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水面下の計画-1-

「おはようございます主さま、実はまたお見合いの話が来ています」

朝食時、突然現れたこんのすけは挨拶を含めながらさらっと用件を告げて、大広間をまたも騒然とさせた。
タイミング悪くお茶を飲んでいた者は幸いにもいなかった。
箸は落ちる寸前でキャッチしたので無事だったり、おかずをうっかり味噌汁に落とす前に口に入れることができたが、あいにくと主である審神者がご飯を詰まらせかけてむせこむことまでは防げなかった。
近くにいた五虎退と前田藤四郎が慌てて水の入ったコップを差しだし、背中をさする。

「おい、どういうことだ」
前回は冷たく見下ろすだけであったのに、今度は山姥切国広はこんのすけの頭を鷲掴みにした。
「いだっ、痛いっ、痛いです!主さま助けてください!」
宙ぶらりんの格好でこんのすけは助けを求めるように手足を動かす。慌てて審神者は山姥切をなだめながら手を離させた。
今度はいったいどの刀剣男士に、と審神者が呆れながらも尋ね、頭を撫でてやる。
「いえ、実は主さまに」
「……は?」
撫でていた審神者の手が止まり、山姥切が呆気にとられた声を出す。
大広間がシンと静まり返ったところで、審神者の目の前からこんのすけが消えた。
え、と思いながら顔を上げると、大倶利伽羅がこんのすけの頭を掴んでいた。
そうして彼は無言のまま障子戸を開け、外に思い切りこんのすけを放り投げるとすかさず戸を閉め、自分の席に戻った。
何事もなかったかのように食事を再開する一連の行動があまりに自然で、他の者も止まっていた手を動かしはじめる。

「なにするんですか!」
障子戸を器用に開けて戻ってきたこんのすけの抗議に、大倶利伽羅が舌打ちした。
「主さまぁ!」
こんのすけが泣きながら審神者の膝に飛び込むが、山姥切が首根っこを掴んで引き離す。
「説明しろ、こんのすけ。それと今度から話を持ってくるなら食事の後にしろ。朝から混乱させるのはやめてもらおうか」
普段の彼と比べると低い声で、翡翠のような色の目をひどく冷ややかにして山姥切はこんのすけを見下ろす。
「わかってます、わかってますよぅ……」
「確かだろうな。もし三度目があれば俺も容赦しない」
しゅんとうなだれたこんのすけをいささか乱暴に放って、山姥切も食事を再開した。

食事や片づけが終わり、刀剣男士たちが集まったところで、こんのすけは審神者に向き直った。
いわく、今回は刀剣男士ではなく、この本丸の主である審神者に見合い話が来ているというのだ。
登録された情報を元に話が来ている、と説明された時に審神者が、登録した覚えなど無いと待ったをかけた。
「結婚適齢期の審神者はすべて登録されているんです。あくまで可能性を広げるというものなので、お断りしても問題ありません」
「なら断る一択だろう。少なくとも今の時点ではな」
論ずるに値しない、と鶴丸国永が断言する。
せっかく話を持ってきてもらって悪いけれど、と審神者も断る意思を見せると、もう少しくらい考えてみてください、とこんのすけが食い下がる。
だが不穏な空気を感じ取って尻尾をピンと立てた。慌てて審神者の後ろに回り込んで身を隠す。
腰を浮かしかけていた大倶利伽羅と山姥切国広がそろって舌打ちして、座り直した。

「悪いことは言わん。こんのすけ、おとなしく帰った方がいい」
苦笑する鶴丸にうながされ、こんのすけはしぶしぶうなずいた。
「そうします」
お騒がせしました、と落ち込んだ様子でこんのすけは戻っていった。かわいそうなことをしただろうかと心配そうな審神者の両手を、そばにいた乱藤四郎が握った。
「大丈夫だよ、あるじさん。こんのすけは結構図太いよ。それより!あるじさんは大倶利伽羅さんのお嫁さんになる予定なんだからお見合いなんて必要ないんだよ?」
だよね、と乱は可愛らしいウィンクを、大倶利伽羅に向かってしてみせた。
思わぬ被弾に大倶利伽羅は固まり、審神者は顔を赤くして慌てだす。
そんな両者を見やって薬研藤四郎と鶴丸国永と太鼓鐘貞宗は顔を見合わせてうなずきあった。


「ごめんなさい、鶴丸さん、薬研。ボクが先走っちゃったから、あるじさんと大倶利伽羅さんの仲がギクシャクしちゃった……」
申し訳なさそうな表情を浮かべて乱藤四郎は肩を落とした。

つい先日、主である審神者の元に同じ審神者が相手の見合い話が持ち込まれたが、刀剣男士たちの一存で断られていた。
彼らは自分たちの主をまだ余所へやりたくなかったし、何より主には恋仲の相手がいるのだから、それを無視して見合いなど無粋にもほどがあろう、と。
だがそのとき飛び出た、主は大倶利伽羅の嫁になる予定なのだから見合いなんて必要ない、という乱藤四郎の発言は当人たちに思わぬ波紋を呼んでいた。

