大広間では、鶴丸国永主催「刀種:太刀の飲み会(刀種問わず)」が開催されていた。
いい加減、飲み会の名前を変えたらどうかと鶴丸自身思いながらもすっかり定着してしまっていて、他にしっくりくる名前が思い浮かばない。
会の発足に携わった獅子王からは「本丸飲み会」でいいじゃないかと提案されたが、面白味に欠けるという理由で却下していた。他の意見を却下するなら思い浮かんでからにしろ、と獅子王には文句を言われたが。
刀種問わず、ということでこの夜もほとんどの男士が参加していた。
飲み会発足当初は鶴丸は幹事役として参加の男士たちに声をかけたりして盛り上げようと努めたりもしたが、いまやそんな必要もなくなっていた。
それでも大広間の様子を見て回るのは個人的に楽しいからに他ならない。
例えば、部屋の一角でボードゲームに興じる大包平や天下五剣たちの様子を眺めたり、増築以後、トレーニングルームによく通う男士たちの腕相撲を応援するのも楽しかった。
さて顔なじみの連中はどうしているだろうかと酒を手に見回して、燭台切光忠と太鼓鐘貞宗、そして大倶利伽羅の三振りが集まっているのを見つけた。
酒を片手に何かを眺めている彼らに首をかしげて、鶴丸はそこへと近づいた。
「いよっ、飲んでるか?」
「ああ鶴さん。うん、楽しくね」
「なにを見てるんだ?」
三振りの前には一冊のアルバムが広げられていた。かたわらにも何冊か積み上がっている。
この大広間に置かれた棚には映像ディスク以外にも本など、いつのまにか娯楽関連の物が置かれるようになっていたが、このアルバムはそれらと比べると少し異質な存在だ。
鶴丸も手に取って見たことはそういえば一度もなかったと思い、一冊手に取る。
「ああ、こりゃ主が撮っていたやつだったか。そういや最近はあまり撮ってる様子はないな」
本丸を営みはじめたころ、主である審神者はよくカメラを手にして本丸の様子や男士の姿、新しい刀剣男士が顕現した際などはその時の近侍と共に写真に収めていたりもしていた。
最近はカメラを手にしている姿自体をあまり見かけなくなったが、新しい男士が顕現した時だけは持ち出していたはずだ。
ちょうど開いたページには一期一振、大倶利伽羅、燭台切光忠が並ぶ写真があった。
燭台切と一期一振が顕現した時期はほとんど同じで、そのため彼らの初陣は同時だ。
この本丸における新刃男士の慣習として二人は近侍をそれぞれ三日ごとに務め、そして初陣で邂逅したのが大倶利伽羅だったので他の写真のように二振りではなく三振りで撮られている。
その下には同田貫正国とこんのすけ、大倶利伽羅が並ぶ写真もある。
同田貫は大倶利伽羅が近侍の時の鍛刀で顕現していた。
鶴丸自身も顕現したばかりの頃、その時近侍であった御手杵と、そしてこんのすけと共に撮られた覚えがあった。
そしてそういえばこういった形で一冊にされたのをしみじみ眺めたことはなかったと思いながら、積み重なった別のを取る。
アルバム冊子の記入欄に記された日付から見るに、本丸の運営が始まって少し経った頃だろう。
前のほうのページには三日月宗近と鳴狐、間にこんのすけを挟んだ写真が貼られていた。そのページには他にも三日月と秋田藤四郎が並んで写っている一枚などもある。
「そういえばこれ、最初にある写真は愛染と山姥切のか。山姥切が顕現した時のはないのか?」
ページをめくって写真を眺めながら、鶴丸がふとこぼす。
愛染国俊、間にこんのすけ、そして山姥切国広という並びの一枚が最初のページにあり、鍛刀した日付が書いてあった。
俺を呼んだか、という声に振り向けば山姥切国広がいて不思議そうに見ていた。
鶴丸の手元を見やって、ああ、と懐かしそうな表情を浮かべる。
