──再挑戦の機会があるとしたら、きみならどうする?
そう言って、鶴丸国永は何かを企んでいるという表情を隠しもしなかった。
それと対峙する格好となった大倶利伽羅は、とりあえず手近な座布団をつかもうとしてそれがすでに鶴丸の傍らにあることに気づき、舌打ちした。 用意周到さが相変わらず腹立たしい。
「なんだ、いきなり」
「去年、こんなふうにきみに話を持ち込んだことを覚えているかい?」
「……忌々しいことにな」
大倶利伽羅はため息をつく。本当なら答えることすら面倒くさいが、こういった時は無視するとしつこいので仕方がない。
「なら話は早い。再挑戦といこうぜ、伽羅坊。主との現世デートだ」
「……暇なのか?」
「ああ暇さ!悪いか?」
「開き直るな」
「きみと主を見守るくらいしかやることが無いんだよ。そんな俺のささやかな愉しみをきみは奪うつもりか?」
「……」
「きみはいいよな!修行に出て、主のために戦場に出られる。なのに俺ときたら、これ以上成長の余地がない!」
「その演説は長いのか?」
「まったく最近のきみは優しさが足りないんじゃないか」
「優しくしてやる義理も必要もない」
「けど主には優しくしてるんだろう」
「うっとうしい……」
「そういう返しはつまらんなあ」
それがうっとうしいのだと答えようとして、大倶利伽羅は代わりにため息をついた。
これ以上会話に付き合うこと自体が鶴丸の思惑に乗ることになるのではと今更気づいたからだ。
鶴丸相手だとどうにも言質を取られてしまう己の流されやすさにはうんざりするしかない。
「暇なら畑でも馬でも好きに手伝ってきたらいい。手はいくらあっても困らないんだ」
「……本当に真面目だよな、きみ」
「馬鹿にしたいだけなら出ていけ」
いい加減邪魔だ、と戸口を指差せば、鶴丸は両手をあげた。
「わかったわかった、きみをこれ以上怒らせるつもりはない。ただふざけてるつもりもないさ。きみたち二人を見守りたいのは本当だ」
「……」
「信用がないなあ」
「用件は手短に話せ」
「じゃあまあ手短に。……現世で今年も花火大会があるそうだ。二人でまた行ってきたらどうだいっていう提案さ」
「行く理由がない」
「おいおい、恋仲の二人が出かけるのにデート以外の理由がいるか?」
「何を企んでいる」
「前と同じ、きみと主をデートさせたいだけさ。かわいい企みだろう?」
無言のまま疑わしそうに大倶利伽羅は鶴丸を睨む。
そんな視線など意に介した様子もなく、鶴丸はどこかいたわるような表情を浮かべた。
「形ばかりじゃない、ようやくの恋人同士になったんじゃないか。なら今度こそちゃんと主に花火を楽しませてやれよ」
鶴丸の言葉に一瞬眉をひそめ、大倶利伽羅はいくらか警戒の眼差しで目の前の白い太刀を見た。
主から想いを告げられた当初の彼の気持ちが伴っていなかったことは、これまで一度として他から言及されたことがなかったので誰も気づいていないと、彼自身もなかば忘れかけていた。
いまとなっては考えられないほど、あの頃は主と恋仲であるという状況に関心がなかったのだ。
「なんで知ってるんだって顔だな。この鶴丸国永を舐めてもらっちゃあ困る。あのときの主へのきみの想いがそこまでじゃなかったのは知っている、というかわかっていたよ」
「……」
「そもそも、デートをお膳立てされているのに二人とも乗り気じゃない時点で温度差があることはわかることさ」
黙り込む大倶利伽羅をよそに鶴丸はため息をつく。
気づいていたのは鶴丸国永だけではない。燭台切光忠も太鼓鐘貞宗も一度も口にすることはなかったがやはり気づいていて、そして暗黙の了解で二人を、特に大倶利伽羅を見守っていた節はある。
気づいていることを悟らせず、けれど時には大倶利伽羅にとっては余計なお世話であることを承知で背中を押してきた。
その頃には大倶利伽羅の心境に変化を見てとることが出来ていたから、彼に見合い話が来て二人がすれ違っていたときには寂しい気持ちさえ抱いたものだ。
「ま、きみにとっちゃ俺に口出しされるのが単純に気に食わないんだろうが、この俺につけ入る隙を見せるきみにも問題あるんじゃないか?」
「……」
「余計なお世話は承知の上さ。でも俺は、きみのそばであの子に笑っていてほしいんだよ」
あの子が死にかけて余計にそう思うようになってしまったとつぶやいて、鶴丸は目を伏せた。
