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深く沈んで見る夢は1

政府よりの通達だという文書をこんのすけから受け取った主が中身を読み、眉を寄せて難しげな顔をするのを近侍を務めている歌仙兼定は見やって、彼も眉を寄せた。
主がこういう顔をしているときは大抵難しい漢字が書いてあって、振り仮名がない場合が多い。

歌仙はため息をついて、見せてごらんと手を差し出す。
見れば、やけに仰々しい文章が並んでいるので、なるほどこれは主には難しかろうと納得しつつ、漢字の勉強をもっときちんとさせたほうが良いかもしれないとも思いながら、おそらく読めなかったであろう個所を指さして読み方を教えてやった。

「これは、りかん、と読むんだ。病にかかるという意味でね。……つまりこれに書いてあるのは僕たち刀剣男士のみがかかる病が見つかったので注意をしなさい、ということだそうだよ。まあ人間の風邪と似た症状らしいから、そこまで深刻な問題ではないらしいが」

答えつつ歌仙は眉を寄せる。手入では対処できないのと、刀剣男士によって症状に差があるらしいと注釈に、この本丸でも起きる可能性を考えると頭の痛い問題になりそうだと、起きてもいないのに面倒な気分になってしまう。
「風邪に似た病ねぇ……まあ必ず発症するとは限らないし、そう心配しなくとも」
言いながら歌仙は目を眇めた。部屋の外からこちらへと駆けてくるいくつもの足音が聞こえたためだ。
「騒がしいな、何事だ」

歌仙が部屋の外を見ると、走ってくる二振りの男士、粟田口の短刀の乱藤四郎と秋田藤四郎の姿があった。
「歌仙さん!あるじさん居る!?」
「主君に緊急なんです!」
「一体何事なんだ。そんなにバタバタと……」
ため息をつく歌仙に、二人は謝りながら部屋に入って主の元へと駆け寄る。

「あるじさん、いちにいの様子が変なんだ!」
「お願いします、主君。いち兄を助けてください!」

彼らが慕う、いち兄こと一期一振が鯰尾藤四郎、骨喰藤四郎、鳴狐と共に寝起きする部屋に歌仙は主と共に赴けば、一期一振は弟たちに周りを囲まれて座り込んでいた。
苦しそうに背中を丸め、手で頭を押さえている。その顔は真っ赤で、呼吸も苦しそうだった。
一期一振の額に主が触れ、その熱さに驚いた様子で手を離して歌仙を振り向く。

これが通達にあったものか、と歌仙は息を吐いた。
「どうやらこの本丸でも罹患者が出たようだ」

一期一振は、二日ほどして回復した。症状はあまり重くなかったようで、弟たちが兄を安静にさせたり、食事を用意してかいがいしく看病した甲斐もあったのだろう。
ところがその数日後、粟田口短刀のうち、博多藤四郎、毛利藤四郎、後藤藤四郎、平野藤四郎が兄と同じことになった。
一期一振が弟たちの状態に慌てたのは最初だけで、まるで恩返しとばかりに弟たちの看病を行った。
その甲斐もあって彼らの症状はまたたく間に回復し、そして今、別の男士が同時に五振り、風邪に似た症状で倒れていた。

「きみが慌てることはないさ。幸いなことに倒れた連中と同室の刀が面倒を見ているからね」
にっかり青江がかけた慰めの言葉に、そうだけれど心配だと主は表情を曇らせる。
青江はそんな主の頭を撫で、もっと堂々としておいでとほほ笑んだ。
「主であるきみがうろたえていたら他の連中だって気が気じゃなくなってしまうよ。ほら、胸を張って」

うなずいて深呼吸をし、両手で頬を軽くたたいて表情を引き締めた主を見やって、青江は口には出さなかったが安堵した。

主が呪いから回復したと言える状態になってから半月ほどが経つが、本丸もようやく以前の様子を取り戻し、先日には蛍丸が修行から戻ってきている。
あのまま主を失っていたかもしれないという事実への恐怖は後になるほど大きくなっていて、青江もつい先日、物言わぬ主を見送る夢を見てしまい、夢だとわかっていても不快感が残った。

にっかり青江はこの本丸では四番目の顕現で、主である審神者とはもう三年以上の付き合いになる。
元々ある程度の距離を保って接してきてはいたが、それでも失えば喪失感を覚えずにはいられないだろう程度には情を持っているつもりであったし、実際に主を失いかけてそれを確かに実感していた。

「まあきみが気になると言うのなら、様子を見ておいでよ」
それで気持ちも少しは落ちつくだろうしと青江がうながすと、主は迷いを見せながらも首を横に振った。顔を見に行きたいけれどそれじゃあゆっくり休めないだろうから、と。
「いいのかい?」

