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紅葉の向こうの花嫁

「ねー、主。モデルの子遅くない?」
初期刀である加州清光の声に顔を上げる。
清光の手にある端末に表示されてる時間は、約束の十分前を示していた。
俺は自分でも端末を操作してスケジュール表を確認し、思わず眉を寄せてしまった。
「伽羅ちゃんから連絡は?」
機材バッグを抱え上げた燭台切光忠が首をかしげる。
「あったら急かしてる。まさか忘れてるのか?」
「そこらへんは伽羅坊はしっかりしてるはずだ。……たぶん」
「頼むから断言してくれ」
思わずうなだれる。
鶴丸の言う通り、確かにしっかりしているはずだが、それでもありえなくないのがうちの大倶利伽羅の怖いところだ。

刀剣男士は雑に二つにタイプを分けるとすると、戦いを望むわりと好戦的なのと、好まないのとに分けられると思うが、世間一般の刀剣男士の大倶利伽羅は大概前者に区分される。
だがうちの奴はマイペースで気まぐれな性格で、戦うのは嫌いというわけではないそうだが、気分が乗らないと合戦場に出陣することすら渋るのだ。
そのことを以前知り合った別の審神者に聞いたら珍しいんじゃないかと言われていた。
そんな大倶利伽羅にモデルの子を迎えに行かせたのは失敗だったか。

元々アマチュアに毛の生えた程度のプロと言い切れない、人物メインで撮るしがないカメラマンだった俺が何の因果か審神者になった。
写真一本では食っていけないと思っていたから特に問題もなく、刀剣男士という最高の被写体もいるので撮ること自体はつづけられているし、いまの仕事に不満はなかった。
審神者としての日々にも慣れてきたころ、まさかカメラマンとして仕事を依頼されることになるとは思っていなかった。

「情報誌の写真?」
「はい。このたび審神者向けの情報誌を発行することになりまして。それにあたり、写真家でもある主さまに写真を撮っていただきたいと思いまして。もちろん、お仕事としての正式な依頼です。お話だけでもきいてみますか?」
俺が撮って担当役人さんに適当に見せていた刀剣男士たちの写真がきっかけで打診されたと聞いて、断る理由なんてどこにもなかった。

それは、審神者向けの情報誌のなかにつくられるという、結婚関連の記事で使う写真撮影依頼だった。
結婚式の前に衣装を身に着けて写真を撮る、いわゆる前撮りや式を挙げない写真だけのフォトウェディングのサンプル写真や、ドレスや打掛などの衣装のカタログ写真の撮影というのが仕事の内容だ。
「にしても、独身の主に結婚ネタとか政府もえぐいよなー」
「うるせーぞ、清光。結婚なんてもんは時期なんだよ、時期」
せっかく仕事だと張り切っている主のメンタルをいきなり軽い調子で削るんじゃない。

そしてこの日のために俺は花嫁衣装を着るモデルの子を雇っていた。もちろん審神者や刀剣男士のことを知っている人間だ。
その子の迎えを花婿役としてモデルに抜擢(強制ともいう)した大倶利伽羅に頼んだのだが、まだ連絡が来る気配がない。
「と、とにかく向こう様を待たせるわけにはいかないから先に行く」
不安を抱えつつ、約束の時間もあるので、こんのすけに頼んでゲートの操作をしてもらう。
その後はこんのすけには大倶利伽羅の元に行ってもらい、一緒にここへ来る手筈だ。

やがてゲートの扉が開いた先には、もう一匹のこんのすけがちょこんと座っていた。
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」

俺たちが訪れたのは、撮影場所として使わせてもらうことを事前にお願いしていた余所の本丸だ。
審神者向けであるので、前撮りの撮影場所として自分たちの本丸を使う、ということの説明のために実際の本丸で撮影をしてイメージを持ってもらいやすくする、というのが狙いだ。
そういう理由なら自分たちのところでもよかったのだが、なにしろ男だらけの大所帯ということもあって、片付けるのに時間がかかるし、正直外観は古民家でしかないので撮影場所としては華やかさに欠ける。

俺たち審神者に与えられる本丸の屋敷には形態がいろいろあって、天守閣を備えた立派な城や、平屋の武家屋敷、あるいは洋館など、とにかく建築スタイルが様々だ。
そんななかで選んだのは、和装のイメージに合いそうな純粋な武家屋敷スタイルの本丸だった。
一つの本丸に一匹、管狐のこんのすけは配置される。
こんのすけたち同士で情報をやり取りしているようで、そのなかで撮影場所にぴったり合いそうな本丸を持つ審神者をピックアップして協力を打診し、今日やってきた本丸がそれを受けてくれた。

