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奥底の星を見つめたら-6-

バトルブレーダーズがついに開催された。
参加資格である五万ベイポイントを手にその地に集まったのは、十六名のブレーダーたち。
観客席を埋め尽くす観衆の歓声がひびくなか、湯宮ケンタは辺りを見回し、怪訝な顔をした。

開会式に銀河の姿がない。
竜牙がこのような場に出ないのはわかるが、しかし他のダークネビュラのブレーダーもいるのに、銀河もいないのは不可解だ。
「銀河の姿がないね」
「ええ。でもそれほど不思議な話ではありません。竜牙や銀河だけでなく、どうやらもう一人いないようです」
「いち、に、さん……あ、本当だ。三人足りない」
「理由があっていまここに出ないだけで、おそらく銀河はいるはずです」

画面越しではあっても見えたベイバトルをする姿だけは、自分たちが知っている銀河だった。
だからこそケンタたちは、バトルを通じて熱い真剣な思いを銀河にぶつければきっと元に戻せると信じているのだ。
決意を新たにしたところで開会式のその場で、一回戦の対戦表が発表された。

『それでは一回戦の対戦を発表するぞッ!』

ブレーダーDJが示した大型モニタに映し出された一回戦の対戦表。
それによって開会式に出ていなかった三人も明らかになった。 竜牙は言わずもがなだが、もう一人は初めて見る顔だ。そして三人目は……

「銀河……!」
「やはりいましたか」
「じゃがこの組み合わせは」
一回戦第一試合は、ベンケイ対デスカプリこと大池トビオ。
第二試合は湯宮ケンタ対渡蟹哲也、第三試合は早乙女輝対深海流太郎、第四試合は鋼銀河対天童遊。
続く第五試合は盾神キョウヤ対熊手熊介、第六試合は大鳥翼対双道レイキ、第七試合は氷魔対水地零士、第八試合は波佐間ヒカル対竜牙となっていた。

「私の相手は竜牙か……」
ヒカルが緊張した面持ちでつぶやく。
強い相手とバトルすることは自身の成長へとつながるという考えは、母から託された思いと共に銀河と出会って楽しむ心を知って以降も変わることはない。 竜牙は間違いなく強敵だが、しかし彼女には世界一のブレーダーになると言う目標がある。
ここで竜牙を相手に勝利することは、頂点への間違いない一歩になるはずだ。

「しかし、銀河がダークネビュラにいるのなら彼との試合は身内同士、ということになるんでしょうか」
氷魔がふと視線を転じた先にいたのは天童遊だった。 その視線に気づいたのか、遊は手を振りながらケンタに向かってニコリと笑う。
「ケンチー、いよいよだね!」
「遊……ねえ、銀河は」
「銀河?さあ、最近見てないけど」
「見てないってどういうこと?」
「知らなーい。ポイント集め終わった後、急に見かけなくなっちゃった。どっかにはいるんじゃない?」

運営委員長である大道寺の開会式の挨拶を経て、ブレーダーの頂点を決する戦いは始まった。

『それでは記念すべきバトルブレーダーズの一回戦第一試合、開始だッ!!』
ブレーダーDJの熱い開始宣言に観客たちは一層湧き上がり、スタジアムは大歓声に包まれた。

第一試合のベンケイ、第二試合のケンタは危なげなく一回戦を突破した。
この時点で、ケンタの二回戦の相手はベンケイとなった。 互いに健闘をたたえつつも勝利は譲らないと、共に闘志を燃やす。
第三試合の早乙女輝と深海流太郎は、流太郎が勝利し、いよいよ第四試合が始まろうとしていた。

『一回戦第四試合を戦う二人の選手の紹介だ!まずはサバイバルバトル優勝者にして、バトルブレーダーズ開催の立役者でもある天童遊選手!対するは、もはや説明は不要のこの人!ペガシス使いの熱きブレーダー、鋼銀河選手!!』
観客の歓声の中、両者がベイスタジアムへと進み、向かい合う。

銀河と視線が合った遊は、眉根を寄せた。
なぜだろう。久しぶりに見た銀河は前までと何かが違うと遊は直感的に思った。
だがこれからバトルだ。気にしている暇はないと気持ちを切り替え、ランチャーにベイをセットし、構えた。
銀河もランチャーを構える。
『それではいくぞッ!レディー……3!』
「2!」
「1!ゴー、シュート!!」