平気、と口に出して主は大きくうなずくが、どちらかというとそれは答えを返しているというよりも自分に言い聞かせているような様子で、青江は小さくほほ笑む。
症状が出て倒れた男士五振りの中に山姥切国広がいるのだ。気が気でないのも心配するのも無理はない。
それでも遠慮をするのは、早く良くなってもらいたい一心からだろう。

微笑ましいような気分で青江は主の頭をもう一度撫でた。


堀川国広から、兄弟のお見舞いに来てほしいと審神者が請われたのは翌日の午後のことだった。

山姥切国広と山伏国広が熱を出して寝込んでから丸一日が経っている。
山伏国広は朝には熱が下がったのだが、山姥切国広のほうはまだ下がらない状態で、人間の薬もあまり効果が無いとこんのすけに聞いて以来対処らしい対処もできず、ただ早く快癒するよう願いながら仕事に向かうしかなかった。
お見舞いをしたいのは山々だが、邪魔をしては治るものも治らないのではと気にする審神者に、堀川はほかならぬ兄弟が望んだことだと言った。
「何かほしいものがないかって聞いたんですけど、それより主さんのことをすごく気にしていて。ほら、倒れた日は兄弟が近侍の予定だったでしょう?それで余計に気にしているんだと思います」
だから主さんが元気な顔を見せればちゃんと養生してくれるのではないかと思って、と堀川。

思わぬ呪いにかかって死の淵から生還して以来、山姥切国広は少しばかり過保護になったと審神者は感じるようになっていた。
元より口では厳しいことを言いながらも常々気にかけて何かと助けてくれていたことは充分わかっている。
彼にはずいぶんと頼ってきたし、かなり甘えても来た。気にしてくれているのなら顔を出すことは構わないが、それで養生につながるかは疑問だ。

半信半疑のまま、山姥切国広、山伏国広、堀川国広の三振りが寝起きする部屋を訪ねると、山姥切は布団に横になっていた。眠っているようだが熱のためか顔が赤く、呼吸も荒い。
そばに腰を下ろして様子を見ていたらしい山伏国広が審神者に気づいて、そばについていてやってほしいと声を潜めながら、自身は立ち上がって畑の様子を見てくると部屋を出ていった。

「すみません主さん。僕もちょっと兼さんの様子を見て来たいんで、しばらく兄弟のことお願いして構いませんか?」
快く了承すると、堀川は、すぐ戻るのでお願いしますと会釈して部屋を出ていった。
同時に発症した五振りの中に、彼が兼さんと慕う和泉守兼定も入っている。
彼の看病は同じ兼定で二人部屋になっている歌仙兼定がしているが、和泉守は熱とだるさで食欲もないと言っていたそうだから、相棒としてなおさら心配なのだろう。

堀川の足音が遠ざかるのを聞きとどけ、審神者は布団からはみ出ている山姥切の手をそっとつかんだ。
何かあればいつも自分の手を引いて導いてくれていた彼の手は、どうしてかこの時ばかりは妙に頼りなく感じた。
両手でつつみこんで、起こさないように小さな声で名前を呼ぶ。

呪いによって臥せっている間、彼には感謝の言葉で尽くせないほどに労わってもらい、世話をしてもらった。
最期の時まで面倒を見ると言ってくれ、見捨てないでそばにいてくれた。
なのに自分は、彼のために何もできていない。これまでのことも含めて恩を返せずにいる。
自分の無力さを改めて突きつけられて、ほとんど無意識で握った手に力を入れてしまい、慌てて緩めた。
いまので痛い思いをさせたのでないか、起こしてしまったのではないかと様子をうかがう。
目覚めた様子はないが、先ほどまで荒かった呼吸が少しだけ穏やかになっているように感じた。

早く良くなってほしいという気持ちでつかんだ手の甲をそっと撫でながらしばらく様子を見ていると、山姥切は小さくうめいて、かすかにまぶたを震わせてゆっくりと目を開けた。
ぼんやりとした様子の彼と目が合う。山姥切は何度か瞬きをして、口を開く。

「……あ、るじ……」
起こしてしまったことを謝ると、審神者の手を握り返す確かな力を感じた。
「……よかった、夢か……」
息を吐きだして山姥切はもう一度、よかった、と消え入りそうな声でつぶやきながら目を閉じてすぐに眠りに落ちた。

どういう意味なのだろうと思いながらもまさか叩き起こして問いただすわけにもいかず、疑問を抱えたまま堀川国広と交代するまで、審神者はしばらくそのままでいた。


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