刀剣男士が増えるとそれに合わせて増築したり改修、改造したりと手が加わる本丸が多い中、ここは基本的に建物は増築が主で、大規模な改修もあまりしておらず、特に庭はほとんど手を加えていないらしい。
それを聞いて写真にも見て楽しみにしていたが、実物は想像以上にきれいに保たれていた。
池にかかる朱色の橋と、お願いしていた景趣の紅葉があざやかで美しい。
まずこの橋で絶対に撮ると決めながら、ここの主である審神者さんに挨拶に行く。

俺よりも審神者歴が長いと聞いていたので、実際に目にして意外だというとアレだが、俺よりも年下であることにちょっと驚いた。え、まだ子供の年齢では?
まあ子供とはいっても高校生くらいだろうか。
ようこそ、と頭を下げるその子に、慌てて俺も頭を下げた。

庭を含めた朱色の橋を撮影場所に使わせてもらうことを改めてお願いし、俺たちは機材などをもって庭に向かった。


「遅い!ちょっと主。モデルの子と大倶利伽羅、遅いんだけど」
いつまで待たせるのさ、とメイク道具片手に清光はすでにおかんむりだ。イライラしてても顔は可愛いが舌打ちすると可愛くないぞ。
「光忠、大倶利伽羅から連絡は?」
「今掛けてるよ。……あ、もしもし伽羅ちゃん?今どこに……え、まだ待ち合わせ場所!?」
「ちょっと貸せ!」
光忠の手から電話を奪う。
「大倶利伽羅か?モデルの子はどうした……は?体調不良で来られなくなった!?それでお前……本丸に帰るっておい!いやお前にはモデルやってもらうんだから来いよ!こんのすけと一緒に……はあっ!?気が乗らないってお前……あ、おい、待て!っ……切りやがった」
あのマイペース野郎、正気か?主の危機だぞ。
もうちょっとなんとかしてやろうという気概は……ないよなぁ、あいつは。
はあ、とため息をついて電話を光忠に返す。
「伽羅ちゃん、本丸に戻るって?」
「ああ。いつもの気が乗らない、だってよ。あとそっちにも俺がいるだろとか無責任なこと言いやがって。花婿がいたって肝心の花嫁がいねぇじゃねぇか!」
「なあ主。こっちにも伽羅坊見当たらないようだぜ?」

おお、神よ……。あ。あいつもこいつらも神だった。

「後日に出直すか?」
鶴丸がため息をつきつつ言う。
「でもそしたらここにも迷惑かけるしなぁ……」
いわゆる撮影スタジオではなく、あくまでも主である審神者の好意で(もちろんあとで政府から報酬が支払われるはずだ)撮影が可能なのだから、出来れば今日中に終わらせたい。
どうしたものかと俺と清光、光忠、鶴丸で相談していると、どうかしましたか、と声をかけられた。
声をかけてきたのはこの本丸の審神者さんだ。手には俺たちにと用意してくれたんだろう、湯呑などが載ったお盆があった。
後ろにいる近侍の秋田藤四郎の手には、お菓子が載ったお盆も。

「あ、いや、実は手配していたモデルの子が急にこれなくなっちゃって、撮影ができなくて」
なので迷惑だろうがまた後日に撮影予定を入れたい、と言いかけた時、秋田藤四郎が何かに気づいた。
「主君、遠征部隊の皆さんがお帰りですよ」
それを聞いた審神者さんが慌て、手に持つ木のお盆の上で湯呑同士がぶつかる音がした。
ややあって歩いてきたのは、この本丸の大倶利伽羅だった。

おつかれさま、と声をかける審神者さんにうなずきながら遠征で獲得した資源を渡す大倶利伽羅の横顔は俺が知るよりなんだか柔らかい。
元々大倶利伽羅の顔つき自体、そこまで鋭くはなくて静かで穏やかだ。
うちにいるマイペースな奴だってそれは変わらない。
だけどなにかこう、この目の前にいる大倶利伽羅はそれだけではないものがあるな、とぼんやりしていると肘打ちを食らった。
「ほら、ぼーっとしない。そう言う顔すると主はすごい間抜けに見えるんだから」
「悪かったな!」
ぼーっと考えごとしていると、目を開けたまま寝ているのかと思ったと言われるほどぼんやり顔に定評のある俺だ。
清光の美意識的に許せないものだったのだろうが、だからって肘打ちは地味に痛いのでやめてほしい。

