次の対戦発表がいまや遅しと待たれる中、突如主催者側の強い要望という態で、六名によるバトルロイヤル形式での決戦になることがブレーダーDJから伝えられる。
多くの夢の対決を一気に実現する、という名目だった。
「相変わらず大道寺のおじさんは気まぐれだなぁ」
「ただの気まぐれだと思うか?」
「なわけないでしょ。ま、どうでもいいけどね。どうせ優勝するのは僕なんだから」
「……銀河?」
それを控室のモニタで見ていた天童遊と大鳥翼は、裏で動いたであろう大道寺の思惑について話していたが、ふと先ほどから静かなもう一人を振り向いた。
「……なんでもない。悪い、ちょっと外の空気吸ってくる」
力なく首を振って、銀河は立ち上がり、控室の扉へと近づく。
顔色の悪さに翼は気付いて銀河の背に一緒に行こうかと声をかけるが、すぐ戻るからと一人で大丈夫だと言い残して控室を出ていった。
「ねーどう思う、さっきの銀河のこと」
銀河の足音が遠ざかる中、ふと遊は翼に尋ねる。
さっきの、とは双道兄弟と対戦していたケンタの窮地に、銀河が無意識のうちに叱咤する声をかけていたことだ。
「大道寺から言われていただろう。どんなショックで戻るともわからない、と」
二人は大道寺から、銀河がケガを負い、その影響で記憶喪失であることを聞いていた。
これを機にダークネビュラの目的遂行の邪魔になる存在を少しでも減らしておきたいという理由から、手元に置くことにしたのだということも。
元々大道寺は鋼銀河のブレーダーとしての強さは認めている。
そんな銀河を手元に置いておけるのならばそれに越したことはないのだとその時は説明していた。
銀河の実力は認めるところであったので、人材確保が任務の二人から見ても理由に不審な点はなく、大道寺の行動の理由は納得した。
だが、別の目的もあるのではないかと翼は考えていたし、銀河のケガさえ単なる事故ではないだろうとも思っていた。
「それは知ってるってば。じゃあなんで銀河をこれに参加させたんだろ?」
記憶というものはデリケートで、特に銀河の場合は中途半端な戻り方をしたときに別の影響が出る可能性があると大道寺は言っていた。
にもかかわらず、どういうわけか大道寺は銀河をこのベガスシティで行われるチャレンジマッチに翼と遊、そして双道ダン、レイキと共に参加させている。
今回の規模と獲得ポイント数を考えれば、銀河の仲間たちが集まる可能性が高い。
中途半端に記憶を取り戻してしまう危惧をしているのなら、下手に元の仲間たちと接触させてしまうような愚は犯さないはずだ。
特に盾神キョウヤには近づくなと再三に渡って銀河に言い含めているのはほかならぬ大道寺なのである。
「さあな。何を考えているのか」
「翼はどう思うのさ、銀河の記憶がもし戻ったら」
「戻ろうと戻るまいと、俺には関係ない」
「ふーん」
翼にとっては銀河の状況がどう変わろうと関係ない。
彼には彼の目的があり、そこに銀河の状況など大して影響しないからだ。
ただそれでもブレーダーとしての銀河の実力を考えると、本気でバトルする相手ではなくなってしまった今は、少し物足りないとも思わないではないが。
特に、一回戦でパイシーズの必殺転技を破ったペガシスのさらなる成長の可能性を見た後とあっては。
一回戦のあとから続く刺すような頭痛に、銀河は吐き気を覚えた。
第一試合で対戦した深海流太郎のベイ、サーマルパイシーズの必殺転技の影響が尾を引いているのだろうか。
ただ負けたくない一心で銀河は戦い、ペガシスに何をどうさせるつもりだったかは、終わった後に翼に指摘されるまで自分自身が理解していなかった。
だがもしも自在に真空状態を作り出すことが可能になれば、パイシーズのような特性を持つベイ相手にも後れを取ることはない。
新たな必殺転技として使えるようになれば、ペガシスはもっと強く、もっと高く飛べるのではないだろうか。
けれどそれを考えようとすると頭の痛みに邪魔をされる。
痛みの所為かは知らないが、先ほどは無意識とは言え、ケンタというブレーダーを叱咤するように声まで掛けてしまった。
「湯宮ケンタにベンケイ……痛ッ」
脳裏にその顔を描けば鋭い痛みが走る。
あのケンタとベンケイという二人は、記憶を失う前の自分が知っていた者たちで、特にケンタという少年は、自分の親しい友達であったらしい。