「銀河……」
『リ、リブラ、スタジアムアウト。勝者は、鋼銀河選手……!』
会場内を満たしたのは、歓声ではなく戸惑う観客たちのざわめきだった。
テレビ、ネットなどで観戦している視聴者たちも、仲間同士で戸惑う表情を見交わせた。
鋼銀河のベイバトルを一度でも見ているのなら、こんな戦い方などするはずがないと誰もがわかっていた。 だからこそ姿かたちは銀河なのに、試合が始まった時と比べると明らかに雰囲気が変化していることに気づかない者などいなかった。
ブレーダーDJの声がいくらか戸惑ったように響いているのも、それを明らかにしていた。

どうして、美しく空を駆けるはずの天馬が、相手を徹底的になぶるような真似をするのか。
しかも、自分の身を顧みないような無茶な動きまでして。 まどかは観客席でモバイルを手にペガシスの動きを観察しながら、なんど銀河に呼びかけたか知らない。 これ以上はペガシスが壊れてしまう、と。

銀河たちと知り合った経緯だって、ペガシスのメンテナンスを申し出たことがきっかけだった。 銀河がペガシスをどれだけ大事にしていたか。 それを知っているまどかには、今の銀河がどうしてそんな無茶な戦い方をするのか理解が出来なかった。

ケンタもヒカルも氷魔も何度も銀河に呼びかけたが反応はなかった。
大型モニタに時折映し出される銀河の表情は鋭く、そして厳しかった。

銀河は勝利した。けれどその表情には笑みさえ浮かんでいない。
対峙し、敗北した遊は負けた悔しさよりも、銀河の異変に困惑して怯えてもいた。 目の前にいる銀河は、自分が知っている鋼銀河とは明らかに違う。
リブラが強く弾き飛ばされて足元に落ちた時、解放されて安堵すらしていた程度には、バトル終盤の銀河は人が違っていた。 一度は確かに追い詰めたと思っていたのに、勝利すら確信した次の瞬間には、リブラが痛めつけられるような一方的なバトルに変わっていたのだ。

周りの戸惑いなどまったく意に介さず背を向け、戻っていく銀河の姿にケンタは思わず席を立っていた。
「銀河!銀河……」
ケンタは走りながら辺りを捜したが、銀河の姿は見当たらない。足がもつれ、盛大に転んだ。
「ケンタ!」
駆け寄ったまどかは痛ましげな表情でケンタの肩にそっと手を添えた。
「どうして、銀河……どうして!」
ケンタの大きな目から涙があふれる。

あんなのはケンタの知っている銀河ではない。
ケンタが知る銀河は、優しくて仲間想いで、そして何よりもベイブレードを愛するブレーダーだ。
父から譲り受けたペガシスを相棒に、見てる側も熱く燃えるようなバトルをする。

それは何よりも本人がベイバトルを楽しみ、そして相手にまっすぐ向き合い、勝つことを目指すからだ。
なのに遊とバトルしていた時の銀河は、そのどれもを持っていなかった。
ケンタが慕い憧れ、そして戦うことを願うブレーダー、鋼銀河はあの場所のどこにもいなかった。

「銀河……!!」

「天童君は負けましたか。まあ仕方ありません。勝負というのはどう転ぶかわからない。だからこそ面白いのですが」
スタジアムのロイヤルボックスから観戦していた大道寺は、オレンジジュースが注がれたグラスを持ち上げ、口元へ運ぶ。
「さて、彼らはどこまでやってくれますかねぇ」


次の試合に備え、キョウヤは控室で銀河の試合を見ていた。
「キョウヤさん……!」
「黙ってろ」
「でも!」

言いつのろうとするベンケイを振り切るように、キョウヤは椅子から立ち上がる。
手につかんだベイ、ロックレオーネをじっと見つめ、そして握り締めた。
「銀河……!」

盾神キョウヤにとって鋼銀河は、ベイブレードにおいて唯一、自分が倒すべき相手という認識だ。
銀河のほかにも強いブレーダーはいくらでもいる。 その最たる例が最凶の左回転ベイ、エルドラゴの使い手、竜牙だろう。 竜牙は間違いなく強敵だが、キョウヤにとってあくまでも倒したい相手は銀河であって、強く意識した存在は他にはいない。 バトルブレーダーズに出場し、その舞台で銀河に勝つこと。
それがキョウヤのただ一つの目的であり、なすべきことで、見据えた道の先だった。

