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奥底の星を見つめたら-4-

「竜牙、おかえり!」
竜牙が修行から戻ると、その帰りを待っていたらしい銀河に出迎えられた。
銀河がダークネビュラに、そして竜牙のそばにいる光景はわずかの間に半ば当たり前のようになっていて、こうして平然と竜牙の行動範囲内に居場所を作ってしまっている。

サバイバルバトルの表彰式以来の再会は、ビル内の一室だった。
会わせたい相手がいる、といつかの時のように大道寺に案内された先には銀河の姿があり、さすがの竜牙と言えど一瞬あっけにとられ、次いで不可解な思いにとらわれた。

それもそうだろう。なにしろ銀河は竜牙を見るなり、ひどく嬉しそうな笑みを浮かべたのだから。

竜牙が怪訝と不可解を混ぜ合わせた表情を浮かべたまま傍らを見やると、鋼銀河は記憶喪失であると大道寺は答えた。
偶然にも銀河がケガを負った所に居合わせ、それを保護したのだと大道寺は説明したが、それが真実ではないことは竜牙でなくともすぐに察しが付く。 銀河との因縁を考えれば、大道寺がそんな行動を起こす必要性を感じないからだ。

「ですがどうやら打ち所が悪かったらしく、自分の名前以外の記憶はさっぱりなようでして」
「大道寺のおっさんから聞いたんだ。なんか、ここの人がおれを助けてくれたんだって」
「おっさんは余計ですよ、銀河君。私はまだそこまでの年齢じゃありませんので」
「えーでもおにいさんって感じはしないしなー」
「ぜひともおにいさん、と」
銀河と大道寺が朗らかにくだらないやりとりをかわす光景など、まさか見るとは思わなかったと言うのが竜牙の正直な本音だったし、そして別に見たいものでもなかった。

銀河は、竜牙とエルドラゴの圧倒的な強さに惹かれ、自分がいかにそれに魅せられたのかを力説していた。
さらにはそんな竜牙とベイバトルがしたいとねだって来たが、まだ傷の具合が良好ではないという理由で大道寺から部屋で休むよう言われて、不満そうにしながらも素直に従っていた。

次は絶対に自分とバトルしてほしいと言い残して部屋を出ていった銀河の気配が遠くなったところで、それまで口を開かずにいた竜牙は大道寺を見据えた。

「大道寺。貴様、銀河のことで俺に何か隠しているな。一体奴に何をした?」
銀河を部屋に戻らせた大道寺の様子に不自然なものを感じた竜牙がそう問えば、大道寺は目に見えて動揺した。 竜牙のまとう雰囲気が明らかに危険なものになっていることに、気づかずにいられなかったこともあるだろう。 もちろん銀河を保護したのには目的があってのことだと、大道寺は言い訳をした。

「竜牙様、鋼銀河がブレーダーとして強力であることは確かです。人材として我々の手元に置いておいた方が何かと役に立つかと……ただ、記憶に関しては本人に説明したことがすべてではありません」
大道寺は自身の開発した装置について説明をした。

ブレーダーの育成においては、独学による癖などは時に能力の向上を妨げることがある。
それらの経験や記憶をあえて消し、必要なデータを潜在意識に刷り込み基礎から矯正することで純度の高いブレーダーを育成してく。 そのためのシステムと装置を開発したが、それを今回は銀河に対して応用の形で使用した。

ケガの影響で一部の記憶を失っていたのを、装置によって銀河は自身の名前とブレーダーであることだけ残して、ダークネビュラや竜牙との因縁などを含めてすべての記憶を封じてある状態だという。 人材としてここに置く以上、エルドラゴを巡る因縁は枷になることを懸念しての処置だった。

そして記憶の上では初対面であるはずの竜牙に対して親しげなのは、今の銀河の潜在意識に竜牙のデータだけが存在するためであるのだそうだ。

「言い訳はそれだけか」
そう言って竜牙はエルドラゴを手にした。
竜牙が欲しいのは、バトルブレーダーズで勝ち上がり、成長した銀河とペガシスの力なのだ。 なのに大道寺は銀河を手元に置くことでそれをほぼ無意味にしてしまった。
竜牙が不快になるのは当然と言うべきだろうに、大道寺はそれを理解していなかったことになる。 そうだとすればとんだ役立たずであり、竜牙にとっては不要な存在だ。

「お待ちください竜牙様。決してそう言うわけでは……!ブレーダーとしての力は残っていますし、バトルブレーダーズへの出場を目的としているのも変わっていません。単純に立ち位置が少し変わるだけの些細なものでして。最後に竜牙様が圧倒的な力を持って鋼銀河を倒してしまわれれば何も変わらないかと」
道筋はどうあれ結果は変わらない、竜牙の目的を大きく阻害するつもりはない、と大道寺は念を押す。

「……いいだろう。ひとまずは様子を見てやる」
大道寺は決して自分の不利益になることはしない男だ。
竜牙の怒りを買うだろうことは想定の上で起こした行動なら、それなりの結果もいずれついてくるだろう。 そして大道寺の言い分そのものは竜牙にも理解できないものではなかった。

バトルブレーダーズが終わった時には自分以外はすべて倒れ、立っているものなどいないのはわかりきった未来だ。
ただ人材として役に立たせたいためだけが理由かどうか、動揺して見せる大道寺からすべてを読み取れないのが竜牙にとって不快だったし、おそらく説明されたことがすべてではないだろうとも感じていた。

竜牙としてはその不快さをもって大道寺を処理しても構わなかったが、その場はあえてそこで収めた。
処理するのはその結果を見た後でも充分のはずだと自身に言い聞かせながら。