「……本当にうっとうしいな」
言葉と共に息を吐きだす。
こうして指摘されたくないところを確実に突いてくることにかけてはこの男は他の追随を許さないだろうと大倶利伽羅は思い、その的確さと狡猾さ、そして自分の隙の多さに心底うんざりした。
「主とのデートがそんなに嫌なのか?」
去年同様、頼んでもいないのに浴衣の着付けを買って出た燭台切光忠に対してはもはや大倶利伽羅は何も言わないでいたが、面白がっている様子で見に来た太鼓鐘貞宗には鏡越しに嫌そうな表情を向けた。
「誰も嫌とは言ってない」
「その表情じゃ説得力ないぜ。まあ楽しそうな伽羅なんて想像つかないけど、もうちょい嬉しそうにはしろよ。せっかくのデートなんだしさ」
そのやりとりに、帯の調整をしていた燭台切が笑い声をあげる。
「伽羅ちゃんはね、鶴さんの思惑どおりになるのが気に食わないだけなんだよ」
「おい、余計なこと言うな」
「けど自分からデートに誘うこともできないから腹が立つんだよね」
「光忠!」
「はい出来た。うん、よく似合っているよ」
景気づけなのか背中を叩いて、燭台切は笑顔を見せた。
このようなときの燭台切光忠は鶴丸国永同様に、彼にとっては天敵のような存在になる。
何もかもお見通しだといわんばかりの笑顔に対して沸きあがった腹立たしさと、背中に広がっていく痛みに大倶利伽羅は忌々しそうに舌打ちした。
主を迎えに部屋を訪ねると、丸椅子に腰掛ける主と、その手を取って真剣な表情を見せている加州清光、化粧道具などを片付けている乱藤四郎の姿があった。加州が大倶利伽羅に気づく。
「お、いいタイミング。主の準備、終わってるよ」
そう言って加州は主の手を取って立ち上がらせると大倶利伽羅の元へ引いていく。
浴衣とまとめ上げた髪は去年と同じで、違うのは髪に差しているかんざしが、彼がこの日のためにと選んだ涼やかな青色の玉かんざしに変わっていることだった。
あの時は見とれたことを不覚だと感じたが、今回は見とれる以上に、他の男の目に触れさせたくないという独占欲が沸きあがるのを感じていた。
「浴衣を新調しない分、今回はネイルとかで工夫したんだ。なかなかいいと思うんだけど、どうよ?」
そう言って加州は主の手の先を大倶利伽羅に見せてくる。
主の爪は夜空を思わせる色で塗られていてそれを土台に、明るい色で花火が描かれていた。
普段は薄くだが化粧をしていることは知っているが、こんなふうに爪を彩っているのは初めて見たように思う。
「ほら大倶利伽羅さん、あるじさんになにか言うことあるんじゃない?」
「っ、……悪くない」
急かされ、思わず視線をそらしながら大倶利伽羅が言葉にすれば、乱と加州は顔を見合わせ苦笑しつつうなずいた。
他の目がある前で素直に褒めるのはきっと大倶利伽羅の性に合わないのであろうから、この言葉が引き出せただけでも及第点だろう。
玄関で下駄を履く二人の背後には去年同様に冷やかし目的の輩が大勢、見送りと称してやはりたむろしていて、大倶利伽羅はため息をついた。暇なのは鶴丸国永だけではないらしい。
「気を付けて行って来いよ。伽羅坊、主を頼んだぜ」
「わかっている」
図らずも去年と同じやりとりになったがそのことは気に留めず、大倶利伽羅が手を差し出すと、主は彼の手に自分のを重ねた。
転びやすい主のためであり、はぐれないようにするためでもあり、何より彼が自分自身の気持ちに従った結果に主が疑問を抱かないことに安堵した。
男士たちに見送られ、待っていたこんのすけと合流し、共に現世へつづく道を歩いて行く。
舗装された道に二人分の下駄の歯が当たる音が響くなか、先を歩くこんのすけの尻尾が左右に揺れるのを審神者がぼんやりと眺めていると、ふいにつかまれていた手が離れ、驚くより先に指を絡める形につなぎ方が変わった。
思わず視線を向けたが、さも当然のような横顔があるだけだった。
街灯の近くに立って、審神者はため息をついた。
去年と変わらず人の出が多く、そしてはぐれた前例があるので二人は屋台通りを避けることにして前回花火を鑑賞した場所に向かっていたのだが、その途中で後ろからすれ違いざまに強くぶつかられ、思わず転びそうになった。
大倶利伽羅がとっさに支えてくれたので事なきを得たが、気がつくと手にしていた底が竹かごの巾着が無くなっていたのだ。