「……なあ、主。ちょっと提案いいか」
俺と同じようにここの審神者さんと大倶利伽羅の様子を見ていた鶴丸が俺の肩をつつく。
「なんとなくお前の考えてることわかるんだが」
「フッ、さすがだ。無駄に長く独身、じゃなかった俺たちの主をやってないな」
「おいこら」
あと無駄って言うな。まだ審神者歴一年のぺーぺーだぞ。
「鶴さん、どんなアイデア?」
「いや、雰囲気的にちょうど良さそうだよなぁって。どうせ伽羅坊にやらせるつもりだったわけだし」
具体的とはいえない返答に、それでも付き合いの長さゆえか、光忠は目を丸くした。
そうして視線をそちらへやり、なるほど、とうなずく。
「向こうが気を悪くしたら貸してくれないかもしれないんじゃない?それじゃ困るの主だろ」
清光も理解したらしいが、その危惧も確かにある。
それでも訊いてみるくらいはいいんじゃないだろうか?

俺たちがそんな相談をしている間も、向こうの審神者さんと大倶利伽羅は、ぎこちなくお互いに会話の機会をうかがっているような、見ているほうがじれったくなる雰囲気を出している。
そばにいる秋田藤四郎の青空のような目は温かく二人を見守っているようにも見えた。

そう。あれもしかしてこの二人って好い仲ってやつなのでは?とさっきぼーっとしながら思ったのだ。
だって俺たちの視線が向いてるはずなのに気にした様子もなく、会話はないが互いにばかり意識が行っているし。
なんだか昔に失われた青春を思い起こさせる光景だなぁ。……泣いてはいない。

交渉の結果。ここの大倶利伽羅にえらく睨まれて警戒されながらも、この本丸の主である審神者さんに花嫁役を引き受けてもらえることになった。
何かの気配を察してかタイミングよくやって来た向こうの鶴丸国永の後押しも大きい。
そしてうちの光忠とあちらの刀剣男士たちの協力もあって、打掛の裏地に赤を使った白無垢姿の審神者さんが、赤い布を敷いた庭にやってきた。手を引いてきたのは歌仙兼定だ。
髪はいわゆる日本髪のかつらではなく、元の髪を生かすセットに布で出来た花飾りをつけた洋髪スタイル。
うちの清光と向こうの加州清光のダブル加州によるヘアメイクのおかげもあって、思いついたときの想像よりも良い形になっていた。

まずは花嫁衣装の紹介のためのサンプル写真を庭を背景に撮る。
朱色の橋の上にたたずむ花嫁は、緊張した様子で目線を下に向けている様も相まってなかなかいい構図となった。
ただそうなるとやはり嬉しそうな表情も欲しくなってしまうのがカメラを持つ者の性というやつなのだろうか。
結婚というおめでたいネタということもある。
レンズに向かって幸せそうにほほ笑んでほしいと注文をつけると、なんとか笑みを浮かべようとしてくれるが、緊張しているのかぎこちないものになってしまうようだ。
話を聞きつけたのか刀剣男士たちが様子を見にきて、その注目を浴びているせいもあるだろう。
「あまりカメラ意識させると余計緊張しちゃうんじゃないか」
「それもあるし、なによりやっぱ花婿も欲しいんだよな。前撮りのサンプルも撮らなきゃだし」

今回の撮影の依頼は、元々政府が審神者の結婚を推奨しはじめて、さらには刀剣男士との結婚も支援するようになったことがきっかけだ。
そのため花婿役には刀剣男士を、という指定があった。

そしてうちの大倶利伽羅にその花婿役を頼んでいたので、撮影用に借りた花婿用の衣装である黒の紋付き袴の紋の部分には『大倶利伽羅』のものを指定してあった。
ただその肝心の本人がいないわけで、体格の似たここの男士に花嫁役を頼むしかない状態だ。
改めて見ると何もかも不備だらけだな。
ふと、ここにもう一振りの『大倶利伽羅』がいるんだよな、と考えた俺の未練を感じ取ったのか、光忠が声をかけてきた。
「ダメもとで頼んでみる?ここの伽羅ちゃんに」
「そりゃできればそうしたいけどなぁ」
確かに同じ『大倶利伽羅』だから何も問題はない。
面倒な羽織の紋の修正もしなくて済む。トラブルだらけのなかでは救いでもある。
ただその魅力を差し引いても、向こうの大倶利伽羅を怒らせるんじゃないかという危惧があった。
ここの審神者さんにモデルを頼んだ時点で、彼には警戒されていたから余計に。
どうしようか、と悩んでいるとふと何か気配を感じて足元を見た。
赤く大きな目と視線が合って思わずのけぞる。
だがなんということはない。ここの本丸の今剣がしゃがみこんで俺たちの様子を覗いていただけだ。
「あるじさまに、なにかもんだいがはっせいしましたか?」
「あ、いや、実は花婿役も必要で……」
いろいろゴタゴタしてて申し訳ない、という気持ちで今剣に事情を話す。