だがそれはそれとして、竜牙は釘を刺した。
「忘れるなよ。もし銀河が無力化するようなことがあれば」
「もちろん、わかっております」


「……竜牙?」
至近距離に、銀河の不思議そうな顔があった。竜牙は指先で銀河の鼻先をはじくと背を向けた。

「いって!もう、竜牙!」
「さわがしい」
「だって全然おれの話聞いてないだろ」
チャレンジマッチに出て決勝まで行ったのに調子が悪くなったからという理由で大道寺が棄権させたことを、銀河は憤慨していた。 だが竜牙にしてみればあまりにもバカバカしく、真剣に耳を傾けるような話ではない。

「貴様が貧弱なだけだ」
「そりゃ竜牙みたいに強くはないけどさ」
そう言って拗ねた様子で唇を尖らせる。それを一瞥し、竜牙は息を吐くと、銀河のあごをわしづかみにした。
「言いたいことがあるならはっきり言え」
「……バトりたい」

ペガシスとエルドラゴは共にアタックタイプのベイのなかでもハイレベルであり、ぶつかる一発一発は大きい。
純粋なベイ同士のぶつかりあいであっても、その相手が銀河ともなればさすがの竜牙も一瞬で終わらせると言うわけにはいかなくなる。 サバイバルバトルの表彰式での衝突もそうだったが、銀河は確実に強くなっていた。

「行けっ、ペガシス!」
「エルドラゴ!」
何度目かのエルドラゴとペガシスの衝突。
二つのベイは勢いよく互いを弾き飛ばし、どちらもスタジアムの縁ぎりぎりで踏みとどまる。 再び互いへと向かって加速した二機は連続的にぶつかりながらスタジアムを大きく回っていく。
室内のベイスタジアムのため、純粋にベイ同士のぶつかり合いだけで戦ってみたい、というのが銀河の希望だった。

エルドラゴの三枚の爪状ウイングがペガシスに連打攻撃を加えるたびに金属同士が当たる音が鋭く響く。
「そのまま弾き飛ばせ、エルドラゴ!」
「押し負けるな、ペガシス!」
銀河の声に応えるようにペガシスはエルドラゴの執拗な連打を受けながらも飛ばされまいと踏ん張っている。 だが連打の中の一発がペガシスを大きく弾いて遠ざけた。
「耐えろ!」
声に応えるように天馬の脚は踏みとどまり、まだ余力を残しているのか再び走り出す。

「いいぞ、ペガシス!」

愛機を鼓舞する銀河の声は弾み、表情も生き生きとしている。
それを目に留めて竜牙はフッと口元に笑みを刻み、次いで自分の内にふと言い知れぬ感覚を見出して目を眇めた。

――俺は今、銀河とのバトルを楽しいと感じていたのか?

銀河とバトルの回数を重ねるたび、竜牙の心の奥底でベイバトルが楽しいという感覚が湧き上がるようになっていた。
衝突し、衝撃を感じるたびに心(たましい)が熱く燃えあがり、精神が高揚する。 次に相手がどう出てくるのかを読み合う心理戦。 ただ圧倒的な力で相手を下した時とはまた別の、今まで感じたことのない感覚。

不思議なことに、自身のうちに見出したそれは竜牙にとって決して不快ものではなかった。

「……引き分けか」
舌打ちして、竜牙はエルドラゴを手に取る。
結果は両者とも最後にはスタジアムの真ん中で停止したが、ほぼ同時のタイミングだった。
「だけどやっぱ竜牙は強いぜ!」
ペガシスを手に取りながら、銀河は笑顔で竜牙の強さをたたえる。
「それにすっげー楽しかった。なあ竜牙、またバトルしてくれよ!」
「……」
「竜牙?」
どうかしたのか、と不思議そうにのぞき込んでくる銀河に視線を合わせてやり、竜牙は銀河の頬をわしづかみにすると自分へと引き寄せ、唇を重ねた。 さらには銀河の腰を抱き寄せ、手首をつかむ。
銀河は一瞬驚いた様子で目を丸くしたが、すぐに目を閉じた。

最初のきっかけは、偶然二人の距離が近づいたことだった。
どうしてか絡み合った視線を外せなくなり、そしてじっと竜牙を見つめる銀河の目にささやかな期待がよぎったことに気づいたとき、竜牙もまたささやかだが己の内に変化を見出して、銀河の頬に手を伸ばしていた。

指の背でそっと撫でる仕草は彼にしては丁寧で、銀河はそれに驚いて目を瞬いて、次いで何かを期待するように竜牙をじっと見つめてきた。
その眼差しと、彼を呼ぶ銀河の声に混じるいつもと違う色が、竜牙を突き動かした。

気がつけば、頬に触れていた手で銀河の顎をすくうように持ち上げて口づけていた。 その時はほんの一瞬触れるだけですぐ離れた。
以来、あれは単なる気まぐれでしかない、と己に言い聞かせながら不用意に銀河と距離を縮めないようにしていた。

やわらかく食むように角度を変えながら唇を重ね合っていると、ふと目を開けた銀河と視線が絡み合った。 銀河の目に、あの時と同じ色が宿る。
「竜牙……」

物欲しそうな、甘えの混じった銀河の声が竜牙の腹の奥底をうずかせた。
あの時のように気まぐれを起こしてしまったのは、バトル後の余韻と、無邪気に接してくる銀河に調子が狂わされているだけだ。 竜牙は心の内でそうつぶやきながらも、前よりは手を伸ばすことにためらいがなかった。


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