ぶつかられた際に奪われたのだと気づき、あれには身分証も端末も入っているのにどうしようと審神者が顔を青くすると大倶利伽羅が、取り戻してくるから絶対にここから動くなと告げて、人ごみの中へ追いかけて行ってしまった。
止める暇もなく、こんのすけを呼ぶにしても人目もあったので、彼に任せる他ないと審神者はすぐ近くの街灯のそばで待つことにしたのだが、はぐれてないにしても一人でいるのはかなり不安だ。
もっと自分がきちんと荷物に意識を向けていれば起きなかったことかもしれないと思うと、楽しんでおいでと送り出してくれた鶴丸たちに申し訳ない気持ちで顔をうつむけると、ふいに石畳を打つ音がして、足元の視界に下駄が入り込んだ。
顔を上げると、浴衣姿の鶴丸国永が立っていた。
「なあきみ、また一人かい?」
人ごみに紛れたはずなのに確実に追いかけられている気配を感じて、男は舌打ちをすると、横に逸れて抜け出ようとした。
花火の有料観覧席を横目に周囲を不審にならない程度にうかがいながら足早に歩いていると、何かが石畳を打つ音が聞こえて思わず振り返る。
浴衣姿の男が一人、立っていた。それは確かに先ほどぶつかりざま巾着を奪ったときに目が合った相手で、男はキャップを深く被り、腕時計に視線を落として時間を気にするふうを装いながら、駆けだした。
途端、もう一度石畳を打つ音がして、気がつけば目の前に浴衣姿の男が立ちふさがっていた。
ひったくりの男は息を呑んだ。
ついいましがたこの浴衣の男は自分の後ろにいたはずなのにどうしてなのか。
「おい、さっさと荷物を返せ」
なんのことかとごまかしたものの、目の前の男は確信を持った目で視線を逸らさずにいる。
一歩後ずさり、ひったくりの男は背を向けたが目の前に壁があってぶつかってしまい、しりもちをつく。
こんなところに壁なんてなかったはずだと思いながら見上げて、ひったくりの男は再び息を呑んだ。
背の高い、浴衣姿の男が立っていたからだ。
「さっき運営スタッフに知らせて通報済みだよ。無駄に足掻かないほうがいいんじゃないかな」
言葉は柔らかいが、その男の薄暗い外で輝く炎のような色の目がひったくりの男を冷たく見下ろしていた。
背の高い男がただそこに立っているだけなのに、強固な壁を思わせる何かがあった。
背後からの静かな威圧と、目の前の冷ややかな男の眼差しにひったくりの男は逃げられないことを悟り、うなだれた。
通報によって出動した警察に男が連れていかれるのを見やって、大倶利伽羅は息を吐く。
取り戻した荷物を確かめ、あとは主の元に戻るだけだと踵を返そうとしたとき、燭台切光忠の名を呼ぶ女性の声が聞こえてきて、それが聞き覚えのあるものであったので大倶利伽羅は思わず足を止めていた。
振り返ると、浴衣姿の女性が燭台切に話しかけている。髪型は違えど、顔は彼の記憶にあった。
「光忠さん、荷物無事だった!?」
「問題ないよ、このとおり取り戻したから」
「よかったぁ」
女性は安堵の息を吐き、そうして大倶利伽羅の視線に気づいたのかふと振り向いて、目を丸くして息を呑むのが見えた。
「どうかしたのかい?」
燭台切が不思議そうに彼女と、そして大倶利伽羅のほうを見る。彼女はハッとして燭台切を見た。
「えっとその、前にちょっと……。あの、その節は大変ご迷惑をおかけして、すみませんでした!」
彼女は気まずそうにしつつも、大倶利伽羅の元に駆け寄って頭を下げる。
大倶利伽羅は首を横に振り、彼女をまっすぐに見つめて頭を下げた。
「……迷惑をかけたのはこちらもだ。すまなかった」
彼にもたらされた見合い話とその騒動から半年以上が経っている。
いくら主に対する想いを完全に自覚するきっかけになったとはいえ、一度は彼女との見合い話を受けようとして結果的に主や彼女を傷つけてしまった事実は彼の中で無かったことには出来ず、罪悪感として残ってずっと引っかかり続けていたのだ。
頭を上げてください、と慌てる彼女の声に大倶利伽羅は頭を上げ、小さく息を吐いた。
「元は私が無理を言ったのが悪いんです。父たちにも迷惑をかけてしまって……でもこうしてお会いできてよかった。ずっとちゃんと謝る機会が欲しいと思っていたので」
「俺もだ」
彼女が笑みを浮かべ、そうだ、と軽く両手を打ち合わせた。
「雑誌の写真見ました。すごく素敵でした」
