息を呑んで、ウソ、と思わず声に出していた。
何度も何度も確認するように目線で文面を追い、そうして深く息を吐きだすと両手でグッと拳を握りしめて喜びをかみしめた。
「おや、主さま。なにやらご機嫌ですね」
管狐のこんのすけは自身を呼び出した主である審神者の様子に首をかしげる。
主はとっても嬉しいことがあったのだと笑顔で、そうしてこんのすけに外出許可を取りたいのだと言った。
「はい。ではいつにしましょう」
申請書を取り出しながら、この様子から察するにもしやデートの予定が出来たのだろうかと、自然こんのすけの尻尾もつられるように揺れていた。
申請書に名前を記入していた主がふと、何かに気づいて尋ねてきた。
いつから同行者の欄が記入必須になったのか、と。
おや、とこんのすけは思った。こんなことを聞いてくるということはこの外出はどうやらデートではないらしいと妙に残念な気持ちを抱きつつ説明をした。
「元々、審神者のみなさまが現世に行かれる際には原則として刀剣男士を最低一振り同行させていただきたかったのですが、用事によってはそれも憚られる場合はお一人でも許可を出してきました。ですが、主さまも被害に遭った例の呪いの件以降かなり厳しくなったんです」
そう、と眉を下げる主にこんのすけは、みなさまの安全のためなのでこればかりは譲れませんときっぱり言い切る。
「刀剣男士を同行させるのが気が進まないというのなら、目的地や出発や帰宅時間、随行役か送迎役どちらかの派遣に同意するなら一人でも……まあ正確には随行役がいると一人とは言えませんが、そういう方法もありますがどうされます?」
こんのすけが説明すると、主である審神者は案の定渋い顔をした。
小さい頃はひとり気ままに遊んでいる子どもだったといつだったか言っていたうえに人見知りの気があるから、刀剣男士でもない見知らぬ相手が一緒にいるという状況は気が進まないのだろう。
「それなら送迎役の派遣はどうです?あ、でもその場合定期的に連絡を入れる必要が……」
わかった、と主はため息をつき、刀剣男士を連れて行くことにすると渋々うなずく。
こんのすけはきっと同行者の欄に名前が書かれるだろう刀剣男士を思い浮かべ、この調子ならどうやらデートになりそうだと嬉しく思った。
大倶利伽羅が夜になっていつものように主の元を訪ねると、長椅子に腰掛けて端末に視線を落としていた。
集中しているようで彼が来たことには気づいていない。
気配を消して近づき、隣に座ったことで生まれた振動でようやく気づいたが、驚きのあまり端末を取り落としそうになったので大倶利伽羅はそれを寸前で掬い上げた。
その拍子に画面に表示されていたものが視界に飛び込んできた。
映画のポスター画像だった。それも、主が好きだと言っている俳優が出ている新しい作品のだ。
無意識のうちに大倶利伽羅は眉を寄せていたが、何も言わずに端末を主の手に戻して息を吐きだした。
そうして、何を飲むか聞いてくる主の手をつかんで、二人だけで出かけたいと告げた。
二人だけで、と主はつぶやいて戸惑いを見せたが、それはデートってことでいいのと尋ねてくる声色にはかすかな期待がにじんでいた。
そのことに安堵しながら大倶利伽羅はうなずいたが、どこに出かけたいという具体的な希望まではなかった。
現世に詳しいわけでもないのでどこに連れて行けばいいのかも、主が何を楽しいと思うかもわからないのだ。なのでもし誘いにうなずいてくれたのなら、この時間を使って話し合って決めたいと思っていた。
二人にとってデートと言えたのは、去年と今年の二回、現世の花火大会に行ったときと今年の初詣くらいだ。
ただこれらは自分たちで決めたものではなく、鶴丸国永に乗せられる形でしかなかった。
先日も二人で出かけたが、これは主の恒例となっているお盆の墓参りで、大倶利伽羅にとっては護衛役として同行しただけであって用事の内容から言ってもデートと呼ぶのは憚られる。
だがいざ自分たちでどう過ごすかと考えようとすると何も浮かばないことに気づき、二人はお互いを困惑の表情で見る。デートと言えばなんだろうと主が首をかしげ、そうして調べるために端末を操作しようとして、あ、と声をあげた。
「どうした?」
主はためらいながらも先ほど表示していた映画のポスター画像を大倶利伽羅に見せ、実はこの映画の鑑賞券が当たったのだと言った。