ただでさえ想いを伝え合ってもなにかと周りを心配させる二人なのに、どうやらあれ以降意識してしまっているせいか微妙に相手を避けて、距離が離れてしまうようになっていた。
そんな二人の姿は、一部の男士に気を揉ませることになった。
その一部である薬研藤四郎は兄弟刀の肩をたたいて慰めつつ、どうしたものかと眉を寄せる。

実は彼、薬研藤四郎と乱藤四郎、そして鶴丸国永らほか数振りの刀が中心となって最近ある計画を立てはじめたばかりだった。
それが、主である審神者と大倶利伽羅をそう遠くない将来に結婚させる、というもので。

審神者として刀剣男士を率いる者の数は減ることはあっても急激に増えることがないのに、歴史修正主義者との戦いは膠着状態に陥っている。
政府が、審神者同士を結婚させてその間に生まれた子供に励起の力が遺伝することを期待したとしても、何の不思議もない。さらにはその子供を新しい審神者として育成しよう、と考えるのも。
そうして審神者の見合いだの婚活だのが活発になるなか、刀剣男士と審神者の間に子供をもうけることが出来た事例が複数確認された。
しかもその子供は高い確率で励起の力を持っている。
そのため政府は、刀剣男士と審神者の結婚を特に強く支援するという方針を打ち出した。
また、審神者同士の結婚ともなると場合によっては自分たちの主を余所に取られる格好になることに不満を示す者も少なくはなかった。
なので審神者が自分の本丸の刀剣男士と婚姻を結べば、これまでと変わらず主として存在するわけで、今のところは大きな問題点もないように思われた。

審神者と刀剣男士の結婚が可能で認められているともなれば、静かに二人を見守ってきた彼らが張り切って計画を立てるのも無理はなかった。

「どうしよう、鶴丸さん」
「あの二人は無理にこちらが関わろうとすると余計に反発するからなあ」
大倶利伽羅もだが主もなかなかに厄介で、お膳立てされると変に遠慮して頑なになる。
先日の見合い騒動を経て少しは距離が縮まったようだが、それでも油断はまだできないと思っていた矢先のこれだ。前回ほど深刻ではないのが救いだろうが、うっかりどこで拗れるかわかったものではない。

「けどまあ、意識してるってことは悪い展開でもない。少なくとも伽羅坊ならその気がなければはっきり口にするだろうからな」
「じゃあ計画はこのまま進めていいの?」
「頓挫なんてさせないさ。ただし、これまで以上に水面下でだ」

主を持つ刀として主人を早々余所にやりたくないのも確かに理由の一つだが、同じだけの理由として、祖父母も両親も失って血縁のいない主に家族を作ってやりたい、というのがあった。
その意味では、相手が刀剣男士でなくてもいいことにはなるが、せっかくいまは恋仲の相手がいるのだからどうせなら生涯を共にしてもらいたい、と考えるのはなにも不自然なことではない。

改めて計画の遂行を確認しあったそんな矢先、鶴丸たちにとって思いもかけない話が本丸にもたらされた。

「この本丸を撮影場所として貸す?」
この日の夕食の担当は鶴丸国永、加州清光、歌仙兼定、包丁藤四郎、一期一振の五振りだ。
味噌汁のみその調整をしていた鶴丸が、漬物を切る加州から聞かされた話に首をかしげた。
「そう。さっきこんのすけが来ててさ。他の本丸のこんのすけから打診されたって主に言ってた。なんかねー、審神者向けの結婚関連ネタらしいよ」
「ほう……」
「結婚!?」
鶴丸と、そして包丁藤四郎が反応を見せた。彼は常々、お菓子を作れる主が結婚をして人妻になればそれはもう自分にとって嬉しい状況だと考えていた。
なので薬研達の立てている計画には彼も噛んでいる。
主が余所にお嫁に行くのではなく、ここで大倶利伽羅と結婚してくれればこの本丸に人妻がいることになるのだから、と。
そういった意味で距離のあるいまは、非常に歯がゆくもあった。

「フォトウェディングって言って、式を挙げるんじゃなくて衣装を着て写真を撮って式がわりにするってのがあるんだってさ。で、そのサンプル?だとかの撮影場所としてここの庭とかを借りたいんだって」
「主はなんて?」
「頼みとあればぜひ、って。まあ断らないでしょ、主は基本的に人が好いし」

先日の朝以来この本丸内ではあまり触れられないようになっている結婚という言葉だが、単に撮影場所として貸すというだけならば主も気にしていないのだろう、と加州。
詳細を聞いて、包丁は肩を落とす。撮影ということは本物ではないということだ。
つまらない、と唇を尖らせながらぼんやりと考えた。
いっそのこと『そのときふしぎなことが起こった』みたいな奇跡でも起きて、主が花嫁姿を見せてついでに大倶利伽羅が主との結婚を意識してくれないだろうか、と。
そんな突拍子もない考えが浮かんだのは、ある古い特撮作品を兄弟たちと見たばかりであった所為かもしれない。
一緒に準備をしながら弟の様子を眺めて、一期一振はなんとなく弟の考えが読めて苦笑した。


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