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記録にも残さない自分だけの記憶2

よくわからない形のアート作品を本丸のみんなへのお土産話になるかもしれないと撮影してはこれは何だろうと不思議そうに首をかしげる主をベンチに座って見ながら、大倶利伽羅は奥底に沈めていた思いがゆっくりと浮き上がってくるのを感じていた。

主が呪いから回復して以来、彼はずっとある決意を秘めながらもそれを表に出せないでいた。
手を伸ばして主を自分だけのものにしたいという気持ちは募っていくばかりなのに実際には立ち止まったままで、どう行動するべきなのか、正しい答えがわからない。
手探りでいた頃とは明らかに変わった。それなのに一歩を踏み出せずにいる。
日々認識している自分の想いと実際の主との距離の乖離が大きいために、はかりかねているのだ。

回復を祝った夜、主に朝まで一緒にいてほしいと請われて一夜を過ごした。
その時は確かに関係は進んだように思えたが、あれ以来同じように過ごすことはないし、二人の間であの夜のことが話題にのぼったことも当然ない。
あれは単にお互い衝動に押された結果でしかなかったのだと思えば納得は出来たし、だからこそいまは衝動的な結果ではない確かなものがほしかった。

「あのー……」
声にうつむけていた顔を上げると、二人の女が立っていた。
いきなりなんだと不審に思って大倶利伽羅が眉をひそめると、女たちは、一人ですかと声をかけてくる。
「お兄さん一人なら、よかったら私たちと一緒に遊びません?」
そう言って女二人は愛想よく笑った。

確か前にもこんなことがあったなと彼は思わず怪訝な顔になった。
去年の花火大会で主とはぐれてしまい、捜しているときにやはりこんなふうに二人組の女から声をかけられたことがあった。
そんな暇はないと素気無くしたのだが、浴衣の袖をつかんできて驚くほどしつこかったので、一年も経つというのにいまだに嫌な記憶として残ってしまっている。
帰宅後、主とのデートはどうだったのかと聞いてきた燭台切光忠に、はぐれてしまったことや捜している途中でしつこく声をかけられて不愉快な思いをしたと愚痴をこぼしたとき、それがいわゆる「逆ナンパ」と呼ばれるものだと教えられた。

『浴衣姿のいい男が一人でいたら、そりゃあ声かけてくるよ』
主を捜して視線を巡らせていたのなら、もしかしたらナンパ待ちと思われていたのかもしれない、とも。
大倶利伽羅は自分が他から見た時に到底声をかけやすい部類とは思っていないのでその言い草には不本意だと顔をしかめたが、燭台切には笑い飛ばされていた。
『それだったらもっと普段から怖い顔でもしていないと。伽羅ちゃんは一見すると近寄りがたいけど、よく見ればそうじゃないってわかるからね。押せば行けると思われちゃったんじゃない?』
それがすなわち自分の隙なのかと内心でショックを受け、口に出してはくだらないと吐き捨てるしかなかった。

明らかに面白がっていた燭台切光忠の言葉を思い出して、大倶利伽羅はため息をついた。
「一人じゃない。連れがいる」
「友達?じゃあその人もぜひ一緒に」
女の言葉をさえぎるように彼の名を呼ぶ声が聞こえ、横合いから主の手が伸びてきて大倶利伽羅の腕をつかんだ。その表情はどこか緊張していまにも泣き出しそうにも見える。
女たちが怪訝そうな顔で主を見た。
「え、誰?」
「俺の連れだ。悪いが他をあたれ」
大倶利伽羅は素っ気なく言いながら立ち上がると主の手をつかんで歩き出す。
いきなり現れた闖入者へ文句を言っている女たちの声など彼にとっては周囲の雑音と同じだ。

主の手を引きながら歩く大倶利伽羅の口元にほとんど無意識に小さい笑みが浮かぶ。
名を呼んで彼の腕をつかんだときの主の表情とその目に宿る感情が、彼に高揚感をもたらしていた。

