ふと何かに気づいて視線を雪見障子に向けると、ガラスの向こうの庭の池の石にはいつの間にか雪化粧が施されていた。
雪が降ってきたのだ。
外に出て手を伸ばすと手の平に落ちた雪はすぐに水に変わる。
朝には積もっているだろうかと期待しながら空を眺め、寒さに体を震わせて慌てて部屋の中に戻った。
彼、大倶利伽羅がそれを見たのは偶然だった。
先ほどまで男士総出で雪かきの作業をしており、いまは集めた雪でかまくらを作るのだと一部の男士が盛り上がっているのを横目に林道の積雪具合が気になって足を向けたところで、そちらへと歩いていく主の姿を見つけ、声をかけた。
振り向いた主の手には黒塗りの半月盆があって、どうやらこれから冬の時期恒例の雪うさぎ作りに行くようだと彼は理解した。
雪で覆われた林道を主が転ばないようにと手を引いて歩き、やがて着いた開けた所もすっかり雪景色になっていた。
特に桜の木のそばには多く雪が積もっていて、主は早速雪を集めてお盆の上で半球状に固め、南天の葉や赤い実を耳や目に見立てて雪うさぎを作る。
それを何度か繰り返してお盆いっぱいに雪うさぎを量産していった。
恒例と言うとおり、主は雪が降るといつも雪うさぎを作ってお盆に載せ、部屋の前に置いている。
去年の今頃もやはり作っていて、あの時はかなり大きな雪うさぎで、それを見た加州清光が「でっぷりしているから微妙に可愛くない」と大笑いしていた。
雪うさぎで埋めつくされたお盆を手に嬉しそうにしているので、そんなに雪うさぎが好きなのかと、大倶利伽羅はいくらか呆れた調子で尋ねていた。
主は、雪うさぎがというよりも雪そのものが嬉しいのだと答えた。審神者になる前に住んでいた所は積もるほどの雪は降らず、こうして触れる機会が少なかったのでその反動かもしれない、と。
なので本丸で暮らすようになって最初の冬に雪が降ったときに嬉しくてついはしゃぎすぎて風邪を引いてしまったことがあったと苦笑した。
本丸の最初の冬は、大倶利伽羅の記憶にもある。
彼が顕現して半年が過ぎた頃で、そういえば確かに主が風邪を引いたことに何振りかの刀が心配そうにしている姿を見かけていた。
彼自身は、予定していた出陣が取り止めになったことに対する不満があって主の心配などは特にしていなかった。
あの当時は主への興味など無かったことに加え、山姥切国広が大げさに心配する必要はないと、不安そうな五虎退に言っていたのを聞いていたのも大きかった。
山姥切がそう言うのなら何も問題はないのだろう、と。
思い返している間に主は小さな雪だるまと雪うさぎを完成させ、木の根元に並べていた。
まるでここで過ごしている時の自分と主のようだと彼が二つの雪像に記憶を重ねていると、ひと仕事終えたかのような様子で息を吐いた主がふと振り返った。
そういえば寒くないの、と主は巻いていたマフラー代わりのストールを外して彼の首に巻こうとするので、必要ないと首を振る。
彼はいつもの内番服で防寒対策を何もしていないが、それほど寒さは感じていなかった。
本丸の領域内は極端な温度変化はしないと以前に管狐が言っていたし、そもそも刀剣男士たちは暑さや寒さに対して人間と比べると鈍い。
そうなんだ、と納得はしつつも心配そうにするので、だったらいい方法があると言って大倶利伽羅は主の体を腕の中におさめた。
いくらか冷えてはいたが、彼にとっては布よりもずっと好ましい。
そうして熱を分け与えるように唇を重ねた。
審神者の執務室裏手に建つ小さい厨房の窓の向こうに複数の人影が動いているのが見え、通りがかった大倶利伽羅は足を止めた。
誰が何をしているのだろうかと思いながら様子を眺めていると、扉が開いて数人の短刀男士が手に袋を抱えて出てきた。
そばには主の姿があり、どうやら一緒に菓子を作っていたようだ。
戸口に立って主は彼らを見送り、そうして踵を返しかけて大倶利伽羅に気づく。
ほほ笑んで、名を呼びながら手を振るので彼はそちらへと向かった。
中に入ると、作業台の上には白い生地のまんじゅうが並ぶ皿が置いてあった。
かたわらには紅い着色料の入った小さな器と竹串や金串などがある。
主は白い生地に竹串で紅い色をつけていく。さらには金串の先端を火で熱し、表面に筋を二本、焼き入れる。
そうすると単なる白いまんじゅうが雪うさぎに変わった。
先ほどまで短刀の男士たちとこうしてお菓子を作っていたのだと話す横顔を眺めながら、つい先日の雪が降った日のことに彼が意識を向けていると、そっと唇にしっとりとした何かが触れた。
思わず肩が跳ねる。見れば、皿に並んでいた雪うさぎのひとつを主が彼の口元に寄せていた。
何を思い出していたの、と尋ねる主はいたずらっぽい笑みを浮かべていた。
見透かしているかのような主の表情に彼は気恥ずかしさを覚え、咄嗟に主の腕をつかむと口を開いて雪うさぎのまんじゅうを一口で収めた。
ついでに主の指先もわざと唇で食むように触れる。
主は短く悲鳴を上げて顔を赤くし、体を震わせて逃れようとするが、大倶利伽羅は素知らぬ顔で食べながらも離そうとはしなかった。
主の動揺と混乱がつかむ手を通して伝わってくる。
いまのような触れ方は一夜を過ごすときだけにしていたから、まさか昼間にそうしてくるとは思っていなかったのだろう。
彼は内心でため息をつく。主の負担にならないようにと思って自制していただけで、煽られたのなら話は別だ。
反撃をしないという選択肢はない。
「……美味かった」
飲み込んでやや素っ気なく言葉にして主に視線をやると、泣きそうな顔とかちあった。
いつもの彼なら主が泣いている姿など見たくはないと慰めにかかるが、頬を染めながらその目に恥ずかしさとは別に欲望がちらついているのを見て取って、衝動的に体を抱き寄せていた。
腕の中で主の体が緊張で硬くなる。
大倶利伽羅はため息をついて、なんでまだ昼なんだとぼやいた。
──今が夜であったならすぐにでも主と熱を分かち合うのに。
言葉の代わりに主の首に軽く歯を立てる。
彼の行動の意味を悟ったらしい主の焦った声がして、大倶利伽羅は小さく口元を緩め、冗談だと耳元でささやいた。
「いまここであんたを求めるつもりはない」
額に口づけを落とし、名残り惜しく思いながら体を離す。
ここは主にとって大事な場所だ。いくら情欲を煽られたとしても、不埒な行為に及ぶことなど出来ない。
主はあからさまに安堵した様子で息を吐きだす。
少しくらいは残念がって欲しいが、一瞬でも彼を求める色をたとえ無意識でも滲ませただけでいまは十分とすべきだろう。
「その代わり……今夜は遠慮しない」
そう告げれば主は肩を跳ねさせ、そっと彼を伺うように目線を上げて、ためらいつつもうなずいた。
主はこれまで二人で朝まで過ごす時間を恥ずかしがっても一度も拒むことはなかった。
それでもどこで気が変わるかわからない不安も確かにあったので、大倶利伽羅は内心で安堵した。
「……そういえば今日は見回りは無かったか」
だったら外を気にすることなく、あんたを堪能出来るな。
手をつかんで指先に口づけを落としながら目を見つめてささやけば、主は瞬時に顔を真っ赤にした。
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