そして、嫌じゃなければこの映画を一緒に観に行きたい、と。
その映画は大倶利伽羅も知っていた。
とはいっても自分から調べたのではなく、太鼓鐘貞宗がそういえばと話題として出してきたからだ。
たぶんにその映画の主演の一人が主が好きだと言っている俳優だということや、その時ちょうど大倶利伽羅が読んでいた本がその原作だったことが理由だろう。
思うところが無いと言えばうそになるが、主の提案をはねつけるつもりはなかったので大倶利伽羅はうなずいた。
デートのメインを映画と決めてしまうと不思議と他に行ってみたい場所や行動も決まっていった。
外出許可も無事に取れ、当日を迎えた。
支度を整えて忘れ物が無いかを確認して玄関に向かうと、大倶利伽羅はすでに待っていて、こんのすけと話をしていた。
彼の手には端末がある。連絡手段として用意してほしいとこんのすけに頼んでいた物で、操作の説明を受けていたようだ。
おまたせ、と声をかけると彼が振り向いた。
こんのすけに先導され、二人は現世への道を歩く。
主と手をつないで進みながら大倶利伽羅は、先ほどから妙に視線を感じると不審に思って横を──つまりは主のほうを見たが、視線が合ったと思う間もなくいきおいよくそらされた。
だがそれが嫌悪からくるものではないことは赤くなった顔を見ればわかる。単にじっと見ていたことがバレて気まずいのだろう。
「……なんだ。言いたいことがあるなら言ってくれ」
主は恥ずかしそうに大倶利伽羅の方を向いて、その眼鏡、と指さす。
眼鏡、と一瞬意味をはかりかね、ああそうだったと空いている手で顔にかけているそれを外した。
支度のとき、着る予定の服のそばに黒縁の眼鏡が入ったケースが置いてあった。
用意した太鼓鐘貞宗いわく、きっと主が驚くはずだから掛けていけ、と。
驚きなどと、鶴丸国永でもあるまいにそんな理由でわざわざ掛ける必要はないと一旦は突き返したが、結局押しきられることになってしまった。
問答していると時間がなくなるため仕方なくだが、いまさらにあそこまで押しが強かった理由がわからずげんなりする。
「きっとあんたが驚くはずだとわけのわからないことを言われて無理矢理……」
ため息をついて文句を言いかけた大倶利伽羅は、主がじっと手元を見つめていることに気づく。
向ける眼差しに宿るそれは、主が好きなものを愛おしそうに見つめるときのものと似ていた。
「これが好きなのか?」
大倶利伽羅がそっと眼鏡を差し出しながら尋ねると主は慌てて、眼鏡がというより普段掛けない人が掛けている状況が好きなのだと恥ずかしそうに答えた。
「……そう、なのか」
主がそんな嗜好を持っていたとは知らなかったし正直よくわからないと思いながらも、嬉しそうにしているのならそれでもいいかと大倶利伽羅は眼鏡を掛け直す。
そして、玄関で振り向いたときに主が息を呑んだ気配がしたのはこれの所為だったのかといまさらに納得が出来た。
電車に揺られ、降りた駅から目的の映画館の入っているその商業施設はすぐ目の前に建っているため迷うことはなかった。
建物に入り、映画館のある階へと向かう。さまざまな店が並ぶこういった建物を訪れるのは、本丸から行くことのできる大型の商業施設に買い物に行くという主に同行して以来だと思いながら大倶利伽羅が周囲を見回すと、服は現世に合わせて変えてはいるが刀剣男士らしい姿を何振りか見た。
ならば彼らのそばにいるのはそれぞれの主である審神者だろう。
後の出陣の予定を考えるといまのうちに出かけようと考えるのはどこの本丸も同じようだ。
外出許可が出たすぐ後に映画館のサイトでチケットを購入していたおかげで発券はスムーズに済み、入場まで時間があるので二人はグッズ売り場に向かった。
目的はもちろん、これから観る映画のパンフレットだ。
色々な映画のグッズが並ぶ中、目的のパンフレットはまだ残っていた。
ポスターも買うか迷ったがやめてパンフレットだけを買ってトートバッグにしまうと、入り口近くの棚の前で待っている大倶利伽羅に買い物が終わったと声をかける。
彼はそこに並ぶチラシを眺めていた。横に並んで眺めると、可愛らしい子猫が大きく載っているチラシを見つけて思わず手が伸びていた。どうやら再来月公開の作品らしい。