そしていま、キョウヤはバトルブレーダーズという大舞台にいる。
銀河と戦うためにはまず何よりも勝ち進まなくてはならない。 ダークネビュラのブレーダーだろうと竜牙だろうと、キョウヤにとっては通過点でしかない。
すべては決勝に進んで銀河と戦い、そして勝つ。ただそれだけを見据えてきた。

ベガスシティのチャレンジマッチに出場したあの日。
銀河に変化があったことを、ベンケイに言われるまで気づかなかった。
「キョウヤさん、銀河が……」

自身で確かめようとした矢先、銀河は決勝を棄権した。
怒りに任せてその試合を制し、バトルブレーダーズ出場権獲得一番乗りを果たしたと言うのに、喜びも何もなかった。 それもこれも銀河と戦えなかったからだ。 だからベンケイの言ったことが事実なのか確かめねばならなかった。それなのに……。

キョウヤは立ちはだかる大鳥翼と牽制しあっていたが、天童遊と共に遠ざかる銀河の背中にチッと吐き捨てたところで翼がアクイラを手元に戻した。
「なんのつもりだ!」
「これ以上は無意味だ。それに足止めは充分果たした」
「あ、銀河!」
ケンタが一瞬気を取られた隙をつき、ジェミオスがサジタリオを弾き飛ばす。
「サジタリオ!」
ジェミオスはそのままレイキの手へと戻った。翼が背を向け、ダンとレイキがそのあとに続く。
「待ちやがれ!」

「盾神キョウヤ。お前は銀河に近づくな。あいつはもう、お前の知っている鋼銀河じゃない」
言い残して翼たちが立ち去る。キョウヤはとっさのことに足を止めてしまっていた。
言われた瞬間に沸き上がった感情が怒りだったのか別の何かなのか曖昧なまま、翼たちが行ってしまうのを止められなかった。

バトルブレーダーズ開催まで一か月を切ろうとした頃、たまたま見ていたあるチャレンジマッチの中継で、銀河の姿を見つけた。 出場を決めた日以来、キョウヤはずっと特訓を積み重ねながら合間に銀河の行方を捜していたが、トアルシティ以降はわからないままだった。

そんな中、銀河はタッグバトル形式のチャレンジマッチに出てきたが、隣にはあろうことか竜牙の姿があった。 ベイスタジアムという場所で、銀河が敵と定めた竜牙と向かい合うならまだしも、共に並ぶ姿など決してあってはならない光景なのに、それは現実としてそこに存在した。
見た瞬間、脳裏をよぎったのは翼に言われた言葉だ。

「――あいつはもう、お前の知っている鋼銀河じゃない」

銀河が自分の意思で竜牙の隣にいることを選んだとでもいうのだろうか。
キョウヤ自身の目が見ている。銀河が竜牙を憎んでいることを、竜牙を敵と定めていることも。
なのに記憶を失ったからというただそれだけで、盾神キョウヤの知る鋼銀河は消え、代わりに鋼銀河の姿をした何かが生まれたのだ。
怒り以外に、どんな感情を覚えたらいいのかわからなかった。

『さあ続く第五試合はロックレオーネの盾神キョウヤ選手!対するはロックオルソの熊手熊介選手!ともにディフェンスタイプの対決に注目だ!』

「頑張ってください、キョウヤさん!」
ベンケイの応援の声を背中に受け、キョウヤはベイスタジアムへと進み、前を見据える。
先ほど見た、まるでかつての自分を思い出すような銀河のベイバトルにキョウヤは思わず怒りに駆られた。

ウルフキャニオンで生き残るために得た牙は、だがキョウヤの本質を歪めてしまっていた。 それを正し、レオーネの声に気づかせてくれたのが他ならぬ銀河だ。
だとしたら、自分が出来ることは一つだけ。 決勝で銀河と戦い、ただ勝つこと。
ブレーダーの心だとか、ベイを楽しむだとか、そんな理屈よりもただ、全身全霊で銀河とぶつかればいい。
そうすればおのずと結果は後からついてくる。

だからこそ。
「――こんなところでもたつくわけにはいかねぇんだよ!」

掛け声と共にスタジアムへと撃ちだされたベイは、ブレーダーの感情を映したかのように、獲物に向かって牙を剥いた。


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