そうして近くにある建物の柱の陰へと主を連れこんで抱きしめた。
腕の中で主は戸惑いの声をあげたものの抵抗するわけでもなく、やがて彼の背中に手が回ってしっかりと抱きしめ返す感触があった。

しばらく抱きしめていると、小さな声でごめんなさいと主が謝った。
大倶利伽羅は体を離して、何の謝罪だと尋ねながら主の髪を指先で梳く。

主は気まずそうな表情で視線をさまよわせて、いきおいで声をかけてしまったけれどあの女の人たちとの話を邪魔してしまったのではないかと申し訳なさそうにするので、大倶利伽羅はいくらか呆れた気分を滲ませてため息をついた。
「あんたには俺があの女たちと楽しそうに話しているように見えたのか?」
尋ねる声がいくらか尖ったが、なかば意識的なものだった。 自分から誘ったデートで恋人を放って別の人間と楽しそうに話をしていると思われるなど、心外も甚だしい。
そんな彼の憤りが混じった声に主は肩を跳ねさせる。
問い詰めたいわけでも泣かせたいわけでもないので、大倶利伽羅はそっと息を吐くと、主の頬に手を添えて首をかしげた。

「なあ。あんたは……俺が声をかけられているのを、嫌だと思ってくれたのか?」
主の行動の理由をその口から聞きたい。そんな欲求が彼にそんな問いをさせていた。

主はうろたえていたが、やがて唇を噛んでうなずくと大倶利伽羅の腕の中に飛びこんで、あなたを取られてしまいそうで嫌だと思ったと声を震わせた。大倶利伽羅は自分の大事な恋人で刀なのに、と。
奥底に沈めていた思いがわきあがりそうになるのを抑え、彼は努めて静かな声で返す。
「余計な心配をする必要はない。俺があんた以外のものになるわけがないだろう」
主の体に腕を回して彼が断言すると、うん、と涙でにじんだ声がした。


通りに面した建物の一つに入って屋内展示の作品を眺めたりしながら距離のある公園を通り抜けたころには、二人とも休憩がほしくなる程度の疲労を感じていた。
目的の和スイーツの店に入ると、時間としてはちょうどお茶にしようと多くの人が考えそうな頃ということもあって席はだいぶ埋まっていたものの待たずに席に着くことが出来た。
主は抹茶のタルトとほうじ茶ラテを、大倶利伽羅は煎茶とわらび餅を頼んだ。

「お待たせいたしました。抹茶のタルトとほうじ茶ラテのセット、煎茶とわらび餅でございます」
二人が頼んだものが一緒に運ばれてきた。
主が写真を撮ってもいいかと尋ねると、店員は味だけでなく見た目も自慢なのでぜひと笑顔で答えた。
主は嬉しそうに抹茶タルトをきれいに撮ろうと端末を構え、縦や横に傾けたりしている。

大倶利伽羅も端末を脇に置いたショルダーバッグから取り出してカメラを起動した。
当初はバッグを持つつもりはなかったのだが、燭台切光忠からあるアドバイスをもらって聞き入れていた。
そしてこんのすけから端末の操作方法を一通り教えられた時、これで撮った写真はあとでアルバムにすることもできると言っていたので主との時間を形にしておけると考えたのと、なにより帰った後に太鼓鐘貞宗たちに話を聞かせろとうるさく言われそうなので、代わりに写真を見せてやればいいだろうと思ってのことだった。

撮ったものを確認すると、自分が頼んだ分と主の分、そして主の顔は写らないが手元あたりまでがちょうど収まっている。
端末をバッグにしまう時、カラフルな柄の袋が見えた。それにそっと触れて大倶利伽羅は何事もなかったかのように煎茶に手を伸ばした。