「愛染が顕現した時のか」
「眺めていたら、そういえばきみだけの写真が見当たらないと思ってな。それとも撮らなかったのか?」
「いや、確か撮ったはずだ。けどその写真がどこに行ったかは知らないな」
本丸とこれからについてこんのすけから説明を受けた後、主である審神者が突然写真を撮りたいと言い出したのだ。
よく状況がつかめないまま、間にこんのすけを挟んで主と並んで写った覚えがあるし、実際の写真も見せられたので確かだった。
写真自体の行方はわからないが、あの主のことだ、きっとどこかにしまいこんで忘れてしまっているに違いない。
他にも池の上に葉っぱの船を浮かべて眺めている五虎退と秋田藤四郎の一枚や、その当時顕現していたであろう男士全員を一枚に収めたものなどと並んで、あまり大きくない座卓に並ぶ料理と、食事を摂る男士の姿が写された写真が何枚かあった。
「なあ、この食事って誰が作ってたんだ?」
太鼓鐘が問いと共に指差した写真には、障子戸が開いていて縁側の向こうに暗い外が写っていた。
夜の時間帯なのだろう、座卓には煮物や唐揚げといった献立がやや雑多に並んでいる。
写真それぞれの下に書かれた日付を見る限り、まだ食事の当番を刀剣男士で回すようになっていない頃だ。
「主だ。この頃の食事は俺たちも手伝ったりはしたが、ほとんどは主が作っていた」
その写真はちょうど三日月宗近が顕現して、一部隊が組めるようになった記念と称して少し豪勢な夕食になった時のものだと山姥切が言いながら懐かしさに目を細める。
三日月宗近の顕現には主以上にこんのすけが驚いていたな、と小さく笑った。
「マジか!ていうか主の料理ってうまいのか?」
想像がつかない、と太鼓鐘は首をひねる。お菓子が作れることは知っているが、それ以外では厨に立つのもたまの手伝いくらいでしか姿を見ないので、料理はしないのだろうかと気になってはいたが尋ねる機会がないままだった。
山姥切は思い出そうと首をひねる。
顕現して人の身を得て初めて口にしたのは主の料理だったが、それが美味しいものだったのかどうかは当時比較対象もなかったし、味の記憶も大部分がすでに遠い彼方に追いやられている。
ただ時々味噌汁を飲みたいと思うことはあるし、いまよく飲む味と比べても不味くはなかったように思うのでそれなりに作れるのだろう。
「特別美味かったかどうかはわからないが、まあ不味くはなかったはずだ」
他と比べようがなかったからな、と山姥切は立ち上がり、彼を呼んでいる兄弟たちのほうへと行った。
「主の料理かぁ。ずっと聞きたいと思って聞けずじまいだったんだよな。頼んだら作ってくれないかな」
どう思う伽羅、と太鼓鐘は先ほどから一言も話さないでいる大倶利伽羅に話を振る。
「……興味ないな」
「えー、だって恋人の手料理とか気になんねーの?」
くだらない、と大倶利伽羅はため息をつく。太鼓鐘は唇を尖らせて、燭台切と鶴丸を振り向いた。
「二人はどうだ?食べたことあるのか?」
「俺が顕現した頃はもう当番制が出来上がってたよな。この中だと光坊が一番早いか」
「僕や伽羅ちゃんの頃も当番になっていた気がするかな。歌仙くんがいたし」
「……そっか。よし、善は急げって言うもんな。ちょっと主に頼んでみてくる!」
言うなり太鼓鐘は立ち上がって大広間を出ていった。
もう寝てるだろうから明日にしたら、と燭台切はその背に声をかけたが、さすがの機動というべきか、おそらくその耳に届いていないだろうとため息をついた。
男士の参加数が多い飲み会翌日の本丸の朝は、遅くやってくる。
自室に布団を敷き忘れると酔いつぶれた者は問答無用で廊下に放置されることになっているのだが、どうやら今回は幸いにも哀れな目に遭った者はいなかったようだ。各々の部屋の戸は閉まって沈黙を保っている。
