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ささやかな約束

いつも通販で利用しているお菓子の道具や材料などを扱う専門店が大型ショッピングモールに入っていることを知り、審神者は足を運びたい衝動に駆られた。
ラッピング用の袋なども欲しいし、クッキーの抜き型も新しい種類がほしい。
普段通販サイトで見てもどうしてもケーキ型などは大きさのイメージがしづらいので、出来れば手に取って大きさや重さを確かめてから買いたかった。

問題は、このモールは刀剣男士同伴が原則だということだろうか。
個人的な用事なので出来れば一人で行って時間を気にせず買い物がしたい。荷物は多くなっても本丸への配送はどの店でも出来るようになっているから、荷物持ちの心配はない。
どうしたものかと悩んでいると、へし切長谷部が、どうかされましたか、と尋ねてきた。

「買い物ですか。でしたら俺がお供します。荷物持ちでもなんでも務めますので」
そう言ってくれるのはありがたいが、しかし出来れば一人で行きたいと審神者が言うと、長谷部は困惑気味に眉を下げた。
「ですがそこは刀剣男士同伴が原則だと聞きました。俺としても、主にお一人でお出かけになるのは出来れば避けていただきたいのですが」
それはわかっているとしながらも、審神者はなんとかならないかと頭をひねる。
個人的な用事に彼ら刀剣男士を付き合わせるのはいつもながら気が進まない。

「個人的であれなんであれ、主の買い物に付き添いたくない者などいませんよ。どうか遠慮なさらずに」
それでもどうしても納得がいかない。
いっそ直接の買い物は諦めたほうがいいか、と息を吐く。買い物は通販でも出来るのだ。
やっぱりやめるから気にしないで、と長谷部に告げて、審神者は執務室奥の私室に戻った。

「……つまり、買い物の必要があれば主も気兼ねしないで済むってことだね」
「どうにか買い物の用事を作りたいんだが、俺には特に買いたいものもなくてな」
「うーん、食器の補充はこないだ済ませたしなあ」

この日、夕食の当番であったへし切長谷部は、同じく当番である燭台切光忠に主が買い物に自分たち刀剣男士を同行させるのを渋っていることを相談した。
食事の当番は交代制だが、燭台切は料理以外でも厨の管理を自然と担うようになっていた。 割れた食器の補充などもほとんど彼の役目になっている。
そのため買い物の回数も必然多くなるので相談相手には良いと思ったのだが。

「大将はいまだに万屋とかに行くのも一人で行こうとするからな」
話をそばで聞いていた同じく当番の厚藤四郎が冷蔵庫から味噌を取り出しながらため息をつく。
「そうだ。だったらみんなに聞いて回ったらどうだ?なにか欲しいものがないかどうかをさ。で、誰かが大将に買い物に付き合ってほしいって頼めばいいんじゃないか」
みんなのものなら、って大将もうなずいてくれるだろ、という厚の提案に長谷部と燭台切はそれが良いかもしれないとうなずきあった。

「で、買い物のリストが出来上がったんだけど……」
「問題は誰を同行させるか、と言う話だ」
「長谷部じゃダメなのか?」
「もちろん俺も名乗り出る。ただ主は、自分の買い物は時間がかかるから一人がいいのだとおっしゃるんだ。で、最低でも一人はこの買い物を、一人は主の護衛にと考えたら主の許可取りに手間取る予感がしてな」
あの主のことだ。自分が買い物をしている間にこちらの買い物を済ませればいい、護衛はいらないと言うのは目に見えている。
そう言ってため息をつくへし切長谷部に厚藤四郎は、苦労してるな、と労りの眼差しを送る。
「大将を納得させられる護衛の人選ねぇ」
なかなかの難題だな、と厚が腕を組んで頭をひねった。

そんなことを同室である乱藤四郎に話したところ、そんなのは簡単だと、両手を腰に当てて胸を張った。
そうして壁にかかったカレンダーを指さし、片目を閉じる。
「ボクに任せてよ。あるじさんを納得させられる最高の理由があるんだからっ」
そしてついでに、大倶利伽羅さんとあるじさんにデートをさせてあげたいよね、と乱はいたずらっぽい笑みを浮かべた。

乱藤四郎から、バレンタインにいちにいと慕う一期一振に兄弟たちで贈り物をしたいので買い物に付き合ってほしいと請われ、審神者はもちろんと快諾した。
彼の手には例の大型ショッピングモールのチラシが握られていて、お菓子道具の専門店に行ってみたいと言われれば断る理由などなかった。
自分も行くつもりをしていたのだと言えば、ナイスタイミングだね、と乱が可愛らしい笑顔を見せた。