ロビーのソファに座って二人で子猫のチラシの作品について話していると、友人同士だろうか楽しそうに壁に貼られたポスターを背に自撮りをしている女性たちの姿が視界に入ってきた。
その光景であることを思い出した審神者は端末を取り出すと、チケットを持つ大倶利伽羅の手元を撮影した。
出かける前、着いたらいろんな写真を撮ってきてと乱藤四郎や加州清光などから頼まれていたのだ。
売店の看板やポスターが並ぶ壁なども写真に収めていく。
写りがボケていないか確かめていると、なあと呼ばれて振り向いたと同時にシャッター音が聞こえた。
端末を手にしている大倶利伽羅の姿に慌てながら、撮ったのと訊けば、さっきあんたも俺を撮っただろと返される。
あれは手だけだったのにと抗議をしたものの、そろそろ入場が始まるぞと手を引かれてうやむやになってしまった。
場内の照明が次第に明るくなるにつれ、座席のあちこちから鼻を啜る音が聞こえてくる。
大倶利伽羅が横を見れば、主もまたハンカチで目元を拭っていた。
上映の途中で主の横顔を見た時、スクリーンの光に反射して涙が頬を伝うのが見えていた。
今日観た映画は一言で言ってしまえば恋愛映画だが、かなり悲恋色が強い。
そして結末も明るい終わり方とは言えないが、決して後味は悪いわけではないという絶妙さを本で読んだ時に感じていた。
なぜか没入できない冒頭部分まで原作と一緒の必要があるのかと最初は退屈さを感じていたが、その後は自分の知っている原作との相違など気にならなくなるほど引き込まれるものがあった。
その一番の要因は主が好きだと言っている俳優だろう。
映画の話を聞いたときには演じる登場人物とはイメージが違うのではないかと思っていたが、そんな思いは話が進むにつれて気にならなくなっていた。
思わず主が好きだと言うのも納得してしまいそうになるほど、彼はその世界の人物としてそこに居たのだ。
「大丈夫か」
声をかけて手を差し出すと主は二度三度とうなずき、彼の手をつかんで座席から立つ。
そのまま手をつないでシアターの外へ出た。
時間としてはちょうどお昼になっていたので、二人はあらかじめ決めていた同じ建物内の上の階にある蕎麦屋に向かった。
注文したざるそばは美味しいと評判らしいが、大倶利伽羅にとっては期待したほどの味ではなかった。
主の墓参りに同行した帰りに二人で食べた小さな店のそばのほうがずっと美味しかったと残念に思っていると、主と目が合った。その目からは、大倶利伽羅が感じた落胆を主も感じていることが読み取れた。
食事が終わった後はそのまま雑貨の店が多く集まるフロアに下りた。
そのなかでも主が行きたいと言っていた、猫のキャラクターグッズを多数取り揃えているという店に向かう。
入り口にはネコの形の大きなクッションやいろんなポーズのキャラクターがちりばめられた柄のトートバッグなどさまざまあって、語彙力が下がってしまったらしい主の口からはひたすらに「かわいい」しか出なくなっていた。
他の店もひと通り回ったあとは建物の外に出た。
アート作品とベンチが多く設置された広場などがある舗装された通りを兼ねた公園を通った先に和スイーツの店があるからだ。
歩きながら映画の感想や、そばの味が期待ほどではなかったこと、キャラクターグッズのことなどを話していると人だかりが前方に出来ていたので思わず足を止めていた。
顔を見合わせて不思議に思いながら近づいていくと、どうやら何かの撮影をしているらしかった。
集まった人の中から、きれいな花嫁さんねと感嘆の声があがり、タキシードとドレス姿のカップルが互いを見つめながら向かい合っているのをカメラマンが撮影している光景が見えた。
「あれ、ロケーションフォトって言うんだって」
撮影を見ていたカップルの女性が恋人に話しかける声が聞こえた。
大倶利伽羅は、本丸で結婚写真のモデルを急きょ務めることになったときのことを思い出していた。
あのときの主は白無垢だったがドレスを着た姿はどうなのだろうと思いながら横を見ると、どこか切なそうな表情でウェディングドレス姿の花嫁を見つめていた。
思わず大倶利伽羅は主とつないでいた手を強く握りしめてしまう。
その強さで主はハッとして、行こう、と誤魔化すようにほほ笑んで歩き出した。