「なんだ、撮影まだ始まんないのか?」
御手杵が庭の方を眺めながら首をかしげた。
この日、事前に撮影場所として借りたいという打診をしてきたカメラマンを兼業とする別本丸の審神者が、助手を務める刀剣男士数振りを連れて本丸にやってきていた。
挨拶をした後は機材を用意し、いよいよ撮影が始まるかと思いきや、何も動く様子が無い。
遠目には何かを話し合って、どことなく焦っているようにも見えた。
「何かトラブルでも起きたとか?」
獅子王が肩をすくめながら答える中、視線の先で秋田藤四郎を連れた主が彼らにお茶を持って行っていくのが見えた。
さらにそうこうしていると、昨日から出ていた遠征部隊が戻ってくるのも。
二振りの関心は主と、遠征部隊の部隊長を務めている大倶利伽羅のほうへと移った。
「包丁藤四郎が言ってたんだが、何か奇跡でも起きて主が花嫁姿にならないかって。ついでに大倶利伽羅が主との結婚を意識してくれないかって」
「人妻にしたい願望が強いな!?」
包丁藤四郎の思いの強さに驚いて御手杵は思わずツッコミの声を上げていた。
「人妻はともかくさ、主が結婚を意識してくれたらとは俺も思うんだよな」
いつか結婚をしたとしても審神者をつづけて自分たちの主でいてほしいというのは、多かれ少なかれこの本丸にいる男士は思っていることだろう、と獅子王。
少し前のことだが、彼がじっちゃんと呼んで慕う元の持ち主の話から、主の家族の話になったことがあった。
その時には主が祖父母と死に別れてそれを機に審神者となったことを知ってもいたので、思い出話の一つとして聞かせてもらっていた。いわく、とても優しい祖父母であった、と。
事情があって幼い時に祖父母に引き取られたが、寂しくないようにと二人は時間が出来るとよく遊んでくれたりしていたのだと主は懐かしそうにしながらもどこか寂しそうな表情を浮かべた。
思い出したくない話だったのかもしれないと獅子王はとっさに謝ったが、そうではないから気にしないでと主は首を振った。
ちょうどその話を一緒に聞いていたのは五虎退と乱藤四郎で、乱がふと尋ねた。
「あるじさんは結婚願望ってあるの?」と。
おそらくその時点で計画は動き始めていたのだろうといまなら思うが、当時は純粋に単なる会話のネタの一つだと解釈していた。
事実、乱自身も昨日見たテレビできれいな花嫁衣装を見て、夫婦という単語から連想したのだ、と尋ねた理由を話していた。
驚きながらも主は、自分を望んでくれる相手がいるなら、というなんとも消極的な答えを返した。
乱が不満そうな表情を見せたからか、もちろん小さい時はお嫁さんに憧れはちゃんとあったのだと慌ててつけくわえて。
桃の節句の時に祖父母に、大人になったら雛人形のようなきれいな着物の花嫁姿を見せるという約束をしていたのだと言った主の表情はやはり寂しげで、獅子王はしばらく忘れられそうにないと思った。
「俺さ、主は何かに心を留められていないと、すぐ消えちゃいそうに脆いなって時々思うんだ」
獅子王の言葉に御手杵は驚きを見せたが、けれどしばし考えて、確かにそうかもしれない、と同意した。
大倶利伽羅に想いを寄せて、彼もまた主のほうを向いているうちは安心できるが、そうでなくなった場合は自分たちの前から姿を消してしまいそうな気がして仕方がない。
そういう意味では、大倶利伽羅にかかる獅子王の期待は包丁藤四郎以上かもしれなかった。
ふと、庭の方が騒がしくなったことに気づいて、二人は顔を見合わせた。
見ると、向こうの審神者が助手として連れてきた鶴丸国永とは別に、この本丸の鶴丸がいつの間にかそこにいて主に何か話しているようだ。
そうして鶴丸は主の背を押しながら、屋敷の中へと入ってきた。
「あるじさま!とーってもきれいですよ!」
今剣が笑顔でほめるのに対して、審神者は困惑の表情を浮かべた。
撮影がいつまでも始まらないので何かあったのかと尋ねると、花嫁のモデルを務める女性が来れなくなってしまったと連絡があったのだという。
なので撮影が後日に延びるかと思ったが、カメラマンでもある男性審神者がモデルを引き受けてほしいと突然頼んできた。