そんな静かな建物内を歩く一振りの刀剣男士がいた。
その一振りこと大倶利伽羅は大広間に足を踏み入れ、その惨状に眉を寄せ、息を吐き出した。
いったいどれだけ飲んだのかとため息をつかずにいられない。
彼は昨夜の飲み会を早いうちに抜けていたし、そもそも酔い潰れるほど飲むこともないからこそ二日酔いで苦しんでもいない。つまりは動くことが出来るということで、後片付けの役目を負わされるということでもあった。
布団を敷き忘れた者は廊下に転がされ、酔いつぶれずに済んだ者が片づけをして、朝食の準備をする。
これがいつのまにかこの本丸の飲み会における決まり事のようなものになっていた。
これを避けたいのならば酔い潰れるのが一番楽だ。けれど大倶利伽羅はそんな醜態をさらす気はなかったので片付けの役目を甘んじて受け入れることにしているが、それでも舌打ちをせずにはいられない。
納得の上の妥協と、それでも感じる苛立ちはまた別の話だ。
周りに散らばる酒の空瓶などを片っ端から回収しては袋に突っ込んでいった。
あらかた回収が終わり、汚れた食器類をまとめて持っていこうとしたところで聞きなれた足音がして、大倶利伽羅は珍しいこともあるものだと思った。いつもならもう少し遅く起きてくるのに。
障子戸を開けて入ってきたのは予想通り主だった。
大倶利伽羅の姿に目を丸くして、おはようと声をかけ、手伝うつもりなのか皿などを重ねていく。
「……俺が回収する。あんたは洗ってくれ」
うなずいて食器類を手に厨へと向かっていく背を見送って、大倶利伽羅は息を吐いた。
恋人らしく振舞うために自分から近づくときは何も感じないのに、突然二人きりになるのはどうにも居心地が悪い。
主が食器類を洗って水切りカゴに置き、それを大倶利伽羅が布巾で水気を拭く。
それらの作業で発生する音以外はその空間は静かで、二人の間に会話はない。
こうして一緒に厨に立つのはそういえばなかったなとぼんやり思ったが、即座にどうでもいいことだと自分に言い聞かせて大倶利伽羅はため息をついた。
人一人分ほどの間を空けて立つ主がそのため息にわずかに反応して気まずそうに視線を逸らしたことには気づいたが、知らぬふりをした。
最後の皿を拭いて食器棚に入れる。大倶利伽羅の背後では主が洗米して炊飯器をセットをしたり、戸棚から鍋や冷蔵庫から野菜などを取り出して調理台にまな板や包丁を並べていた。
「……料理するのか」
思わず大倶利伽羅は訊いていた。
その問いに主は、昨夜太鼓鐘貞宗に頼まれたからだと答えた。味噌汁を作るつもりらしい。
ああそういえば昨夜そんなことを言っていたなと思い出しながら、大倶利伽羅は眉根を寄せた。
『特別美味かったかどうかはわからないが、まあ不味くはなかったはずだ』
昨夜、山姥切国広が言っていた言葉がどうしてか引っかかった。
興味ないと、断言したのはほかならぬ自分だったはずなのに。
「……いかん、飲み過ぎた」
二日酔いからくる頭痛に眉根を寄せつつ、鶴丸国永が大広間に入る。
「そういや誰が酔い潰れずにいたんだっけ?」
同室の獅子王が盛大なあくびをしながら後に続く。
「伽羅坊はわりといつも潰れないか……いや、潰れないようにしている、かな。あいつの場合」
「ってことは卵焼きあると良いな。俺、大倶利伽羅の作る卵焼き好きなんだよなぁ」
こういった飲み会翌日の朝食の準備を大倶利伽羅が担うことが多いのだが、そのたび彼が作るネギと干しエビ入りの卵焼きはこの本丸での定番の一つになっている。
獅子王だけでなく、鶴丸もその卵焼きを気に入っていた。
「おはよう、鶴さん、獅子王君」
