「ただいまー」
「あ、おかえりなさいお嬢!」
「おかえり、お嬢!」
ゲートを抜け、本丸の門をくぐると玄関先を掃いてくれていたらしいかわいらしい短刀の子たち、秋田藤四郎と乱藤四郎の二振りが駆け寄ってくる。
その姿は大変微笑ましい、というか心が和む。だがその、お嬢という呼び方はやっぱりどうなのか、と思いながらただいま、と返す。
「掃除おつかれさま、秋田君、乱ちゃん」
「おう、お嬢。いま帰りか」
「おかえり、姐さん!」
ただいま、と言いながら玄関を上がると、同田貫と愛染君が声をかけてくる。
お嬢もいかがなものかと思うが、愛染君の「あねさん」呼びに至ってはもう、なんていうかほんとうにそれっぽいから勘弁してほしい……。
「ただいま帰りました」
「おお、おかえり」
屋敷の奥の執務室を訪ねると、今日の近侍である三日月宗近がこちらを振り向いてほほ笑んだ。
彼が顕現して一か月ほど経つが、このまぶしい美しさにいまだ慣れそうにない。というかこれに慣れるのなんて一生ありえないのでは、とさえ思ってしまう。
「ただいま、三日月さん。お父さんは?」
「主ならいま奥方から連絡があってな」
「お母さん?どうしたんだろう……引っ越し作業が進んでないのかな」
「定期連絡だそうだ。それよりお嬢、ばいと?とやらはどうだった」
「相変わらずだよー。あと三日月さん、やっぱりそのお嬢ってのは、ちょっと……」
「だが主の娘であるそなたを呼ぶに、あまり言いづらいのもどうかと思うしなぁ。お嬢というのは実に呼びやすいぞ」
私はこの本丸の主ではなく、私の父が審神者としてここで主を務めている。
そして私は近いうちに自分の本丸を持つことが決まっていて、いまは父の本丸に見習いという形で住み込みで勉強をしている。
刀剣男士たちから、主のお嬢さん、娘ということで「お嬢」と呼ばれていた。
呼び方のきっかけはとある一振りの男士なのだが、彼が任侠映画を観た影響なのは明らかだった。
彼らに悪意がないのはわかっている。あくまで私の気持ちの問題だ。
ただ父は体格は大きくて立派な髭の顔は厳つい、というより威圧感を与える怖さがあるので、娘の私から見ても堅気には見えない。
そのためこの本丸は他から見て、その筋の人が審神者を務めていると思われている節がある。
というか実際、演練場などに同行した際、明らかに私たちは周りから遠巻きにされていた。
なので私が男士たちから「お嬢」だとか「姐さん」だなんて呼ばれているのを聞かれた日には……。お察しである。
「そういえば明日は演練場に行くと主が言っていた。楽しみだな、お嬢」
三日月さんはこの本丸にやってきて初めて演練場に行く。
……などと聞くとなにやら特別な場所のように聞こえるが、なんということはない、ただ他の本丸と試合をするための場所だ。
演練場は基本、メンテナンスの時間以外はいつでも開いている。
そこで他の本丸の男士と自分の男士たちを訓練の為に、実戦形式で手合わせをするだけのところだが、普段審神者同士で交流のないこともあって、多くの人でにぎわうためか、最近は大きな演練場などは予約制になっていた。
「そのうち、お嬢の本丸と演練場で手合せする、ということもありそうだ」
俺はその時までにもっと強くなっておかないといけないな、と三日月さんがほほ笑んだ。
「頼もしいなぁ。でもその時はお手柔らかにね」
「ははは、お嬢。俺たち刀剣男士にお手柔らかに、というのは少し無理な相談だなぁ。俺たちは戦うために顕現しているのだから」
穏やかに、美しい姿かたちをしながらもやはりそこは彼らは『武器』なのだ、と感じる瞬間だった。
「よう、おかえりお嬢。運命の相手は見つかったか?」
