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亡失の呪い-if/restart 18-

山姥切が気が付くと、いつの間にか隣に座っていた長谷部は眠りに落ちていた。
周囲を見渡せば、自分の部屋に戻った者もいるようで人数が減っている。
そういえば眠そうにしている主を山伏国広が抱えて前田藤四郎や五虎退と共に部屋へと送って行ったが、その三人の姿がないということはそれぞれ自分たちの部屋に戻ったのだろう。 山姥切はふと、自分が空のコップを手にしていることに首をかしげた。
いつのまに長谷部が注いだ分を飲み干したのだろうか。

主の遺骨は偽物を用意するのではなく、本物を囮として使うことを提案したのは鶴丸だった。
山姥切は最初は当然反対したが、油断を誘うなら本物のほうがいいと言われて渋々ながら納得した。 本物だからこそ、手を出そうとしたことへの追及に説得力が生まれる、と。
だが遺影や仮位牌に傷をつけられる可能性が無いとも言えず、そして何より大倶利伽羅を納得させられるかが問題だった。
余計なトラブルを避けるためにも祭壇を一時移動させることに大倶利伽羅の同意を得る必要があると鶴丸は言い、彼が反対することを見越してその説得を山姥切に任せてきた。

『やれることならもちろんやるつもりだが、けど俺に説得なんて……あんたのほうがいいんじゃないのか』
鶴丸には最初の移設の時、大倶利伽羅の怒りを収めさせてそのうえでうなずかせた実績がある。
自分は口が立つわけでもないと渋った山姥切に、鶴丸はだからこそきみのほうが適任だと言った。

『大事なのは話術で納得させることじゃない。あの子のことを大事に思っている者同士であるきみと伽羅坊の気持ちが同じになることさ』
『気持ちが、同じ?』
『あの女を追い出したいという気持ち。あの子をこれ以上傷つけたくないという気持ち。まあ、表現はなんでもいいが、いつまでも長引かせたいわけじゃないだろう?サクラの本丸に徐々に移っていく作戦だって、伽羅坊だけは何が何でも止めてくるだろうからな。ここに就任した以上、あの女は主としての権限を持っている。それを振りかざされるより前に罠にはめてやるのさ。油断を招くために舞台を整えると言ってもいい』
『……だから、俺に説得しろと?』
『俺はいざとなれば非情な手段を取る男だと伽羅坊に思われてる節がある。けどきみは違う。あの子を大事に思ってきたし、いまだって思っている。種類は違えどそれは伽羅坊と通じる部分さ。だからこそきみでないとダメだ。他の誰でもない、きみなんだ山姥切国広』
思えばこれも丸め込まれたことにはなるのかもしれないが、山姥切は不思議と不快ではなかった。
ただ説得することに自信がついたわけではないので、不安が消えたわけではなかったが。

庵に入った時、祭壇の前に腰を下ろしていた大倶利伽羅からは、背中を向けていてもはっきりわかるほどの怒りの気配が放たれていた。おそらくこんのすけから話を聞いたのだろう。
思わず息を詰めて、そしてゆっくり吐きだすと、こんのすけから聞いたかと声をかけた。
大倶利伽羅はしばらく無言で拒絶の気配を漂わせていたが、山姥切が戸口に立ったまま動かないのを悟って諦めたのか、渋々肩越しに一瞥してため息をつくと、長椅子の方へと移動した。

山姥切は部屋の中に入り、祭壇の前の座布団に腰を下ろした。
手を合わせ、そうして主の遺影を見つめながら口を開く。
『……俺は、あの女を本丸から追い出したい。主の遺したものを、壊させたくない』
そう切り出して膝の上でこぶしを握りしめる。
『だから、俺は主の遺骨を囮に使う作戦を支持したいと思っている』
山姥切がそう言って口を閉じると、大倶利伽羅の舌打ちの音がした。

『……正気じゃないな。あの女に主を易々と傷つけさせるつもりか』
『お前のその心配は当然だ。だが、動くならいまなんだと思う。あの女を罠にかけるためだったら、俺は……』
大倶利伽羅はしばらく無言だったが、ふとため息をついた。
『……俺だってあの女を追い出したい。けどそのために主を利用するやり方を許せるかどうかは別の話だ。それにたとえうまくいったとしてもきっと後悔が残る、俺はそんなものを抱えたくない』
『……』
『罠にかけるなんて面倒なことをしなくてもいい。俺があの女を殺す。それで片が付く』
『大倶利伽羅!』
『もううんざりだ。俺の所為で主が傷つけられるのも、お前らが……巻き込まれなくてもいいことに巻き込まれるのも』
吐き出して、大倶利伽羅はふいと視線をそらした。

『考え直せ。そんなことをすればお前は……!』
大倶利伽羅は言い募ろうとした山姥切をさえぎるように長椅子から立ち上がった。
『刀解されるだろうな。けどもういい。このままここに在っても主が戻ってくるわけじゃない。俺一人折れるだけで済むんだ。安いもんだろう』
自分自身さえ突き放すような響きがその声にはあった。大倶利伽羅は話は終わりだとばかりに戸口へ向かって大股に歩きだす。
慌てて山姥切が立ち上がろうとしたとき、突然何かが落ちる音がして、そして音楽が流れだした。
二人が振り向くと、祭壇に置いてあったはずのオルゴールが畳に落ちながらも音を奏でていた。
『なんでオルゴールが……』
山姥切が手を伸ばすより先に、奪うように大倶利伽羅がつかんだ。
ふたを閉めて音を止め、持つ手を震わせて唇を噛む。
『大倶利伽羅……』
『……っ、なんでだ……もういいだろ……』