当日。出掛ける準備を整えて審神者が玄関へと向かうと、すでに乱藤四郎が支度を終えて待っていた。
さらには、薬研藤四郎、山姥切国広、へし切長谷部、加州清光、大倶利伽羅の姿もあった。
どうかしたのかと尋ねれば、乱が、彼らも買い物があるそうなのでだったら一緒に行こうと誘ったのだと説明する。
加州はともかく他は買い物という言葉と結びつきづらい面々であるように思ったが、それは所詮自分が勝手に抱いたイメージだ。そうなんだと深く考えずに納得して、じゃあ行こうかと声をかけた。

ゲートを通って到着したショッピングモールでは、多くの審神者と刀剣男士たちの姿を見かけた。
「じゃああるじさん、班分けしようよ。ボクとあるじさんは行くお店が同じだから一緒なのは当然として」
「俺と薬研、長谷部と山姥切で行くよ」
「じゃあ大倶利伽羅さんにはボクとあるじさんの買い物に付き合ってもらおうかな。荷物持ち、お願いしてもいい?」
大倶利伽羅はため息と共にうなずいた。

乱藤四郎に手を引かれる格好で審神者と大倶利伽羅は目的の専門店に着いていた。
バレンタインの時期も近いということもあって店内には多くの審神者と、その付き添いだろう刀剣男士の姿があった。
出掛ける前も、ここに到着してからも無言で無表情だった大倶利伽羅はそこでようやくうんざりといった様子の顔をした。人の多さを嫌う彼らしい表情に審神者は申し訳なく思ってどこかで休んで待っていてと言ったが、彼はため息をつきながらも構わないと答えた。

乱藤四郎は買い物メモを片手に、店内カゴへ必要な材料やラッピング袋などを次々放り込んでいく。
その迷いのない勢いに、兄の一期一振を思う強さが垣間見えるようだ。

そして審神者はパウンドケーキ型の棚の前にいた。
大きさ、材質、扱いやすさ。それらを考慮したものはどうしたって値段もそれなりになる。
オーブンの庫内サイズを考えると小さいサイズを複数のほうが良いか、と悩んだ末に決めて必要分取って腕に抱え、ゴムベラを新調したいと棚を移動しようとした時、手の中からパウンド型が消えた。
振り向けば、店内カゴを手にした大倶利伽羅が型をそれに入れていた。

ありがとうと礼を言うと、大倶利伽羅の手が審神者の買い物メモを持つ手をつかむ。そうして引き寄せられた。
「あとは何が必要なんだ」
二人きりの時以外ではそうはない思わぬ距離の近さに、ゴムベラ、と答える声がかすれてしまった。

彼を待たせてしまわないようになるべく早く買い物を済ませたいと思うのだが、タルト型を買うかどうかでうっかり迷ってしまった。
小さいものはいくつか持っている。迷っているのは20センチ台の大きなものだ。

手に持ってひっくり返したりしながら眺めていると、おい、と声をかけられた。
振り向くと、大倶利伽羅が少し疲れた様子で立っている。
待たせてしまったことを謝りつつ、店の外で待っていてと彼の手から店内カゴを取ろうとしたが、そうじゃないとため息をつかれた。
「買うつもりでこの本を選んだんじゃないのか」
そう言う大倶利伽羅の持つカゴの中には、先ほど放り込んだタルトやパイのレシピだけが載った本が入っている。
型を買おうかずっと迷っていたのはこの本が少し前に発売され、その鮮やかないちごタルト写真の表紙に惹かれたからでもあった。
本を買うことにはしたが、いざ型を手に取ると作れるだろうかという心配で悩んでしまっていた。
そんなようなことを話せば、彼は視線をカゴの中の本に転じながら、あんたなら作れるだろとつぶやく。
「あんたが作る菓子はどれもまずかった覚えはない」

淡々とした物言いながらどこか確信めいた響きがあって、それが彼なりの褒め言葉なのだと審神者は解釈した。そうして、我ながら単純だと思いながら手にしていた型をカゴに入れる。
作ったら最初に味見してくれると嬉しいと声をかけると、彼はふいと視線を逸らしながらも、出来たら真っ先に声をかけろと嬉しい言葉を返してくれた。