ここの本丸には撮影については事前に話している。
なのでうちの大倶利伽羅が来れない以上、今度は花婿役をここの刀剣男士の誰かに頼む必要ができてしまったことを伝えると、今剣は両手を腰に当てて胸を張った。
「はなむこがひつようなんですね!わかりました。ぼくにまかせてください。さいてきなあいてがいますからつれてきます」
ちょっとまっててください、と今剣はビュンと走っていった。さすがの短刀の機動というべきで、あっという間に見えなくなった。
紋付羽織袴の紋の所が大倶利伽羅のものだということを伝えそこねたことに気づいたのはそのすぐ後だった。

朱色の橋の上、小道具である和傘の下で花嫁さんと向かい合う大倶利伽羅は戦装束だが、それゆえなのか白無垢姿の審神者さんとの構図はなかなかどうして様になっていた。
俺はそこから少し距離をとった位置でカメラを構えている。
ファインダー越しに見た二人は目線を最初はお互いに合わせていなかったが何かを話しているようで、シャッターを切るたびにお互いへと合わせていって、こちらがオッケーだと声をかける直前のショットは、ほほ笑む花嫁の横顔が印象的な一枚になっていたように思う。

今剣に手を引かれ、鶴丸国永に背中を押されて無理やりな様子で連れてこられたのは、ここの大倶利伽羅だった。明らかに不本意、不機嫌という顔を隠しもしない。
事情を聞いた審神者さんが彼を気遣ってか、無理をさせたくないから別の男士にと言ったときには、表情は変わらないまでも、口に出しては、別に構わないと引き受けてくれた。
素直じゃない、と向こうの鶴丸国永がからかって睨まれていたが、まあでもさっき帰ってきて審神者さんと対峙しているときの表情や雰囲気を見ていれば、どれだけ鈍い奴でも気づく。
いずれこの本丸から本物の結婚写真撮影を依頼されたいものだ。

そうして戦装束姿の大倶利伽羅をモデルにしての花嫁との写真撮影はいったん休憩になった。
二人に離れの方へ移動してもらい、その手伝いを鶴丸に行ってもらっている間、俺は残されている最大の問題に直面しなくてはならなかった。
「……なあ、そういや紋付きを着てもらいたいって誰か向こうさんに言ってくれたか?」
平静を装って聞けば、光忠と清光は固まっていた。
そして二人とも信じられないようなものでも見る顔で俺を見た。
「ちょっと待って!なんで言ってないの!普通最初に言うべきだろ!?」
「うん、主。あとでちょっと時間貰える?」
清光落ち着け、あと光忠は笑顔が怖い。
そういや向こうの今剣に伝え忘れてそのままだったなー、なんてことにさっき気づいて、やべぇって冷や汗かきながら撮っていました大変申し訳ございません。

だがうちの鶴丸と向こうの鶴丸のダブル鶴丸のおかげもあって、ここの大倶利伽羅に着てもらえることになりましたやったぜ!
なんてテンション高く喜んでいると、離れで着替え終わった大倶利伽羅が出てきた。これまでもここの男士たちがギャラリーとなって撮影を見ていたが、気がつけばその数が増えていた。
なるほど、ここの審神者さんと彼の関係を見守っているわけか。
これは下手な仕事はできないな、とフッと笑うと後ろにいた清光が、何カッコつけてんの、なんて辛辣なツッコミを入れてきた。やめろお前の主はすぐにへたれるよわよわメンタルなんだ。

気を取り直し、最後の撮影に入る。
やっぱり紅葉のきれいな橋が景色としては最高だとそこへ二人に移動してもらい、そうして自由に動いて話してほしいと頼んだ。
この二人ならきっと下手に注文を付けるよりもずっと自然体のいい写真が撮れると、俺の勘が告げていた。

「はあ、やっぱ結婚してーなぁ」
今日撮った写真を整理しながら俺がそんなことをつぶやくと、そばで聞いていた近侍の大倶利伽羅が鼻で笑った。


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