声をかけてきた燭台切光忠の手にはお盆があって、それには味噌汁の入った汁椀やご飯がよそわれた茶碗やおかずの乗った皿などが並んでいた。
飲み会の翌日の朝食の席だけは、遅く起きてくる男士もいるため全員が揃うのを待つのではなく、バラバラで食事をする方式になっている。
食べ終えた男士が配膳をするのもいつの間にか決まりの一つになっていた。
「おう、光坊。おはよう」
「おはよーっす」
「そういや光坊も酔い潰れてなかったな」
獅子王と鶴丸は食器棚からそれぞれ自分の湯呑と箸を取ると適当な席に座った。
燭台切が彼らの前に手にしていた料理の皿などをおいていく。獅子王がそれを見て目を輝かせた。
「よっしゃ!卵焼きだ」
いただきます、とさっそく手を合わせて獅子王は食べ始める。鶴丸も手を合わせたが、燭台切がいつもよりも機嫌良さそうにしているのを見て首をかしげながら汁椀を手に取った。
豆腐とわかめとネギという具の味噌汁を一口飲み、ふと何か違和感を覚えてじっとお椀の中を覗き込む。
美味しいのだが、いつも飲み会翌朝に飲む味噌汁の味とは今日は少し違うような、と首をかしげていると、粟田口の何振りかで集まっている席のほうから秋田藤四郎と五虎退の会話が聞こえてきた。
「五虎退、これってもしかして主君のお味噌汁では?」
「うん……久しぶりの、あるじさまの味だね」
秋田と五虎退が顔を見合わせてほほ笑んでいるのを見て、なるほどそういうことかと鶴丸は納得してもう一口飲んだ。
昨夜、太鼓鐘貞宗が主に頼んでくると言っていたから、今朝実現したのだろう。
「へえ、菓子作りだけじゃないんだな」
その声が聞こえていた獅子王も汁椀を手に取って一口飲み、もう一口、二口とつづけて飲んだ。
「そういや貞坊はまだ起きてこないのか?」
昨夜主の作る料理に興味を示していたのはほかならぬ太鼓鐘だったが、その当の本人はまだ大広間に顔を出していないようだ。
空のお盆を持ってちょうどそばを通りかかった燭台切に尋ねると、厨にいるよ、と答えが返ってきた。
とうに食べ終わって今は大倶利伽羅と主を手伝っているらしい。
鶴丸と獅子王が食べ終わる頃になって、大倶利伽羅が自分の分の食事を持って大広間の空いている席に腰を下ろした。
空の茶碗などを手にしてそのそばを通りかかった鶴丸は、おや、と片眉を器用にあげた。
おかずが卵焼きなのは一緒だが、大倶利伽羅が食べているのは具が何も入っていないものだった。
「具無しでいいのか?」
「別に」
思わず尋ねていたが、大倶利伽羅はいつもどおり素っ気ない。
相変わらずだと苦笑しながら厨に入ると、ちょうど主が作業台をテーブル代わりにしてご飯を食べているところだった。
「なんだきみ、そんなところじゃなくて向こうで食べたらいいじゃないか」
だが主はこの方が後片付けがしやすいという理由で首を振り、食器は流し台に置いておいて、と味噌汁を飲む。
「そうだ。味噌汁、美味かったぜ。また機会があれば作ってくれないか」
こんなので良ければいつでもと答えて卵焼きを一切れ食べる。ネギと干しエビ入りのものだ。
「美味いよな、その卵焼き」
主はうなずいたがふいに心配そうな表情を浮かべた。
どうかしたのかと尋ねれば、大倶利伽羅が、自分用に作った具無しの卵焼きのほうを持っていったので今更ながら味は大丈夫だろうかと気がかりらしい。
彼は、自分用に具無しを作るつもりでいたからちょうどいいという理由で皿を交換して行ってしまったのだ。
それを聞いた鶴丸は小さく笑い、まあ心配することないさ、と食器類を流し台に置く。
ごちそうさま、と声をかけながら厨を出た鶴丸は機嫌良さそうに口笛を吹いた。
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