「こんな形で、あの子の姿を見ることが出来るとはまさか思わなかった」
離れた所からにぎやかな一か所を眺め、三日月宗近は打除けの三日月模様が浮かぶ印象的な目を細めた。
「いまここが交じり合っているがゆえの特異性といったところでしょう。長く在れないのはいささか寂しいことですが」
数珠丸恒次が答え、そっとほほ笑む。
「……話をしに行かなくていいのか。俺じゃあるまいに閉じこもるほど主に会いたがっていただろう」
大典太光世が横目で三日月を見る。
三日月は大典太を振り向き、そうして主の方へと視線を戻すと、今は混んでいるからなぁとのんびりした様子で答えた。
久々に見た、穏やかな三日月宗近の横顔がそこにあった。
鶴丸国永と審神者が衝突した日を境に三日月宗近は部屋に閉じこもるようになった。
その理由を直接聞いたことはないが、大典太と同室の兄弟刀であるソハヤノツルキは、本丸に漂う空気が急激に悪くなって嫌気が差したからではないかと言って、そうだとしたら気持ちはわかると苦々しい表情を浮かべていた。
三日月宗近は山姥切国広から数えて六振り目、最初の太刀としてここに顕現し、本丸の初期の空気や雰囲気を知っている。
大典太光世とソハヤノツルキが顕現した頃にはもうかなりの大所帯だったが、その彼らをして三日月が閉じこもりたくなるのもわかるほどの空気の悪さが確かにここ最近の本丸にはあった。
幽霊騒ぎの時に感じていた空気などまだかわいいものだった。
ある日、そんな三日月が部屋の外に出て、何かを捜すようにあたりを見回している姿を見かけたことがあった。
大典太が声をかけて何を捜しているのかと尋ねると、主の気配がしたのだと答えがあった。あの子がすぐそばにいた気がした、と。
直後、ほんの一瞬のことだったので確証はないと寂しそうにしながらもしばらく硬い表情ばかり浮かべていた顔に柔らかさが戻っていて、大典太は安堵感を覚えた。
二振り目の大倶利伽羅が顕現したのはそれからすぐ後のことだ。
その大倶利伽羅に拾われる形で精霊であるサクラが現れた。
重苦しい空気が一掃したとまではいかずとも閉塞的な状況に穴が開いたような、久しぶりに呼吸が出来たような気持ちになったのを覚えている。
それは三日月も感じていたことなのか、部屋に閉じこもることはなくなり、何かとサクラを気にかけるようになった。
そんな日々を過ごしていたある時、三日月宗近と共に馬当番だった大典太光世は、門前の掃除中らしいサクラがふらふらとおぼつかない様子でいるのを見かけた。
声をかけると精霊の子どもは眠そうにしていたので、庵に戻って休んだらどうかと言ったのだが、掃除が終わらないとダメだからと首を振って、ほうきを手に一歩踏み出した途端、顔から盛大に転んでいた。
二人が慌てて助け起こすと、サクラは顔を擦りむいた状態で眠っていた。
医務室に運んで顔の汚れを拭いて薄く薬を塗ってやって、そうして敷いた布団に横たわらせてしばらく様子を見ていた。
そんななかで三日月がサクラの髪を撫でながらつぶやいた。
こうしてサクラと一緒にいると、余計にあの子に会いたくなってしまう、と。
大典太は、もしかしたら三日月宗近は空気の悪さに辟易する以上に、主に会いたくなったから部屋に閉じこもるようになったのではないかとふと思った。
今の主を認識してしまえば叶わない望みを突きつけられてしまう。それを避けるために、必要以外で出ることはなかったのではないか、と。
指摘すれば、三日月はうなずくことはなかったが否定もしなかった。
「なあ、あれ放っておいて平気か?」
気づかわしげな表情の御手杵が視線を向けた先、今の主である審神者が一人立ち尽くしている姿があった。顔をうつむかせているのでどんな表情を浮かべているのかはわからない。
大倶利伽羅とのことがあるまでは主として悪い人間ではなかったのに、と残念な気持ちがあった。
ただそれでも幽霊騒ぎの時に前の主を疑い、悪感情を見せていたことがいまだに引っかかり続けていることは否定しない。あれが主に不信感を抱く今の状況のいわば種になったのだろう。
御手杵と共に鶴丸国永、にっかり青江も様子を注視している。
「だから俺たちがこうして様子をうかがっているのさ。あの子の所にいきたいならそうすると良い」
「そりゃ、まあ一言くらいは話したいけどさぁ……」
「彼女が暴走するのが心配かい?」