あの後戻ってきた父に挨拶をして執務室を後にし、自室に戻ろうと廊下を歩いていると、一振りの男士が声をかけてきた。
太刀の刀剣男士、鶴丸国永。私はもっぱら鶴丸さんと呼んでいる。
この本丸で最初の太刀で古参ということもあって、刀剣男士たちを取り仕切ることが多い。
そして彼こそが、皆が私をお嬢や姐さん呼びする元凶である。彼が呼び始めたことですっかり定着してしまったと言っても過言ではない。
「ただいま、鶴丸さん。そんな簡単に見つかるわけないでしょ」
「だが前回お嬢が運命の相手だ、って言って目を輝かせていたのは一か月前に会った政府の役人だったし、さらに前の月はバイト先の客だった。もうそろそろ新しい運命が見つかっても良い頃じゃないか?」
「あのね、そんな簡単に運命は見つからないものなの。私が玉砕するのが楽しみな鶴丸さんの期待に添えなくて悪いけど!」
「人聞きの悪いことを言うなよ。誰もきみが不幸になるのを見たいわけじゃない。ただきみは惚れっぽいからなぁ。けど惚れた相手は大概事情持ち、というより相手がいる。いい加減、フリーに目を向けたらどうだ?」
「フリーって?」
「俺のおすすめ物件は伽羅坊だな」
「絶対嫌」
「なんでだ?」
「だって伽羅だけは絶対私を女として見てない!」
「見てほしいなら、風呂上りに酒をかっくらうのを止めたらいい」
背後から聞こえた声に勢いよく振り返る。当の伽羅こと大倶利伽羅がこちらを呆れたように見ていた。
どうにも初対面の時から私とこの男とは相性が悪いのか、些細なことで言い合いが多い。
その一方でこの男は非番の時によく私の部屋にやってきては寛いで過ごしていることが多い。
なれ合うつもりはない、とは一体何を指してのことだったのか、今となってはわからないままだ。
「通りの邪魔だ。くだらない話をしたいなら部屋にでも行けよ」
「お、伽羅坊妬いてるのか?」
鶴丸さんがからかうように言うと伽羅は盛大に舌打ちした。金色の目で射殺さんばかりに鶴丸さんを睨みつけている。
さすがの鶴丸さんも、そして睨まれていない私も降参を示すように慌てて両手を上げた。ってなんで私まで。
ため息をつきながら伽羅が私たちのそばを通り抜けようとして、ふと足を止めた。
「お嬢、明日の演練は早い。寝坊するなよ」
「わかってます!!」
竜の彫り物がある彼にお嬢と呼ばれると本当にその筋の人になったみたいに思えるから、マジで勘弁してほしい。
そして翌日。父たちに同行した演練場で、私は運命に出会った。
「見てよこれ、私の運命!」
そう言って鶴丸さんと伽羅の前に私は携帯電話の端末をまるで印籠のごとく掲げて見せた。
画面を見やって、鶴丸さんは怪訝そうに目を細め、首をひねり、もう一度目をこらすように見た。
どうした老眼か?という辛辣な言葉が隣にいた伽羅から飛ぶ。
「……ああいや、俺には伽羅坊にしか見えんのだが」
「奇遇だな。俺も……大倶利伽羅に見えるが」
「当然でしょ、大倶利伽羅なんだから」
老眼どころかボケてしまったなんて笑えない。私がため息をつくと、鶴丸さんは頭を抱えた。
「なあお嬢。俺は確かに言ったよ、伽羅坊がおすすめ物件だと。だからってよその本丸の伽羅坊ってのはどうなんだ!?」
珍しく鶴丸さんが声を荒げる。飄々としている彼がめったに見せない姿だ。
落ち着けどうどう、と伽羅が馬でもなだめるように声をかけているが、優しいのか馬鹿にしているのかわからない。
……いやどう見ても後者一択だ。
「というかよその本丸の伽羅坊が運命だって言うなら、うちの伽羅坊でもいいじゃないか……なんでダメなんだ……」
「逆に何で鶴丸さんはそこまで伽羅を私に推してくるの」