「……そうか」
気恥ずかしく思いながら大倶利伽羅が視線をそらすと、彼女は微笑ましいといった様子で笑みをこぼす。
そうして彼女は自分を見守っている燭台切光忠を振り返って、正式に審神者に就任したことを告げた。
「今日は彼が誘ってくれたんです。私が花火が好きだって知っていたらしくて」
そうか、と相づちを打ちながら、大倶利伽羅は自分に露骨にならない程度に刺さる視線にそっと息を吐き、主を待たせているのでそろそろ戻ると告げた。
「あ、ごめんなさい!呼び止めちゃって……主さんによろしくっていうのも変かな。でもあの、こんなこと、私が言う立場じゃないってわかってますけど、主さんのこと幸せにしてあげてくださいね」
「……ああ」
お元気で、と挨拶をする彼女に大倶利伽羅はうなずき、背を向けて足早に歩きはじめた。
いつまでも主を一人にしておくわけにはいかない。
ひったくりを追うために主と離れたあたりまで戻ってくると、街灯のそばにその姿があって大倶利伽羅は安堵の息を吐いたが、隣に鶴丸国永の姿を見つけて眉を寄せた。
興味のないことは極力忘れたい彼ではあっても、その鶴丸のことは腹立たしいことに記憶に残っている。
去年のこの花火大会で知り合い、今年の正月の時に思いがけず再会した他本丸の鶴丸国永だ。
小さく舌打ちして、大倶利伽羅は主の元へと駆け寄った。
「お、来たな」
鶴丸の声に顔を上げれば、大倶利伽羅がこちらへと来るのが見えて審神者は安堵した。
彼の名を呼びながら駆け寄って、ケガしていないかと声をかけると、急に抱き寄せられた。
「一人にしてすまない。何もなかったか」
平気、と首を振って鶴丸国永を振り向き、あの鶴丸さんが一緒にいてくれたから大丈夫だったと答えれば、大倶利伽羅は苛立たし気にため息をついた。
それを見やって審神者は、うちにいる鶴丸さんとは違ってもやはり『鶴丸国永』のことがそもそも彼は苦手なのだろうかと苦笑した。
「やあ、正月以来だな」
「……またはぐれたのか?」
「参ったことにその通りだ。来て早々にはぐれてしまって、きみの主が端末が戻ったら連絡を入れてくれると約束してくれたものでね」
そう言って肩をすくめる鶴丸に、すぐに連絡しますねと言って審神者は巾着から端末を取り出した。
大倶利伽羅が戻るのを待つ間に、正月にこの鶴丸国永の主である審神者と再会した折、これも何かの縁だと連絡先を交換したことが鶴丸との話題にのぼり約束していたのだ。
連絡を入れてしばらくすると鶴丸の主である審神者がこちらに来るのが見え、手を振った。
去年と同じ場所で打ちあがる花火を見やって、大倶利伽羅は眉を寄せた。
彼自身は花火に対しての興味はさほどない。だが主に花火を楽しませるという目的を考えると、迫力に欠けるこの場所での鑑賞は適切ではないのではないかといまさらに思い、場所を変えるかと声をかけた。
もう少し大きく見える場所のほうがいいのではないか、と。
だが主は、そういうところは人が多いしここからでも十分だと遠慮する。何より大倶利伽羅が見つけてくれた場所だからと。
そうして大倶利伽羅の横に並んで遠慮気味に頭を傾けると、今年も一緒に見られてうれしいとつぶやく。もしかしたらこんな時間もなかったかもしれなかったからとつづいた言葉に、大倶利伽羅の脳裏に衰弱して床に臥していた主の姿、そして今日の発端となった鶴丸の言葉がよぎった。
『余計なお世話は承知の上さ。でも俺は、きみのそばであの子に笑っていてほしいんだよ』
失っていたかもしれない可能性が彼を突き動かして、主の体を強く抱きしめるという行動をとらせていた。
どうしたの、と主が彼の名を呼びながら戸惑った様子で尋ねてくるが、彼はこの時返すべき言葉を持てずにいた。
言うべき言葉は頭に浮かぶのにそれとは別の口にするべきではない言葉も浮かんでいる所為で、軽く混乱していたのだ。
整理しないまま吐きだしてしまうことだけは避けたいと思案した結果、しばらくこのままでいたいという言葉だけはかろうじて出すことができた。
彼の抱きしめる腕の強さ、そしてかすかに震えた声に主は何かを感じ取ったのか、名を呼びながら彼の背をそっと撫でて、来年もまた一緒に花火を見ようねとささやいた。
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