そうしてケンタは決意を固め、顔を上げた。 ここまで来たのだ。やれるだけのことはやってみせる。

二回戦第一試合はベンケイ対深海流太郎だ。
ベンケイのダークブルはサーマルパイシーズの必殺転技の前に、得意のアッパー攻撃はほとんどいなされ、スタジアムの外へと弾き飛ばされた。 たぶんに、以前見た時よりも流太郎の気迫がすさまじく、圧倒するものがあったことも理由だろう。 最後に勝負を決めるのはブレーダー自身であることが、皮肉にもベンケイの敗北で証明されてしまった。

第二試合はキョウヤ対水地だ。 水地零士は一回戦で氷魔と戦い、彼を精神的に追い詰め、さらにはクレイアリエスも破壊したダークネビュラの謎多きブレーダーで、竜牙以外の暗黒転技の使い手でもあった。 バトルブレーダーズ開催直前、自らの正体をキョウヤたちに明かした大鳥翼でさえ、彼のことを知らなかったという。 彼はたった一度のバトルで、恐ろしいほどの存在感を見せつけていた。
「キョウヤさん!頑張ってください!!」
「頑張れー!キョウヤー!」
多くの歓声に後押しされるように、キョウヤはベイスタジアムに立った。

「盾神キョウヤ。お前はあのアリエス使いよりはボクを楽しませてくれそうだ……」
「ハッ、テメェみたいなのを楽しませる義理なんざあいにくと俺にはないんでな。ここで終わりにしてやる!」
「その威勢がどこまで持つかなぁ……!」
互いにベイを構える。ブレーダーDJが掛け声をかけた。
『それではいくぞ!レディ……3!』
「2!」
「1!ゴー、シュート!!」

「……盾神キョウヤ君。どうやら私は君を少しばかり侮っていたようです。それにしても、もう少しやってくれると思っていたんですがねぇ」
大道寺は、ベイスタジアムを前に膝をついて動かなくなった水地零士を蔑みの目線で見おろし、ため息をついた。 ダークネビュラの本当のNo.2の実力を持つ、純正培養のブレーダー水地零士。
彼ならば盾神キョウヤを倒し、竜牙と銀河のために良いお膳立てをしてくれると思っていたのだが。

「まあいいでしょう。準決勝では期待していますよ、深海流太郎君」
背後を肩越しに振り向いて、大道寺はフッと笑う。 視線の先で深海流太郎は、決意と恐怖が入り混じった悲愴な表情を浮かべていた。


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