とっさに無理だと断ったが、そばで話を聞いていた秋田藤四郎や鶴丸国永は楽しそうに勧めてくるし、向こうの鶴丸や燭台切光忠、加州清光もぜひにと頼んできて、結局断り切れずにモデルをやる羽目になってしまった。
赤い裏地などが印象的な赤ふきの白無垢を、向こうの燭台切光忠とこちらの篭手切江や次郎太刀などの手伝いによって着付けられていた。化粧や髪のセットには二つの本丸の加州清光がタッグを組んだ。
昔ながらの日本髪のかつらなのかと思ったが、元の髪を活かす洋髪なので気が楽でもあった。
そうして歌仙兼定に手を引かれ、撮影場所である庭の朱色の橋の上に立った。
着ている物が物なので大きなポーズが取れない代わりに、表情や小さなしぐさに細かな注文が入る。
けれど撮られ慣れていないのと自分のところの刀剣男士たちが様子を見ているのもあって、審神者はぎこちない表情しかできなかった。
幸せそうに微笑むとは、どんなふうであろう。
そのため途中で自分の助手を務める男士たちと話し合いを始めた男性審神者の姿に、何か問題が発生したのだろうかと心配になる。やはりこんなモデルでは衣装の魅力が発揮されないのかもしれないと申し訳ない気持ちが募り、審神者は視線を池の方に向けた。
澄んだ水に映る花嫁姿。祖父母が見たら喜んでくれただろうかとふと思い、視線を男性審神者のほうに戻すと、今剣がどこかへ走っていくのが見えた。
助手としてスタイリストを務めている向こうの燭台切光忠が、いったん休憩にしようと言って審神者の手を引いてくれ、そろって縁側のほうへと歩いていく。
「一つ訊いてもいいかい?」
首をかしげて、どうぞとうながす。
「君とここの伽羅ちゃん……は、もしかして好い仲だったりするのかな?」
好い仲とはどういう意味だろうと誤魔化せたらよかったのだろうが、動揺してしまって結果認めるようなことになってしまった。
頬に熱が集まるのを感じ、どうしてそんなことをと尋ねる声が震えてしまう。
「ああ、別に責めてるとかそういうんじゃないよ。というか、だったらなおのことこちらにとってはありがたいというか……」
独り言なのか、燭台切光忠の言葉が尻すぼみになっていく。
どういう意味だろうと首をかしげると、彼は、こっちの話だと笑ってごまかした。
そうして用意された椅子に腰かけて休んでいると、いくつかの声が聞こえてきた。
「はやく、こっちですよ!あるじさまがまってます」
「おい離せ、引っ張るな」
「伽羅坊、きみ短刀に引っ張られるなんて大丈夫か?」
「うるさい、余計なお世話だ。というか押すな!」
「はい、とうちゃーく!」
声の主は今剣、鶴丸国永、そして大倶利伽羅の三人だ。
何事かと尋ねれば、今剣は大倶利伽羅を指して「はなむこをつれてきました!」と笑顔を浮かべる。
話が読めない審神者が大倶利伽羅の背を押してきた鶴丸を見ると、撮影に花婿も欲しいんだそうだと、片目をつぶる。
そうしてカメラマンの男性審神者がやってきて実は、と話すのは元々花婿役には自分のところの大倶利伽羅をモデルとして使うつもりがあったのだが、その肝心の本人が来れないので花嫁同様に花婿の代役をここの男士に頼めないかと話し合っていたというもので。
「花婿役と、花嫁のモデルの子の迎えを頼んで行かせたんですけどね。花嫁役の子が来れなくなると結果的に花婿も来れるはずがなく……」
そう言って申し訳なさそうに肩を落とす。
「で、その話を今剣が偶然聞いて、伽羅坊を連れてきたってわけだ」
そうつづけたのはこちらの鶴丸だ。
男性審神者に対して今剣は、自分が最適な代役を連れてくると約束して、そして連れてこられたのが大倶利伽羅であったということだった。
「だってあるじさまのはなむこなら、もうきまっているじゃないですか」
とうぜんのことです、と今剣は胸を張る。
だが肝心の大倶利伽羅は明らかに不本意という顔をしているのを見て、審神者は以前の朝のことがよぎったのもあって、誰か他の男士に、と口にした。彼に無理をしてほしくなかった。
「どうしてですかあるじさま。だって」
「べつに、構わない」
困惑した様子の今剣の声をさえぎったのは、それまで黙り込んでいた大倶利伽羅だ。
ため息をついて、表情は不本意そうではあるが、拒否したいという雰囲気は見えなかった。
素直じゃないとからかう鶴丸を、大倶利伽羅は睨んだ。
撮影が再開された。