弱みでも握られているのと尋ねたが、バカかきみは、と心底呆れたように言われてしまった。
「きみらはなんだかんだいって仲が良いだろう。こないだ伽羅坊がきみの膝枕で寝ていたじゃないか」
「手近に枕無いからって勝手に寝転がられただけなんですけど!?」
「部屋に戻るの面倒くさかったしな」
「ほらこれだ。鶴丸さんはこんな男を私に推すの?もしかして本当は私のこと嫌いでいやがらせしたいだけじゃない!?」
「バカを言うなよ。俺は伽羅坊もお嬢も可愛がっているからこそだな……!」
そんなことをぎゃあぎゃあ言い合っていると足音が聞こえてきて部屋に入ってきたのは長谷部さんことへし切長谷部で、私たちを呆れたように見やって声を上げた。
「うるさいぞ大倶利伽羅、鶴丸国永。何を騒いでいるんだ。それとお嬢も、いったいなにを騒いでいるんです」
「長谷部さん!聞いてよ鶴丸さんが……」
「はいはいわかってますよ。でもお嬢も鶴丸の一人や二人軽くあしらえないでどうするんです。いずれ自分の本丸を持つのですからこれくらいで動揺しては俺たち刀剣男士の主は務まりませんよ」
泣きつく私を長谷部さんは呆れつつ軽くいなす。審神者の間じゃ忠臣だの主命厨だのと言われているらしいが、この長谷部さんは私に対する扱いがどうにもぞんざいだ。まあ私は直接の主じゃないから当然なんだろうけどなんだか寂しい。
私がいずれ顕現させるであろう『へし切長谷部』は、私をちゃんと主と認めてくれるだろうか。
あと鶴丸さんは一人で充分です。
「それで、騒ぎの理由は何です?」
端末を見せて、彼が私の運命だと言うと長谷部さんは画面を凝視して、そして首をかしげた。
「これは……どこの大倶利伽羅ですか?」
「よくぞ聞いてくれました!これ今日の演練場で見かけた大倶利伽羅なんだけどね……」
父に同行した演練場は多くの本丸から集まった刀剣男士とその主たる審神者でにぎわっていた。
物珍しそうにしている三日月さんにいろいろ説明していると、父の部隊の試合の番になった。頑張って、と声をかけて私は観客席へ。
相手本丸の部隊にいる男士は皆修行後らしく、立ちのぼる雰囲気は見ているだけで緊張する。
うちの皆は大丈夫だろうかと父たちのほうに視線をやり、もう一度相手のほうを見た時だった。
「……!!」
射抜くように相手を見据える直前のほんの一瞬の横顔。
その刹那の表情に、相手ではなく私の心臓が射抜かれたのだ。
試合開始の合図は、まるで祝福の鐘の音のように聞こえた。
「もー、その横顔がめちゃくちゃカッコ良くて!ねえ長谷部さん、これってやっぱり運命だよね!?見つけたんだよね!?」
私がきゃあきゃあはしゃぎながら長谷部さんに話を振る。けれど長谷部さんは何とも言いがたい表情をしていた。
「あの、お嬢。まさかと思いますが、大倶利伽羅の顔に惚れた、のですか?」
「おい長谷部、言い方変えろ」
鳥肌が立った、と伽羅が抗議をしているが、私はそれに構わず首を横に振った。
「違うよ。私はこの大倶利伽羅の一瞬の横顔に惚れたの。彼なのよ!」
「いやですからそれって……」
「伽羅坊だろ」
「違うの!」
「もうやめろ……やめてくれ……」
伽羅がいつになくショックを受けたようでうなだれていた。
「つまり、お前はその余所の本丸の大倶利伽羅に惚れた、ということか?」
父の問いに大きくうなずく。執務室横の応接間で、私は父と座卓を挟んで向かい合っていた。
「だがそれならばうちの大倶利伽羅ではダメなのか。あるいはお前がいずれ顕現させるだろう大倶利伽羅とか……」
「違うのよお父さん。私はこの彼に運命を感じているの。大倶利伽羅だからじゃない」
まったくどうして誰もわかってくれないのだろう。