張り切りすぎた、と審神者はため息をついた。

審神者になってから毎年バレンタインの用意をしてきた。
大量にクッキーを作り、刀剣男士一人分ずつを袋に小分けして、簡単なメッセージカードを付ける。
顕現する男士の数が増えていくのに比例して作業時間も増えるし、そもそも別に彼らから頼まれたわけではないからやめることはできる。
けれど年一回のことであるし、どのみちおやつの量産と思って焼いている側面もあって、今年はやめようかどうしようかと悩んでも結局こうして離れに造った厨房にこもってクッキーを焼いている。

今年の分は完成した。メッセージカードも書いて、袋に付けた。
壁掛けの時計を見ればすっかり夜も遅い。
去年までならこの時期は提出期限の迫った書類などもなく、半日くらいはこもることもできるのに今年は急きょで出す必要のある書類に追われて作業ができたのは夕食後からだった。おかげで窓の外は真っ暗だ。
憂うつな気分でため息をつき、そうしてこれを作っていなければもう少し早く終われたはずだと肩を落とす。
審神者の前には、焼いたチョコタルトがクッキーたちの袋に負けじと存在感を主張している。
型が20センチ台と大きいうえ、生地に敷き詰めたのがチョコと砕いたナッツ類ということもあってなおさらだ。

時期をずらすべきだった。
つい先日、自分たちの兄にバレンタインを贈りたいという乱藤四郎に請われて買い物に行った際にタルト型は買ったが、材料はいつものようにクッキー用だけで済ませておけばよかったのだ。
ついでのように製菓用チョコレートに手を伸ばしてしまったのは、一度くらいは本命に贈るチョコを作ってみてもいいのではないか、という思いを抱いてしまったからにほかならない。

乱に請われたとき、ふと尋ねられていた。
「あるじさんは大倶利伽羅さんに本命のチョコを用意しないの?」と。

バレンタインのお菓子作りは審神者となる前は、祖父母のために作ったことはあるが、本命の贈りたい相手などいなかったし、考えたこともなかった。
そしてそんなことを考える暇もないまま、審神者となって今日まで来た。
思えば大倶利伽羅は正真正銘の初恋の相手でもあるのだと審神者は気づく。

去年のこの時期には考えもしなかった、本命チョコを作るという発想を一度認識してしまうと、それを振り払うことが出来なかった。
そこに加えて、買い物の際に試作タルト第一号を大倶利伽羅に味見してほしいとつい約束を取り付けてしまったのもあってますます意識がそれに引っ張られてしまい、結果として胃に重そうな本命チョコレートと呼べる代物が出来上がってしまった。

なにもタルトをこのタイミングで作らなくてもよかったことや、そもそも彼がチョコが得意とは限らないではないかと気づいたのは、焼きあがった後だった。

再度ため息をついて、これは明日のおやつにしようとチョコタルトを冷蔵庫に入れる。
そうして片付けがすべて済んだことを確認して、意を決して扉を開けた。
目の前には真っ暗闇の景色が広がっていて、部屋の方向すらあやしい。
厨房の電気を消そうとスイッチに手を伸ばしたとき、足音が聞こえた。
慌てて振り向けば、明かりがぼんやりと浮かんでいるのが見えた。
思わず悲鳴を出しかけて、近づいてきた姿にそれがとある刀剣男士だと気づいたが、腰が抜けてしゃがみこむ。
大倶利伽羅、と呼ぶ声が情けなく震えてしまった。

「まだ起きていたのか」
そう言って彼はため息をつく。明かりを手にしているから見回り当番なのだろう。
ごめんなさい、と謝りながら立ち上がって、これから戻るところだったと電気を消して鍵をかける。
おやすみなさい、見回りおつかれさまと声をかけながら審神者が歩きだそうとしたところで、手をそっとつかまれて握りしめられた。

「部屋まで送る」
まだ執務室のほうは見回っていないのだと言って彼は歩き出す。
なかば引っ張られる格好だったが、明かりとつながれている手のおかげで、暗い外に対する恐怖は不思議と感じなかった。

部屋に着き、送ってくれてありがとうと礼を言うと、大倶利伽羅はつないでいる審神者の手の甲に軽くキスをして、おやすみとささやいて見回りに戻っていった。
不意打ちの行動と、至近距離で小さくほほ笑むなんて卑怯ではないだろうか。
うめきながらその場に膝から崩れ落ちた。


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