だが今の銀河の記憶には存在しないのでわからないし、何一つ覚えていない相手だ。そしてあの出会いは、どうしてかわからないのだがはっきり言って嫌悪感すらあった。
彼らはかつての銀河を知っている。だが今の銀河は彼らを知らない。
その間には大きな壁がある。そしてそれを超えたいかと言われれば、今の銀河は否と答えるだろう。
二週間前、目を覚ました銀河は自身の名前と、ブレーダーであることを除いてすべての記憶を失っていた。 自身と周りの状況もわからず戸惑う銀河に事情を話してくれたのは、眼鏡を掛けたスーツ姿の男、大道寺だった。
かなりの胡散臭さを感じたが、発見当時に負っていたと言うケガの治療も含めて銀河の保護をしてくれたのは彼とその組織のダークネビュラであり、今は少なからず恩義を感じている。
大道寺は言った。「あなたのブレーダーとしての実力を高く評価している」と。
だがなぜ自分がブレーダーであるのかという記憶さえ残っていない銀河には、大道寺がそう評する自分の実力には懐疑的だったが、傷の回復後にダークネビュラの精鋭部隊とバトルをして、ほとんど無意識にベイブレードを操っていた。 そして気が付けば、彼らのベイはことごとくスタジアムアウトしていた。
「鋼銀河君。我々ダークネビュラはあなたを常々スカウトしたいと思っていたのですよ。ですが組織に属するのを嫌がっていましてね、再三のお誘いも袖にされてきました。このようにつけ込むようなことは言いたくないのですが、私はぜひともあなたにも協力してほしいのです。その代わりに我々の情報網や技術力を使ってあなたの記憶が戻るよう手伝いましょう」
「……いいぜ。でもまあ別に記憶はどっちでもいいや。おれは竜牙のそばにいたいだけだし」
竜牙に会った時、体中に衝撃が走ったのを鮮明に覚えている。
彼と、彼の繰り出すベイ、ライトニングエルドラゴ。存在感も、桁違いの強さも、すべてが銀河の中に衝撃としか残らず、胸が高鳴った。
彼のそばに居たいというただ純粋な思いだけが、銀河を満たしていた。
「なんだって言うんだ、この痛みは……」
痛みに銀河は顔をゆがめ、壁を拳で叩く。
とうとう立っていられなくなり、膝から崩れ落ちてうずくまったところへ、駆け寄る足音が聞こえた。
「銀河!」
痛みに苛まれながら銀河が視線を向けると、湯宮ケンタがこちらへと駆け寄ってくるのが見えた。
一緒にベンケイ、たしか氷魔や波佐間ヒカルという名のブレーダーの姿もある。
そして銀河にとって名前の知らない少女がそばにひざをついて顔を覗き込んできた。
「顔色が真っ青じゃない。医務室に行かなきゃ」
「やめろ!」
「きゃあ!」
腕に触れた少女の手を振り払い、銀河はよろめきながらも立ち上がり、ケンタたちから距離を取ろうとする。
こんなことなら、翼に一緒に来てもらえばよかったかもしれないと悔やみつつ立ち去ろうとしたが、痛みが足を留めてしまう。
「銀河、何するんですか!」
突き飛ばされたまどかを支えながら氷魔は幼馴染を叱るが、しかし今の銀河のなかには幼馴染の記憶さえないのだ。
苦痛にゆがめる表情の中に見え隠れする蔑むような色は、氷魔のこれまでの記憶の銀河には存在しないものだった。
「うるさい、おれに構うな……」
「待て銀河!」
ベンケイが銀河の腕を掴んで強引に歩き出した。
頭の痛みに大した抵抗もできないまま銀河は引きずられていく。
「離せよ!おれはお前たちのことなんて」
「いいから黙っとれ!たとえお前が俺たちを忘れていようが関係ない!俺はただ苦しんでいる奴を見捨ててはおけんだけじゃい!」
「なんで……」
「仲間じゃからな」
「……仲間?」
つぶやけばひと際鋭い痛みが走り、一瞬何かが脳裏をよぎった気がしたが、それを確かめる間もないまま銀河は医務室に連れてこられた。
中に入るなり銀河は意識を失いかけてベッドに横たえられてしまったので、医療スタッフの質問にもまともに答えられない。
ふとベガスドーム内に決勝進出者六名を呼び出すアナウンスが響き渡った。
「いかなきゃ……ッう」
ハッと目を開け、苦痛に耐えながら体を起こすが、しかし一層ひどくなった痛みに体が傾き、ひどい吐き気に襲われる。
スタッフの声も遠くなり、視界に映る景色がぼやけ、やがて黒く染まっていくのを他人事のように感じていた。
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