彼が大倶利伽羅だから惚れて運命を感じているのではない。
運命として見つけた相手がよその本丸の大倶利伽羅だった。それだけのことなのだ。
あとうちの伽羅だけは無い。マジで、無い。
「いやしかしだな……」
厳つい顔でも困ったような表情を浮かべるとどこか親しみがわくが、それはさておき。
「この大倶利伽羅と会いたいの。彼がどこの本丸の男士か、調べてくださいお願いします!」
座卓に両手をついて頭をさげた。
「お嬢さまの言っていた例の大倶利伽羅のいる本丸ですが、演練場の記録から判明しました。所属はそう遠いところではないですよ」
「さっすがこんのすけ。あとで油揚げ買ってあげるね」
頼りになるのはやはり管狐だ。
こんのすけを抱きかかえて頬ずりすると、くすぐったいです、と手足を動かすが、それがまた可愛くてますます抱きしめたくなってしまう。
初めて見た時は目が怖いと思ったが、話してみると案外かわいいところもあったのでいまではすっかり大好きになっていた。
「オイオイマジか。お嬢、盗撮の挙句所在まで調べたのか……?」
そばで聞いていた御手杵君が、明らかに私をヤバいものでも見るかのような目で見てくる。
彼にドン引きされると地味に精神にくるものがあるな……。
「もう、御手杵君ってば私を犯罪者みたいに言わないで」
「実際盗撮は犯罪だろ」
「ゲエッ、伽羅!」
いつの間に背後にいたんだコイツ!
あと御手杵君は、お前ら相変わらず仲が良いな、とか鳥肌立つこと言わないでほしい。
「あんたが運命感じるのは勝手だが、よその俺にまで迷惑をかけるなよ」
「俺にまで、って何よ!ふだん迷惑かけられてるのはこっちでしょ」
「こんのすけもあまり甘やかすなよ」
「いや、つい……」
「ちょっと無視!?」
まあ確かに盗撮については申し訳なく思っている。
私の運命であるその大倶利伽羅のことを記憶にも、実際の形にも留めておきたくて、こっそり何枚も写真を撮ってしまった。
興奮していたので少しブレ気味だが、何枚かは綺麗に撮れていた。
特に、彼が自身の主である審神者から何かを話しかけられているときの横顔なんて、奇跡の一枚といっても過言ではない。
撮っていることを気づかれたのか、こちらを振り向いたのが最後の一枚だったが、けれど何も言われなかったので偶然かもしれない。
とはいえやっぱり盗撮は立派に犯罪です。ダメ、絶対。
「はっ、結婚を前提にした見合いの申込み!?正気かお嬢!」
「お嬢さん、すっかり玉砕キャラが板についちゃって……」
兼さんこと和泉守兼定が目を剥き、その助手で相棒である堀川君こと堀川国広は泣き真似しながらさらっと失礼なことを言ってくる。
「だって刀剣男士ならフリーの可能性あるんだから攻めなきゃ!運命を逃しちゃう。あと私は別に玉砕キャラじゃないから」
「だからってよぉ」
「とはいっても断られたんだけどね」
「展開早いな!最速で記録更新じゃねぇか!?」
「そうじゃなくて、急な申し出だったから戸惑ってるんだって」
確かにそう言われてしまうと焦りすぎたな、といまは反省している。
けれど逆を言えば時間を掛ければチャンスはまだある、ということではないだろうか。可能性は決してゼロではない。
「だからね、手紙を書いたの。これを彼に渡してもらうんだ」
まずは私のことを知ってもらいたい。
できれば会って直接渡したいけど、運命の相手を前にした私は暴走しやすくなるので今は手紙に思いを託すしかない。
「ほう、古式ゆかしくってか。お嬢にしちゃいい考えなんじゃねーか」
「良いとは思うけど、漢字の間違いとか大丈夫かなぁ」
なんで堀川君はちょいちょい失礼なこと言ってくるんだろう。私、何かした?