震える声の先に、死なせてくれと大倶利伽羅の声なき嘆きが聞こえた気がした。

主を別れ花で送り出すことになっていた別れの日。
足が動かなかったので儀式には出ないと拒んだ大倶利伽羅に、燭台切光忠からこれが最後なのだから顔を見なければ後悔すると叱られて言い争いになった時、主から貰ったオルゴールが触れてもいないのに突然鳴りだして二人を止めたことがあった。

『あんたはまた俺をそうやって止めるのか』
手の中のオルゴールに視線を落として、大倶利伽羅は沈んだ声を出した。

『主はお前に死んでほしくないし、無茶なこともしてほしくないと、たぶんそう言いたいんじゃないのか。あいつは俺たちがさっきみたいに言い争うのを嫌がるからな』
大倶利伽羅はしばし黙ってオルゴールを見つめ、そして遺影に視線を移すと大きく息を吐いた。

『……わかったよ。あんたがそう望むなら』


風呂から上がった大倶利伽羅が主の部屋へと向かうと、縁側で空を眺めている姿があった。
彼に気づき、いらっしゃいとほほ笑む。
隣へと腰を下ろすと、主はため息をついて彼の首にかかっているタオルを手に取り、前から思っていたけどいつも髪を乾かさないで来るのはどうしてと、叱りながらもやさしい手つきで拭いてくれる。

まさにこれが目的で乾かさないまま訪ねるのだが、気恥ずかしいので口にしたことはなかった。
風邪を引いても知らないからと呆れた口調なのに彼の髪を梳く指の動きは丁寧だ。
その感触に心地良さを感じて目を閉じると、髪越しに額に何かが触れる感覚があった。
思わず目を開けた先では、主は顔を赤くしながら視線を背けている。

大倶利伽羅は主の赤く染まった頬に手を伸ばすと、距離を寄せて額に口づけを落とした。

主が戻ってきて早いものでもう二か月が過ぎようとしている。
今でこそ表情も明るくなって呪いにかかる前と変わらない様子を見せるようになったが、最初の頃は沈みがちだった。
同化した日以来、サクラの意識が眠りつづけていたからだ。
こんのすけによれば力を回復するために眠っているだけで心配はいらないそうだが、そもそもこの本丸に現れたこと自体がかなり無理矢理だったことを他ならぬサクラ自身が言っていたので主はそれを気にしていた。
ましてや、本丸と刀剣男士のことが心配だと猫相手にこぼした言葉を願いとして拾われたとなれば余計に責任を感じるのも無理はない。
サクラを犠牲にして戻ってきてしまったという意識が表情を曇らせていたのだろう。

鶴丸国永は主に言った。
『サクラを犠牲にしてしまったことを嘆きたい気持ちはわかるが、あの子の意思できみと同化し、きみを精霊として復活させたことはもう覆りようがないしやり直しはきかない。だがそれを間違ったことをしたのだと他ならぬきみが否定するということは、サクラのすべてを否定することになる。あの子の献身も、あの子の決意も。きみは全部そんなものは存在しないとあの子に突きつけていることになる』
鶴丸の厳しい言葉に主は顔色をなくした。

これが最善の選択だったことは主も心の底では理解しているはずだ。
刀剣男士たちが主と認めなかった相手を審神者として留まらせておくことは本丸を崩壊に向かわせるだけでしかなく、かといってサクラに新しく主となってもらうのは避けられない消滅を考えると現実的ではない。
自分が留まっていられる間に別の新しい審神者を探すのも難しいとなれば、結局選ぶ道は一つしかなかった。

それをわかっていてもなお後悔を抱えてしまうのが大倶利伽羅の知る主という人間だ。
サクラの犠牲を当然だと思うような性格ではないし、そんな主を自分たちは求めているわけではなかった。

ふいに鶴丸は労わるような表情を浮かべ、主の強張る頬にそっと手を伸ばした。
『あの子は自分の消える時をわかっていた。きみが留まっていられるうちにあの女をここから追い出し、きみが戻ってこられるようにしたかったんだ。そのサクラの頑張りを否定してやらないでくれ。あの子は、自分はお姉ちゃんのためにここに来たんだと言っていたよ』

刀剣男士たちは、どれだけサクラが主をお姉ちゃんと慕っていたのか、どんな思いでここに現れたのかを聞かせてやった。それらの話はみんな彼らがサクラから聞いたものだ。

励起の力が確認され、新たに本丸を持つことが決まった時、サクラは審神者となることを渋っていた。
口に出してはうまくやれる自信がないという理由だったが、いま思えば主と一つになることを目的にしていたから自分自身が審神者として新しく本丸を持つことなど考えられなかったのかもしれない。

サクラは一つになること自体に不安を抱いた様子はなく、ただ刀剣男士たちと会えなくなることだけが寂しいと笑っていた。
時々でいいから思い出してほしいと言われ、大倶利伽羅が衝動的に抱きしめた時、こうしてお姉ちゃんを抱きしめてねとささやく声があった。

『サクラのことは寂しいが、俺たちはきみが戻ってきてくれて嬉しいよ。あんな別れ方だったから、未練が大きすぎてな』
その言葉に涙を流したのを最後に、主は暗い表情を見せることはなくなった。

二人並んで空を眺めていたが、肩にかかった重みに大倶利伽羅が視線をやれば、主がもたれかかっていた。
眠ってしまったのかと顔を覗けば、頬を赤く染めた主と視線が合う。
彼の袖をつかんで、もう少しだけこうしていたいと控えめに望みを口にする主に、大倶利伽羅はため息をついて抱き寄せた。
「少しだけだなんて足りない。俺は朝まであんたのそばにいたい」

腕の中で主が驚き、そして無言でうなずいた気配に、大倶利伽羅はその体を抱き上げて奥の部屋へと向かった。


ようやくエンド。

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