そう言って青江が御手杵に視線を向けた時、ドサッ、と何かが落ちる音がしてその場にいた全員が音のしたほうを見ると、この本丸の今の主である審神者がひざをついて胸をおさえ、苦しそうにしていた。
その体から、黒い煙のようなものが立ち昇っていく。
彼女は苦痛にあえいで、地面に手をついてうずくまった。
「……どうやら戻ってきたらしいな」
鶴丸は金色の目を細めて鋭い一瞥を投げた。
今の主である審神者が倒れたことに気づいて、前の主が身動ぎした。
山姥切国広は一歩踏み出そうとする主をとっさに抑え、静かに首を横に振る。
主の体に抱きつける真正面の位置を今剣に譲った乱藤四郎も、ダメだよと袖をつかむ。
「行っちゃダメだよ、あるじさん」
今剣は抱きしめる力を強くしながら主を見上げた。
「あるじさま、いっちゃだめです。ここでじっとしていてください」
でも、と返しながら主もわかってはいるのか、振り切るように目を伏せた。
体から立ち昇っていた黒い煙はやがて勢いと量を増していき、勢いよく噴き上がって空中で膨れ上がり、それはいびつで巨大な人のようでありながら異形へと変わっていく。
うめきながらやがて時間遡行軍の大太刀を思わせるほどの大きさになった黒いそれは、怨嗟の叫びをあげながら、彼らを顕現した主のほうへと襲いかかろうとした。
咄嗟に周囲の刀剣男士たちが主を守るために動く。
「そのまま守っていろ!!」
声と共に飛び出し、振りかぶった刀を黒いそれへと振り下ろしたのは一振り目の大倶利伽羅だった。
頭から一気に足元の地面へと引き下ろして両断する。
真っ二つに斬られたそれは形を失くし、煙となって立ち昇るとやがて消えていった。
地面には、ぐったりとした様子で倒れ込む審神者の姿があった。
刃に付いた穢れを祓うように刀を振り、大倶利伽羅は鞘に収めると倒れる審神者を一瞥することなく、自身の主であり妻を振り向いた。
「無事か」
大丈夫、とうなずく主にそっと息を吐き、こんのすけを見る。
「部屋にはもういないはずだ。あとは残っている刀を処分すればいい」
「はい。お疲れさまでした。あとはこちらで処理します」
こんのすけはうなずいてリンの方へと駆け寄る。
リンは手にしていた巾着から数本の何か液体の入った瓶を取り出して自分の男士たちに渡すといくつかの指示を出した。
「……ねえ大倶利伽羅さん、あの人はどうなっちゃうの?」
「さあな。俺は表に出てきたものを斬っただけだ。あれがどうなろうと俺の知ったことじゃない」
常になく厳しい突き放すような大倶利伽羅の返答に尋ねた乱藤四郎は一瞬戸惑い、けれどそれも仕方のないことかと首を振った。
死んでなお呪いに苦しめられたであろう主の姿に大倶利伽羅がどんな思いを味わったかと想像すれば、彼がそんな態度になるのも無理はない。
そうして主を見ると、顔には当たり前だが喜びの表情など浮かんでいなかった。
こんな結果を喜ぶ主ではないと、自分も仲間たちも知っている。
「あるじさんの所為じゃない、だから自分を責めちゃダメだよ」
慰めにならないとわかっていながらも乱は主に声をかけた。
ありがとう、と返ってきた声はずいぶんと弱々しかった。
本丸を引き継いだ審神者は、この日をもって役目を降ろされた。
その日、大広間にはこの本丸に顕現しているすべての刀剣男士が集っていた。
戦装束に身を包み、本体の刀を傍らにおいてその時を待ちながら、かすかな興奮と緊張からか隣同士でかわす言葉があちこちでざわめきとなってその場に満ちている。
ふと、小さいが確かな足音が聞こえてきて、大広間は静かになった。
戸が開いて、山姥切国広に手を引かれて入ってきた新たな主は、どこか緊張した面持ちで上座にあたるところに置かれた座布団に導かれて腰を下ろす。
その新たな主である精霊の子どもは背筋を伸ばし、そうしてゆっくりと息を吐きだすと自身を見つめる多くの視線に臆することなく、一生懸命に練習したであろう挨拶の言葉を述べて頭を下げた。
ゆっくりと頭を上げ、ややぎこちなく微笑む。
新たな主の挨拶に対し、その真正面に座した山姥切国広は微笑ましく見ていた表情を引き締め、膝の上に手を置いてまっすぐ見据えて口を開いた。
「我ら刀剣男士一同、新たな主としてお迎え申し上げる」
よく通る声で彼が述べ、頭を垂れると、その後ろに座する刀剣男士たちもそれに倣った。
たぶんエンド。
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