「お嬢さま、お手紙が」
「返事!?」
「いえ、お嬢さまの手紙が返ってきました」
こんのすけが器用にも頭に乗せて持って来たそれを掠めるように取ったが、確かに私がこんのすけに託した自分の手紙だった。
「相手方のこんのすけによると、確かに本人に渡そうとはしたそうですが、受け取るつもりはないと言われたらしく」
すみません、とこんのすけがうなだれる。うちのこんのすけのせいじゃないのに、なんていい子なんだろう。
まったく、後ろで肩震わせて笑いをこらえているらしいが失敗してる四振りも見習ってほしいほどだ。
しかし、前途多難だなこれは。
思わずため息をつき、そうして手近にあったクッションをまだ笑っている四振りに向かって投げつけた。
「いつまで笑ってんのよ!」
鶴丸さん、伽羅、貞くんはまあわかるけど光忠さんまでとかさすがにひどくない!?
だが転機は突然訪れた。一通目の手紙が戻されてから一週間ほどたった頃のことだ。
「……それでこんのすけ、もう一回言ってくれる?」
「ですから、相手方より、手紙を読んだので一度お会いしてみたい、と。お見合いということでよろしいのですかと確認したら、まずは一度顔合わせでも、と……!これもう五回目ですよお嬢さま……」
「聞き間違いじゃない!でかしたこんのすけ!」
ぜーはーと息を切らしているこんのすけの頭を拘束して高速ナデナデしてやりながらほおずりする。
傍から見たらこんのすけをいじめているようにしか見えないかもしれないが、私の最大級の愛情表現だ。
その証拠にこんのすけは抵抗なんてしていない。
「おい、気絶してるぞ」
伽羅の突っ込みなんて私には聞こえない。
その日、本丸緊急会議が開かれた。議題は『お嬢のお見合い(仮)について』
なぜカッコカリかというと、今回は結婚を検討するためのお見合いではなく、まずは一度会って話をしてみるだけの顔合わせ、ということになっている。
いわゆる、まずはお友だちから的なそれは、相手の審神者さんからの提案だった。
一応釣書と写真は渡してもらうようこんのすけに頼んだが、写真を見て突っ返されたらどうしようかと内心ビクビクしている。
「まずはお嬢の格好はどうにかしなきゃね。やっぱ女の子は可愛い格好してこそでしょ。第一印象って大事だよ」
ね、と父の初期刀である清光君こと加州清光が挙手をして意見を述べ、私に向かってウィンクをする。
そうね。正直ファッションとか難しくてよくわかってない。本丸ではもっぱらジャージだし。可愛いワンピースなんて小さい頃に着たきりだ。
けれど今回はそうもいかない。審神者は神職のような側面もあることからそう言った正装もあるのだが、私はまだ正式な審神者じゃない。
なので、いわゆる制服に頼れない状態なのだ。
「でもそれは清光が張り切るからいいとしてさ。問題はお嬢が暴走しないかどうかだと思うんだよね」
清光君の隣に座っていた安定君こと大和守安定が手を挙げながらそう言うと、参加者たちがそろってうなずいた。
確かに暴走する自覚はあるけど、全員が深刻そうにうなずくっていくらなんでもひどくない?