橋の上で、大倶利伽羅が左手に持つ和傘の下に二人はいる。
もう一歩近づけば互いの体が当たる距離だが、どことなく主である審神者の方には遠慮があった。
表情は沈んでいて、目線は彼には向いていない。
今日まで妙に意識して避けて距離を取ってしまっていた所為か、と大倶利伽羅は小さく息を吐く。
「……すまなかった」
主が目線を上げる。見慣れない口元の紅がやけに目を惹いた。
「あんたに思うところがあって、避けたわけじゃない。ただ……」
けれどそのあとの言葉を彼は見出せず、何でもないとしながらも刀を握る右の手に思わず力が入っていた。
主は小さく首を振って、こちらこそごめんなさいとささやくと、ぎこちないながらもそっとほほ笑んでみせた。
向こうの鶴丸国永に誘導されて、二人は離れの前に移って少し休むことにした。
カメラマンの審神者が自分の所の燭台切と何かを相談しているのを主が不安そうに眺める横顔を見て、大倶利伽羅は左手で主の手をそっと握りしめた。
一瞬驚いた反応を見せて、主は大倶利伽羅を一瞥して視線を戻し、握り返してくる。
握り返す手の力の強さを確かに感じながら、彼は内心の安堵を表情に出さないように気を張り、そうして何かを言いたげな鶴丸国永を横目で見て、なんだ、と声をかけた。
「ああ、いや。戦装束も悪くないが、やっぱり結婚の写真って感じは難しいよなぁと思ってな」
遠回しながらこの鶴丸の言いたいことを察して、大倶利伽羅は嫌な予感を抱く。
ほどなくしてその予感は的中したが、当たったからといって何の慰めにもならないので、いくらか彼の機嫌は悪くなった。
「おお、やっぱり花婿ならこうでないとな!」
鶴丸国永の嬉しそうな声が聞こえて、大倶利伽羅は鏡越しに不本意そうな表情をする自分を見た。
いま喋ったのはどちらの本丸の鶴丸だろうか、とどうでもいいことを一瞬考えて現実逃避をしてみるが、残念ながら何も変わらない。
ひょいと姿見を覗いた鶴丸と目が合う。
「すまんな。うちの主が伽羅坊にモデルをさせるつもりでいたから、用意した羽織の紋がきみら『大倶利伽羅』の紋なんだよ。まあそれは後で主がどうにでもするから、体格合うやつなら誰でもよかったんだが……」
「わざわざそんな余計な手間をかけることはないさ。そうだろ?」
そう言ってもう一人の鶴丸が同じく鏡を覗き込む。
「ああまったくだ。やっぱりしっくり来る」
「……」
左右を鶴丸国永に挟まれるという構図を鏡を通して客観的に見て、大倶利伽羅はうんざりした。
着替えを終えて大倶利伽羅が離れを出ると、先ほどよりも見物をする刀剣男士の数が増えていた。
何かを主と話していたらしい乱藤四郎が気づいてかっこいいと褒めたが、それで気分を回復するほど単純ではないと自負がある彼はため息をつくだけに留める。
それにしても乱と一緒にいる包丁藤四郎がやけに機嫌が良さそうなのはどうしたのかと思ったが、深く追及する気にまではならなかった。
主の手を引き、大倶利伽羅は再度池の上の橋に立った。
「だいぶその格好でいるだろ。疲れたんじゃないか」
大倶利伽羅がそう声をかけると、主は少しだけ疲れた、としながらもこんな機会はめったにないから少し楽しくもあるとほほ笑んだ。
今日はきっとよく眠れるかもしれない、と言いながら池に視線をやる。
彼もそちらへと視線をやって、池の水鏡に映る自分たちを見つめた。
こちらで勝手に撮るので自由に動いて話していいと言われているので、多くの視線を感じつつも二人はくつろいだ気分でいた。
気恥ずかしさはまだ残ってはいるが、互いを避けていた間に募った想いもあって物理的な距離を取りたくないという気持ちは共通の物だ。
加えて大倶利伽羅は戦装束でないことを心許ないと感じる一方、白無垢姿の主を武具で傷つけてしまいそうな心配がなくなってもいたので安堵していた。
手をつないだまま橋の反対側あたりまで歩いたところで、大倶利伽羅は一歩踏み出して距離を縮め、言い忘れていた、と口を開いた。
何を、と戸惑う気配をよそに彼は主にだけ聞こえるように顔を寄せ、ささやく。
「よく似合っている。きれいだ」
主は驚いた様子で目を瞬かせたものの、彼の言葉と穏やかなまなざしにそれが本心であることを見てとったようで、この日一番嬉しそうにほほ笑んだ。