おいしい、と抹茶タルトを一口食べて主は嬉しそうにほほ笑んだ。
評判がいいと期待した分だけ期待値は上がるものだが、どうやらタルトはやすやすと超えたらしかった。

「そういえば、あれ以来タルトは作らないのか」
ある程度食べ進めたところで大倶利伽羅が主にそう尋ねると、主は首をかしげながら最初があれだったから悩んでしまってと苦笑する。
「ならそれは作れるのか?」
それ、と抹茶タルトを指さす。
主はもう一口食べて、こんなにおいしいのは無理だと思うとしながらも、抹茶タルト自体は作れないことはないと答え、ただこれに使われているのはチョコだけど大丈夫かと気づかわしげに尋ねてくる。
チョコと聞いて大倶利伽羅が苦い表情をしたのを見て主は笑い、大倶利伽羅が無理せずに食べられそうなタルトを作れないか調べてみると言った。

「……別にあれだって食べられなかったわけじゃないが」
反論しながらも彼は分の悪さを自覚した。
主が本命チョコだと言って作ってくれたチョコタルトを結局全部を食べきることが出来なかったことがいまでも心の隅で引っかかっているのだ。
いくら来年は別のものを頼んでいるとはいえ、それとこれは別だ。

無理してほしいわけじゃないのにと主は唇を尖らせるので、これ以上言っても堂々巡りになるだけかと大倶利伽羅は息を吐き、ならそれを楽しみにしていると返した。

店を出た二人は、駅の方へと向かった。その駅は来た時に降りたのとは別の駅だが、乗り換えをすれば本丸の最寄り駅に着くことは出来る。
なによりこの駅ビルにはフロアの半分を占めるほどの大きな本屋が入っていて、デートのプランを話し合ったときに大倶利伽羅が寄りたいと希望を出した場所だった。

小説本が並ぶ棚で、作家名の書かれた仕切りを目で辿る。
ちょうど目的の本が一冊だけあり、大倶利伽羅は手を伸ばした。裏表紙のあらすじと冒頭の数行を読んで買うことを決めて、レシピ本のところにいるであろうはずの主を捜すことにした。

しかし料理やお菓子のレシピ本が並ぶ棚に主の姿はなく、どこに行ったのかと広い店内を捜していると、入り口の方の本が平積みされた場所にその姿を見つけた。
文芸棚が比較的奥の方にあったために、見つけ出すまでに時間がかかってしまった。
主がいたのは、映画化された原作本を特集したコーナーで、そこにはちょうど今日観た映画の原作小説も新しい装丁で並んでいた。

「その本なら俺が持っている」
声をかければ主は振り向いて、大倶利伽羅の手元にある本を見ると、言ってた本があったみたいでよかったとほほ笑んだ。

本丸の敷地内に入り、屋敷の門前が近づいてくると、何人かの刀剣男士が立っているのが見えた。
帰ってきたことに気づいた加州清光が大きく手を振って、おかえりと声をかけた。
「あるじさま、おかえりなさい!きょうはたのしかったですか?」
今剣が駆け寄って主に抱きつく。ただいまと返しながら、とっても楽しかったと笑顔で答える主に、今剣は嬉しそうに笑って、そうして主の後ろに立つ大倶利伽羅をひょいと覗いた。
「大倶利伽羅さん、鶴丸さんたちがかなりきにしてましたよ。ちゃんとあるじさまをたのしませてやっているかどうか、って。でもあるじさまのかおをみれば、きゆうだったってちゃんとわかりますね!」
「……だといいがな」
大倶利伽羅はそう言ってため息をついた。

夕食が終わる頃になって、主である審神者と大倶利伽羅がそれぞれ撮った写真をアルバムとしてまとめたのをこんのすけが持ってやってきた。 帰ってきたあと太鼓鐘貞宗からデートのことをいろいろ尋ねられたのだが、大倶利伽羅は面倒がって写真が出来るのを待ってろとだけ言って話そうとはしなかった。