「それにしてもいったいどうなってんだ。一度は断られているし、手紙だって突っ返されたのによ」
兼さんが腕を組んで不思議そうに首をかしげる。私はフフン、と胸を張った。
「二回目の手紙に、相手の審神者さんへの手紙も一緒に出したの。それを読んでくれたみたい。私の熱い思いを感じ取ったんだって」
急なことで一度は断ったが、手紙を読んで、一度くらいは会ってみてもいいのではないかと思ってくれたそうだ。
その先のことは本人に任せます、と相手の審神者さんはこんのすけを通して伝えてきた。
つまりは彼に少しでも気に留めてもらえれば可能性は無限の広がりを持つ。
それを説明すると、兼さんは疑わしいとでも言いたげな表情を見せた。
「まさかとは思うが、手紙になにか仕込んではいないよな?」
「ダメだよ兼さん、そんなこと言っちゃ。お嬢さんだって女なんだから秘密の一つや二つや三つ……」
「ちょっとどういう意味よそれ!?」
そこから先、会議はロクに進展しなかった。
そしてとうとうやってきたお見合い、というより顔合わせ当日。
ここから真のお見合いに発展が可能かどうか、さらにはその先の未来もかかった大事な日だ。
鏡に自分を映して、よし、と気合を入れる。
自分で言うのもなんだけど、服は清光君に任せたおかげか今日の私は普段と違って可愛く仕上がったのではないだろうか。
「お嬢、支度できた?」
清光君がひょいと顔を覗かせる。そうして笑みを浮かべた。
「なかなか良いんじゃない?ま、お嬢は口開かなきゃ美人だしね」
「一言余計!」
怒る私を、清光君はまあまあと宥め、ほら主が待ってるよ、と踵を返す。
バッグを手に慌てて私も後を追った。
私と父と、父の護衛として清光君の三人でやってきたゲート前。
うちのこんのすけが何か操作をして、やがて開いた先には相手方のこんのすけが座っていた。
こんのすけ同士、よろしくお願いします、とあいさつを交わす姿はとんでもなく可愛い。あとで写真撮りたい。
「こちらです、どうぞ」
迎えに来た向こうのこんのすけと共にその本丸の領域に入り、少し歩いた先に見えた屋敷の門をくぐった。
普段別の本丸を訪れることなんてめったにないし、訪問目的を考えたら緊張してしまうが、逆にこれなら暴走せずに済むかもしれない。
視線の向こう、玄関先に立っていたのはこの本丸の主である審神者さんと、おそらくその初期刀である山姥切国広だった。
ようこそ、と審神者さんが頭をさげる。見た限りまだ若そうで、高校生くらいだろうか。
本日はよろしくお願いします、と父と清光君が頭をさげるのに続いて私も慌ててさげる。
こういう場合、刀剣男士にとっては主である審神者は保護者のような側面もあるから、悪い印象だけは避けたい。
あれ、そういう意味では私って結構失礼な手紙送っちゃったのではないだろうか。
今更心配になったが、もし失礼だと思われていたらそもそも今日は実現していないか、と思い直す。
どうぞ、と中に入る審神者さんに私たちも続いた。
廊下を歩きながら、父の本丸とはまた違った雰囲気につい辺りを見回してしまう。お嬢、と清光君が私をひじで軽く小突く。
「あんまりあちこち見るもんじゃないよ、失礼だろ」
「ご、ごめん……」
それにしてもなんだか静かだな。刀剣男士の数もだいぶ揃っていると聞いていたけれど、その割には物音もあまりしない。
あれ、もしかして父のところが騒がしすぎるだけ?
そんなことを思っていたら、おそらく客間と思われる部屋に通された。
床の間に飾られた可憐な花や水墨画の掛け軸、段違いの棚には綺麗なお皿や趣ありそうな茶碗などが置かれている。
父の本丸にある客間は畳ではなくフローリングで低いテーブルとソファのセットだから新鮮だ。
こういう落ち着いた雰囲気の部屋もいいな。いつか持つ本丸の客間はこういう風にしてみようか……。
審神者さんは私たちを席に案内すると山姥切国広を振り返り、大倶利伽羅を呼んできてと声をかけ、自身は、少し失礼します、と部屋を後にした。
「お嬢より年下っぽいのにしっかりしてそうだな」
などという清光君の失礼な発言は聞かないフリをして、大きく深呼吸をする。
――いよいよ私の運命の相手に会える時が来た。
刀を手にしつつも武具を外した状態の彼が部屋に入ってきた。
両隣に父と清光君、私は真ん中に座っていたが、彼は座卓を挟んだ真向かいに腰をおろし、軽く会釈すると背筋を伸ばす。
その隣、父と真向かいにここの審神者さんが、清光君の向かい側には山姥切国広が腰を下ろした。
彼が部屋に入ってきて私の目の前に座った。
ただそれだけなのに私の心臓はもうかなりのダメージを負っていた。
そしてその数分後。私は緊張という山の頂にいた。
やばい。あまりに緊張しすぎて何を話したらいいのかわからない。
正式なお見合いではないので六人でそれなりに会話をするものだと思っていたのに、彼の審神者さんが気を利かせてくれて私と彼の二人だけが部屋に残されてしまった。
これでは本当にお見合いと同じだ。
やばい。ただでさえ会議は途中でぐだぐだして、結局対策も何もできないままだったのに突然二人きりとか暴走しない自信がない!
何か話さなきゃ、彼に私のことを何も印象付けられない。
お見合いでよく訊くことを、私も尋ねていいのだろうか?
父にも清光君にも頼れない状態に半ばパニックだった私の口から出たのは、全然違う言葉だった。
「す、素敵な、庭、ですね……!」
なに言ってんだろ私。内心で情けなくなりながら、言った以上は庭を見るしかない、と視線を向ける。
けれど見て驚いた。鮮やかな紅葉に彩られた庭が視線の先にはあって、確かに「素敵な庭」だった。
池にかかる朱色の橋も色が映えて綺麗。父の本丸の庭は改造に改造を重ねて、初期の面影はすでになく、色々なものがあってきれいとは言いがたいので尚更だ。
ああ、こんなふうな庭にしたいな。こんなところを愛する人と一緒に歩いたりしたい。
ふと視線を感じて向き直ると、彼がこちらを、いや私を見つめていた。
頬が熱くなり、赤くなっていくのが感覚でわかる。
笑顔だ。こういうときは笑顔が大事、と何とか微笑んで見せた。
ただ自分でもわかるほどぎこちなくて、絶対いまこの顔を鏡に映したらひどいだろうなと心の中で落ち込んだ。
「ご、ごめんなさい。いざこうしてお会いすると、緊張してしまって……」
軽く咳払いして、私はようやくこの本丸の燭台切光忠が持ってきてくれたお茶を飲むことができた。
少し冷めてしまっていたが逆にありがたい。息を吐き出して、少し身を乗り出す。
いつまでも緊張していては何も始まらない。
「あの……!月並みな質問なんですが、ご趣味は?」
「……別に、なにも」
「そうですか……」
あ、あれ?なんだろう、すごい静かっていうかおとなしいっていうか……いやこれが本来の『大倶利伽羅』なの?
そうなると父のところの彼は、個体差どころかもはや亜種レベルの別物ではないだろうか。
うん、そうだよね。なれ合うつもりはないとか言いながらも案外ノリが良いのが本来の大倶利伽羅のわけがない。
とはいえ、せっかく勢いこんだのにくじかれてしまった。どうしようかと肩を落とし、膝の上でぎゅっと手を握った。
「あんたは……」
彼の声に顔を上げるとまっすぐな視線とぶつかった。
「俺は、あんたが知っている大倶利伽羅とさして違いはないはずだ。俺のことより、あんたのことを聞かせてくれ」
いやいや私の知っている大倶利伽羅はなんか全然違うんで、できればあなたのことを知りたいんですけど!
そうは思いながらも、私のことを知りたいと言ってくれる方が嬉しいのは確かで。
胸がきゅんとなるのを感じて自然と表情がほころんだ。
「……はい!」
ああ、今度こそこの人が私の運命に違いない。
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