「しかし、主はともかく伽羅は写真なんて撮れたのか?」
「……撮っても撮らなくてもどうせお前はうるさいだろうと思ってな」
一応何枚かは撮ったと大倶利伽羅はため息をつく。
「なんだよその言い方は」
「まあまあ貞ちゃん。ほら、これ主が写ってるから伽羅ちゃんが撮ったやつだね」
燭台切光忠が指さしたのは、端末を手にこちらを振り向いた一瞬の主をとらえた一枚だ。
「なんだこのよくわからない物体は」
鶴丸国永が指さしたのは、いろんな色で塗られた曲がりくねった木が絡み合ったアート作品を撮った一枚だ。よく見ればその作品の向こうに主が立っているので足が写っているのだが、一見すると気づきにくい。
いくつかそんな感じで主の一部と周りの風景を切り取った写真がつづく。
「あえてこう撮ってるのかマジで伽羅が写真下手くそなのか、まるで区別がつかねぇぜ」
愕然とした様子で太鼓鐘が口にする。
「好きに言ってろ」
くだらないと大倶利伽羅はため息をつき、本棚から一冊の本と今日持って行ったバッグから袋を取り出すとそれを手に何も言わずに部屋を後にした。
手ぶらではなくバッグを持って行くよう言ったことが役立ったようでよかったと燭台切はそれを見送ってほほ笑み、再びアルバムに意識を戻す。

「けどこうして見てると、主の立ち位置的にたぶん伽羅坊には顔が見えてるんじゃないか?これなんかほら、絶妙にあの子の顔が隠されてるように俺には見えるが」
鶴丸が示した一枚は、触ることのできる作品を手にしている主の口元から下を、その作品がおさまるような角度で撮られたものだ。
確かに鶴丸のいう通り、撮った本人である大倶利伽羅の目には主の顔が見えていてもおかしくはない。

鶴丸の指摘に燭台切と太鼓鐘は顔を見合わせ、そうしてその場にはしばらく沈黙が漂っていたが、それを太鼓鐘貞宗の心配そうな声が破った。
「……大丈夫かな、伽羅のやつ。主への気持ち、屈折してたりしねぇよな?」
思いのほか心配そうな声に鶴丸と燭台切は思わず吹き出しかけて慌てて咳払いでおさめた。
「大丈夫。伽羅ちゃんはちゃんと主を大事にしてるよ」
「そうだぜ貞坊。この写真だって伽羅坊の独占欲の表れだと思えばかわいいものさ」
形に残ることを許容は出来ても、その時見せていたであろう表情は自分だけが知っていればいい。
そんな大倶利伽羅の感情が写真からうかがえるようで、鶴丸国永も燭台切光忠も微笑ましささえ感じ取っていた。

デートで一緒に過ごしていたとしても、夜に時間を過ごすことを途切れさせたくはなかった。
大倶利伽羅は今日観た映画の原作本を手に主の部屋を訪ね、一緒に持ってきた袋と共に差し出した。
主は本と共に受け取りながら目を瞬く。その袋が、今日寄った猫のキャラクターグッズの店のものだと気づいたからだろう。
袋を開けた主が中身の猫の柄が入った布の髪飾りとボールペンを見て、嬉しそうに頬を染めた。

あの店を出た後、主が化粧室に行ってくると言って離れた時があった。
大倶利伽羅はその間に店に戻ると、店内を見て回りながら目をつけていたのを密かに買っていたのだ。
「あんたが見て回っているときに見つけて、似合いそうだと思った」
主はいつも髪を一つにまとめているが飾り気のない黒のヘアゴムで、だが今日はデートということもあって乱藤四郎がはりきったらしく髪をゆるく巻いて、乱が選んでくれたという薄い布の髪飾りをつけていた。
それもあって、ボールペンと共に普段でも身につけやすそうなものであればきっと使ってくれるだろうと考えて選んだものだった。

「俺たちで決めた予定だったから、記念になればと思ったんだが……」
思ってはいてもいざ口に出すといささか気恥ずかしさが勝り、大倶利伽羅は手の甲を頬を当てて視線をそらす。
その様子に主はほほ笑んで、大事にするとそっと胸に贈り物を抱きしめた。


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